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20.デバフ勇者と傾く天秤

「全く、御目出度いな。何も分かっていない」


オスカーが笑い出したことで、全員が戸惑い始める。

自棄になった訳ではない。

彼の瞳には、意志と思惑が宿っていた。


「あれだけ大量の魔族が襲ってきた。それだけじゃない、空を飛ぶ船まで……これだけの事が起こっているのに、まだ事態を理解できないんだな」

「な、何だと……!」

「考えてみるんだ。あれだけの戦力、あれだけの魔族の大群、一体誰が指揮していたと思う? 魔族が群を成して襲うには、それだけ強大な魔族が控えているんだ」

「……!?」

「じゃあ、その強大な魔族は何者なんだ? 大軍を指揮できる程の、王と呼ぶに相応しい魔族は?」


憤慨していた人々も一斉に思考を停止する。

オスカーが並べた言葉に否定できる者はなかった。

万に届く魔族の大群。

空飛ぶ黒船。

それらは全て事実であり、疑う余地のないものだった。

ならばそれを指揮していた魔族とは何か。

全員の思考が、否が応でも一つの答えに収束していく。


「魔王は、俺が倒した」


フィリアが息を呑むと同時に、オスカーがそう言った。

瞬間、その場が一斉に騒然とする。


「なッ!?」

「殺してはいない。魔王の身体には呪いが刻まれている。被害を拡大させないためにも、封印に近い処置を施して、手元に置いている」

「ばッ……馬鹿な!? お前一人で、魔王を倒しただとッ!? 嘘をつくなッ! そんな事が出来るわけがないッ!!」

「勿論一人じゃない。俺を信じてくれた仲間達がいた。共に戦ってくれたからこそ、魔王を倒すことが出来た」


人々が一斉に喚き散らすが、オスカーは気にも留めない。

彼にあったのは、憎しみではなかった。

石を投げられても尚、あったのは仲間達への感謝の気持ち。

純然たる勇者としての声明。

それを後押しするかのように、陽の光が彼の姿を照らし上げる。

先程まで石を投げていた人々も、困惑のあまり声を潜め始めた。


「ど、どういう事なんだ? 魔王を倒しただって……?」

「本当……なのか……?」

「う、嘘に決まってる……! だってヤツは勇者殺しの勇者だぞ……!」

「魔王が攻めて来たなんて、信じられない!」

「俺は騙されないッ! 証拠を! 証拠を出せッ!」


次第に声を荒げる者も現れる。

それも当然なのかもしれない。

突然の魔族の大群による奇襲。

勇者殺しの勇者による立て篭もり。

果てにあったのは、その勇者が魔族軍の大将である魔王を倒したという宣言。

意味が分からず、簡単に受け入れられる筈もない。

例え魔王をここで披露しても、弱化された状態では力の弱さ故に誰も信じない。

それはオスカー自身が理解していた。


「信じられないのか?」

「当たり前だッ! そんな、見てもないモノを信じられる訳がないだろッ!!」

「……自分の目で見ないと、分からないし理解もできない、か。だったらもう一つ、分かることを教える」


そう言って、オスカーは空を指差した。

雨雲が晴れた空に向けて、皆の視線が上がっていく。


「魔族の大群は、空飛ぶ巨船から攻めて来た。雲が晴れるまで、あの船はずっと空に浮かんでいた。それは皆、自分の目で見た筈」

「そ、それが何だって言うんだ!?」

「だったら、最後に船が落下する瞬間も見ていた筈だ」


オスカーの指摘に反論するつもりだった市民が押し黙る。

それも確かに真実だった。

魔族が掃討されかけた時、突如船が力を無くしたように降下し始めたのだ。

石化が解除され、外に飛び出した人々はその瞬間に恐れ慄く。

巨大な船が、自分達に向けて落下するという事実に身体が竦み上がっていた。


「あれだけ巨大な船が落下すればどうなるか。戦いを知らない人でも分かる。確実に都市は全壊していた。犠牲者も、途方もない数になっていた」

「……!」

「でも、船は落ちなかった」

「それは、途中で消えたから……!」

「消えたんじゃない。転移したんだ。落下する直前に、白魔導の力で黒船は近接の更地に移った。船が消える瞬間の光と術式、それは此処にいる皆が見ていたんじゃないか?」

「……」

「じゃあ、その白魔導を使ったのは誰なんだ?」


黒船の落下を食い止めた白魔導。

無論、一般市民ではなし得ない業だ。

冒険者達も王国兵達も、それ程の魔導は使えないし魔力もない。

ならば一体誰なのか。

全員の視線が一斉に、一人の少女へと集まった。


「ふ、フィリア様?」

「そ、そうだ! 俺達は魔族を倒す、あの方の力を見た! あの光は間違いなく、彼女の扱う白魔導だった……!」


フィリアは戸惑うしかなかった。

いつの間にか自分が持ち上げられる流れになっている。

てっきり彼は、自身の無実を証明しようとしているのだと思っていた。

しかし、それは大きな間違いだった。

浮遊剣なくして転移術式は間に合わなかったというのに、彼女一人の功績に仕立て上げようとしている。

そこでようやくオスカーの思惑を理解し、フィリアは思わず声を振り絞る。


「ま、待って下さい! それは私だけじゃ……!」


だがオスカーはそれを遮るように視線を向けた。

何も言うな、と。

そして一人の市民に向けて静かに問い掛ける。


「貴方はさっき、彼女に向けて石を投げた」

「うっ……」

「この話を聞いてもまだ、石を投げられるのか?」

「そ、それは……」


頷ける筈もない。

高ぶっていた感情の荒波は、オスカーの正論によって鎮められた。

自分達が言っていたことがいかに支離滅裂だったのか、分からされたのだ。

反論が来ない事を知り、再度彼は述べる。


「見た事がないモノは信じられないと言っておきながら、見たモノすら信じられずに、命の恩人を仇で返す。これが笑わずにいられるか? そんな有様で、俺が魔王を倒した事実を否定する権利はない」

「く……!」

「王国兵。王都に、そして王族達に伝えてくれ。魔族の王、魔王は俺が倒して封印した、と。この言葉をどう捉えるのかは、貴方達の自由だ」

「勇者を殺して、魔王を倒した……? 何なんだ、その言い分は……! 貴様、神にでもなったつもりか!?」

「神じゃない。俺は、勇者だ」


だが当のフィリアは、止めてくれと言わんばかりに、力なく首を振る。

オスカーはこれを狙っていたのだ。

不信と混乱で暴れる人々に対して、彼女は信用に足る勇者であり、敵ではないのだと。

全員の認識を一つにしたのだ。

事実、助けられたという明確な事実が、フィリアに対する暴言を塗りつぶした。

彼女に石を投げる者など現れる筈もない。


代わりにあるのは、オスカーに対する恐れと疑惑。

植物庭園の立て篭もり。

都市全域に対する石化。

そして虚言とも取られかねない魔王打倒の声明。

特に最後に至っては誰もそれを見ていないので、彼を持ち上げる者など出る訳もない。

だが当然、フィリアは知っている。

オスカーが魔族の強襲に気付き、立て篭もりを行ってでも都市を守り、魔王を倒した事を。

それでも勇者としての地位を天秤に掛け、彼女に譲り渡した。

今ここで口を挟む事は、その意志に背き、人々を更に混乱させることになる。

彼は一息入れた後、フィリアに向けて微かに笑みを浮かべた。


「ちょっと、喋り疲れたな」

「どうして……」

「フィリア、魔王を倒しても何も終わらない。今の奴は影でしかない。影の本体、魔将を探すんだ」

「……!」

「きっと、俺もそこにいる」


それだけ言って、オスカーは背を向ける。

人々の輪の中に入ろうと辿って来た道を、意味もなく戻っていく。

直後、今まで黙っていた冒険者のヨハンが叫んだ。


「待って!」

「……」

「オレは……オレは……!」


ヨハンもオスカーがやろうとしている事を理解したのかもしれない。

今にも泣きそうな声で精一杯引き止めようとする。

すると代わりに足を踏み出す者がいた。

同じ冒険者である、リーダー格の斧使いの男だった。


「オスカー・ヒルベルト!」

「……!?」

「ヨハンを、仲間達を助けてくれて、ありがとう!」


彼の口から出たのは感謝の言葉。

命を助けてくれた者の、恩人への確かな思いだった。

オスカーすらも不意を突かれる中、民衆の一人が男に掴み掛る。


「お前……何を言ってッ……!」

「俺達冒険者ってのはな。元々ならず者だった奴らもいる。それでも魔族を倒して、人のために命を救えば感謝だってされた。フィリア様だけじゃない、それはあの男も同じだ。大罪人だろうと何だろうと、俺達が命を救われたのは事実なんだ。それを無視したままなんて、おかしいだろう?」


罪があったとしても、そこで救われた事実を無為にしてはいけない。

斧使いの男は、民衆の手を払いのける。

そして笑みを浮かべながら斧を構え、オスカーに向けた。


「だから今回は痛み分けって事にしといてやる! 今度見つけた時には、俺達がこの手で捕まえてやるさ! そうだろう、皆!?」


男は鼓舞するように周りに伝える。

照り付ける日差しが周囲に伝播する。

すると他の冒険者達も我に返ったように拳を掲げた。


「お、おぉ! 勿論さ!」

「仕方ないな! これだけ負傷したんだ、もう捕まえるだけの体力はねぇよ!」

「勝手に死ぬんじゃないぜ! 俺が捕まえた時の報酬が減っちまうからな!」

「おい、お前はどうする? さっき、今なら不意を突けるとか言ってなかったか?」

「あ、痛てて……丁度、腹が痛くて動けないんだわぁ……」


所詮、今のオスカーは大罪人。

魔王を倒したと言った所で、罪が軽くなる訳でも、認められる訳でもない。

ここに留まることが、どれだけ危険な事なのかは彼自身が痛いほど理解している。

だからこそ冒険者達はそう言って、オスカーの出立を見送ろうとしている。

そこにあるのは非難ばかりではない。

彼は皆の姿を見て、思わず目を伏せた。


「皆、ありがとう。この街を守ってくれて」


静かな言葉を呟いた後、オスカーはそのまま姿を消した。

脱力するヨハンに駆け寄ったアンナは、涙をこらえながら俯く。


「ありがとうございます……勇者様……」

「姉、ちゃん……」


追う者は誰もいない。

残された避難所では、先程の熱が一気に鎮火し静けさを増していく。

皆が我に返るように、各々の身を案じ始めた。

ただ、フィリアはオスカーが去っていった道を見続ける。


「オスカーさん、本当にそれで良いんですか? 貴方が一番、この街のために力を振り絞って戦ったのに……」


結局、オスカーが魔王を倒したという証拠はない。

都市の皆が、オスカーは虚言を放ち魔族側に寝返ったと報道し、更なる追撃をしかけるかもしれない。

その代償として、彼はフィリアの名誉だけでなく都市を守り切った。

魔族からだけでなく、人同士による新たな血が流れる可能性すら、己を犠牲にして食い止めた。

そこにあるのは、勇者としての責務と覚悟。

彼女は確かに、その意志を目の当たりにした。


「だったら、私は……」


フィリアは杖を強く握りしめた。

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