19.デバフ勇者と悪しき集団心理
都市全域を覆っていた雨雲は、いつの間にか消え、陽の光が差し込んでいく。
攻め入った魔族は、フィリアの助成もあって殆ど撃退していた。
彼女が船に乗り込んだ以降も、冒険者達は互いに協力し合って都市の人々を避難させ、安全を確保した。
そのため、船の落下も彼らは当然の如く目撃する。
あれだけの巨大な船が落下すれば、建物の倒壊だけでは収まらない。
逃げ遅れた市民も含め、相当数の死傷者が生まれる。
しかしその落下も寸前の所で止まり、別の場所へと転移された。
瞬間、船全体を覆った魔法陣は、フィリアが放った力だと冒険者達は理解する。
自分達は彼女に助けられたのだ。
戦いを終えた冒険者、ヨハンは植物庭園に舞い戻ろうと、来た道を戻っていく。
足取りは今までより遥かに軽い。
すると進む先から見覚えのある姿、姉のアンナが駆け寄ってきた。
「ヨハン!」
「あっ、姉ちゃん!」
「良かった! 無事だったのね!」
「姉ちゃんこそ! 勇者が石化で守ってくれたお陰だよ!」
彼女も全てが終わったことを悟り、弟を心配して来たのだ。
大切な家族が無事だったことを、互いに確認し合う。
周りにいた冒険者達も、窮地を乗り越えた事に息を吐き、歓喜の声を上げる。
「フィリア様が、援護してくれたからだ! そのお陰で、俺達も存分に戦えた!」
「あぁ! あの黒船も転移で退避させたんだろう! あの方がいなかったら、どうなっていたことか……!」
あれだけの戦いがあったというのに、都市自体に大きな損害はない。
奇跡的と言ってもいい。
彼らの言葉通り、白魔導士のフィリアが援護したからこそ、ここまで軽微な被害で収まった。
アンナもそれは分かっているが、それ以上に彼女には思う所があるようだった。
少しだけ俯き、ゆっくりと目を閉じる。
「それだけじゃない……本当に感謝するのは……」
「姉ちゃん?」
「ヨハンの言う事は、正しかったわ。あの人は、オスカーさんは自分の名誉よりも先に、都市を守ってくれた。私達の庭園も最後まで見捨てなかった。私、謝らないと……」
フィリアの表立った活躍に霞んでいるが、先んじて都市を守ったのは他ならぬオスカーである。
立て篭もりを決行した大胆さから、庭園内の植物達を守り切る誠実さまで、彼がいなければ確実に都市は攻め滅ぼされていた。
その行動はまさに勇者と呼ぶに相応しかった。
アンナは、彼に向けて敵対的な言動をしていたことを恥じた。
噂や王都の情報だけでは分からない。
自分の目で確かめることで、分かることもあるのだ。
黒船が消えた今、彼はきっと魔族を撃退し、直ぐにでも都市に戻ってくるだろう。
そうすれば、面と向かって謝罪できる。
家族と、そして大切なものを守ってくれた勇者に、彼女は心からの感謝を告げようと決めた。
「あれ? ザカンのおじさんは?」
「あら? さっきまで一緒にいたのに……彼を探しに行ったのかしら?」
ヨハンの指摘を受けて、ようやく思い出す。
先程まで一緒に庭園を抜け出したザカンの姿が、何処にもいない。
辺りを見回していると、何処からか騒ぎ声が聞こえ始める。
他の冒険者達も、その異変に気付いたようだった。
「何だ? 騒がしいぞ?」
「民衆の避難所の方だ。行ってみよう」
彼らが動き出すのを見て、ヨハン達も後を追う。
妙な胸騒ぎを感じたからだ。
それを助長するように、騒ぎ声はどんどん大きくなっていく。
悲鳴ではない、喧騒に近い荒れようだ。
特に何の問題もなく避難所には辿り着いたが、魔族がいるようには見えない。
ただ市民たちが、周りに向けて声を荒げていた。
「俺だけじゃない! 皆が見たんだ! あの男が、亜人を連れているのを!」
良からぬ言葉が聞こえてくる。
何者かを責め、糾弾するやり方だ。
他の市民たちもそれに同調して、妙な騒ぎ方をしている。
その場には兵士や冒険者達もいたが、あまりの荒れように事を収め切れていない様子だった。
ヨハン達と共に来た冒険者達が、困惑する同期らに事情を尋ねる。
「一体、何の騒ぎだ!?」
「オスカーです! 彼が今回の襲撃を手引きしたって、民衆が騒いで……!」
「何!?」
後ろで聞いていたヨハンが、思わず駆け出す。
何故、そんな荒唐無稽な事実が広まっているのか。
騒ぎ続ける連中の元に辿り着くと、彼らは吠えるように唾を飛ばしていた。
「奴が連れていた女だ! ソイツの背中には翼が生えていた! 間違いない! あれは魔族の翼だ! 奴は魔族と結託していたんだ!」
「やっぱり……!」
「始めから、この都市を攻め滅ぼす気だったんだな!」
オスカーが連れていた女。
ヨハンが思い出すのは、自分よりも幼くそして強いエイダという少女だった。
連中は彼女が魔族の翼を持っていた、と言いたいらしい。
ヨハン自身がそれを目撃したことはない。
背中までは見ていなかったので、隠していた可能性もある。
それでも魔族と結託していたとは思えない。
オスカー達は確かに魔族と敵対し、戦っていたのだから。
「おい! 何をふざけたことを言っているんだ! あの人が、そんな事をするはずないだろっ!?」
「チッ! 冒険者風情が! 全く役に立たないくせに、口だけは達者だな!」
「な、何だって!?」
「俺だけじゃない! 王都の兵士達も、亜人の少女を連れている奴の姿を見たんだ! これが、嘘偽りない真実なんだよ!」
ヨハンは大声で対抗するも、彼らは一切聞く耳を持たない。
殆どの市民が、王国兵が敷いた包囲網のせいで、オスカーの戦う場面を見ていないのだから、考えが傾いてしまっている。
魔族の襲撃で戸惑っていた冒険者達も、所詮その程度だったと思われているのだろう。
「あの石化だってそうだ! 俺達の逃げ場を失くすために仕掛けたに違いない! いや、そうに決まっている!」
「無茶苦茶だ! あの石化は、俺達を守ってくれたんだ! どうして分からないんだよ!?」
「守ってくれた、だと!? あんなもの、俺達を閉じ込めるための罠だ! もし魔族に破られていたら、閉じ込められた俺達に逃げ場はなかった! もし怪我を負っていたら……お前達が責任を取ってくれたのか!?」
真っ当な話し合いは出来そうにない。
魔族に襲われ、死にかけたというショックが、平静を失わせている。
加えて集団の中で形成された同調意識が、それに拍車を掛けているようだった。
「ヨハンッ!」
「こいつら、何も分かってない! 恩を仇で返しやがってッ……!」
心配し近寄ってきたアンナを、ヨハンは庇おうとする。
この状態の彼らは、反論する者全てに敵意を向けている。
冒険者、強いてはそれらに協力する者にも殴りかねない。
そんな時だった。
とある人物がこの場に姿を見せ、皆の視線が一斉に集まる。
現れたのは、勇者の一人であるフィリアだった。
避難所の騒ぎを聞きつけてきたのだろう。
魔族とは違う、思いもよらない事態に彼女も戸惑いを隠せていない。
「これは、どういう事ですか!?」
「フィリア様!」
勇者、この一連の騒動に深く関わっている人物。
民衆の矛先が向くのは、自然な流れだったのかもしれない。
その内に一人が、彼女を指差して叫ぶ。
「そうだ……仲間達も同罪だ! 勇者だって言うのに、魔族を手引きしていた男の正体も今まで掴めないなんて!」
「た、確かに!」
「もしかして、あの偽勇者と裏で繋がっているんじゃ……?」
そこまで聞いて、彼女も自ずと状況を理解したようだ。
このままでは謂れのない罪と、非難を一斉に浴びることになる。
彼らを鎮めようと、冒険者を庇いながら率先して前に立つ。
「み、皆さん! 落ち着いて下さい!」
「落ち着いていられるか! 大体、アンタ達勇者の不祥事は目に余る! 往来で剣を抜こうとしたこともあるらしいじゃないか!」
「そ、その通りだ! 特にあのウィルズって男は最悪だ! 俺達が助けを呼んでいるのに真っ先に船に乗り込んで、気絶して落ちてくるなんて! こんなものが勇者だなんて、本当に言えるのか!?」
「それは……」
フィリアは言葉に詰まる。
この都市にやって来たウィルズの行動は、明らかに冷静さを欠いていた。
市民を守ること以上に、オスカーを殺すことしか考えていなかったのだ。
魔族に襲われていた人々を見捨て私情を優先した、そう言われても仕方がない。
そしてその暴走を止められなかったフィリア自身、責任を感じていた。
だから、真っ当な反論が出てこない。
人々は俯く彼女に付け入る隙があると思ったようだ。
何処からともなく、小石が飛んできた。
反射的にフィリアは、杖でそれを防いでしまう。
「きゃっ……!」
「俺達一般人は、お前たち勇者の活動のために税を払っているんだぞ!? その仕打ちがこれか!?」
「そうだ! 責任を取れッ!」
無責任な集団心理が一斉に刃を向ける。
堰を切ったように、次々と石が投げられていく。
流石に危険だと気付いた冒険者達が、フィリアを守ろうと動き出す。
「クソッ、こいつら……! 皆、力を貸せ! 力づくで抑える!」
「ま、待って下さいっ!」
「フィリア様は下がって! 貴方の手を煩わせることはない!」
ここで不用意に勇者を動かしてはならない。
彼女が動けば、余計に騒ぎは大きくなる。
同じ都市を管轄する冒険者は、それを察して彼らの前に進み出た。
剣すら抜きかけない姿勢に、石を投げていた人々は大きく動揺する。
しかしそんな連中を守るように、王都の兵士達が対面する。
「守るべき民に剣を向けるか! 冒険者共!」
「今の連中は混乱している! 見ていて分からないのか!?」
「だとしてもだ! 罪なき民に剣を抜くのは、我が国の法定に反する行為だ!」
「このッ……!」
兵士達は、あくまで非力な民衆を守ろうとする。
そこにある悪感情を考慮することはない。
彼らは所詮、この都市の兵士ではないのだ。
冒険者達は苦汁を飲むような表情の中、一歩も引かない。
勇者に守られた恩をこの場で果たそうとしている。
互いの思惑がぶつかり合い、お互いが剣を抜きかねない事態に発展しようとしている。
アンナは呆然とするヨハンを引き留め、強く抱き寄せた。
「ヨハン! 危ないわッ!」
「何でだよ……どうしてこんなッ……!」
ヨハンは剣に触れることも出来ず、両手を震わせる。
魔族の侵攻は止まり、都市の危機は去った。
だというのに、そこに残ったのは人々の悪しき思いだけだった。
何故、人同士で争う必要があるのか。
幼い彼にとって、目の前の光景は信じ難いものに変わっていく。
直後、今まで戸惑っていたフィリアが、意を決した表情に変わる。
両者の衝突が始まるよりも先に、自らが力で抑え付けようとしているのだろう。
何もせずに見守っているだけでは被害が増える、そんな思いがあったに違いない。
彼女の手にした杖に、魔力が込められていく。
そんな時だった。
「皆、あれを見ろッ!」
民衆の一人が、あらぬ方向を指差す。
その先を見た全員が、一瞬で静止した。
姿を現したのはあの勇者、オスカー・ヒルベルトだったのだ。
所々、傷ついてはいるが重症ではない。
治癒を半分だけ終え、真っ先に避難所の様子を見に来たのだろう。
彼は目の前の状況が分からず、ひたすら困惑していた。
「一体、何が起きているんだ……?」
「オスカーさん!? 駄目です! こっちに来ちゃ……!」
フィリアが思わず叫ぶ。
今は最悪のタイミングに近い。
渦中の人物が現れたとなれば、周囲はどんな反応を取るのか考えるまでもない。
「あれは! オスカーだッ!」
「まだ、此処に残っていたのか!」
「お前のせいで、俺達はッ……!」
周囲の混乱が、全員の心情を掻き立てる。
あの男さえいなければ。
事情の欠片も知らない、無責任な怒りの感情が、一斉に彼に向けられた。
投げられた幾つもの小石は、方向などバラバラなまま飛んでいく。
そしてその内の一つが、彼の足元に届いた。
「……!」
あれだけの事をして、待っていたものがコレだ。
転がってくる石を見て、オスカーは無言のまま見下ろす。
絶句したのか、呆然としているのか。
だが徐々に瞼が下がり、一瞬だけ悲しそうな顔をした。
「そういう、事か」
大よその事情を理解したのかもしれない。
彼の両手は力なく、だらんと垂れ下がったままだ。
これ以上は、見ていられる筈もない。
耐え切れなくなったフィリアが、杖を振るおうとした瞬間。
「は……ハハハハハ!」
「!?」
オスカーは、一転して笑い出した。




