14.デバフ勇者と妄執勇者
現れたウィルズの姿は、無事とは言い難かった。
全身至る所に擦り傷を負っており、騎士の鎧も所々破損している。
今まで船内の魔族と戦っていたのだろうか。
だが、戦っている気配は一切感じられなかった。
いつ、どのタイミングで乗り込んできたのかは分からないが、その瞳は今もオスカーを執念深く睨んでいる。
「どうしてウィルズが此処に!?」
「どうして? どうしてだと!? 自分に胸に手を当てて考えてみろッ! お前がやってきたことの数々をなッ!」
一歩一歩、ウィルズが近づいてくる。
怒りの感情が、これでもかという程に伝わってくる。
エイダが警戒する中、オスカーは彼が商業都市に辿り着いた原因に思い当たった。
「そうか! 俺の立て篭もりを聞いてきたんだな!? ってことは、フィリアも一緒なのか!?」
「フィリア? どうしてアイツの話をするんだ? 俺のことは、どうでも良いって言うのか?」
「……!?」
「オスカー……お前だけは絶対に許さない! 二人の仇を、今ここで取ってやる!」
何かを言うよりも先に、ウィルズは黄金に輝く宝石剣を向けた。
王都で一悶着起こした時以上に、余裕がない。
感情の荒波に呑まれ、我を見失っている様にすら見える。
「この人、前に会った時よりも強い匂いがするわ。黒くて、悪い匂いよ」
エイダの言葉に、オスカーは少しだけ表情を歪める。
オスカー自身、ウィルズが怒り狂う理由は察しが付いていた。
彼からすれば、目の前の男は上司と仲間を殺した大罪人。
仇を取ると言ったのも、オスカーが主犯であると信じ込んでのことだろう。
当然それは濡れ衣であり、敵陣で仲違いをする意味も全くない。
今は時間との勝負でもある。
ウィルズの誤解を解くことが先決だと考え、オスカーは冷静に語る。
「ギルマスや、ディアックの事を言っているんだな。でも、聞いてくれ。俺は二人を殺していない。実行したのは魔族なんだ。ただ、何も言わずに逃げたのは俺の責任だ……すまなかった」
「は……?」
「今襲っている魔族も、あの二人の殺しに関わっている可能性が高い! 俺達は嵌められたんだ! 俺は真実を知るために、此処にいる! だから頼む、どうか力を貸してくれ!」
ウィルズはオスカーを追放した張本人でもある。
今でもあの時のことを思い返すと、多少なりの嫌気が差してくる。
それでも何時までも誤解したままでは、何も進展しない。
彼の力が加われば、船内の突破も容易になるだろう。
オスカーは今までの経緯を簡潔に話し、協力を申し出る。
するとウィルズは呆気にとられた表情から一転、邪悪な笑い声を上げた。
「クッ……ハハハハハッ!!」
「ウィルズ!?」
「やはりそうか。お前は俺を侮辱していたんだな? パーティーに入隊した、あの時からッ!」
「な、何を言っているんだ?」
「そんな戯言に耳を貸すと思ってるのか!? 兵士達から話は聞いているんだよ! 立て篭もりをしたのも、魔族をおびき寄せるための策略だってな! お前は魔族に魂を売った! だから今、この船で奴らと共闘しようとしている! 違うか!?」
ウィルズが耳を貸すことはなかった。
この場に駆けつける前に、兵士達からある事ない事を吹き込まれたのだろう。
確かに、王都で最後まで弁明しなかったオスカー自身にも責任がある。
周囲への不信感が積り、ギルマス邸ではその場を逃げ出してしまった。
これは自分が招いた結果でもある。
そんな自覚があったからこそ、オスカーは彼に対して強く発言が出来なかった。
「ウィルズ……俺は……」
「オスカー、もういいわ」
「え……?」
「さっきの人達と同じよ。話しても分かってくれない。この匂い、エイダは知ってる」
代わりにエイダが、ウィルズに向かって歩み出す。
不快や不機嫌、という様子ではない。
あくまで冷静に、目の前の男を立ち塞がる者として認識し相対する。
「ごめんなさい、エイダ達は忙しいの。邪魔をするなら、吹き飛ばすわ」
「ガキが……俺を勇者と知って、言っているんだろうな?」
見た目幼い少女にそう言われた事が、癪に触ったようだ。
剣の切っ先が彼女の方へと向く。
情け容赦なく、いつでも斬りかかりそうな雰囲気を放った。
「痛めつけて、俺の屋敷で飼う! 安心しろ! 顔だけは見逃してやる!」
ウィルズは力強く駆け出す。
目の前の少女を切り捨てるため、剣に魔力を纏わせ肉迫する。
思わずオスカーは身を乗り出したが、エイダが片手でそれを制した。
そしてその片手で、振り下ろされた宝石剣を真っ向から掴み取る。
それなりに強烈と言える勇者の一撃を、素手で受け止めたのだ。
「これ以上、オスカーの力は使わせないわ」
「お、お前ッ……!」
流石のウィルズも手で止められるとは思わなかったようで、見開いた目が次第に吊り上がっていく。
掴まれた手を振り払い、再度切り込みを仕掛ける。
二度と掴まれないように、あらゆる角度からの斬撃を繰り出す。
しかしエイダは表情を変えることなく、手刀で捌いていく。
宝石剣の斬撃と魔力を受けながら、血の一滴も流さない。
そこでようやく、彼は目の前の少女が只者でないことに気付いた。
「何なんだ一体!? 俺には最高クラスの剣術スキルがあるんだぞ!? 何でこんなガキが、俺の剣に対抗できる!?」
「教えない」
「クソッ! 馬鹿にしやがってッ……!」
歯軋りのような音が、オスカーの元まで聞こえてくる。
既に勝負は見えていた。
ウィルズは限りなく全力を出しているが、手を抜いたエイダを未だ突破できていない。
スキルなどではない、自力の時点で圧倒的な差がある。
今の彼では勝てない。
そんな事は分かっているだろう。
「ウィルズ、もう止めよう。これ以上は何も……」
「うるさいッ! その目で……その目で俺を見るなッ!」
それでもウィルズは退かない。
敵わないと気付いていながらも、決して剣を降ろさない。
妄執に駆られ、目の前の怨敵を倒すことだけを考えている。
最早それは、かつての仲間に向ける目ではなかった。
「何故だ!? どうしてお前ばかりッ!」
「何を言って……?」
「許せないッ! お前だけは! お前だけは絶対に! 俺が殺してやるッ!!」
直後、宝石剣が光り輝く。
その変化にオスカーは見覚えがあった。
強大な敵を倒す際に使う、止めの一撃。
人族の中で最も使用率の高い五大元素を魔力で生成。
それを一つに束ね、剣から光線のように放つ切り札だ。
五つの属性を同時に使いこなせる者は、殆どいない。
言ってしまえば、ウィルズのみに許された大技なのだ。
今までも、彼はこの攻撃を使って多くの魔族を倒している。
短いながらもパーティーとして参加していたオスカーが、何よりそれを理解していた。
「全てを薙ぎ払え! 五刻旋風ッ!」
ウィルズが剣を振るい、剣先から強烈な光線が放たれる。
今度こそ、オスカーはデバフを使おうとした。
確かに強力な一撃だが、結局は魔力で生み出された術式だ。
零魔剣で全てをゼロにし、吸収することは出来る。
だがエイダも退かなかった。
任せろと言わんばかりに両手を突き出す。
そしてそんな彼女ごと、光線は全てを呑み込んだ。
かに見えた。
光線はエイダが突き出した両手の前に遮られる。
受け止めたのではない。
放たれた力が、彼女の前で吸収されていく。
零魔剣にも似たその様を見て、オスカーは思い出す。
竜という種族には、周囲の魔導を支配する力があることを。
竜には生まれながらにして特定の元素を司り、魔力で生成されたそれらを吸収、自在に操ると言われている。
発動者に関係なく、属する魔導を己がモノに帰属させるのだ。
そしてエイダは今まで、五つの元素を元にしたブレスを扱っていた。
これらの情報から導き出される答えは、一つしかない。
「う、受け止めただとッ!?」
「効かないわ。エイダの使うものは、全部エイダのものだから」
「馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な、バカなッ……!?」
ウィルズが混乱するのも当然だった。
光線を全て吸収したエイダは、それを両手で球体のような形に変貌させる。
全力の一撃を、餅をこねる様に揉む光景は今まで見た事が無いだろう。
手中の光が一層強まると、彼女はウィルズに向けて両手を翳す。
「返すわね」
と、エイダの両手から先程の光線が放たれた。
威力に衰えはない。
先程発動した時よりも、更に強力になって跳ね返ってくる。
風を切る音を発するそれを、ウィルズはどうにか受け止めた。
全身から魔力を発し、剣で自身の光線を押し返そうとする。
それでも、元は彼の全力の攻撃を更に高威力にしたものだ。
物理的に受けただけで、どうにかなるものではない。
受けきっていた剣に、次第に罅が入っていく。
あっ、と思う時間もない。
次の瞬間、宝石剣は音を立てて、破片を撒き散らしてへし折れた。
「そ、そんな……! 俺の、俺の剣があっ……!?」
受け止めきれなかった光線の残留が、ウィルズを吹き飛ばす。
残った力とは言え、後方の壁を貫くだけの威力はあった。
押し流された彼は壁ごと船の外へと弾き出され、重力に従って落下していく。
驚愕、屈辱、信じられないという気持ち。
それ以上にその眼は、オスカーを一点に睨み続けていた。
「ウオオオオッッ! オスカアアァァッッ!!」
届かぬ手を伸ばしながら、ウィルズは落ちていく。
宝石剣の破片も、バラバラになって空中へと飛散する。
残った反響音を浴びながら、オスカーは複雑な表情で立ち尽くした。
「ウィルズ……」
「傷は浅いわ。でも、剣が折れちゃった。そんなつもりはなかったのに……悪いことをしたわ……」
「あの剣、相当硬かった筈なんだけどな」
恐らく真正面から無理に受け止めた事が原因だ。
昔のウィルズなら、その辺りの状況判断を行い、受け流すなどの対処をしていた筈だった。
完全に冷静さを失っている。
あの状態だと、まともな説得も通じないだろう。
やはり事が大きくなる前に、ウィルズに全てを打ち明けるべきだったのか。
しかし、今は過去を振り返っている場合ではない。
「大丈夫、かな」
「ウィルズには自動防御の高位スキルがある。高所からの落下なら、それで耐えきれると思う」
「そう……それなら良かったわ」
「あぁ。それに今は、この船にいる魔将を倒さないと。エイダ、魔族の気配は?」
「ううん。やっぱり,近くには何もないわね」
「近くにいない……もしかして、危機を察して逃げたのか? だとしたら、ヨハン達の加勢に行った方が良いかもしれないな」
船内の魔族の気配は殆ど引っ込んでいる。
オスカー達に恐れをなした者が大半だ。
そんな中、魔将らしき気配がないのは不可解だ。
逃げたという事もあるが、入れ違いで都市に乗り込んだ可能性もある。
一度都市に戻るべきかもしれない。
そう考えた矢先だった。
「逃げると思ったのか?」
「なっ!? 背後に……!?」
突如、女性の声がして振り返ろうとする。
だが間に合わない。
一瞬の隙を突かれ、オスカー達は衝撃波に巻き込まれた。
先程のウィルズの一撃を超えた、強大な魔力だった。
周囲の壁が一気に割れ、床ごと全てが陥落する。
「王たる妾が、兵を置いて逃げるわけがなかろう」
階下に叩き落されたオスカーが微かに見たのは、銀色の毛並みをした美しい妖狐だった。




