13.デバフ勇者と空中戦
時を同じくして、商業都市上空では浮かぶ黒船に接近する者達がいた。
竜の翼を生やすエイダと、彼女の手に捕まるオスカーである。
見た目は少女にぶら下がる青年なのだが、大きな翼が羽ばたきどんどん高度を上げていく。
雨や風が吹く中でも、空を飛ぶことに苦労している様子はない。
ただ一応、オスカーは都市を見下ろしながらも彼女を気に掛ける。
「大丈夫? 重くない?」
「この位なら、何ともないわ」
「良かった……こういうのは普通、逆なんだけどな」
「逆? よく分からないけど、前を見て」
エイダは真っすぐに前方を見据えた。
既に二人は黒船と同じ高度にまで達し、同時に何百体もの魔族が飛び出してくる。
魔族側からすれば、空は言わば絶対的優位にある場所だ。
そんな中で強力な飛行能力を持つエイダは、是が非でも叩かなければならない存在なのだ。
「俺達に気付いたか」
「オスカーは、何もしなくて良いわ」
グリフォン型の魔族が一斉に攻めてくる。
そしてオスカーを引き上げるために両手が塞がっている中でも、彼女は冷静さを失わない。
ゆっくりと息を吸い込み、そのまま吐き出す。
吐き出された息は、周りに吹き荒れる嵐を巻き込んで、一帯に強烈な風圧を生み出した。
竜のブレス。
その威力は、竜の名を冠するに相応しかった。
飛来する魔族達の攻撃を全て押し返す。
魔族の中でも最上位に位置する希少な種族。
その息吹に、真っ向から打ち勝てる者は簡単には存在しえない。
「くっ! あの小娘、一体何者だ!?」
「竜の翼……まさか、竜の亜人か!? そんな種が、存在していたとは……!」
「一点では駄目だ! 360度、包囲しながら攻撃しろ! この船に、近づけさせるなッ!」
相手も馬鹿ではない。
無暗に突撃しても意味がないことを悟り、旋回しながら取り囲もうとする。
包囲されれば、それだけ息吹による撃退が難しくなる。
エイダが周りを見回しながら、大きく息を吸い込んだ時だった。
彼女に掴まっていたオスカーが片腕で剣を振るう。
「絶気剣」
「何だ!? 気が、遠く……!」
「意識が……保て……ない……!?」
対象の気を喪失させるデバフ。
それによって意識を失ったガーゴイル達は一斉に落下していく。
囲もうとしていた魔族の態勢も、一斉に瓦解。
黒船までの道は、一時的だが開かれた。
代わりにエイダが少々不服そうに頬を膨らませる。
「何もしないでって、言ったのに……」
「ごめん。見てるだけは、やっぱり性分じゃなくて」
「むう」
只でさえ、都市全体の石化で魔力の大部分を消費している状態なのだ。
あまり使ってほしくないという意図も分かる。
それでも石化が解除されるまでに、事を終わらせなければならない。
二人は魔族達の攻撃を潜り抜け、黒船の甲板に降り立つ。
同時にエイダは翼を引っ込め、しっかりと服を着直した。
「どうにか着いたけど……この船、どうやって浮かんでいるんだ?」
「エイダみたいに、翼でも生えてるのかも?」
「翼か……。確かにそれ位ないと、この大きさは浮かせられないな」
実際に見て、黒船は非常に精巧な造りだった。
飛んでいることもそうだが、その殆どが謎の黒い金属で構成されている。
これ程の金属加工技術は、人族の間でもそうないだろう。
それだけ魔族の技術が発達しているという事か。
人族との争いが始まってから、魔族は技術に乏しいと聞いていたが、ここ最近になって何かが変わったのかもしれないと、オスカーは結論付けた。
「魔将の力かもしれない。気を付けて進もう」
「ん。任せて」
船内にも魔族は当然のごとく配備されていた。
甲板に降り立った時点で、容赦のない攻撃が二人に襲い掛かる。
得体の知れない棘の群れ。
魔力の込められた光線や熱線。
マンティコア型の魔族が振るう巨大かつ鋭利な爪。
それらをエイダは、全て一人で捌いていく。
飛び道具系は全てブレスで押し返し、接近する者は直接拳で叩く。
先陣を切る者として、オスカーには何もさせたくないようだった。
「こいつ、並の竜より強いぞ!?」
「亜人如きが、これ程までとは! さっきの男とは大違いだ!」
船内の魔族を撃退しながら、二人は内部へと進む。
内部の外装は殆どが漆黒色に覆われ、王宮にでもいるような通路や部屋が幾つも点在していた。
空飛ぶ城、という言葉が相応しい。
その中でも、魔族達はオスカー達を食い止めようと猛攻を仕掛けてくる。
奥に控える何者かを守るために。
しかしその全てを、エイダは跳ね除けた。
多少の傷は受けるも、自然治癒に優れる彼女には重傷には程遠いものばかりだった。
後方で魔力を温存していたオスカーは、彼女を瀕死に追い込んだ魔将・アリアスの格を改めて思い知った。
そうして、10分程が経っただろうか。
真っ向から立ち向かって来る者はいなくなる。
粗方の敵を倒したのかもしれないが、警戒を怠らずにいるとエイダが忠告する。
「オスカー! 前から何か来るわ!」
今までそんな事を言わなかった彼女が、危機を知らせる。
強敵に気付いたオスカーが剣を握りしめると同時に、先の通路から一体の魔族が現れる。
姿を見せたのは、全身に赤い紋章が刻まれた二足歩行の獣だった。
筋骨隆々とした体格で、獣の頭部からは光る糸を何本か垂れ下げた二本角が見える。
ソレは今までの魔族と雰囲気が異なっていた。
「どうやら、お前達が人族の切り札らしいな」
「……お前は何者だ?」
「私はカトブレス。貴様ら勇者を殺す者だ」
瞬間、カトブレスの赤い瞳が光り、オスカーが剣を横薙ぎに払う。
一瞬の攻防。
オスカー達に迫っていた魔力が零魔剣によって四散し、彼の元に吸収される。
今放たれた眼光は、見るだけで相手を術中に嵌める強力な魔眼。
効果は分からないが、一発目に繰り出すだけの自信と威力があるのは間違いない。
即座に判断出来ていなければ、エイダはともかくオスカーは魔眼の餌食になっていただろう。
「私の魔眼を難なく防ぐか。加えて魔力まで……だがこれで終わると思うなよ?」
魔力を奪われながらも、カトブレスは僅かに動揺するだけだった。
両足に力を込め、その場から跳躍する。
見失う程に素早く、その速度と巨体から生み出される威力は察して知るべしだ。
思わずエイダがオスカーを庇うように前方に出るが、魔族が真っ直ぐに突進することはなかった。
通路の天井や壁を、反射するように飛び回る。
単純に惑わせるだけでなく、こちらの出方と機会を窺っているようだった。
「コイツ……巨体に似合わず速い……」
「色んな方向から来るわ! 気を付けて!」
前後上下左右、あらゆる角度からカトブレスの残像が見え隠れする。
目視だけでは追いつけない。
デバフを撒くにしても、相手の位置を特定しなければ命中するものも命中せず、闇雲に広範囲に撒いても、それだけ魔力の消費が激しくなる。
この魔族は、デバフ相手の戦い方を心得ていた。
「無駄だ。お前達に、私を捉えることは出来ない」
「だったら、こうする!」
同じことをエイダも考えていたのだろう。
彼女は思い切り、広範囲に稲妻のブレスを吐き出した。
バチバチと音を響かせながら、通路一帯に電撃が流れる。
物を伝導するという特性を生かし、周囲を跳躍するカトブレスの足を止めようとしたのだ。
「面で攻撃し、私の動きを止めようというのか……だが、もう遅い!」
しかしその直後、エイダの動きが止まる。
彼女だけでなく、オスカーも剣はおろか指先一つ動かすことが出来なくなる。
一体、何が起きたのか。
二人が自身の身体を見下ろすと、僅かに光る糸のようなものが、身体中に絡みついていた。
「何かに、縛られてる?」
「これは魔族の糸……辺り一帯に張り巡らせていたんだな」
カトブレスも、無意味に辺りを跳躍していた訳ではない。
目視できないギリギリの細さで糸を張り、二人の身体を絡め取っていたのだ。
細いと言っても、鋼鉄以上の強度を持つ糸のようだ。
何十にも束ねられれば、流石のエイダでも直ぐには千切れない。
そしてその隙こそ、敵の好機でもあった。
「これで貴様達は動けない! 止めだッ!」
身動きの取れない二人に向けて、カトブレスが一直線に飛来しようとする。
改めて力を込めた突進は、城壁すら突破しかねない破壊力を秘めている。
まともに受ければ、即死は免れない。
それでも、オスカーはあくまで冷静だった。
剣が振れないと分かった瞬間から、瞳に魔力を込める。
今のままでは、剣を用いたデバフ行使は出来ない。
しかし、別のモノを通してデバフを扱う事は出来る。
オスカーは瞳の色を青に輝かせ、周囲に張り巡らされた糸へと力を放つ。
「腐朽圏」
「何だとッ!? 剣を使わずに……!?」
辺りの糸は腐るように千切れ、重力に従って緩やかに落ちていく。
指一つ動かせなかった拘束が、瞬く間に解除する。
合図を送る必要もない。
エイダが大きく息を吸って、ブレスを吐き出さんとする。
そして既にカトブレスは、二人に向けて一直線に突進した後だった。
「しまった! 直進……!」
簡単に急停止できる筈もない。
エイダが思い切り放った電撃のブレスを真正面から受ける。
通路を埋め尽くすほどの雷の渦が、雷光を放ちながら放電を続ける。
今まで見た中でも、かなり強烈な一撃だ。
威力はそのままに先の壁を易々と吹き飛ばし、カトブレスは渦の中へと消えていった。
雷光が止み、ガラガラと崩壊する通路を見て、オスカーはゆっくり息を吐いた。
「ありがとう、助かったよ」
「オスカー、今のは?」
「これもデバフだよ。剣が使えなくなった時の対抗策。使うのは久しぶりだったから、少しもたついたけれど」
「……大丈夫?」
「魔力なら心配いらない。都市の石化には結構使ったけど、戦えるだけの魔力はある。それに、さっきの奴から奪った魔力もある。まだ、戦えるさ」
剣を持ち直し、大事ないと伝える。
剣以外でデバフを行使したのは、久しぶりだった。
ほぼ無傷かつ分単位にも満たない戦闘ではあったが、それだけ相手が手強かったという事だろう。
未だ落ちる気配のない船の天井を見上げ、オスカーは魔族の気配を探る。
「それより、今のは幹部っぽかったな。大物が出てくるってことは、周りの敵も大体倒したってことになるのか?」
「取り敢えず、近くに魔族の匂いは感じないわ」
「撤退したか……となると、そろそろ魔将らしき奴が来てもおかしくない」
「ただ……」
「ん? どうした?」
聞き返すと、エイダが少し険しい表情をした。
単純に危険な力が迫っている、という風ではないが、真っ直ぐに前方を見つめる。
「嗅いだことのある匂いが、来るわ」
「え?」
直後、崩れ落ちていた通路の先から、ゆっくりと何者かが現れる。
魔族ではない、騎士の恰好をした男だった。
そしてその姿にオスカーは見覚えがあって、思わず目を見開く。
まさか、と思ったが間違いない。
王都で彼を追放し、嘲笑の限りを尽くした男。
「やっと見つけたぞ……! オスカーッ……!」
現勇者パーティーのウィルズが、執念を抱く表情で、オスカー達に向けて宝石剣を構えた。




