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12.デバフ勇者と首都反攻戦

「もしかして……始まったの……?」


植物庭園内にも、魔族襲来の気配は伝わっていた。

外から聞こえていた戦いの音が止み、新たな騒音が響き渡る。

庭園内は石化で封鎖されているので、それらが入り込む余地はない。

それでもオスカーが言っていた最悪の事態が来た事に変わりはない。

アンナは血相を変えて、石化された出口を向かおうとする。

するとそれを、ザカンが大声で呼び止めた。


「待て! ここから動くな!」

「で、でも……! ヨハンが……!」

「戦う力のないアンタが行った所で何の意味もない! 足を引っ張るだけだ!」

「……!」

「向こうにはオスカーもいる! 今は動かないことが最善だ!」


確かに道理だ。

力のない者が駆けつけた所で、余計に気を遣わせるだけ。

そもそも目の前の石化を解除する術もない。

アンナ自身、それは分かっていた。

しかし、ヨハンは彼女の家族である。

動くなと言われて、簡単に頷けるものではない。

同じ家族を持つザカンに、彼女は呟くように問い掛ける。


「ザカンさん……貴方は心配じゃないんですか……?」

「そんなモン、心配に決まってるだろ?」


すると当然のように答える。

迷いのない言葉に、アンナは思わずハッとした。


「親が自分の子供を守れない。見ていることしか出来ないのは、何よりも辛いことだ。でも、そうするしかないんだよ」


ザカンは石化された天井を見上げ、辛そうな表情で言うだけだった。






場所は変わって、ギルド集会所近辺。

魔族と黒船の強襲によって、周囲は混乱し切っていた。

只でさえ、オスカーの立て篭もりに介入できない状況だったのだ。

畳みかけるように発生した石化も加え、今どんな事態にあるのか、殆どの者が把握できていない。


「一体何が起きているんだ!? あの船は!? 周りの石化は!?」

「分からない! 状況が何も……!」


既に何百体かの魔族が、空を飛び様々な場所へと降り立とうとしていた。

狙いは人族、それ以外にはない。

当然、助けが間に合う筈もない。

建物内に閉じ込められた住民達に、魔族は火球を何百と放つ。

だが彼らの攻撃は、石化された壁に弾かれ、倒壊する事もない。

オスカーが展開したデバフは、ただの目暗ましではない。

堅牢さは確かに城壁並みで、皆を守るための強固な盾となっていた。

外にいる人々も、入り組んだ通路や石化された家々に逃げ込むことで難を逃れようとする。

逃げ惑う中で、この石化が自分達を守ってくれる唯一の防衛線だと理解したのだ。


「厄介な石化だ。俺達の攻撃が通じない……」

「だが、これだけの広範囲。持って、数十分が限度だろう。慌てる必要はない」


魔族達も、デバフの限界には気付いていた。

自分達は待っているだけで良い。

どの道、逃げる者には手を出すなとの、魔王からのお言葉がある。

戦える人族を混乱に乗じて倒し、無力な者達は石化が解けた後で、じっくり料理すれば良い。

わざわざ撒かれたデバフに付き合うことはない。

冷静沈着に、混乱する冒険者達の始末に取り掛かろうとする。


「形勢を立て直せ! このままだと押し切られるッ!」

「立て直すったって、どうすればいいんだ! 空には黒船もあるんだぞ!」

「む、無理だ……! こんな数……俺達には……!」


大体の事を察している魔族と違って、冒険者側には何もなかった。

一体何が起きて、誰が起こして、何が起きようとしているのか。

あらゆるものが不明瞭で不確実な状況では、的確な判断や指示すら出せない。

迫り来る魔族の群れ相手に、数分も経たずに戦線は崩壊する。

そんな絶望的な状況に、一人の少年が駆け付けた。


「皆ッ!」

「ヨハン!? どうしてここに!? 例の立て篭もりに巻き込まれたんじゃ……!」


ヨハンはオスカーが前線の魔族を食い止めている間に、どうにか集会所まで辿り着くことが出来た。

当然仲間の冒険者達は、何故彼が囚われの身から解放されたのか、知る筈もない。

意味不明な状況に少しでも解を見つけたくて、問い質そうとする。

しかし、詳しく説明している時間はない。

彼は自分に与えられた使命を第一に、皆へ伝言する。


「勇者からの伝言だ! 冒険者達は、全員で都市の人達を守ること! 浮かんでいる船は、自分達で何とかするって!」

「勇者って、あのオスカーのことか!?」

「あの人は、此処に魔族が襲ってくることに気付いていた! だから、わざわざ立て篭もりなんて事をしたんだ! そしてこの石化も、皆を魔族から守るためにやったことなんだ!」

「俺達を守るために……!?」

「信じられないかもしれない! でも今は協力してほしんだ! このままだと商業都市が無くなっちゃう!」


ヨハンは必死に皆を説得しようとした。

石化が最低限の防壁となっているも、今も着々と魔族の侵攻は続いている。

都市を守るには、皆の協力が無くては実現不可能だ。

一分一秒の差が、明暗を分ける。

ただそんな事を言われ、即答できる者はこの場にはいなかった。


「ど、どうする!?」

「どうするって言ったって……この状況でヨハンを信用するのは……」


元よりヨハンは大罪人のオスカーを庇い、王都兵士から斬られそうになっている。

盲目的な印象があり、全面的に信用するには不安があったのだ。

本当に空の黒船は、オスカーが対処するのか。

罠という事はないのか。

皆が沈黙する中、ヨハンは不安を抱いた。

今まで意固地になっていたツケが、ここで返ってきた自覚を感じる。

それでも、自分が思考停止していては意味がない。

そして困惑する先輩冒険者達の背後から、魔族が忍び寄っていることにも気付いた。

今は動け。

行動で示せ。

すぐさま彼は割って入り、オスカーに手引きされた通りのデバフを行使した。


石化フォシルッ!」

「こ、この餓鬼……!」


寸前まで迫っていた魔族の両足が、一気に石化する。

デバフを扱うこと自体が嘲笑の的である中、ヨハンは仲間を守り切る。

守られた冒険者達は、その行動に目を見開いた。


「お前……!」

「今、皆が一致団結しないと駄目なんだ! 後でどれだけ怒られても良い! 冒険者をクビになったって! だからお願い! 力を貸して!」


理論的な説明は出来ない。

年の離れた先輩冒険者を上手く説得することも難しい。

だからこそ、行動と感情で訴えかけることしか今のヨハンには出来ない。

それが彼の精一杯のサインだったのだ。

すると直後、動く者がいた。

ギルドの中でも有数の実力者である斧使いの男性だ。

彼は動きの封じられた魔族を斬り伏せ、声を響かせる。


「馬鹿野郎! ヨハンにここまで言わせて、ぼうっとしてるんじゃねぇ!」

「……!」

「前にあの勇者に、都市を守ってもらった時の事を思い出せ! コイツは今まで、俺達の代弁をしていたんだ! 本当に正しいことが何なのかをな! だったら、する事は一つしかないだろ!」


信じるべきは大衆の意見か、自分達が直に見て感じ取ったものなのか。

周りに流されず、最後に残ったモノは一体何なのか。

ハッとした冒険者達は、次々に頷く。


「わ、分かった! 今は、船の事は忘れよう!」

「勇者もそうだが、俺はヨハンを信じるぜ!」


切っ先がバラバラだった剣が、一斉に纏まり始める。

皆の意志が一つになり、市民を守るという目的に絞られる。

直後、意志を高める雄叫びと共に、彼らは次々に魔族達と交戦していく。

瓦解しかけていた戦線を、徐々に押し戻していく。

周りを見渡したヨハンは、自分の思いが通じたことに顔を綻ばせた。


「ありがとう! 皆!」

「小賢しい! 人族の分際でッ!」


当然、それは魔族にとって面白くないものだった。

侮っていた冒険者の少年が、瞬く間に戦線を取り纏めた。

思い通りに行かなくなった、自棄に近いものがあったのだろう。

飛行していた一体の魔族が忌々しそうに、ヨハンに向かって高速で急降下する。

一瞬の隙だ。

激突すれば地面に大穴が開くだろう突進が迫る。

ヨハンや他の冒険者達が見上げるが、それでは間に合わない。


「あ……」

「しまった! ヨハンッ!!」


すると直後、魔族の突進はヨハンに届く前に弾かれる。

白く光る透明な障壁が、冒険者達を守るように展開されていたのだ。

冒険者達が張ったものではない。

魔族の突進を容易に防ぐ障壁は、並の実力者では決して生み出せない。


聖なる雷撃(ホーリー・スパーク)!」


聞き覚えのある少女の声が響く。

同時に冒険者達を守っていた障壁から、眩い光が放たれる。

それによって弾かれた魔族諸共、周囲の敵を一斉に消滅させた。

威力が桁違いに過ぎる。

呆気に取られたヨハン達は、その力の出所を悟る。


「白魔導? この力は、まさか……!」


皆の前に現れたのは、大きな杖を抱える白魔導士の金髪少女。

その姿を見て、誰かなどと思う者はいなかった。

彼女は魔王を倒すために編成された、人族の中でも指折りの実力者。


「戦況を教えて下さい! 私はフィリア・アーノルド! 白日の勇者です!」


現勇者パーティーのフィリア。

オスカーの立て篭もりを聞きつけ、目下に迫る都市の危機に馳せ参じた。

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