15.デバフ勇者と魔王
階下に叩き落されたオスカーは、全身に及ぶ衝撃にどうにか耐えきる。
正面から衝撃波を受けたものの、寸前の所で零魔剣を振るい急所だけは守り切った。
それでも落下した衝撃だけは防げなかった。
どうにか立て直すと、落とされた階下は暗闇に包まれていた。
光がなく、自分の手元すら見えない。
先程僅かに見えた妖狐も、何処にいるのか分からなかった。
「まさか、敵陣で仲違いをするだけの余裕があるとはな」
ただ、言葉だけは聞こえる。
威圧感のある女性の声が、周囲に響いた。
明らかに、今までの敵とは格が違う。
オスカーは共に落とされたエイダの気配を感じ、闇の中を見回した。
「エイダ!」
「だい……じょうぶ……! それよりも……!」
彼女も無傷ではないらしい。
衝撃を耐え、苦しそうな様子が伝わってくる。
防御に関係なく一定のダメージを与える攻撃なのかもしれないが、問題にすべきはそこではない。
「何も感じなかった。近くにいるのも、分からなかったわ。今だって……」
エイダは嗅覚などで、相手の居場所を探ることが出来る。
今までも船内の魔族を匂いや音で索敵していた。
だが、現状その気配がない。
確かにそこに敵はいるのに、彼女がどれだけ探っても察知できない。
何かしらの力が働いていると考えるのが自然だ。
そしてそれだけの力を持っている者は、片手で数える程度しかいない。
「まさか、魔王なのか……?」
「その問いは随分間が抜けておるぞ、人族の勇者よ。妾が魔王でなければ、その剣を収めるとでも言うのか?」
「いや……そんなつもりはない。でもまさか魔将じゃなくて、魔族のトップが商業都市に乗り込んでくるなんて思わなかったよ」
オスカーは冷や汗を流す。
少なくとも魔将が潜んでいることは覚悟していたが、そこにいたのは魔族の王。
遥か昔から幾度となく戦いを繰り広げてきた者で、人族にとって最優先すべき標的だ。
かつて彼も王族達から、魔王を打ち倒すことが勇者の務めであり、最終目的だと聞いていた。
「始めから魔将と結託していたんだな。いや、考えてみれば当然だった。あれだけの力を持つ魔将を、王であるアンタが知らない訳がない。奴らの存在を隠していたのも、魔王の地位を利用した策略……。俺達は、始めから嵌められていたのか……」
だが分からない。
魔王自身が今まで人族の領域に攻め込んできた事は、過去一度としてなかった。
何故このタイミングで、自ら商業都市に攻めて来たのか、攻めることが出来たのか。
何にせよ、魔将と関係があることは間違いなかった。
「アリアスは、人族へ制裁が目的だと言っていた。魔王、アンタもそうなのか? 俺達人類を滅ぼす事が、魔族全員の望みなのか?」
「言えることは一つ。魔将の存在を知る貴様だけは、生かしておけぬ。部下を散々打ち倒してくれた礼だ。貴様だけは念入りに、妾が始末してくれよう。そして……」
闇の中で、魔王の声が一瞬だけ言い淀む。
「エイダよ。まさか、妾達と相対するとは思わなんだ」
「え……?」
「逃げるだけならば見逃したが……妾の前に立った意味を、今ここで思い知らせてやろう」
今、確かにエイダの名を呼んだ。
事情を知っているかのような、意味深な言い方だった。
不意に告げられたそれに、見えない中でも彼女の動揺が伝わってくる。
「どうして、エイダを知っているの? 会った事なんてないのに……」
「駄目だ! 下がれ、エイダッ!」
嫌な予感がして、オスカーは叫んだが遅かった。
闇の向こうから得体の知れない衝撃波が放たれる。
防御するオスカーの真横を通り過ぎたそれは、後方で弾け飛ぶ。
続いて耳を劈く轟音と共に、壁に何かが激突し、遠くでエイダの声が漏れた。
「か……はっ……!?」
「妾は魔族の王。竜との戦い方は心得ておる」
竜の装甲を貫通できるのか。
亜人であるエイダ相手にも一切の容赦がない。
攻撃の範囲から考えても、避けてどうにかなるレベルではないだろう。
オスカーは自身の残存する魔力を確かめる。
今も彼の魔力は都市全域の石化を維持するために、着々と減り続けている。
魔力切れになれば、敗北は必至だ。
様子を窺っている場合ではないと悟ったオスカーは、声の聞こえる方向へと剣を振るった。
「不動剣ッ!」
相手の動きを止め、一切の行動を制限するデバフ。
魔王であろうとも、掛かれば戦況を大きく変えられる筈だった。
しかし、その効力が届いた様子はない。
空振りをしたような感覚。
直後、魔王の声が耳元で聞こえた。
「何処に打っている?」
「っ!?」
新たな衝撃波が放たれ、オスカーに直撃した。
正面からではなく、真横からの不意打ち。
多数の壁や天井が崩れ落ちる音が響き渡る。
闇の中で彼も吹き飛ばされるが、どうにか体勢を立て直し、後方への激突だけは避ける。
代わりに咄嗟に防いだ左腕が、痛みを発した。
「声の方向に妾がいる、か……残念じゃが、そこまで耄碌はしておらんよ」
今発している声も、何らかの力で放っているもののようだ。
声の出所を探った所で、何の意味もない。
オスカーは焦りから安易なデバフを使ったことを恥じ、剣を右手で持ち直す。
すると今まで倒れていたエイダが、小さな息遣いで力を放った。
「これ……ならっ……」
彼女から吐き出された火炎が、周囲を眩く照らす。
闇に覆われていた空間が、色と輪郭を取り戻す。
どうやら此処は、広大な広間のようだった。
王が座すに相応しい玉座の間。
中央には巨大な天蓋カーテンがあり、辺りには明かりの落ちた灯篭が幾つも置かれていた。
これで周囲の状況は分かった。
オスカー達も互いの姿を視認し、負傷していることに気付く。
だが、魔王の姿はない。
何処を見渡しても、影も形も存在しなかった。
「いない!?」
「そうか……これは、透過能力……」
エイダは目を見開くも、オスカーは魔王の力を理解した。
透過とは、姿を消すための術式。
隠蔽に適した暗殺専用の力である。
「しかも、ただの透過じゃない。自分の存在を消滅寸前まで希薄にして、周りと完全に同化させる最上位のスキル。だから、これだけ巨大な船を気付かれずに……」
「当たりじゃよ。じゃが、それを知った所でお前達には何も出来ぬ」
魔王は冷静に、そして高慢に語る。
確かにここまでの透過能力は、人族では誰一人所有していない。
元々の透過は姿を消していると言っても、動けば気配が分かるものだ。
しかし、魔王のそれには常識が通用しない。
動こうが、衝撃波を放とうが、己の存在は絶対に知覚されない。
そんな規格外の力に、攻略法が確立している筈もない。
出方を窺うオスカーに、魔王は値踏みするように分析する。
「貴様のデバフ、振えば必中と言う訳ではない。ある程度位置を把握しておらなければ、空ぶりを起こすようじゃな」
「……!」
「広範囲に撒く事も出来るようじゃが、今の貴様では魔力が持たん。そんな真似をすれば、地上の石化が全て解ける、と言った所か。地上の人族を守りながら、妾を倒そうとする強欲さ……身を以て味わうが良い」
どれだけ目を凝らしても、気配を探っても、魔王の姿はない。
次いで新たな衝撃波がオスカーに飛来した。
反射的に零魔剣を振るって防御するも、振るう方向が僅かにズレた事で、吸収しそびれた力が彼を弾き飛ばす。
「っ!?」
「オスカー……!」
床に幾つものクレーターが出来る。
後方の灯篭に激突し、肺の息を吐きだす。
エイダが駆け寄る中、口の中に血の味が広がるのを感じた。
これが魔王の実力。
魔将であるアリアスと同格であるだけでなく、その力を最大限に利用できる状況を生み出している。
彼女からすれば、今の自分達は籠の中の鳥なのだろう。
「危ないわ! このままじゃ……!」
「いや、まだだ……!」
此処で退いたとしても、魔王は侵攻を続けるだろう。
勇者である以上、倒す以外の選択はない。
オスカーは手にした剣と、立ち上がったエイダを見比べた。
今の状況で適切なのは、広範囲の攻撃を行うことだ。
相手の姿が見えないのなら、面で立ち向かう以外にない。
しかし魔王の言う通り、地上を石化している状況下、オスカーの魔力は残り少ない。
商業都市を庇いながら戦っているような不利状況を背負っているのだ。
幾らデバフが強力でも、そう何度も乱発は出来ない。
確実に一撃で、相手の戦力を削ぎ落とす必要がある。
ならばどうするか。
オスカーはエイダに向けて一つの指示を出した。
「風を起こしてくれ! この空間一帯に……!」
「っ……!? わ、分かった!」
彼の言葉を疑うことは決してない。
少女の息が、辺りを巻き起こす突風へと変わる。
元々火のブレスで灯されていたこともあって、周囲に散らばっていた壁や床の残骸が、多くの火の粉が舞い散った。
「何のつもりじゃ? ただの悪あがきか? この程度の風では、妾に傷を負わせることは出来ぬぞ」
しかし、それだけだ。
強風ではあるが、傷を与える程ではない。
殆ど意味を成さないもの。
魔王も不可思議そうな声を上げるだけで、動じた様子はない。
「数撃を与えて倒れぬ者は久しぶりじゃ。じゃが、それもここまで。次の一撃を躱すことは出来ぬ。これで、止めといこう」
決着はついた、と言わんばかりに次なる衝撃波が形成される。
直撃すれば、今度こそ一溜まりもないだろう。
危機的状況を前にして、オスカーはあくまで冷静だった。
恐れるエイダを背中で守りながら、そうなることが分かっているかのように、手にした剣を持ち上げる。
「いや、それは違う」
「何じゃと……?」
「避ける必要は無い。お前が次の攻撃を繰り出すことは、無いからだ……!」
それだけを言って、オスカーは剣を振るう。
魔力を込め、横へと一閃した。
「不動剣」
先程と変わらない不動のデバフ。
彼の動きに目立った変化はない。
同じように虚空へ飛び、空振りに終わったかのように見えた。
だが次の瞬間、魔王が息を呑む。
何が起きたのかは、彼女自身が一番良く理解していた。
全く、動けない。
オスカーの放ったデバフは、確かに魔王を捉えていたのだ。
「ッ!?」
「火の粉が風に舞って、散らばった事に気付かなかったみたいだな。存在が同化したとしても、完全に消えた訳じゃない。お前という実体は、確かにそこにいる」
「き、貴様! そんな微弱な変化を読み取ったというのか……!?」
エイダがハッとして辺りを見回す。
飛び散った火の粉は、今も空中を漂っている。
完全な透過と言っても、物質を全て通り抜けている訳ではない。
あらゆる物質をすり抜けるなら、この船に立つことも出来ないからだ。
言わば、限定的な透過。
必要なものと、そうでないものを区別している。
そして火の粉は、オスカー達が叩き落された際に出来た破片の一部が燃えたもの。
玉座の間の壁や床に部類する物質だ。
それが舞えばどうなるか。
魔王に触れたものが、僅かに不自然な動きをするのは摂理だった。
「ようやく姿を現したな、魔王」
オスカーは剣を向け、一点に先を見つめる。
透過が解除され、天蓋カーテンに座す形で現れたのは、身動きの取れない魔王。
銀色に輝く毛並みの、美しい九尾の狐だった。




