10.デバフ勇者と直上の敵船
現れたオスカーを見て、兵士達は一斉に武器を向けた。
彼らの表情には、危機感以上の高揚感があった。
「遂に現れたぞ! 勇者殺しの勇者だ!」
「ヤツだ! ヤツをどうにかするんだッ! そうすれば俺達はッ……!」
人々を守るという大義を見失った目だ。
最早、自分達が何のために此処にいるのかも分かっていない。
オスカーは雨に打たれながら彼らを見回しつつ、ある物を取り出した。
それは庭園から拝借してきた小型の機器だった。
『この都市に、魔族の群れがやって来る! 聞こえている人は、全員避難して警備を強めるんだ! 先に言っておく! これは脅しじゃない! これから起きる、本当の事なんだ!』
彼の声が大音量で響く。
庭園一帯だけでなく、その先の住宅街などにも聞こえる位だった。
当然、不安を抱く民衆やギルドの冒険者達にも声は届く。
「拡声器だと!?」
兵士達は驚くも、言葉が途切れることはない。
周囲に構わず、オスカーは皆に語り掛けた。
『俺が今、こうして此処にいるのは、この都市が魔族に襲われることを知ったからだ! 誰かを傷つけたり、ましてや殺したりなんかしない! ギルドマスターやディアックの死を、俺は被せられただけなんだ! だから頼む! 攻撃を止めてくれ! こんな事をしても、周りを巻き込むだけだ!』
目の前の彼らに告げた所で、頭ごなしに否定されるだけだ。
ならば他の人々に、この事実を伝えるしかない。
無論信じてくれないかもしれないが、伝えるという行動に意味がある。
諦めず、自分自身を貫き通すことに意味がある筈だ。
そんな様子を見て、一人の兵士が焦りの色を浮かべる。
「隊長! あれは庭園に常備されているものです! この大きさだと、周りにも声が届きます!」
「チィッ! 俺達が先に仕掛けたことが、民衆にバレてしまう!」
彼らは王都直轄の兵士である。
人質の事を考えず、強行突破したことが明らかになれば、当然立場も悪くなる。
オスカーの言葉は、この場においては不利益にしかならない。
隊長らしき男が、全員に抜けて号令を放つ。
「止めさせろッ!」
男の言葉と同時に、周りの兵士達が呪文を唱えた。
構築されたのは透明な結界。
半球状に庭園の施設全体を包み込んでいく。
「防御壁!? いや、認識阻害の結界か……!」
ただの結界ではない。
雨はそのまますり抜けるが、音は全て通さない。
防音結界とも呼ぶべき代物だ。
拡声器の声を周囲に聞かせないための、言わば妨害そのもの。
彼は苦しげな表情で、兵士達を問い質した。
「どうしてこんな事を!」
「貴様が余計なことを言って、民衆を惑わせるからだ! 大人しくしていれば、こんな無粋な真似をせずに済んだというのに!」
「っ! そうまでして、俺を討ちたいのか!?」
策略、陰謀。
それ以上に、己の利益と損失だけを考える自己中心的な物言い。
これだけ揃っていれば、オスカーを失望させるには十分だった。
「かかれッ!」
隊長の指示と共に、兵士達が一斉に施設の屋上へと跳躍。
そこにいる彼に向かって、様々なスキルを繰り出す。
「敵を穿て! 双弓波!」
「斬り伏せろ! 雷鳴斬!」
「呑み込め! 紅蓮突!」
加減などない。
受ければ一溜まりもないような攻撃が迫る。
しかしオスカーは冷静に剣を、横に撫でるように虚空を一閃した。
「零魔剣」
魔力をゼロにして吸収するデバフ。
たったそれだけで、全ての攻撃が空中で四散した。
全霊を掛けた攻撃が一瞬で消滅したことに、兵士達は驚きを隠せない。
「消えた!? あのデバフは、魔力で生成したもの全てを打ち消すのか!?」
「相手はただの三流勇者じゃないのかよ!?」
「クソッ! 接近戦だ! 接近戦に持ち込め!」
スキルを用いた攻撃は意味がないと、即座に物理的な攻撃態勢に切り替える。
当然、それを許すオスカーではない。
横に凪いでいた剣を戻す形で、更に一閃。
彼らの手足を石化状態に陥らせる。
「ぐわっ!? お、俺の両手が……!?」
「何故だ! 何故、デバフ如きにこれだけの力が!?」
「は、早くこの状態異常を回復させろ!」
「む、無理です! 魔力がありません! 結界を維持する力すらも……!」
「何だとッ!?」
辺りを覆っていた結界が、割れた硝子のように砕け落ちていく。
彼らに結界を張り直す魔力は存在しない。
消滅する結界を見ながら、オスカーは蠢く兵士達を見下ろした。
「貴方達と交渉したところで、意味がないことは分かった」
未だ連中は悔しそうな表情のまま、敵意を失わない。
自分達が此処にいる意味すら失う程の野心があるようだった。
すると背後から、オスカーが解除した窓を潜ってヨハンがよじ登ってきた。
「勇者ッ!」
「ヨハン……どうして……」
「嫌なんだ! これ以上、見ているだけなんて!」
ヨハンは激情に駆られていた。
無実を訴えても尚、聞く耳を持たない状況に怒りを隠し切れないようだった。
剣を持ち、戸惑う兵士達に切っ先を向ける。
「絶対に許さない! コイツらをぶっ潰す! オレにだって、それ位は出来る!」
「馬鹿な事を言うな、ヨハン! そんな真似は俺が許さない!」
だが、それをオスカーは一喝する。
「で、でも……コイツらは……!」
「お前の持っている剣は何だ? 人を斬るために、人を殺すためにあるのか? ここで剣を振ってみろ。二度と戻って来れなくなるぞ!」
「平気だって言うの!? ここまでの事をされて! 色んな人から、あんな風に……! なのに、どうしてっ……!?」
ヨハンは悲しそうに叫ぶ。
それはオスカーが抱えているものの代弁だった。
冤罪を被せられた上、大罪人として命を狙われ続ける。
そしてその死すらも、己の利益のために利用されようとしている。
こんな有様では、守る意味も意義も感じない筈だと言わんばかりだった。
すると彼は自嘲気味に笑い、小さく呟く。
「前にも同じことを、魔族に聞かれたよ」
「え……?」
「悪に堕ちるのは簡単だ。人を嫌うことや憎むことは、もっと簡単だ。人って生き物は、楽をしたがるから、どうしてもそっちに流れてしまう。でも、俺にはデバフがある。勇者として認められた、この力が残っている。だったら善を通すのが、俺の道理。それがどれだけ、難しい事でも……」
雨を受けて、オスカーは剣を握りしめた。
当然、今の境遇に何も思わない訳がない。
それでも彼には、父やエイダが傍にいる。
自分の力を認めてくれた者の言葉があった。
今のオスカーには兵士達を全滅させるだけの力が十分にあるが、力を持つ者には、それを振るうべき場所と責任がある。
仮にそれを捨ててしまえば、悪に堕ちれば、今度こそ自分の価値を無にしてしまう。
中途半端な出来損ない。
抜け殻だった、幼い頃に戻ってしまう。
「俺は人族の勇者だ! どれだけ否定されようと、その責務は果たす!」
これは意地だった。
大きな権力や差別に抵抗する、ちっぽけな意地。
だが、それで良い。
どれだけ小さくても良い。
ただ、通せ。
半端を許すな。
妥協を許すな。
それが、彼に許された最後の道。
「い、今だ! 仲間割れをしている間に! 今なら距離を詰められるッ!」
ヨハンが言葉を失っていると、代わりに地上の兵士達が我を取り戻す。
勝手なことを言い、彼らは再び動き出す。
魔力を失い、身体の一部を石化された中でも、勢いよく施設の屋上へと駆け上がった。
迫るのは物理的な剣捌き。
オスカーも、何かに気付いたように空を見上げる。
「っ!?」
「死ねええッッ! 偽勇者ッッ!」
言葉は届かない。
感情の荒波に任せ、力の限りをオスカーに向けて振り降ろす。
「止めろおおおおおおッッ!!」
再び、悲痛なヨハンの叫びが響いた瞬間だった。
飛び掛かる兵士達の上空から、黒い影が降ってくる。
一体何が、と確認する猶予はない。
瞬間、風切り音と共に兵士達は一斉に切り刻まれた。
「ぐ……ハッ……!?」
「ゴボ……!? ガッ……!」
雨降る中、血飛沫が舞い散る。
無残に斬り裂かれた兵士達が、次々に落下していく。
不意を突かれたことによる、一瞬の沈黙と停滞。
一早く気付いたオスカーは焦燥を滲ませ、上空に剣を構えた。
「ヨハン! 俺の後ろに!」
「何が、起きて……?」
「クソッ! 遅かった……!」
間に合わなかった。
彼の言葉に、周囲にいた全員の視線が空に上がる。
雨雲の中で浮かんでいたのは、翼を生やした二体のガーゴイル。
見間違えるはずもない、魔族のそれだった。
「アァ、仲間割れか? 邪魔を、したのかな?」
「良いだろう。どうせ、皆死ぬんだ」
魔族はゴミを処理する感覚で、そう言った。
そんな中、雨雲の向こうに新たな影が見える。
影は都市の半分を覆う程に巨大なもの。
生き物ではない、物理的な何かがそこにはあった。
「こんにちは、人族の皆さん。そして……」
魔族は周りの人間に優しげな笑みを浮かべる。
そこにあるのは侮蔑と嘲笑。
新たな戦いの幕開け。
「さようなら」
直後、黒い雨雲から降下するように、空飛ぶ巨船が出現した。




