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8.デバフ勇者と束の間の休息

天気が曇り始める。

雨を降らせそうな濃い雲が漂い、都市全体を覆っていく。

既に陽は陰り、オスカー達が庭園内で立て篭もり始めて、数時間が経とうとしていた。

民間人を避難させる手紙を出したものの、向こう側からの応答はない。

それどころか、一切動きがない。

信用されなかったのか、単純に揉み消されたのか。

どちらにせよ、良い答えは帰って来ない。


「すう……すう……」


木に登っていたエイダは、既に枝の上で身体を丸めて眠っている。

待つことに疲れたようだ。

こんな時にも退屈さを感じるのは、見た目相応の子供らしさと図太さを伺わせる。


「あ、あの子は何をやっているの?」

「……寝てるだけ、だと思う」

「いや……その、貴方の仲間なんでしょう? この樹は、千年以上を生きた大樹で……」

「まぁ、分かってはいるんだけど。彼女は別に樹をどうにかする気はないから、今だけは見逃してくれないか? あそこが一番監視に適しているんだ」

「そ、そうは言っても……」


アンナからすれば、見ず知らずの彼女が大樹に登るのは、子供が粗相をするのと同じ。

許容し難い面もあるが、今は普通の状況とは違う。

無暗に強要せず、心配そうに眠るエイダを見上げていた。

と同時に、ザカンが大樹の幹に触れながら首を傾げる。

何か思う所があるようだった。


「うーむ。やっぱり変だと思ってたんだよなぁ」

「何かあった?」

「いんや。ちょっと、気になることがあってな」


オスカーが聞くと、彼は眉間に皺を寄せながら幹を指先で掻いた。

ポリポリと掻いた傍から、微かに樹皮が零れ落ちる。


「ちょ……貴方まで勝手に……」

「なぁ、お嬢さん。この樹は、もしかして病気なのか?」

「えっ?」


咎めるよりも先に、アンナが不意を突かれた顔をする。

ザカンの疑問が正解だと言わんばかりだった。


「ど、どうしてそれを……」

「他の植物と違って、妙な違和感があってな。何というか、気が感じられないというか。どうやら正解だったらしい」

「正解って……この大樹が病気かどうかなんて、専門家でも見極めが難しいのに。一体、何者なの?」

「ただの薬師さ。それより、元からこの大樹の異変に気付いていたなんて、お嬢さんは中々の逸材らしいな」

「……樹の病気を知っているのは私だけ。他の職員には、気のせいだって言われるばかりで」


アンナは複雑な様子で大樹を見上げる。

彼女は大樹の管理を任された女性だった。

病気を患っていることは、大分前から気付いていたらしい。

ただ、周りからは認識されていない。

年齢が若いこともあって、オスカー達と同じように、そこまでの信用を得られなかったという事だ。

彼女の表情からは、歯痒さが伝わってくる。

ちなみにオスカーの観察眼では、大樹が病気であるとは一切分からなかった。


「病気? 全然そうには見えないけど」

「ふっふっふ。甘いぜ、オスカー。ガワばかり見てるからそう思うのさ。人の身体だって、見た目は普通でも潜伏している腫瘍があるかもしれねぇ。お前だって、その辺は分かってる筈だろ?」

「まぁ、確かに……」

「待ってな。ここを借り受けた礼に、何か妙案がないか漁ってみる」


そんな事を言って、彼は病気の原因を探ろうと思案し始める。

病名も分からないものに、治療法を編み出せるのか分からないが、オスカーの管轄外なので黙っておく。

するとそこへ歩み寄る人物がいた。

今までずっと黙っていた、冒険者のヨハンである。

彼は目の前に勇者がいることもあって、目を輝かせながらオスカーを見上げていた。


「勇者・オスカー! 聞きたい事があります!」

「ん? ええと、君は確かヨハン君、だったよね?」

「うん! オレも勇者と同じ、デバフを使いこなせるようになりたいんです! どうすれば、良いかな?」

「え、デバフ? 俺と同じ?」


思わずオスカーは目を見張る。

デバフ使いを目指す物好きなど、今まで見かけた事がない。

そんな事を言えば、大体が嘲笑の対象になるからだ。

初級者から上級者にかけて、殆ど覚える意味がないとされるスキル。

彼はそれを分かった上で、デバフを使いこなそうとしている。

傍に居たアンナが、余談とばかりに付け加えた。


「その子、貴方に憧れて冒険者になったの。自分も誰かを助けられる人になれたらって」

「そうだったのか……」

「まだ、貴方達の事は信用できない。でも貴方は以前、魔族に襲われた弟を助けてくれた。他の人達だってそう。貴方に命を救われた人は、確かにいるのよ」


追放された身ではあるが、以前から彼は人々を守るために魔族と戦った。

殺されそうになっていた人を直接助け出したこともあった。

ヨハンは、その一人だったらしい。

周りが大罪人として扱う中で頑なに庇っていた原因は、そこにあったのだ。

無論、生半可な気持ちなら他の道を歩ませるべきだ。

冒険者はさておき、デバフを駆使するなら尚更である。

しかしそこまで聞いてしまったので、オスカーは非情になれず、彼に聞き返した。


「使いこなす、って言っていたけど、何に困っているんだ?」

「それが、デバフが当たらないんだ。何回も練習してるのに、当たったり当たらなかったりで……」

「あぁ……デバフ共通の欠点ってヤツだね」

「勇者は、どうやってデバフを当ててるの?」


誰しも疑問に思う事だった。

オスカーのデバフは、他の人が扱うそれとは一線を画している。

そんなこともあって、何か細工をしている、卑怯な手を使っているに違いない、と冒険者時代から言われ続ける羽目にもなった。

言うまでもなく、小細工はしていない。

デバフに隠された、一つの特徴に気付いただけのことだ。

彼はそれを、駆け出し冒険者に告げる。


「そうだな。一番良いのは、自分の耐性を下げることかな」

「え……耐性……?」

「デバフはそもそも、状態異常に部類するスキル。自分の魔力を使ってデバフを扱うってことは、言ってしまえば自分に状態異常を掛けていることと同じなんだ。だから、使い手の耐性があればある程、デバフの命中率も威力も下がっていく」

「そ、そんな仕組みがあるなんて、聞いたことないよ!?」


ヨハンは驚くも、この事実は殆どの者が知らない。

バフと違って、デバフは使役者の耐性部分で効力を大幅に弾いてしまう。

当たっていないのではなく、発動しているが効力が薄すぎて全く効いていない、という認識が正しい。

優れた才覚を持つ者程、デバフが雑魚スキルであると誤認してしまうのだ。

そこに気付けたのはオスカーが劣等生故。

スキルは覚えられず、基礎ステータスも軒並み低かったからこそ、デバフを有用さに気付き、使いこなすことが出来たのだ。

基礎体力などに関しては、血反吐を吐く思いで底上げしたので別問題だが。


「高価で強力な装備には、耐性を上げる効果がつきもの。だから、余計にデバフが当たらなくなる。使えないものだと錯覚するんだ」

「ほへぇ……」

「勿論、それだけが原因じゃないけど……取り敢えず、耐性を上げる装備をしているなら、それを取っ払ってみよう。後は力み過ぎない事。身体の硬直は、自分に制限を掛けているのと同じだから、撫でる様な感じで、気を楽にして振らないと当たらない。まぁ兎に角、元の命中が半々だったなら、全く当たらないなんてことにはならないよ。少し、試してみたら?」


そんな訳で、オスカーはヨハンのデバフ行使をレクチャーした。

ただレクチャーと言うほど複雑なものはない。

耐性のついた防具や武器を脱がせ、素の耐性でデバフを使わせてみる。

周囲に落ちていた枯葉に向けて、ヨハンは剣を振り上げた。


「いい? 力を抜いて、自然体で振るうんだ」

「ふ、石化フォシルっ!」


別にデバフを使うのに剣を使う必要はないのだが、まるでオスカーを真似るように、剣を振り下ろす。

緊張しながらも、ゆったりとした素振りだった。

すると枯葉は徐々に石化していく。

ゆっくりではあるが、今の助言が功を奏し、葉の形をした石に変貌する。

ここまで簡単になるとは思っていなかったようで、ヨハンは目をパチクリさせた。


「や、やった? 出来た!? 凄いや! 今までは何回かやって、やっと石化出来た位なのに!」

「お! 良いじゃないか! この感じだと、普通に使う分には問題ない。君も俺と同じで、デバフの才能があるかもしれないよ」

「そ、そうかな!? え、えへへ……!」


純粋にオスカーが褒めると、ヨハンは照れ臭そうに頬を掻いた。

今のデバフ、思ったよりも効力は高い。

彼はどうやら、元の状態異常耐性が低めのようだ。

経過を見る限り命中率には不安定さが残るが、精度を上げていけば、冒険者としてなら十分食っていける。

同じデバフ使いとして、オスカーは少々嬉しく感じた。


「今の話、本当なの? 何だか、凄いことを聞いた気がするけど」

「俺やヨハンみたいな、限られた人にしか実感はないんだ。だから、言った所で信用しない人が殆ど。それよりも、彼は普段病弱だったり?」

「いえ? 見ての通り、弟は元気があり過ぎる位だけど?」

「そうか。うん、それなら良かった」

「……?」


意味深な問いにアンナは首を傾げるが、疑問を口にする前に別の方向から声が上がる。


「おーい、ちょっといいか?」


ザカンがオスカー達を手招きする。

何事かと思えば、薬草をすり潰す時に使う薬研や、小さな試験管を使って薬を作っていた。

先程言っていた、大樹の薬だ。

匂いに気付いたエイダも木の枝から静かに飛び降りてくる。


「良い匂いがするわ」

「お、エイダには分かるか? これは妙薬。大樹の病気を治すために、今俺が作ったものさ」


そう言って、緑色の液体が入った試験管を揺らす。

仕事が早過ぎないだろうか。

父の手早さを知っているオスカーからしても、今回はいつも以上に素早い。

当然、アンナもその手際の良さに驚く。


「こ、この短い間で作ったって言うの!? しかも、病気の原因も特定して!?」

「なぁに、簡単な話だ。病気の原因は、さっきオスカー達が倒した魔族のせいだ」


ザカンはゆっくりと大樹の幹に触れる。


「マンドレイクってヤツは、毒性が非常に強い。あの魔族は、大樹の栄養を奪って生きていたのさ。それで弱った所に、ヤツの毒性に当てられた。だから徐々に生気が吸い取られていくような症状がある訳だ」

「そんなことが……」

「ま、今までにない事例だから誰も気づかないし、分かってくれないのは仕方ないな。俺だって、魔族が此処に住み着いていることを知らなきゃ、分からなかっただろう」


例の魔族が暴れたからこそ、病の原因を探り当てることが出来た。

そう断言し、持っていた薬をアンナに手渡した。


「ほれ。コイツを毎日一回、根本に満遍なく垂らすんだ。言ってしまえば、解毒薬だな。この大樹は中々に強い生命力があるから、毒さえ抜けば自然と良くなる。一応、レシピも渡しておくぜ」

「……つまり、貴方を信じろってこと?」

「ま、騙されたと思って、一回やってみ?」


警戒心を感じさせない笑みを受けて、アンナも手渡された薬を持って大樹に近づく。

そうして言われたように、根元に向けて少しずつ垂らしていった。

即効性のあるものでもなく、簡単には変化は訪れない。

ただ様子を見ていたエイダが、大樹の幹に近寄り、片耳をピッタリとくっ付ける。

中の音を聞く仕草のまま、アンナを見つめた。


「この音、聞いてみて」

「えっ?」

「聞いてみて」


唐突に言われるがまま、エイダと同じく耳をそばたてる。

少しの間でも、大樹で眠った彼女には感じるものがあったようだ。


「さっきまで、ゴロゴロって音がしてたの。何かが詰まってるような、そんな音よ。でもザカンの薬を掛けられて、サラサラって音が混じったわ。これは周りの植物と同じ、調子のいい証」

「……何となく分かる。本当に微かだけど、水が流れる様な音が聞こえる。私だって、何年も大樹を見てきた。少しの変化くらいなら分かるから」

「貴方にも植物の気持ちが分かるみたいね。エイダと同じ。嬉しいわ」


アンナにも、それは伝わったらしい。

魔族の情報も知らない中、周りが否定しても病の可能性を捨てなかった彼女が、そう言った。

つまりは、薬が効いているという事だ。

彼女達の観察眼もそうだが、即座に薬を作るザカンも、やはり只者ではない。

ヨハンと一緒にオスカーが感心していると、そんな息子の様子をザカンが自慢気な表情で見ていた。


「どや?」

「……いい年したオッサンが、そんな顔するなって」

「ひでぇ……これが反抗期か……」

「反抗期じゃないよ。足りないのは謙虚さだって、言ってるだけだ」


こういう所があるから格好がつかない。

名声に少しでも興味があれば、王都でも名のある診療所に成長していただろうに。

オスカーが残念そうに首を振っていると、隣にいたヨハンが姉に歩み寄った。


「姉ちゃん、この人達は絶対に酷いことなんてしない。本当に悪い人なら、オレ達を助けたりしないんだ」


オスカー達のやり取りも、それまでの行動の一部始終も、悪人とは到底結びつかない。

王族を殺し、同じ勇者を殺す筈がないと、彼は再度訴えた。

それを聞いても尚、まだアンナは迷っている。

だが徐々に態度は軟化しているようだった。

代わりに芽生えたのは別の感情。

薬を持っていた彼女の両手が微かに震える。


「本当に、本当に貴方達が正しいなら……周りの人達が言っていたことが嘘なら……私達は……」


後悔の色が浮かび始めた瞬間だった。

突然、エイダが周囲を見渡し匂いを嗅ぎ始める。

何かを察知したような、そんな素振り。

それをわざわざ聞く必要はない。

彼女がこの仕草をするのは、決まって事態が悪化した時だけだ。


「オスカー、匂うわ。人の匂いが近づいて来る」

「……!?」


エイダの一言に、周囲の空気が一気に張り詰めた。

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