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7.デバフ勇者と動き出す者達

オスカー達は、人質が欲しかった訳ではない。

図らずも正体がバレたので、魔族の襲撃に対抗するため、庭園に立て篭もりたかっただけだ。

無関係な人を無駄に巻き込む必要はない。

だがそんな中で二人。

冒険者の少年ヨハンと、その姉アンナが場に取り残された。

当然、オスカーは二人に出ていくよう説得を試みる。


「あの。別に人質はいらないんだ。このまま出て行っても……」

「私は庭園の管理者側! この子達を置いて行くなんて出来ない!」

「そ、そうなのか……」

「お願いだから投降して! こんな事をしても、何の意味もないんだから! 極刑と言われているけど、事情を説明して自首すれば、軽くなることだってあるはず!」


アンナは頑なだった。

ここに生い茂る植物達は、言わば職員達と育んだ努力の結晶なのだろう。

或いは下手に逃亡すれば、何をされるか分からないと思っているのかもしれない。

それだけでなく、逆にオスカー達の説得を行う。

重犯罪者であるという認識は変わらないようだ。

すると彼女の隣にいたヨハンが騒ぐ。


「バカ姉、何度言ったら分かるんだよ! 犯人なんかじゃない! 無実なんだ!」

「アンタは黙ってなさい!」

「黙るもんか! 姉ちゃんだけじゃない! 皆、この人が悪いって言ってばっかり! 何で誰も信じようとしないのさ!」


ヨハンも頑なだった。

冤罪であると信じ、オスカー達を擁護し続ける。

彼にとっては魔族から自分を救った恩人でもある。

そう簡単に離れるつもりはなさそうだった。

一体、どうしたものか。

オスカーが腕を組んで悩んでいると、エイダが庭園の奥から小走りで戻ってきた。


「あ。エイダ、上手くいった?」

「さっきの紙は、石化の隙間からフワッって飛ばしたわ。多分、誰かに拾われてる」

「外の状況は?」

「色んな人が囲ってて、武器の匂いもする。でも、入ってくる気はないみたい」


エイダには、外に向けた手紙を軽い息吹で飛ばしてもらった。

内容は魔族の襲撃、そして人々の安全の確保。

せめてもの警告を、皆に伝えることにした。

読んでくれるかはさておき、外に人が大勢いるのなら、必ず誰かに拾われている。

内部からは一切分からないが、結構な騒ぎにもなっている筈だ。


「ありがとう。信じてくれるかは分からないけど、今は向こうの出方を待とう。何もしてこないなら、それだけ時間も稼げる。で、残りはこの二人だけど……」


そこまで言ってオスカーが振り返ると、いつの間にかザカンが、言い争う姉弟に声を掛けていた。

窘めるような態度で二人を見比べる。


「お二人さん。姉弟喧嘩もいいが、俺達の話を聞いちゃくれねぇかい? 手荒な真似をする気はないが、これ以上騒ぐなら、此処から出て行ってもらうぜ?」


直後、彼女達は我に返り、一瞬で口を噤んだ。

これが年長者の迫力ということか。

妙に納得していると、続いてオスカーに向けて肩を叩いてくる。

意味深な視線からは、彼が何を言おうとしているのか、ある程度理解できた。


「ほら、オスカー。一応話してやりな」

「でも……」

「信じる信じないは置いといて、今こうなっているのは俺達の責任だ。巻き込んだ側として、説明するのが筋だぜ。それにこのまま二人の仲違いを見ていても、しょうがないだろ?」


オスカーは小さく頷く。

何故こんな真似をしているのか、明かさなければ彼女達は納得しない。

それに家族同士で言い争う姿を見るのも、気分の良いものではない。

彼は今までの事情を、二人に掻い摘んで話すことにした。

魔将・アリアスの存在と、王都で起きた一連の騒動。

要点だけを抑えて、自分達に非がないことを簡潔に明かす。

話し終えると、アンナが声を震わせながら問い掛けた。


「今の話を……信じろって言うの?」

「別にそうは言わない。手を貸してくれ、なんてことも言わない。ただ、この庭園に残るつもりなら、今はジッとしておいてほしい。少なくとも、二人の安全は保障する」

「オレは協力するよ! 魔族が攻めてくるなら、オレも戦う!」

「またアンタはそんなことを……!」

「いや、二人はあくまで人質。多分、外の人達もそう思って周りを囲んでいる筈だ。下手に俺達に協力すれば、共犯扱いになる。そうすれば、この街で生きていけなくなるぞ」

「でもっ、今の話をすれば……!」

「集会所の一件を思い出すんだ。俺達に脅迫されたか騙されたかで、一蹴されるだけだ」


ヨハンは協力することも辞さなかったが、それは危険だった。

彼は王都直轄の兵士から、一度斬られかけている。

今度オスカー達を庇い立てすれば、どうなるか分からない。

最悪、村八分にされる可能性もある。

遠回しにそう言われ、ヨハンは悔しそうに拳を震わせた。


「あんまりだ! 今こうなってるのだって、全部魔族のせいなのに! 誰も……誰も分かってくれないなんて!」

「奴らの方が一枚上手だった。それを分かった上で罠に嵌ったんだ。だからあまり周りを責めないでほしい」

「何か……出来ることはないの?」

「今は何も出来ない。俺にも、君にも」


今のオスカー達にとって最善なのは、此処に留まること。

表立って皆の前に現れても、余計な騒動しか生まない。

つまり、待つ以外の選択肢はない。


「貴方達の言っていることが本当なら、とんでもない間違いをしている事になる。だったら……」

「ま、幾ら考えてくれても良いさ。オスカーが言った通り、別に協力してほしい訳じゃない。大人しくしてくれれば、それで満足さ。人質は人質らしく、な」


ザカンの意見に二人は俯いた。

半信半疑、というよりは何も出来ない無力さを感じているように見える。

続いて、エイダが何度か周囲の匂いを嗅いだ。


「人の匂いが増えてくるわ。本当に、待つだけで良いの?」

「今は我慢だ。突入は考えるべきだろうけど、建物自体を石化させているから、何処かが破られれば、俺でも分かる」

「じゃあ、待ってる間、あの樹に登っても良い?」

「……この大樹に?」

「ん。周りも色々見えるから」


唐突に、そんなことを言い出す。

周囲を警戒して、というのもあるが私用目的もありそうだ。

馴染みある植物達に囲まれて、目の前でお預けを喰らっている感覚なのだろう。

だが待つことしか出来ない中、彼女の提案は割と的を射ていた。

この先何が起きるか分からない。

警戒は越したことはないし、多少の休息はあって然るべきだった。


「うーん。まぁ……乱暴しないなら良いんじゃないか?」

「やったぁ!」


オスカーが許可すると、彼女は目を輝かせた。

余程嬉しいらしい。

寝間着を靡かせながら、巨大な大樹を勢いよく駆け上がっていく。


「あ、ちょっと! って、早っ!? 何なの、あの子!?」

「今の動き……やっぱり、勇者の仲間って凄いんだなぁ……」


ちなみに彼女が亜人であることは、姉弟達には伝えていない。

混乱を避けるためでもあるが、あの野生児ぶりだと勘付かれそうな気もする。

後方にいたザカンが、オスカーと肩を並べた。


「時間を稼ぐのは良い。でも長引けば長引くほど、状況も悪くなるぞ」

「……うん」

「それに今の立て篭もりが、魔族側に知られないとも限らない。一応引き際は、見極めておけよ?」


時間が経てば、騒ぎは商業都市だけの話ではなくなる。

王国全域に、立て篭もりの情報は届く。

そうなれば、総出でオスカーを討ち取りに来ることも有り得るのだ。

先ずは此処にいる全員の安全を確保すること。

父の警告に、オスカーは静かに頷いた。







「各員、配置に着きました!」

「よし! 全員その場で待機! 何が起こるか分からん! 気を緩めるな!」

「はっ!」


植物庭園外。

オスカー達が立て篭もりを始めて以降、辺りは騒然としていた。

王族だけでなく、勇者すら殺害したという前代未聞の大罪人だ。

商業都市・ヴァンホルムが重要な拠点ということもあって、配備されていた王都直轄の兵士達が、庭園の周囲敷地を完全に取り囲んでいる。

虫一匹入り込む余地はない。

距離を置いているが、救助された観光客や地元の人々も固唾を飲んで見守っている。

次いで、周囲に指示を出していた兵士隊の隊長らしき男が、険しそうな表情で庭園を見上げる。

見慣れた筈の純白の建物は、石化したような灰の色へと姿を変えていた。


「勇者殺しの勇者……こんな真昼間に現れ、庭園に立て篭もるとは……。中の状況はどうなっている?」

「分かりません。建物全体が強力な石化状態にあるので、内部確認は容易ではありません。ただ、彼ら以外にギルドの冒険者、そして庭園の従業員がそれぞれ一人、残されているとか」

「人質か。立て篭もりの常套手段だな」

「あと、もう一つ。先程、一人の兵士が建物から飛んできた手紙を見つけたそうです。恐らく、あの者からのメッセージだと……ご覧になりますか?」


部下の兵士が、ボロボロの羊皮紙を片手で差し出す。

エイダが飛ばしたメッセージである。

建物から飛んできたそれは、直ぐに周りの兵士達によって確保されたのだ。

隊長の男は、部下から渡された羊皮紙に目を通す。

だが、表情が変わることはなかった。


「魔族の大群がこの都市に攻め込む? 警備を強め、民衆を避難させろ、だと? 馬鹿な事を……そうして我々の兵力を分散させるのが目的、という訳か」

「どうします?」

「放っておけ。このような怪文書、受け入れる必要もない」


そう言って、目の前で破り捨てる。

彼らからすれば、大罪人の言葉を聞くに値しないものだ。

バラバラになった羊皮紙は、そのまま風に吹かれて飛び散っていく。


「ギルドの冒険者にも応援を要請するべきでは?」

「不要だ。この一件は、我々王都直轄の兵だけで執り行う」

「し、しかし、人質には冒険者がいます。黙って見ているとは……」

「黙らせろ。奴らに手柄を与えることは許さん」


現場を統括しているのは、王都から派遣されてきた兵のみ。

ギルド関係者は一切入り込めていない。

何故彼らがそのような事をするのか。

そこには隊長の言う、これ以上ない程の手柄があったからだ。


「良いか? これはチャンスだ。オスカー・ヒルベルトは大罪人。王族の方々が、ヤツの首を今か今かと待っている。民衆にも大金を与える機会を作る程にな」

「……!」

「つまり、ここで奴を仕留めた者こそ英雄になる。歴史に名が残るんだ。必ず、モノにしてみせる……!」


隊長だけでない。

周りにいた兵士達の表情も、目の前に迫った巨大な褒賞に口元を緩ませる。

所詮、相手は勇者パーティーから無能と判断された弱小者。

建物の石化は見事なものだが、これ程の威力がそう長く続く訳がない。

金、権力、そして昇進。

立て篭もるオスカーは脅威以前の、葱を背負った鴨と見なされていた。







所変わって、商業都市のギルド内。

庭園立て篭もりの話は、当然舞い込んでいた。

だが殆どの冒険者は、その場から動けない。

思わずと言った形で、一人の冒険者が受付嬢に問い掛けた。


「ヨハンが人質に!? 直ぐに救助を!」

「それが、王都の兵士達が介入を拒んでいるんです! 部外者は手を引けと!」

「部外者だと!? 同じ冒険者が捕まっているって言うのに……!」


手を出すことはおろか、近づくことすら出来ない。

原因は王都の兵士達が、冒険者達の手助けを拒んでいたからだ。

立場上、上の命令には逆らえないが、商業都市という現場を今まで守ってきた経験は、圧倒的に都市内ギルドの方が上である。

だというのに、有事の際には全く介入できない。

同じ冒険者であるヨハンが巻き込まれているにも関わらず、である。

何も出来ない、もどかしい雰囲気ばかりが積もっていく。

それでも、納得できない者達は単独で動き始める。


「お、おい!? 何処に行くんだ!?」

「何も出来ないまま動くな、なんてもどかしい。他にも何か異変がないか、見回りをしてくる。それ位なら、文句は言われないだろ?」

「た、確かに! それなら、俺も行くぜ! 今は都市の警備が手薄になっているからな!」

「じゃ、じゃあ俺も……!」


何か、自分達にも出来ることがある筈だ。

集会所にいた数名の冒険者が、警備のために飛び出す。

空はいつの間にか、晴天ではない数多くの濃い雲を漂わせていた。







オスカー達の見立て通り、立て篭もりの件は商業都市だけでは収まらない。

主な流通ルートである王都にも、すぐさま情報は広まった。

王都での事件から数日経って間もない中での凶行。

周囲の動揺と怒りは当然だったが、それ以上に過剰に反応する男が一人いた。


「商業都市で立て篭もり……だと……?」


現勇者パーティーのリーダー、ウィルズである。

彼は王都内にある勇者専用の宿で、どうにか気を落ち着かせていた。

本家の屋敷ではない静かなこの場で、荒れ狂う心を鎮めようとしていたのだ。

しかしそこにやって来た、オスカーからの宣戦布告。

追放した筈の男からの、更なる追い打ち。

ウィルズは飲んでいた酒のグラスを、震える手で握り壊した。

硝子が床に砕け落ち、僅かな酒が滴る。

知らせに来た兵士が怯えるように引き下がるも、既に眼中にはなかった。

ディアックの葬儀から帰ってきたばかりのフィリアを呼び付ける。


「直ぐに向かうぞ! フィリア、お前も来いッ!」

「ウィルズさん……!?」

「クソッ! わざわざ表に出てきやがるなんて、見下しやがって……!」


傍らにあった宝石剣を乱暴に掴み取る。

何故、立て篭もりをしたのか。

そんなことを考える意味はない。

ただ、オスカーのほくそ笑む姿が目に浮かぶ。

それだけでウィルズの腸は煮えくり返りそうになっていた。


全てはヤツが原因だ。

勇者として名を馳せる筈だった、人生のレールをボロボロに打ち砕いた。

平民の分際で、こうも易々と足蹴にした。

お蔭で本家からも、始めて責められる立場となった。


(何故お前がいながら、みすみす二人の犠牲者を出した?)

(犯行当時、お前は酒場で酒盛りをしていたそうだな)

(情けない。この責任を取るのは、一体誰だと思っている?)


先程浴びた言葉を思い出し、彼は握り拳を震わせる。

一体、俺に何の恨みがあるんだ。

一体、俺が何をしたというんだ。

ウィルズは許さないとばかりに、声を振り絞った。


「アイツは……アイツだけは俺が殺すッ! 八つ裂きにしてやるッ!」


そんな有様を、フィリアは黙って見届けていた。

ディアックが殺され、王都の人々がオスカー達を魔女狩りの如く追い詰めようとする中、彼女は冷静に今の事態を見極めようとしていた。

黒魔導の残滓については証明できない中でも、オスカーが無実であることを王族たちには進言した。

結局首を縦には振らなかったが、彼の冤罪を彼女は決して手放さない。

王都内でオスカーの無実を証明するため、より確かな情報を探っていた。

気弱な白魔導士としては、今までにない位に動き回っていたのだ。

だが商業都市の立て篭もりについては、その動機が全く分からない。


「オスカーさん、どうして立て篭もりなんて……」


そこまでの事をするのだから、必ず理由がある。

自分の立場を追い込まなければならない程の、大きな何かがある筈だ。

無論、此処に留まっていても答えは見つからない。

全ての真実を明らかにするためにも、商業都市に向かわなければならない。


「今ならまだ間に合う筈。直接、何が起きたのか聞き出さないと……!」


フィリアは杖を握り、荒々しく出ていくウィルズの後を追う。

取り囲む商業都市の兵士達。

動き出す現勇者パーティーのメンバー。

そして、襲来すると予告された魔族の存在。

全ての思惑が、オスカーらの元へ集まりつつあった。

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