6.デバフ勇者と立て篭もり
「オスカー・ヒルベルトだあああッッ!!」
誰が言ったのかは分からない。
ただそれによって、人々は一斉に騒ぎ始める。
彼らにとっては突然、凶悪犯罪者が観光地に現れたのだから無理もない。
殆どの者が戦闘力のない一般人のため、背を向けて逃げ出す。
「勇者殺しの勇者だッ!」
「逃げろ! 殺されるぞ!」
「ま、待って! 置いて行かないで……!」
当然、オスカー達は彼らに危害を加えるつもりは一切ない。
ただ、弁明する機会もなかった。
一般客が脱兎の如く離れていく中、オスカーは自分の詰めの甘さに頭を抱えた。
「やっちまった……」
「男のドジっ子アピールは、ウケないぜ」
「してないわ! 咄嗟に範囲解呪したから、完全に忘れてたんだよ!」
「……オスカー、ガサツ?」
「ガサツは関係ない。ないからな?」
ガサツとは心外だが、きっと関係ない筈。
父やエイダにツッコミを入れつつ、彼はそう思い込む。
割と危機感はないが、正体がバレたという事が、何を意味するのかは考えるまでもない。
遠ざかる人波に逆らって、庭園の警備兵達が躍り出てきた。
「クソッ、白昼堂々と現れるなんて!」
「王都に続いてこんな真似! 一体何が目的だ!? 今度はこの都市を滅ぼす気か!?」
兵士達は既に剣を抜いている。
どう見ても、犯罪者と対峙した時のそれである。
オスカー達が誰かを殺すために現れたものだと、勘違いしているようだ。
エイダはうーん、と言いながら腕を組んだ。
「今の言葉、さっき聞いた気がするわ」
「今回は逆だけどな……。皆、聞いてくれ! この庭園には魔族がいた! 先に自滅はされたけど、魔族の本隊が此処に向かってることが分かったんだ! 一旦、避難を!」
取りあえず、オスカーは彼らに魔族の存在を明かした。
群となって魔族が攻めてくるのであれば、都市の兵士達に協力してもらわなければ、被害は拡大する。
追われている身であることを承知の上で、彼は説得を試みた。
だが、兵士達が剣を収めることはない。
「魔族だと!? そんなものが何処にいる!? 嘘をつくなら、もっとマシなものにするべきだったな!」
「……」
「ま、今更俺達の言う事なんて聞く訳ないわな」
庭園に巣食っていた魔族も消滅したため、証拠となるものがない。
肩を落とすオスカーに、ザカンが諦め口調で言った。
その間にも、兵士達はジリジリと間合いを詰めてくる。
「奴らを取り囲め! 相手は三人! 数で押し切れる!」
相手は十数人程度。
武装は単純に頑強なものだけで統一しており、並の冒険者以上の強さはありそうだ。
だが、所詮はそこまでだ。
竜人のエイダ一人だけで、圧倒してしまいそうな戦力差はある。
「やっちゃう?」
「やるのはナシ。上手いこと追い払おう」
「んー、頑張る」
それでも、あくまで傷つけない。
彼の意図を汲み取り、エイダは小さく頷いた。
と同時に、一人の兵士がオスカーに向かって斬りかかる。
「先ずはお前を斬り伏せ……!?」
「オスカーをイジメるの、ダメよ」
だが、彼女が真正面から割って入る。
片手だけで、大の男が振り下ろした剣を受け止める。
重い音が響くも、薄皮一枚傷ついた様子はない。
幼い少女の姿でありながら、竜としての頑強さは健在だった。
兵士の男が驚愕で目を見開くと同時に、彼女は息を吐く。
吐息は強風となり、周りの兵士達に襲い掛かった。
庭園の植物達も風に揺れて、音を立て始める。
「何だ!? いきなり突風が!?」
「ただの子供じゃないのか!?」
局所的ながらも、辺りを吹き飛ばす程の息吹。
彼らはそれを受けて、どうにか体勢を保とうと足を踏ん張った。
そこへオスカーが一回だけ、デバフを行使する。
地に付いていた彼らの身体が、次々に宙を浮いていく。
「浮遊剣」
「なあぁっ!? 身体が浮いて!?」
支えを失った兵士達がどうなるかは、一目瞭然だ。
風の流れに逆らえず、そのまま後方へと飛ばされる。
他の観光客と同じように、建物の外へと投げ出された。
「うわあああぁぁっ!!」
鎧の転がるような音が遠くで聞こえ、驚愕する民衆の声らしきものも微かに響く。
今の攻撃、エイダもかなり手を抜いていた。
兵士達も飛ばされた衝撃程度で、傷は殆どない筈だ。
もう一度剣を収めたオスカーは、息を吐いて上を見る。
悠々と聳える大樹の木漏れ日が、やけに眩しく感じた。
そして置かれている状況をもう一度整理し、一つだけ決心する。
「よし、決めた」
「うーむ。確かに今のは、上手く決まったなぁ」
「あー……まぁ、それもあるけど。言っているのは、これからの話だよ」
遠方を見る仕草をするザカンの方へ、二人は集まる。
結局、兵士達との話し合いは成立せず、誤解は解けなかった。
植物庭園から飛び出しても、それは変わらない。
ならば、これからどうするべきか。
エイダも含めて今後の動きを話し合う。
「さっきの魔族が言ったんだ。直にこの都市に、魔族が攻め込んでくる。規模は分からないけど、相当な戦力が来るはずなんだ」
「お、おいおい……何だってそんなことを……!?」
「分からない。ただ、この都市は国として拠点の一つ。王都への供給を絶つ意図があるなら、絶好の的だ。それを狙って、攻め落としたい思いがあるのかも」
「……どうする気だ?」
「勿論、迎え撃つ。元々、そのためにここまで来たんだ」
「ちょ、ちょっと待て! でも、俺達の正体は皆にバレちまったぞ? いつ魔族が来るかも分からねぇのに、どうやって留まる気だ?」
困惑するザカンの問いに、彼は一言告げる。
「この庭園に立て篭もる」
「何ィ!?」
「建物を占拠して篭城する。どうにか魔族が来るまで、持ち堪えるしかないと思う」
「立て篭もるって……どう足掻いても大事件だろ……?」
「分かってる。でも此処を離れたら、襲撃時の応戦に遅れる。こうでもしないと、この都市に留まれないんだ」
植物の魔族が言い残した都市壊滅の予告。
数も気になるが、それらに魔将が関与している可能性は十分にある。
だとするなら、この都市の兵士達では対抗できない。
先ず間違いなく全滅する。
大罪を背負うオスカー達がその奇襲に即時対応するには、これ以外に方法がない。
黙って聞いていたエイダは、何度か首を捻った。
「篭る? よく分からないけど、エイダ、この場所好きだから良いよ」
「よし!」
「よし、じゃないだろ……? ったくよぉ……しっかたねぇなぁ、もう……」
ザカンも、こうはいいながら、彼の案を否定することはなかった。
後頭部を掻き、妥協や諦めといった感情が流れてくる。
それでも父を心配させていることに変わりはない。
オスカーもそれは分かっていた。
「どの道、八方塞がりなんだ。だったら守りを固めれば良い」
故に細心の注意を払う。
彼はその場で剣を地に突き刺した。
切っ先から放たれるのは、彼が扱う力。
対象を確実に石化させる石化剣だった。
オスカーが力を振るうと同時に、瞬く間に建物の壁や天井が石化されていく。
石化は何も、相手を石にして封じるだけではない。
物理的な性質を強めることで、強固な防壁にもなる。
流石に竜の装甲には及ばないが、並の攻撃で壊れることはないだろう。
これでオスカー達は、植物庭園の中で立て篭もる以外になくなった。
「二人とも、頼むから無茶だけはするなよ……?」
「大丈夫。任せて」
「勿論、こっちから仕掛けるつもりはないよ。誰かを人質に取る気もないし、庭園にいた人達は、今の騒ぎで全員いなくなった筈……」
オスカーとエイダがそこまで言うと、物陰から人の気配を感じる。
今まで隠れ潜んでいたのか、微かな息遣いも聞こえる。
振り返ると、見覚えのある少年が目を輝かせながら、彼らを見ていた。
「やっぱりだ! 一瞬で建物を石化するなんて、やっぱり本物だ!」
「や、止めてヨハン! 挑発しないで!」
加えてもう一人。
庭園の係員らしき茶髪の女性が、ヨハンを必死に抱き止める。
ついさっきまで、ザカンと大樹のことで話し合っていた人物だ。
どうやら二人は、互いに知り合いのようだった。
「彼女、さっきのガイドさんじゃねぇか?」
「あ、あの……」
まさか、まだ残っている人がいるとは思わなかった。
オスカーは危機感を煽らないように、声を掛けながら近づく。
だが女性の方は真っ先に反応し、まるで犯罪者を見るような目でヨハンを庇った。
「近づかないで! 弟に触れたら、絶対に許さないから!」
「何言ってんだよ、姉ちゃん! この人達は、俺達を助けてくれたんだよ!?」
「また馬鹿な事言って! 何度言ったら分かるの!? この人達は、王族の方も手に掛けたのよ!?」
「だから、それが嘘っぱちなんだよ! 何で分かってくれないのさ! バカ姉! スカタン!」
「な、何ですって……!?」
あれだけの事があって尚、ヨハンは依然としてオスカー達を庇い続ける。
姉が咎めるも、言う事を聞く気は微塵もない。
そして企みがあって、この場に残っているのではない。
騒動の中で、完全に逃げ遅れただけのようだ。
二人の会話が口論に発展する中、エイダが困った様子でオスカーに問う。
「この人達、どうしよう?」
「……」
問われた彼も、反応に困るだけだった。




