5.デバフ勇者と植物庭園
商業都市の観光名所の一つ、植物庭園・アルルナ。
国の流通拠点という事もあって、珍しい植物の種子も多く出回っている。
それによって建てられたのが此処。
室内で気候や温湿度の管理を行うことで、運営を可能としているらしい。
そして今、そこに魔族が潜んでいるのだという。
「魔族がここに?」
「少しだけど、感じるわ。人と違う、別の匂い」
「オスカー。コイツは王都の時と同じじゃ……」
「間違いない。まさか、こんな場所に隠れ潜んでいるなんて……」
多くの人が庭園内を出入りするが、オスカー達は一旦その場で立ち止まる。
アリアスの時のように、人に化けているのか。
単純に庭園の中で隠れているのか。
エイダの嗅覚だけでは分からない。
明らかにするには、王都の時と同じように潜入して確かめる以外にない。
「行くの?」
「あぁ。魔族が本当にいるのかどうか、この目で確かめないと」
「ちょっと待ってくれ。オスカー、今は真昼間だ。観光客も多いし、変に魔族を刺激して他の人達を危険にさせちゃ、マズいんじゃないか?」
「……確かに、父さんの言う通りかも。庭園には一般人だっている」
「止める?」
「そうだな……せめて、人の出入りが少ない夜に」
そこまで言いかけて、オスカーは咄嗟に見上げた。
植物庭園である建物には、幾つかの窓があるが、その内の一つから異様な視線を感じたのだ。
真っ直ぐに三人を見下ろす、ハッキリとした殺意。
人族が放つものとは違う、何度も魔族と戦ってきたからこそ分かるものがあった。
すれ違う人々が誰一人気付かない中で、彼は小声で語り掛ける。
「エイダ、気付いたか?」
「……ん」
「え? どうしたん?」
「殺気のような視線を感じる。多分、件の魔族だ。向こうも俺達のことを察知したみたいだ」
「ま、マジかよ……」
ザカンが見上げると同時に、殺気の塊は消える。
適当に見ていた訳でなく、魔族側はオスカー達の正体に気付いた上で牽制してきたようだ。
更に今の殺気は、いつ襲い掛かって来てもおかしくない程だ。
父の言う通り夜を待っても良いが、先に周りを巻き込んで襲って来る可能性もある。
そうなれば、被害は拡大する。
オスカーは立ち止まっていたその場から、一歩前に進んだ。
「先に仕掛けるしかない。エイダ、匂いで魔族を追えるか?」
「任せて」
「ったく……奴さんは待ってもくれねぇのか……」
そうして三人は、今この場で魔族を探し当てることにした。
周りの観光客と同じく料金を払い、庭園内へ足を運ぶ。
内部は緑一色だった。
進行通路以外は柵で仕切られ、多くの木々や植物が生い茂っている。
まるで森だ。
温暖な気温で育まれたのか、頭上からも植物の葉が影を作っている。
鳥も飼育しており、何処からか鳴き声すら聞こえてくる。
一見、観光施設に相応しい場所である。
だが、オスカー達はそこにある違和感に気付いていた。
「ただの庭園のように見えるけど……やっぱり、何かいるな」
「アリアスの時と、同じ?」
「あぁ。でも、あの時よりは濃い。隠し切れていない感じがする」
「あの木、登っても良い? よく見えそうだから」
「目立つからダメ」
「むー」
森と思って木に登ろうとするエイダを抑えつつ、周囲を警戒する。
既に相手の射程距離に入っているかもしれない。
油断は出来なかった。
いつでも剣が取れるように注意しつつ、魔族の匂いを頼りに辿り着いたのは、庭園の中心。
アルルナの名物でもある大樹だった。
幹だけで家屋一軒分の大きさがあり、高さも庭園内の屋上ギリギリまで聳えている。
これだけ大きい樹木は、そうはない。
間近に近づいたザカンは、ほうと言って顎に手を触れた。
「コイツは庭園名物の大樹じゃねぇか。生で見るのは始めてだ」
「凄い木なの?」
「見ての通りさ。これ以上に大きな樹なんてそうそうない。その辺の建物よりもデカいし、樹齢千年以上はありそう……ん?」
「どうかした?」
「何だかこの樹、様子がおかしいような……」
威圧すら感じる雄大さだが、何か妙なものでもあるのか。
ザカンの呟きに、大樹の傍にいた茶髪の女性係員が、不思議がって声を掛けてくる。
「どうかされましたか?」
「な、何でもないぞ。それにしても、大きな樹じゃのう」
「えぇ。この大樹は、人族が生まれるよりも前から生きていた、という逸話があります。様々な災害がある中でも、決して倒れなかった奇跡の象徴。きっと今までも、長い時を経て、私達を見守っているのでしょう」
律儀に声真似する父の代わりに、オスカーが大樹を見上げた。
特に何の異変もないが、薬師である彼にしか気づけない違和感があるのかもしれない。
嫌な予感がして剣の鞘を握る。
『眠れ』
その時、何かの声が辺り一帯に響いた。
少しざらついた、人のそれとは異なる言葉。
直後、周りの観光客に異変が起きる。
「な、何!? 急に……眠く……」
「身体が……動かな……」
突然の睡魔。
混乱するよりも早く、全員がその場に次々崩れ落ちていく。
まさに言葉の通り、人々が眠りに落ちていく。
魔族からの奇襲であることは疑いようもない。
竜族の亜人であるエイダには、その効果が薄いようで真っ先に叫んだ。
「オスカー!」
「大丈夫だ! それよりもッ……!」
既にオスカーは剣を振っていた。
これは眠りの状態異常を付与する全体攻撃、デバフの一種である。
デバフを使いこなす彼からすれば、この程度の対策は造作もない。
ステータス異常を打ち消す解呪剣を振るうことで、自分自身を対象に付与された眠り属性を打ち消した。
だがそれに対抗できたのは、彼らだけ。
ザカンも同じように眠気に苛まれ、その場に膝を付いていた。
「父さんッ!」
「構うな……! 先に魔族を……!」
そう言い残し、彼も意識を失い倒れ伏す。
同時に、大樹から伸びる幹のような枝から、一つの影が現れた。
硝子張りの天井から差し込む光が、その姿を映し出す。
『馬鹿な、奴らだ。この大樹、この大地は、我々の物』
上半身は人に近く、下半身は何本もの茨で出来た魔族がそこにいた。
性別は分からない。
全身緑一色で、植物に近い存在であることは分かる。
そしてオスカーは、先程の殺気がこの魔族の視線を同じことに気付いた。
「魔族!」
『勇者殺しの勇者。やはり、我々に逆らう、気か』
「王都に続いてこんな真似……一体何が目的だ!? 今度はこの都市を、滅ぼす気か!?」
『知れたこと。全ては、貴様ら人族を根絶やしに、する。そのための、布石』
「お前は、魔将なのか!? それとも……!」
『……答える義理は、ない。貴様らは、ここで仕留める!』
植物の魔族は多くは語らない。
大樹の枝からオスカー達を見下ろし、更なる追撃を行おうと口を大きく開く。
恐らくあの口が、若しくは声が、何らかの術式を編んでいるのだろう。
察したオスカーとエイダは、互いに身構え、相手の出方を窺おうとする。
「待てッ! 魔族ッ!」
だが、それよりも先に新たな声が後方から響く。
全く予期していなかった横槍。
振り返ると、そこには見覚えのある少年がいた。
ギルドの集会所で助け出した、ヨハンという冒険者だった。
「あの人、さっきの子!」
「な……!」
庭園の異変に気付いてやって来たのか。
眠りに落ちる人々に驚きながらも、少年は剣を抜いた。
冒険者としてのプライド故か、逃げる素振りは一切ない。
「魔族が忍び込んでいたなんて! くそう! 姉ちゃん達に何をしたッ!」
魔族を一点に見つめ、大樹に向かって駆け出す。
冒険者なり立てとは言え、その動きはそれなりに素早い。
眠りに落ちる人々を超え、敵との距離を詰める。
『跪け』
しかし植物の魔族は、たった一言で術式を完成させる。
ヨハンはそれだけで、己の意志に反して膝を屈した。
どれだけ力を入れても両足は動かず、彼自身、何が起きているのか分からないようだった。
「え!? な、何で!? 足が動かな……」
『吹き飛べ』
「う、うわぁっ!?」
瞬間、ヨハンの身体が後方に吹き飛ぶ。
突風に飛ばされたかのように、建物二階層分ほど上空へ打ち上げられた。
足場もなく、宙で身体の上下が回転する。
駆け出しの彼には、なす術もない。
そのまま地面に頭から激突しかけた所、先に回り込んでいたオスカーが受け止める。
流石に、少年の手には余る相手だった。
「怪我はないか!?」
「え……その声……もしかして……」
「君はそこでジッとしていろ!」
降ろしたヨハンに忠告しつつ、オスカーは再び魔族と対峙する。
既にエイダはその場から駆け、攻勢に出ていた。
大樹から見下ろす魔族と同じ高さまで跳躍し、大きく息を吐く。
「飛瀑吹!」
『グウッ……!?』
エイダの放った強烈な水流が、魔族に直撃した。
大樹を傷つけないように上手く避け、目の前の敵だけを押し流す。
植物相手に水属性は効果が薄いが、高速で飛ばしたそれは弓矢以上の威力を持つ。
地面に堕とされた魔族は、全身に水を滴らせながら呻き声を上げた。
「声を元に相手を操作する……マンドレイクの亜種か」
『貴様ら! 何故、従わない!? この声に、人族は抗えない筈……!』
「答える義理はないな」
『クッ……! こうなれば! 貴様ら全員、狂い殺してやる!』
破れかぶれになった魔族が、大きく口を開ける。
マンドレイクは、声を聞いた者を狂い殺すことが出来る。
今までの声による操作も、そこから来たものだろう。
だからこそ、オスカーは剣を一振りするだけだった。
「不動剣」
『あが……!? ば、馬鹿ば……動け……!?』
不動、名前の通り相手の動きを止めるデバフである。
あまりの命中率の低さに使われない武技だが、オスカーのそれは別格だ。
確実に全ての行動を封殺する。
そうして動きを止められた魔族が驚いている隙に、エイダが眼前まで接近。
鉤の手のように振るった右腕が、その胴体を斬り裂いた。
『カハッ……つ、強い……!』
ドサリ、と分断された身体が地に落ちる。
魔族の生命力は、人族と比べて非常に高い。
優れた個体ならば、胴体を切り離されたくらいでは死なないが、大幅に戦力を削ぎ落すことは出来る。
追撃をするべきか迷うエイダの肩を叩き、オスカーは倒れる魔族に剣の切っ先を向けた。
「お前は殺さない。聞きたいことが山ほどあるからな」
『聞く、だと……? くくく……もう、遅い……』
「何?」
疑問は直ぐに解消する。
背後で眠っていた人々が一斉に立ち上がったのだ。
眠りから覚めた訳ではない。
正気を失ったように、鋭い眼光をオスカー達に向ける。
最初に眠らせた時点で、自動発動する洗脳を組み込んでいたのだろう。
もう一度オスカー達が魔族の方を振り向くと、既に魔族の身体は自滅するように崩壊していた。
「周りの人! 様子がおかしいわ!」
「お前……!」
『一つ、警告してやる……。もうじき、この都市は襲われ、壊滅する……。止めたければ……止めてみせろ……。大罪人の、貴様の話を聞く者が……いればの……話だがな……』
それだけ言い残し、魔族は枯れ草のようになって自死した。
主を失った使役者達は、最後に与えられた命令に従う。
邪魔者を排除しようと、一斉にオスカー達に向かって駆け出した。
「エイダ! 一旦下がれ!」
「グオオオオオオオッッ!!」
人々は正気を失った目で雄叫びを上げる。
呼びかけ位で元に戻るものではない。
放っておけば、庭園外にまで騒動は広がる。
そして未だに動けないヨハンにも、一部の人は襲い掛かろうとしていた。
「うわぁ!? た、たすけ……!」
「解呪乱舞剣!」
手遅れになる前に、オスカーがデバフを行使する。
単体ではなく、複数が対象であること以外に変わりはない。
先程と同じように、ステータス異常を打ち消す解呪を全体に振るった。
すると人々の身体から何かが消え、その全員が動きを止めていく。
「あれ……ここは……?」
「何だ……? 一体何が起きて……?」
殆どの者が我に返り、困惑の声を上げ始める。
今までの事は何も覚えていないらしい。
全体を再度見渡すが、解呪漏れの人は誰もいないようだ。
どうにか急場を凌いだので、彼はホッと息を吐いて剣を鞘に収めた。
「皆、正気に戻ったみたいだ」
「魔族の匂いも、なくなったわ」
「やっぱりそうなるか……でもまさか、自害されるなんて……」
「今のが、魔将?」
「いや、アリアスと比べて明らかに格落ちだった。恐らく、ヤツの目的はこの都市の偵察。最後に言っていた、後から攻め込むモノの方が本命だ」
エイダも薄々気付いていたようだが、魔将と断定する程、今の魔族は強くない。
精々、小粒の魔族を取り纏める位の強さだろう。
だが、自ら命を絶つのは想定外だった。
お蔭で何時、何処から本隊が攻めてくるのか分からなくなってしまった。
最期に魔族が言い残した言葉を思い返していると、眠っていたザカンがゆっくりと立ち上がる。
「……ん? 眠気が吹っ飛んだ?」
「父さん!」
「お、おお、オスカー! それにエイダ! どうやら、終わったみたいだな……って待て? お前、その顔……」
特に負傷したようには見えないが、彼は不審そうにオスカーの顔を凝視する。
何か顔についているのだろうか。
聞き返そうとするが、それよりも先に別の方向から震える声が響いた。
「勇者・オスカー……やっぱり、僕の言ったことは本当だったんだ……」
「えっ」
「勇者殺しの勇者なんて、そんなのは嘘っぱちだ!」
間一髪の所を救われた少年、ヨハンがオスカー達を見上げる。
ヨハンだけではない。
正気を取り戻した人々も、次々に彼らの存在に気付き始める。
「お、おい……! アレを見ろ……!」
「そんな!? どうしてこんな所に!?」
驚きと恐れ。
それらが入り混じった空気が、庭園内を包み込む。
流石のオスカーも、ここまで来ると嫌な予感しかしない。
今は変装している筈なのだが、先程の戦いでバレてしまったのか。
だが戦いの記憶は皆にはないので、怪しまれる部分はない筈だった。
「一体、何が……」
「ねぇ、オスカー」
そんな時、エイダがオスカーの袖を引く。
ジッと、彼の顔を見て何度か目を瞬かせた。
「変装。解けてるわ」
そこでようやく気付く。
先程、洗脳を解くために発動した解呪剣。
良かれと思って全てのステータス異常を解除したのだが、それによって自分達の変装も解いていたのだ。
「あっ……」
察したと言わんばかりに、オスカーの声が小さく響いた。




