4.デバフ勇者と冒険者
怒りに満ちた声は、オスカー達を振り向かせるには十分だった。
見ると冒険者らしい格好をした茶髪の少年が、鎧を着た男に突っかかっている。
騒々しかった集会所内は、一瞬で静まり返った。
「ヨハン! よせッ!」
「放して! こんなの、絶対に認めないぞ!」
仲間の青年がヨハンという少年の肩を掴むが、それでも無理に振り解こうとしている。
ただの癇癪でも、駄々をこねている訳でもない。
明確な敵意ないし反抗心があるように見える。
「何だ? 喧嘩か?」
「冒険者同士のいざこざだ。良くあることだよ」
「良くあるんかい……というか、見た感じ冒険者成り立ての子供じゃないか。何をあんなにキレてるんだ?」
「分からないけど、あまり騒動には巻き込まれたくない。二人とも、一旦離れよう」
野次馬精神を出そうとするザカンを引き留め、オスカーは少年らから視線を外す。
下手に首を突っ込むと、正体がバレるかもしれない。
わざわざ止めなくとも、彼の仲間達がどうにかするだろう。
マイペースに掲示板の文字を見つめるエイダの肩を叩き、ゆっくりと距離を置こうとした。
「あのオスカーさんが、勇者殺しだなんて! 絶対に認めるか!」
だがそこまで聞いて、オスカーの足は止まる。
今まで黙っていた鎧の男が、挑発するように言葉を放つ。
「ほう? つまり、貴様はあの凶悪犯罪者の肩を持つということか?」
「ヨハン、余計な事を言うな! 相手は王都直轄の騎士だぞ……!」
「知るかよ! 大体何で、皆勝手に決めつけるんだ! 少し前だって、あの人は都市を魔族から守ってくれたし、皆だって見てたじゃないか!? なのに、そんなことする筈ないよ!」
周りの冒険者はそんな反論に沈黙する。
確かにオスカーは、以前商業都市に攻め込んだ魔族を、旧パーティーの一員として撃退している。
応戦していた冒険者達に手を貸したので、あの少年も現場に居合わせていたのかもしれない。
兎に角、彼が怒る理由はそこにあった。
人々を救った勇者が、罪に問われていることへの疑問。
王族兼勇者殺しという大罪を大々的に打ち出される中、それを真っ向から否定する者がいたのだ。
双方を見ていたエイダは、ちょいちょいと人差し指でオスカーを呼ぶ。
「オスカー、言われてるわ」
「……」
「行かないの?」
「……」
オスカーは複雑な表情で俯くだけだった。
ここで動けばどうなるか、考えなくとも分かる。
だがその間にも、彼らの問答は続く。
「フン。この都市を守っただと? それも全て、勇者様達を騙すための演技だったと、何故気付かない」
「気付かないのはお前だ! 守ってくれた恩を仇で返すなんて! おかしいのは、お前達の方だ!」
「……聞き分けのない餓鬼だ」
少年に真っ向から否定され、鎧の男は怒りを露わにした。
王都直属の騎士としてのプライドが傷つけられたのだろう。
おもむろに腰の剣を引き抜く。
刃の擦れる音が響き、流石に周りも狼狽え始める。
「その発言、我らが王と勇者様に対する侮辱と見做す」
「騎士様!? 相手はまだ子供です……!」
「子供とは言え冒険者だろう? これだけ庇い立てをするという事は、何らかの情報を持っているかもしれん。その減らず口も腕一本……いや、指一本落とせば素直になるだろう」
あまりに不遜極まりない態度。
誰かが助けに入ってもおかしくなかったが、相手は王族からの命を受けた騎士だった。
ギルド自体も王都がそうであったように、王族の管理下に置かれている。
下手な手を討てば、反逆罪として吊るし上げられるかもしれない。
そんな圧制が周りを躊躇わせ、男の剣を振り下ろさせた。
当然、ヨハンが武器を持つ余裕はない。
「ぁ……」
「ヨハンッ!」
斬り伏せられる。
その瞬間、男の剣は金属音と共に寸前で止まった。
「何!?」
間に割って入ったオスカーが、剣を収めたままの鞘で、男の斬撃を食い止めていたのだ。
デバフは使わない。
剣も抜かない。
ただ少年を守るためだけに、顔を伏せて防御の姿勢を取り続ける。
「何だ、貴様は!?」
「いやはや、流石の徹底ぶり。感心致しますじゃ」
直後ザカンが歩み寄り、男に向けて感嘆の言葉を投げ掛ける。
今の容姿と釣り合うように、声は老齢のそれに似せているようだ。
違和感ない声真似と老爺の顔で、彼はにっこりと笑みを浮かべた。
「しかし、この子供は夢を見ているに過ぎんでしょう。勇者という尊い夢。子供心にそれを壊されて、現実を受け止めきれていないのですじゃ。夢から醒ますのに、指を落とす必要はありませぬ」
剣を持つ男の手から徐々に力が抜けていく。
競り合っていた剣が勢いを失くし、オスカーが剣を降ろすと同時に、相手の剣先も床に触れる。
それを見抜き、ザカンは立ち尽くす少年を見下ろした。
「少年。オスカー・ヒルベルトは、勇者殺しに過ぎん。今は理解出来んかもしれんが、所詮は奴も、ただの悪党だったということじゃよ」
「ち……が……」
「違う? 王都直轄の騎士様が間違っていると? もう一度、周りをよく見るのじゃ。ここにいる皆が、それを分かっておるわ」
「う……うぅ……!」
そこまで言われて、ようやくヨハンも悔しそうに目に涙を浮かべた。
助けられたこともあって、反論も出来ない。
言われた通り、周りを見てどうしようもないことに気付いたようだ。
片手で目元を拭いながら、集会所を飛び出していく。
仲間の一人がその背中を追い、場の緊張感が多少なり解ける。
残された鎧の男は、不審そうに二人を見た。
「貴様達、一体何者だ?」
「申し上げる程のことでもありませぬ。儂らはただの旅人。勇者殺しの話を聞いて、金目になるものがないかと、訪れただけの事ですじゃ。いやはや、ここは金の匂いがプンプンしますなぁ」
「チッ……ただのハイエナか」
「どうですかな? 一杯酒でも」
「いらん。興が削がれた。そこの連中の相手でもしておけ」
男もこれ以上、事を荒立てるつもりはないらしい。
変装したオスカー達を、金の亡者と思い込み自己完結する。
剣を鞘に納め、捨て台詞を吐きながら、同じように集会所を去った。
一瞬の間と安堵の空気。
オスカーも鞘にしまったままの剣を、無言のまま腰に下げる。
すると一部始終を見ていた受付嬢の一人が、ザカンの元にやって来て頭を下げた。
「あ、ありがとうございます……! どなたか存じませんが、危うく流血沙汰になる所でした……!」
「ほほほ。こんな老い耄れでも若者の命を救えるとは、思わなかったのう。しかし、あの少年には、しっかりと言い聞かせるんじゃよ?」
「は、はい!」
あくまでザカンは好々爺を演じ続ける。
受付嬢も疑問に思う素振りは見せなかった。
「間一髪だったな……あの爺さんには感謝しないと……」
「全くだ。ヨハンの奴、これで懲りてくれれば良いんだが……」
その場にいた冒険者達も、彼らを指差すことはない。
しかしこれ以上注目を浴びると、正体がバレるかもしれない。
互いに目を合わせたオスカー達は、集会所から去ることに決めた。
焦りを気取られないため、ゆっくりと出口へ向かうと、先程の受付嬢がもう一度頭を下げた。
「剣のお人も、ありがとうございました!」
オスカーも、同じように軽く頭を下げるだけだった。
集会所を出た後は、視線が集まらないよう、人混みの中へと紛れていく。
追って来る者もいない。
横を歩いていたザカンが、申し訳なさそうに小声で喋りかける。
「悪い、オスカー。結構酷い事を言っちまった」
「ううん。アレで良かったんだ。あぁ言わなかったら、きっと事態が収拾しなかった。……というか、急に声を変えるからビックリしたよ」
「フッ。俺の一発芸を、ここで披露する羽目になるとは思わなかったぜ」
「何処用の一発芸なんだ……それ……」
今回ばかりは武力で解決できる話ではない。
例え少年の言い分が正しくとも、無理矢理説得しなければならなかった。
そうでなければ、受付嬢の言う通り、双方無事では済まなかっただろう。
父の助力にオスカーが感謝すると、先に集会所を出ていたエイダが、二人と合流する。
「オスカー、ザカン、無事?」
「無事だぜ。まぁ、冷や汗ヤバかったけどな……」
「俺も剣を受け止めただけだから全然。エイダこそ、何も言わなかったのに、よくジッとしてくれたよ」
「迷惑になると思ったから。合ってて良かった」
フードを被ったまま、彼女は小さく頷いた。
二人が助太刀したことに満足している節すらある。
ただ思う所があるようで、小さくなっていく集会所を見返す。
「あの子、泣いてたわ」
「うん。でも今ここで、俺達の正体を知られるのはマズイ。仕方なかったんだ」
「正しいのに、間違ってるなんて……」
「おかしいとは思う。でも、だからこそ、俺達が諦めるわけにはいかない」
ヨハンという少年には悪いことをしたが、民衆は個人の意思よりも、より強い権力に従うしかない。
今のオスカー達は大罪人。
庇えばそれだけ自分の身が危険に晒されると、あの少年も理解できただろう。
「気を取り直して……と行きたいけど、あんな状況じゃギルドにはもう近づけない。どうしようかな……」
そもそも集会所に立ち寄ったのは、魔族の情報を仕入れるためだっただが、例の一件で叶わなくなった。
別の方法を探るしかない。
魔族についての情報が出回っている場所は他にあっただろうか、とオスカーが首を捻っていると、突然エイダが顔を上げた。
何か、妙なものに気付いたようだ。
「!」
「どうした、エイダ?」
「匂うわ」
「臭う!? もしかして、俺の汗かぁ!?」
「それもあるけど、別。魔族の匂いよ」
オスカーとザカンは息を呑む。
互いに顔を見合わせ、その匂いを辿ることにした。
彼女を先頭に、ゆっくりと街路を進む。
進むにつれて、往来する人の数は多くなっていった。
「ここ」
「植物庭園……?」
そうしてエイダが指差したのは、商業区から少し外れた場所。
今までより見栄え良く舗装された街路の先にある、巨大で真っ白な建物。
内部に広大な庭園が広がる、この都市有数の観光施設だった。




