3.デバフ勇者と商業都市
「どうにか着いたな」
山を下り終えた三人は、人目を避けつつ商業都市の直前まで辿り着く。
それから一旦足を止めて、周りを警戒した。
王都みたく城壁は存在しないが、東西南北に伸びる大通りが都市への橋渡しとなっている。
水路も完備され、都市の周りを堀のように囲っている。
往来する馬車や人々の姿を見て、三人はもう一度草の茂みに身を潜めた。
「中に入る気か? 流石にこのままじゃ、一発でバレちまうぞ?」
「うん。だから、少し工夫する」
そう言って、オスカーは剣を抜いた。
既に彼は都市に入り込むための作戦を考えていた。
説明するよりも先に、小さく剣を振るう。
「表装剣」
瞬間、オスカーの容姿に変化が現れる。
まるで老爺のように老けはじめたのだ。
かつての面影は殆どなく、同一人物と言っても分からない位に衰えていく。
経過を見ていたエイダは、衝撃を受けた様な反応の後、両手を震わせた。
「オスカー……老けちゃったの……?」
「デバフを使った変装だよ。これで見破られることはない筈」
「し、死んじゃうの……?」
「あっ。ご、ごめんな。これは元に戻せる。実際に年を取った訳じゃないから」
「そうなの? 良かった……」
変装マスクと変わらない。
大層な技だが偽装は顔だけで、声までは変わらない。
喋ると直ぐにバレてしまうので、融通が利くわけでもない。
ただ都市に潜入するだけなら、効果的な技だろう。
続いてザカンも同じようにデバフを受け、顔面を衰えた老爺へと変えていく。
更に手鏡でその完成度を見て、彼はふむと唸った。
「どう見ても、ヨボヨボの爺さんだ。デバフにこんな使い方があるなんてなぁ」
「邪道だからあまり使いたくないんだけど」
「そう言って、前もエイダを石化させてたなぁ」
「あ、あれは仕方ないだろう?」
「で? もしかして彼女にも、コレを使うのか?」
「そうだけど……」
彼女だけそのまま、というのも不自然な話である。
だが幼い少女の容姿を老化させるのは、偽装とは言え気が引ける。
流石のオスカーも、躊躇いなく剣を振ることは出来なかった。
「ざ、罪悪感が……」
「大丈夫。エイダ、気にしないわ」
「そ、そうか?」
「一人だけ仲間外れも、嫌だもの」
エイダはさして気にしていない。
寧ろ自分が特別扱いされる事の方が嫌だと言う。
その純真さが逆にやり辛さを覚えるのだが、彼は意を決することにした。
全ては魔将の陰謀を明らかにするため。
彼女に向けて剣を振り下ろし、デバフを発動する。
なのだが。
「効かなかった……何でだ……」
「彼女は竜人だから、何か色々あってデバフを弾いたのかもな」
「表装剣は、人に対して使うことが前提だから……そこでかち合ったのかな?」
エイダに表装剣は効かなかった。
老化はおろか、容姿が変わった様子もない。
竜の因子は、人族の老化現象と違う法則を持つのだろう。
オスカーが少し安心する中、彼女はがっくりと肩を落とした。
「しゅん……」
「そう落ち込まなくても。ほら、コレを被っていれば顔は見えない」
「えー」
「露骨に嫌がるなぁ。あと、服を噛まない」
「んん……ちょっと気持ち悪いけど、我慢するわ」
取り敢えず、エイダには旅人のコートを上から羽織らせ、フードを頭から被せることで急場を凌ぐことにした。
既に顔が広まっているオスカー達に対して、彼女の素顔は殆ど広まっていない。
王都でウィルズに絡まれ、始めて面を合わせた時が最初で最後だ。
そもそもオスカーらの仲間として認識されているかも怪しく、最悪、目立つ青髪さえ見られなければ良い。
商業都市前の兵士たちも、オスカー達二人の顔を注意深く見たが、幼いエイダはチラリと見るだけで素通りさせてくれた。
衰えた老人を介護する少女みたく見えたのかもしれない。
そんな事もあって、三人はどうにか商業都市に潜り込んだ。
商業という名もあってか、露店の数が王都以上に多く、それなりに安い値打ちで商品を売りだしている。
見上げれば、石造りの建物の間から、幾つもの蒸気が狼煙のように上がっている。
往来のど真ん中を歩く真似はせず、通りの端をゆっくりと進んでいく。
現状、周りに怪しまれてはいない。
「割とあっさり溶け込めたな」
「うん。でも……」
しかし、オスカーは既に異様な雰囲気に気付いていた。
暫らく進んでいると、大きな人だかりが目の前に飛び込んできた。
売買目的の競りではない。
中心にいた騎士らしき男が叫んだ。
「勇者殺しの勇者、オスカー・ヒルベルトを極刑に! 見つけ次第、必ず捕らえよ! 生死は問わん!」
大きな巻物を広げながら、男はオスカーの罪状を告げる。
予想通り、王都の一件はこの都市にまで広まっていた。
周りの人々も、それらを知って様々な言葉を交わしていく。
「勇者・ディアック様、そして王族のギルドマスター様を殺して、現在逃亡中なんだってよ」
「酷い! なんて残虐非道なの!」
「魔族の侵攻も、最近やっと止まったって言うのに……!」
「噂じゃあ、魔王軍に下ったって話もあるぞ」
「始めから、勇者様達を殺すつもりで取り入ったんだな!」
何とも、適当な事を言ってくれる。
仮にここで姿を現せば速攻で捕えられるか、その場で首を刎ねてこようとするか。
どちらにせよ、碌な未来は待っていない。
「見つかったら、タダじゃ済まないな」
「間違いねぇな。てか、お前はいつから魔王軍に入ったんだ?」
「入ってないし、掠りもしてないって……」
更に言えば、噂も尾ひれが付いて酷いことになっている。
事実無根は今に始まった事ではないが、妄想レベルの冤罪まで吹っかけられている。
何をどうしたら、元勇者である自分が魔王軍に下らなければならないのか。
溜め息交じりにオスカーは遠目から窺ったが、首謀者であるオスカーとザカン以外の情報は出て来なかった。
王都から逃亡する際、少女が人質にされたという話があるだけ。
或いは、この少女がエイダの事を指しているのかもしれない。
「エイダは人質にされたって扱いなのか。似顔絵も……なさそうだ」
「……大丈夫?」
「あぁ。人質だから、出合頭に斬りかかられる可能性は低いと思う」
「そうじゃなくて。オスカー達は大丈夫?」
「俺達?」
「うーむ。自分の事より、俺らのことを心配してくれるなんて。出来た子だなぁ」
ザカンは腕を組み、感心するように頷く。
あくまで彼女は、民衆から差別され続ける二人を気に掛けていた。
「こうなることは分かっていたし、そのつもりでここに来たんだ。寧ろ予想通りだったから、少し安心だったりもする」
「安心? 何だか、変なの」
「はは。まぁ、兎に角心配しなくても大丈夫。このまま一緒に行こう」
今更この程度で気に病むことはない。
訝しむエイダに、オスカーは問題ないと振る舞うだけだった。
そして当初の目的は、商業都市に暗躍する魔族の調査だ。
糾弾する人々を避け、三人は再び歩き始める。
ただ、魔族の調査と言っても簡単に見つけられるものではない。
虱潰しに調べていれば、何日掛かるかも分からない。
決定的な糸口でも見つかればいいのだが、オスカーは何も思い付かなかった。
「それにしても、この広さは王都並みだ。エイダ、アリアスは他に何か言っていなかった?」
「ううん。聞こえたのは、それだけ」
「そうか……どうやって手掛かりを掴もう……」
「魔族の動きが知りたいなら、それ専門の所に行った方が良いんじゃないか?」
「専門?」
「ほら、アレだよアレ」
ザカンが複雑な表情で前方を指差す。
露店の集まりから外れた場所にある、少し大きな館。
仰々しい看板が掲げられたそれは、ギルドの集会所だった。
「冒険者ギルドか……」
冒険者は潜伏する魔族の探索や、単純な宝探しなど数多くの依頼を請け負っている。
当然、魔族討伐の依頼も多く寄せられる。
何か不審な動きがあれば、真っ先に情報が出回るだろう。
昔を思い出して嫌な気分になるが、父の進言もあって、オスカー達は集会所に立ち寄ることにした。
中に入ると、露店街とはまた違った騒々しさが、三人を出迎える。
内部には大小様々なテーブルが置かれ、互いに話し合うための席が設けられていた。
冒険者らしき者も何人も出入りしており、出で立ちは鎧を着ていたり、軽装だったりと多種多様である。
そして奥の受付カウンターには、依頼を取り扱う受付嬢がそれぞれの仕事をこなし、隣には依頼の張り出された大きな掲示板が構えていた。
「お前達! 色々騒ぎになっているが、やることは変わらねぇ! 焦って身の丈以上のことをするなよ!?」
「おう!」
「任せとけッ!」
何処からともなく冒険者達の声が聞こえ、忙しそうに目の前を通り過ぎていく。
以前にオスカーが見た風景と、何も変わらない。
よくあるギルドの日常。
そんな中、エイダは煩そうな表情をしながら辺りを見回し、匂いを嗅いでいた。
「新しいクエストを張り出しまーす! 受託される方は受付までどーぞ!」
ただ丸っきり全てが変わらない訳でもない。
受付嬢が張り出した複数のクエストの中には、一枚の手配書があった。
何人もの冒険者に紛れて確認すると、それは紛れもなくオスカー自身のものだった。
似顔絵も描かれており、絵の下には詳細な情報が載せられている。
「もう手配書が出回っているのか。ええと、報酬は……情報提供だけで金貨百枚……!?」
「生きたまま捕えれば、金貨千枚以上ねぇ。あっちもガチだな」
金貨百枚でも、暫らく遊べるだけの余裕が出来る。
金額の上限も決まっていない所を見るに、王都の連中がどれだけオスカーの首を欲しがっているのか、容易に推測できた。
他の冒険者たちも、懸賞金を見てヒソヒソと話し始める。
「金貨千枚以上だってよ……どうする……?」
「どうするもこうするも、相手は元勇者だぜ。流石に俺達じゃ、敵わねぇよ」
「情報提供だけでも百枚なら、俺はやるぜ。一攫千金のチャンスだ」
「そもそも金額がデカすぎる。怪しいと言うか何と言うか、眉唾モンだよ」
積極的に行こうとする者もいれば、信用し切れない者もいる。
冒険者は命のやり取りをする場面も多いため、慎重に物事を見極めているのだろう。
ひょっこりと現れたエイダが、オスカーの腰を小突く。
「金貨って何?」
「前に見せたお金のことだよ。アレの一番値打ちが高いヤツだ」
「あのキラキラが、沢山貰える……だから少し臭うのね」
「え?」
「何かが欲しいっていう臭い。凄く、感じるわ」
彼女の嗅覚は侮れない。
単純な匂いだけでなく、他人の心も多少読み取ることができるようだ。
魔族の情報を集めるにしても、手早く済ませた方が良い。
そう思い、他のクエストを見るべく掲示板に歩み寄るオスカーだったが。
「何でだよ! 何で皆、そんな事ばっかり言うんだよ! おかしいよッ!」
聞き慣れない少年の声が、集会所に響いた。




