2.デバフ勇者と竜人
「竜人?」
「ん。それが、エイダの種族よ」
夜の風に吹かれ、エイダはゆっくりと頷く。
王都の兵士達からの逃避行。
アリアスの戦闘から数日が経ち、オスカー達は山々を越えて移動を続けていた。
入り組んだ森の中、足跡などの痕跡を残さずに進んでいく。
不幸中の幸いと言うべきか、その甲斐もあって、連中が彼らを見つけた様子はなかった。
そしてその中で、エイダは小休止に自身の種族を明かした。
彼女は類稀な身体能力を持つ。
その時点で只者ではないことは明らかだったが、改めて知らされて、オスカーとザカンは目を丸くする。
「竜人って言ったら、あれじゃねぇか? まさに竜と人の血が合わさった種族……って言うか、竜なんて実在したんだな。空想上の生き物だと思ってたぜ」
「竜は、本当に数が少ない。それに魔族だけど、他の魔族にも関わらない。強いから、その必要がないの」
「ふうむ。まさに強者の考えってヤツだな。だから殆ど姿を見せないのか」
「じゃあ、エイダがアリアスに捕まっていたのは、その力を見込まれたから?」
「だと思う。自慢じゃないけど、エイダはその辺の人族にも魔族にも負けないわ」
少し胸を張って言うが、断じて自惚れではない。
幼い少女という外見に騙されがちだが、骨を始めとする身体の強度は竜族のそれに値する。
市販の武器如きでは、傷一つ付かないのではないだろうか。
オスカーも、エイダには人族の勇者に匹敵する力があると見抜いていた。
そしてそれだけの力を持っていながら、瀕死の重傷に追い込んだ魔将・アリアス。
他の魔将がどれ程の力量なのかは、考えるまでもない。
「見た目は人でも、身体の組織は竜並み。それに色々なブレスも使えるときた。心強い仲間が出来たじゃないか」
「そうだけど……あまり無茶はしてほしくない」
「……エイダの事、心配なの?」
「当然だよ。アリアスの時、君は死にかけたんだ。同じことは繰り返したくないよ」
共に戦う仲間として、守るべき者として、彼は真剣に答える。
すると彼女は一瞬、不意を突かれるような顔をした。
「そう……心配、してくれるのね……」
「そうだけど……どうかした?」
「何でもない」
やたら複雑な様子だったが、不快感はなさそうだった。
他人から心配されるのが、余程珍しかったのか。
視線を合わせるのが恥ずかしいようで、目を逸らし始める。
「何、ニヤついてんのさ」
「いんや? 別に?」
妙にほくそ笑むザカンを置いて、オスカーは更に問う。
「それで、わざわざ身の上を話したってことは、他にも言いたいことが?」
「思い出した事があるの。エイダが捕まっていた時、アリアスが言っていたわ。この亜人は、次の場所で使えるって」
「次の場所?」
「ヴァン……ホルム? 何か、そういう所。二人は、知ってる?」
明らかになったのは、拉致された際に耳にした、魔将の手掛かりだった。
王都だけでなく、洗脳したエイダを別の場所でも利用しようとしていたのだろう。
彼女は人族の都市に疎いこともあり、その言葉が何を指しているのかは分からないようだった。
しかしおぼろげな答えに、真っ先にザカンが反応する。
「商業都市・ヴァンホルムのことだな。あそこは王都とも交易が一番盛んな場所だ。人口も王都程じゃないけど、かなりのものだぞ」
「……アリアスが次のターゲットにしていたなら、他の魔将が知らない筈がない。きっと何かが起きる、か」
「行く気か、オスカー? 言った通り、あそこは王都にとって最重要の交易地点だ。俺達の事は、とうに知られていると考えた方が良いぞ」
「うん……それでも魔将の手掛かりは、そこ以外にないんだ。ダメ元でも探ってみる価値はあると思う」
「……まぁ、ここまで来たらしゃーないわな。やれるだけの事を、やるしかねぇか」
いつまでも逃げ続けている意味はない。
魔将が現れる可能性が少しでもあるのなら、危険を理解した上でも赴くべきだった。
己が決めた、勇者としての道を歩むために。
エイダも彼らと同じく頷き、方針が決まる。
商業都市は、ここから山を二つ三つ超えた先にある。
オスカー自身、魔族からの防衛も含めて何度か立ち寄ったことがあるが、商業の拠点として活気溢れる場所だった。
どう足掻いても、人の目は避けられない。
都市内を探索するなら、何らかの対策は立てておくべきだろう。
そうして三人は小休止を野宿に変え、荷を下ろす。
夜の中、いきなり進路を変えて進むのも危険なので、取りあえず今日は身体を休めることになった。
「じゃ、先に寝るけど、何かあったら叩き起こして良いからな」
「分かった」
寝支度を済ませ、ザカンは二人に片手を上げる。
突然の奇襲も考え、夜間は交代しながら眠ることになった。
追われている身という中で気が休まらないかと思ったが、彼は横になった途端、直ぐに寝息を立て始めた。
息子たちを信用しているのか、単に胆力があるのか。
気には病んでいなさそうだったので、オスカー的には多少安心できた。
焚き火を前でふうっと息を吐くと、横にいたエイダが覗き込んでくる。
「二人共、仲が良いのね」
「え? そう見える?」
彼女は一回頷いた。
「うーん。あまり深く考えたことないな。でも、まぁ……迷惑かけっぱなしだから。魔将の件もあるけど、何とかしてあげたいかな」
「……エイダは少し羨ましいわ」
普段の姿から離れた、寂しそうな声が聞こえる。
オスカーは特に詮索するつもりはなかったが、アリアスによって重傷を負った時、夢の中で魘されていた事を思い出す。
視線を向けると、いつの間にか彼女は夜空を見上げていた。
「別に何もないの。お父さんに嫌われて、皆に嫌われて、終わり。それだけ」
竜族は自身の存在に強い誇りを持つと書物で呼んだ事がある。
そして亜人であるエイダは、言わば異端。
簡単に言っているが、そこには想像以上に辛い差別があったに違いない。
気の利いたセリフは、出て来なかった。
「エイダは何も悪くない。それに、俺達は嫌ったりしない。信用してる」
「ん……」
今言える確かなことをオスカーが伝えると、エイダは視線を元に戻した。
表情は特に変わらず、焚き火の音だけが聞こえる。
だが暫らくして、彼の傍で寄りながら横になり、両足を抱えて身体を丸める。
仕草は竜のようにも、人のようにも見えた。
「今までずっと一人だった。だから今は、眠るのが少し怖いの。目が覚めたら、誰もいないんじゃないかって」
「……」
「置いて、いかないよね?」
「勿論。君が望む限り、俺は傍にいるよ」
オスカーはその言葉を受け入れるだけだった。
●
「ゼェ……ゼェ……! ちょ、ちょっとタンマ……!」
「何だよ、父さん。もうバテたのか?」
「お前達が歩くの早すぎるんだよ……! ペースを落せって……!」
翌朝、早速山を越えるオスカー達だったが、もう少しの所でザカンが音を上げた。
次の目的地は魔将襲撃の可能性も高いため、もたもたしていられない。
オスカーの中で、そんな思いが先行していたのだろう。
一度立ち止まって、自分が早歩きになっていた事に気付く。
「ごめん。ちょっと急ぎ過ぎたかも」
「ザカン、体力なかったのね。ごめんなさい」
「全くこれだから若いのは。もっと老体を労われって」
「老体って程、歳でもない気が……?」
ザカンは壮年男性ではあるが、一般人の枠である。
彼の体調も考慮して動くべきだった。
反省しつつ、オスカーはこの場で再び休憩する事に決めた。
ポーションをキメれば一発だが、量も少ないので宜しくない。
途中で取れた湧水で喉を潤しつつ、父の体力回復を待った。
その間、エイダは身体が鈍るのが嫌なのか、休憩中も周りの木の枝を飛び回っていた。
軽快に動き、落ち葉だけが僅かに上から落ちてくる。
精神的には幼い少女なので、好奇心もあるのかもしれない。
「それにしても、木の枝を次から次へと。器用だなぁ」
「楽しいよ? 一緒にやってみる?」
少し興奮気味に誘ってくる。
思っている以上に楽しくしていたので、断るのも忍びなく、オスカーは付き合う事にする。
木登りは幼少の頃以来なので、その時を思い出しつつ登ってみる。
エイダに誘われるまま、付近で一番高い木の頂上へ行くと、視界が一気に開け、周りの様子が良く見えた。
解放感と共に、涼しい風が二人の間を吹き抜ける。
「風が良いな」
「そう。気持ちいいでしょ?」
「あぁ。頂上からの景色を見ながらだと、また格別だ」
「風を浴びるのは好き。それに今日は、いつもより綺麗に見える気がするわ」
「いつもより?」
「ん。今まであまり、遠くを見た事がなかったから」
長い青髪を靡かせながら、彼女は微かに笑う。
寝間着という格好や野性的な一面はさて置き、こうして見れば普通に美少女である。
そして今更ながら、何処かで見たことのある面影を感じる。
幼少の頃に見た、誰かの姿と重なる。
一体誰だっただろうかとオスカーが思っていると、彼女は髪の一部を掴み、目の前まで持ち上げた。
「でも最近、髪が伸びてきたから、ちょっと嫌」
「そうなのか? だったら切ってしまえば……」
「この髪、切るの難しいの。ブレスでも、焼けないし」
「あぁ……好きで伸ばしてるわけじゃないんだな」
「オスカーの髪は、切れるの?」
「流石にブレスで焼き切れないことはないし、鋏……その辺の刃物で普通に切れるよ」
「人の髪は、便利なのね。エイダのなんて、岩にぶつけたら、先に岩が壊れるのよ」
「えぇ……」
透き通るような美しい青髪も、今の彼女には煩わしいものでしかないようだ。
マイペースだなと思いつつ、オスカーは先程まで感じていた面影を気のせいだと打ち切った。
そうして暫らく視線を山の麓へと向けていると、微かに町の一部らしきものが見えた。
あれは、目的地の商業都市・ヴァンホルムだ。
遠目からでも階層の高い建物が、幾つか背を伸ばしているのが分かる。
一応、報告しておくべきだろう。
風を楽しんだ二人はゆっくりと木から降り、下で休憩していたザカンに伝える。
「父さん、遠くにヴァンホルムが見えた。目的地が近い」
「おっ、そうか? そいつは何よりだ」
もう体調が治ったのか、ザカンは軽い調子で返答する。
それどころか、背負っていたバックから色々な器材を取り出し、いそいそと何か準備している。
休息を取っているようには見えない。
「……何してんの?」
「二人共、コレを見ろよ。黄金ハーブだ」
どやぁ、と言わんばかりに彼は右手に持っていた植物を突き出す。
黄金に輝くその葉は、まさしく名の通りの代物だった。
「そ、それって滅茶苦茶高級で、宮廷とかで使われるヤツじゃないか? 何処で見つけたんだ?」
「その辺に生えてた」
「……」
当然、簡単に見つけられるものではない。
年単位で数枚しか出回らず、オスカー自身、勇者パーティーで活動していた頃に一度だけ見たことがある程度だ。
背後にいたエイダも、珍しそうな顔をする。
「キラキラしてる。見るの、始めてだわ」
「そうだろう? これを食べれば、疲労も体力も全回復するぜ。人数分あるから、一緒に食わないか?」
「良いの?」
「おうともさ! そぉら、今日は出血大サービスってヤツだぜ!」
「いや……ここで食べるよりは保管した方が良くないか……?」
「相変わらずの貧乏性だな。コイツを保管するには、それなりの設備が必要なんだ。それに抜いた瞬間から衰えていく。早めに食っとかないと、ただの枯れ草になっちまうよ」
「……前から思ってたんだけど、今まで何処から薬草を調達してたんだ? 他にツテとかなかっただろう?」
「ん? そんなもん、その辺探せば直ぐに見つかるだろ?」
「いや、見つからないよ……普通に考えて……」
オスカーは的の外れた父の答えに、首を傾げる。
貧乏な診療所だった所内には、いつも高品質の薬草が並んでいた。
流通ルートでは出回らない、自分で採取したらしき品物ばかり。
それが余計に同業者からの不信感を買っていたのだが、彼は気にも留めていないようだった。
来たい奴が来ればいい。
割と適当なスタンスで営んでいたので、宣伝も皆無。
故に殆ど儲からないのだが、この採収技術だけは謎だった。
運が良かっただけでは済まされない。
「何か無意識でスキルを使っているんだろうけど……」
「お? どうした?」
「いや、何でもない」
別に危険な話でもなく、非常に助かっているので、深く考えても仕方ない。
再びオスカーは思考を打ち切る。
ザカンはそんな息子の考えを知らないまま、保存していたひき肉と調味料を取り出した。
「どうせだから、ひき肉にバターと塩を塗してっと……エイダ、良い感じに焼けるかい?」
「任せて」
鉄串に通したひき肉を手渡され、エイダは快く小さな炎を吹き出す。
「業火吹【激弱】」
「いやぁ、簡単に火を出せるってマジで助かるんだよな」
割と手慣れた様子で肉を焼き始める。
竜のブレスの有効(?)活用である。
軽く火で炙った後は、いつの間にか鍋で茹でていた黄金ハーブと共に、ザカンが一緒に茹で合わせた。
良い香りが漂っていたので、ツッコミを入れられずにいると、さっさと彼は一品料理を作り上げる。
「ほれ。焼いた肉に茹でたハーブを巻けば、良い感じの朝食が出来上がりだ」
「美味しそう」
「ハーブの出汁はそうだなぁ……勿体ないし、ポーションの元にでもすっか」
されるがままに朝食を取ることになる。
商業都市に入る前の一服のつもりで、二人はザカンの料理を受け取る。
陽の光に反射して輝くそれを、どう食べたものかと考えつつ、オスカーはスプーンで切り分けて、一つずつ口に運んだ。
口の中に肉汁と調味料の味が広がる。
ハーブの効果もあって、熟睡後のようなスッキリとした感覚が身体全体を包んだ。
王都を離れてから、ザカンは度々二人に料理を作っていたが、やけに手の込んだものが多かった。
食材の少ない中でも、料理好きのプライドが手抜きを許さなかったのだろう。
味は変わらずオスカーを唸らせるものばかり。
エイダは何も言わないが、無心で食べている辺り、相当気に入っているように見える。
「料理に関しては上手いよな。真面目な話。エイダはどう思う?」
「ん。とても美味しい」
「お! 二人から褒められるとは、気分が良いねぇ!」
「茶化すなっての」
「ザカン、いつもオスカーにご飯を作ってたの?」
「おうともさ。コイツったら、普段はガサツでなぁ。勇者としては確かに強いんだろうけど、他のことがダメダメなのさ。この前だって、少し練習させようと料理を手伝わせたら、分量を間違えて、エライ事になったんだぜ?」
「ちょっと……エイダに変なこと吹き込むなよ……」
ちなみに余計な事を言うのも、ザカンの癖である。
食べられる程度にはなったのだから、そこまで言われる筋合いもない筈だ。
などとオスカーが思っていると、エイダは料理をほうばりながら、二人を交互に見比べる。
「オスカー、ガサツ?」
「そんなに真っ直ぐな目で言われると、割と刺さるから止めてくれ……」
「ま、そう言われたくなかったら、少しは練習するんだな。……おっと、エイダ。昨日みたいに、スプーンを噛み砕くんじゃないぞ? 数も少ないから、優しくな?」
「分かった。気を付ける」
口にスプーンを含んだまま、彼女は頷く。
何とも全員がマイペースで、追われている立場なのに、あまり危機感を抱かせない。
深刻過ぎてもナーバスになるだけなので、これはこれで有りかもしれないが。
オスカーは複雑な心境のまま、料理を食べるだけだった。
そうして腹ごしらえを済ませた三人は山を下り、間近に控える商業都市を目指した。




