1.デバフ勇者と四魔将
魔族。
人族に敵対し、この星の領土を半分近く占領しながらも、幾度となく侵略を試みる魔力を持った生物。
そこには魔王と呼ばれる強大な存在が君臨し、魔族の領域、その深部に巨大な城を構えている。
所謂、魔王城。
未だかつて人族が辿り着いたことのない場所だ。
殆どが闇に紛れるように黒く塗り潰され、光は周囲にある蝋燭の灯のみ。
その城内、円卓の広間で三体の魔族が集結していた。
一体は実体を以って、その他は立体映像で映し出された幻影となっている。
これら三体の魔族こそオスカーが討ち果たした魔将、四魔将の一統である。
「まさか、あのアリアスが斃されるとは……」
幻影の一つ、巨大な目玉の形をした魔将・エスゼリクが、深刻そうな声を上げる。
既にこの場の魔将全員が、アリアスの消滅を感知していた。
そしてその事実に、皆が沈黙する。
アリアスは黒魔導士最強とも呼べる実力を誇り、魔王と同格の力を持つ。
そんな彼を打倒しえる人族がいることに、困惑を隠しきれない。
「人族の勇者を侮り過ぎていたのかもしれん」
「……誰がアリアスを殺ったの?」
「オスカー・ヒルベルト。アリアスが最も警戒していた男だ。名目は後方支援を名乗っているが、その力は計り知れん。恐らく、我々魔将の存在も悟られたことだろう」
当代勇者は四人。
金石の勇者、ウィルズ・ヴェンダル。
千拳の勇者、ディアック・レイ。
白日の勇者、フィリア・アーノルド。
そして久絶の勇者、オスカー・ヒルベルトだ。
幾何学模様の立方体、その姿を模る魔将・カイツェルは少年の声で唸る。
「うん……その名前、聞いたことがあるよ。もしかしてその人も、ボク達と同類なのかな?」
「さてな。ただ分かるのは、我々を打倒しえる存在という事だけだ」
「……どうする? 計画を変えるなら今の内だけど?」
アリアスには人族の中で暗躍し、敵対勢力である勇者を瓦解させる目的があった。
しかし、それが達せられなかった今、別の策考えるべきだ。
意味深な言葉が並んでいくが、そこに割り込む形で別の声が響く。
「その必要はありません。人族は既に、手詰まりの状況なので」
「ザイヴナート、どういうことだ?」
この場にいる中で唯一の実体。
牛の頭部を模し、全身甲冑のような外殻を持つ魔将・ザイヴナートが、他の魔将を鎮めた。
彼女はオスカーの置かれている状況を把握していた。
凶悪犯罪者として人々から追われていることを。
未だ事情を知らない彼らに、端的にそれを伝えると、カイツェルは呆れながらも笑った。
「まさか! アリアスを倒した最後の逸材を、自分達で捨て去るなんて! ホントに、人族はどうしようもない!」
「道化もここまで来ると哀れにすら思えるな。それで、その男は?」
「王都を脱出し、逃亡を続けています。王国の兵士が追っていますが、今の彼は王族兼勇者殺しの勇者。もし捕まれば死罪は免れません」
「同族同士、自然淘汰されるという事か。アリアスの死も、無駄ではなかったな」
「可哀想に。一番真実に近い所にいるのに、周りから全く信用されないなんて……もしかしたらその人、自分を貶めた人族を憎んでるかもね。敵ながら、同情しちゃうよ」
アリアスを倒したオスカーへの僅かな賞賛。
彼を追放した人族への嘲笑と侮蔑。
魔将達は人族を見下していた。
実力的な問題ではなく、存在そのものを憎んでいた。
そしてその憎しみこそが、彼らを魔将足らしめた一因でもあった。
愉快そうに回転するカイツェルだったが、突然あっと思い出したように話題を変える。
「そう言えば、勇者殺しで思い出したけど、アリアスは勇者の一人を殺ったんでしょ? 名前は……なんだったっけ? 兎に角、その辺りは大丈夫なの? 神託が降りたら厄介だ」
「問題ありません。突発的な事態には時間が掛かる筈。神託を受けた勇者が輩出される可能性は低いでしょう。……となれば、ここは魔王に動いてもらうべきでしょうか」
今この場にはいない、魔王の存在を仄めかされる。
加えてそれは、自分達の計画を手伝わせるという同格に近い扱い。
エスゼリクも特に諫めるでもなく同意する。
「確かに。我ら魔将の存在を知るのは、オスカーという男だけだ。罪人の言葉など、誰も信用せん。他の人族に気付かれる心配もない……が」
「どうかしたの?」
「ヤツは甘い所がある。人族に肩入れしないとも限らん」
「もしかして、魔王様が裏切ると思ってるの? それは流石に考え過ぎだよ。あの方は歴とした魔族の王だ。魔王継承戦を経験したキミなら、彼女の意志は分かっている筈だろう? それでも気になるなら、ボクも一緒に戦うよ?」
魔王が裏切ることはあり得ない。
カイツェルの言葉は自信に満ちていた。
それは彼が魔王を全面的に信頼しているからなのか、幼いが故の純真さからなのかは分からない。
対するエスゼリクは、少々思う所があるようだった。
老成しているために、あらゆるものに対する警戒心が強いのかもしれない。
彼らの意見を聞き入れ、ザイヴナートが一度だけ頷いた。
「魔王には、私から進言しておきます」
「良いのか?」
「勿論です。魔王も我らと同じ志を持つ者。疑り深いことも良いですが、時には受け入れることも必要です。それに同志への疑いは、僅かな波紋となり、やがて大きな波へ変わるかもしれません」
「……そこまで言うのなら、最早口を出すまい」
エスゼリクは同じ魔族であることを指摘され、ようやく納得したようだった。
疑り深い視線を止め、目を伏せる。
説得に成功したザイヴナートは、それを機に彼らに忠告した。
「貴方達も、決して油断しないで下さい。特にカイツェル。例の件、失敗は許されませんよ? 使命に殉じたアリアスのためにも」
「勿論。ボクに任せてよ。でも一つだけ言いたい事がある」
「何でしょうか?」
何か懸念があるのかと聞き返すと、カイツェルが不機嫌そうに指摘する。
「さっきから魔王、魔王って失礼過ぎだよ! ちゃんと魔王様、と言ってよ! キミ達だって、こうなる前はちゃんと敬称で呼んでた筈だよ! 力を得たからって相手を見下すのは、一番やっちゃいけない事なんだ!」
「……分かりました」
「エスゼリク! キミもだ!」
「……」
「返事!」
「分かっている……そう叫ぶな……」
「うん! じゃあ、今回の失言は許してあげようかな!」
ぷんすかと怒るカイツェルのお蔭で、少しだけ空気が和らぐ。
魔将達の結束は固い。
それはアリアスの死を知っても尚、変わらなかった。
寧ろ無駄にしないためにも、己が計画を完遂させるという確かな決意を彼らに抱かせた。
「全ては我ら魔族の解放のため。ゆめゆめ、忘れないように」
会合の終わりを告げる彼女の言葉に、無言の肯定を示す。
直後、幻影だったカイツェルとエスゼリクの姿が消えた。
元々二体の映像は、自身のほんの一部を映し出したものに過ぎない。
全容を映せるほど、彼らは真っ当な姿ではない。
残されたザイヴナートは、静かに円卓の間を去る。
僅かに蝋燭の光が差し込む室内に、重い足音だけが響き渡る。
現状、彼女の思い通りに事は進んでいる。
アリアスが斃される不測の事態はあったものの、彼は危険視していた勇者の孤立に成功した。
当分、人族は勇者殺しの勇者を目の敵にし、追い回すことになるだろう。
だが安心はできない。
計画はまだ始まったばかりである。
万が一の可能性を考え、彼女は呟いた。
「久絶の勇者よ。貶され蔑まれ、人の世に絶望し不干渉を貫くなら、それも良いでしょう。我々も、貴方と戦えば無傷では済まない。しかし……もしそれでも尚、人族のために剣を振るうのであれば……」
ザイヴナートの全身に魔力が宿る。
魔族のそれとは似て非なる、得体の知れない力がそこにはあった。




