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10.デバフ勇者は妬まれる

それはパーティー結成以前の話。


勇者パーティーのリーダー、ウィルズには誇りがあった。

勇者としての実力もそうだが、貴族出身の家柄もあり、他とは違う数歩上をいった存在であるという自負があった。

事実、彼は勇者として選ばれる前は学院でもトップレベルの成績を収めている。

謙遜する意味すらない。

自分こそが人類を導く存在であり、他の者はその後ろを追随していればいい。

勇者に選ばれたのは当然であり、そこに何ら疑問は思わなかった。


勇者パーティーの面々についても、彼は誇りがあった。

格闘家のディアック、何十代も続く歴史ある武術の師範代。

白魔導士のフィリア、隣国である神都・パラミナのグリム教、その教皇の一番弟子であり次代教皇候補。

二人共が由緒ある経歴で、ウィルズと共に歩むに相応しい存在。

彼も相応の態度で二人を迎え入れた。

だが、暫くして彼の思惑は揺らぎ始める。


「どういうことですか!? 平民を俺達勇者パーティーに加えるなんて!」


平民出身の青年を勇者として迎え入れる。

その話を聞いたウィルズは、ギルドマスターを直接問い質した。

青年自身、周りと比べて地位が高い訳ではない。

彼の父親は薬師で診療所を経営しているが、別に名が知れているという訳でもない。

本当に、何処にでもいる一般人。

そんな何処の馬の歩へとも分からない男が、自分と肩を並べることに、ウィルズは納得がいかなかった。


「流石に何かの間違いでしょう!? その男は、デバフ以外のスキルを使えないと聞いた! しかも、周りからは劣等生扱いされているらしいじゃないですか!」

「品格や身分など、関係ない。私は、私の目で彼が勇者に足る逸材だと見抜いた。まさか、私の判断に異議があるのか?」

「っ……! 貴方がそう言うなら、俺の力で確かめるまで……!」


ギルドマスターは勇者パーティーの監督役、そして王族の血を引く一人でもある。

流石のウィルズも、面と向かって非難することは出来ない。

故に平民風情の実力を確かめ、目を覚まさせてやろうとした。

その男はギルマスに誘われて、勇者パーティーが活動する宿に赴いていたので、会敵は容易だった。

ディアックやフィリアも居合わせる中、貧乏臭そうな外見の青年を見つける。

どう見ても勇者の素質を感じない、身に付けているものも安物の剣一本だけだ。

馬鹿にしている、と彼は出合頭に黄金に輝く宝石剣を抜いた。


「お前がオスカー・ヒルベルトだなッ!? 俺と勝負しろッ! あのギルマスをどうやって誑かしたのか知らないが、お前が勇者に足る男じゃないことを、俺が証明してやる!」

「ま、待ってくれ! 俺は話をするために来ただけで、君と戦う気は……!」

「問答無用ッ!」


こんな自分の立場も理解できていない貧相な平民が、勇者として選ばれるなど有り得ない。

ギルマスは騙せても、勇者である自分を騙すことは不可能だ。

痛い目を見せるつもりで、ウィルズは容赦なく彼に斬りかかった。


「は……?」


しかし、それは一瞬だった。

ウィルズの剣が迫る前に、男が剣を一回だけ振るう。

何のことはない、素早いだけの素振り。

その瞬間、全身から力が抜け、ウィルズはその場に膝から崩れ落ちていたのだ。

何が起きたのか、自分はおろか周りの者達も理解できていなかった。

ただウィルズが男を前に、敗北に近い屈し方をした。

その結果だけが残った。


「ウィルズが、平民相手に膝を屈した!?」

「す、凄い……!」


ディアックが信じられないような声を発し、フィリアは驚愕と関心が入り混じった顔色をする。

それが余計に、ウィルズのプライドを傷つけた。

何だ、何が起きた。

どうして俺が、平民如きにひれ伏しているんだ。

心配そうに見下ろす男を見上げ、彼は叫ぶ。


「馬鹿な! 一体何をしたッ!?」

「デバフだよ。何をするにしても、俺はこれしか使えない……」

「デバフだと? そんな……そんな訳がッ……!」


デバフは一般的なスキル。

学園入学したての学生でも覚える初歩的な武技だ。

命中率の悪さ、更に言えば不発に終わることも少なくないという、どうしようもない弱点がある。

だというのに、ウィルズはそれに抵抗出来なかった。

言ってしまえば、本物の剣が玩具の剣に負けたかのような衝撃。

切っ先が地に落ちた宝石剣の輝きが、今では虚勢のそれにすら見えた。


「これで分かっただろう? 彼が勇者に足る男であると」


言葉を見つける中、後方で見ていたギルドマスターが窘める。

自分の目に狂いはないと、ウィルズに言い聞かせる。

彼は屈辱で身体を震わせながらも、それ以上反論は出来なかった。

そうしてギルマスは、目の前の青年に手を差し伸べる。


「荒立ててすまなかった。どうしても君の実力を知りたいと言うのでな。だが、これで皆も理解した筈だ。君の実力は彼らに劣らない。もしこれでも不安が残るようなら、それを私が全て拭おう」


一瞬の間の後、青年は周りを見渡した。

勇者パーティーの面々と、膝を屈したままウィルズに視線を向ける。

止めろ。

止めろ、止めろ。

そんな目で、そんな目で俺を見るな。

ウィルズの心の叫びに気付かず、彼は少しだけ明るい表情をした後、ギルマスの手をゆっくりと取った。

最早、後戻りはできない。

これが、ウィルズにとっての瓦解。

オスカー・ヒルベルトとの始まりだった。


それ以降、オスカーは勇者パーティーの一員として活動し始める。

ウィルズはせめてもの抵抗として、適当な態度を示していた。

同じ考えを持つ貴族、そしてディアックもそうである。

平民風情の、しかも落ちこぼれに肩を並べられるのは我慢ならなかったのだ。

だが彼は真面目に魔王打倒を目的として、メンバーのバックアップに努めた。

そして厄介なことに、実力は確かにあった。

デバフしか使えない能無しではあったが、そのデバフが強力だった。

一体どんなカラクリか分からないが、全てが必中。

耐性貫通効果があるようで、外した場面を見たことがない。

故に回復支援であるフィリアとの相性は良かった。

それがまた問題で、彼は連携のために彼女と良く会話をし、談笑している気配すらあった。

後から来ておいて、許可もなく仲を深める様は、ウィルズにとって不愉快極まりなかった。


「オスカー様! 勇者パーティーのオスカー様だ!」

「デバフ一筋で勇者になるなんて……我々平民の希望だ!」


加えて平民出身という身近な存在だからだろうか。

民衆はオスカーに対して高い信頼を寄せていた。

それは割と横柄だったウィルズの言動の裏返しなのだが、気付くことはない。

ただただ、人々から声援を受ける彼が憎らしかった。


「俺は勇者である以前に、皆と同じ平民なんです。様、と言う必要はありません。でも、勇者としての責務は果たします」


加えてその返答の仕方も腹立たしかった。

勇者とは人々から羨望されて然るべき存在だ。

オスカーのように対等に接するのは、勇者の定義から外れている。

ウィルズの価値観からして、彼の行動は到底容認できなかった。


だが表立って咎めることも出来ない。

彼にはギルドマスターの後ろ盾がある。

下手のことを言えば、回り回ってこちらの立場が悪くなる。

ウィルズも引き際は弁えていた。

だからこそ、手を拱いている状況にもどかしさを感じていた。


「ギルマスさえ……ギルマスさえいなければ、あんなヤツ……!」


ギルマスが庇い立てしなければ、平民風情に臆する必要はなくなる。

何か良い策はないか。

魔族を倒す傍らで、ウィルズはそのことばかりを考えていた。

オスカーが懸命に行っていた支援も、全てなかったものとして無視し続けていたのだ。


「オスカー・ヒルベルトの実力は、過大評価だったかもしれない」


それから何か月か経った時だった。

突然、何の前触れもなくギルマスの主張が変化した。

一転して、オスカーの実力を見誤ったと言い始めたのだ。

理由は分からない。

分からないが、ウィルズは奴を蹴落とす絶好の機会だと、信じて疑わなかった。

何か決定的な間違いが起きれば、ギルマスも此方側に傾く。

その言葉を聞いて、彼はそう確信した。


故にウィルズは、オスカーに対して更に不当な扱いをするようになった。

自分自身がやるべき事、所謂雑務を全て彼に押し付けた。

元々オスカーは平民で、ウィルズは貴族だ。

勇者ではあるが身分の差がある以上、リーダーの命令を断れる筈もない。


「おい、オスカー! 後処理は全部、お前に任せるぞ!」

「あ、あぁ……」

「オスカーさん……私も手伝……」

「フィリア! それはソイツの仕事だ! 大体、それ位の処理は一人で出来て当然なんだ! 手を貸すな!」

「で、でも……!」

「何だ? リーダーの言うことが聞けないっていうのか!?」


フィリアはあくまで庇おうとするが、余計なことはさせない。

威圧的な声を響かせると、先にオスカーの方が音を上げた。


「フィリア、俺は大丈夫。君も皆と一緒にゆっくり身体を休めて」


問題ない、と言いたげにオスカーは微笑んだ。

クソ、女の前でいい顔しやがって。

ウィルズはフィリアの腕を掴んで、その場から立ち去る。

自己主張の少ない彼女が、それでも名残惜しそうにオスカーの方を見ているのが、更に忌々しく感じた。


なので、今度はディアックと共に、彼の不評を風潮して回った。

デバフ勇者と銘打っているが、そもそもそんな実力はない。

俺達がバックアップしているだけで、足手纏いの節すらある。

言い触らしたのはその辺りだ。

元よりそんな噂はでっち上げでしかない。

しかし、貴族としての言葉を否定する者などいる筈がない。

殆どの民衆がそれを聞き、俄かには信じがたいような反応を取るようになった。

半信半疑、どっちつかずの状況。

これで準備は整った。

後は奴がヘマをすれば、一気に崩れる。


「最近、給金が減った気がするんだが……」

「は? これはギルマス達が、相応の報酬として各自に与えてるんだぞ? それがお前の実力にあった額なんだ。それに意見する気か?」

「いや……それにしたって、単純に計算して無給の日もあるのに……」

「馬鹿馬鹿しい。言っただろ? それがお前の実力なんだ。タダ働きして当然なんだよ」

「……」

「全く、やっぱり平民。金のがめつさは一人前だな」


ウィルズは、黙り込むオスカーに向けて鼻を鳴らす。

給金はリーダーである彼が全員分を受け取り、回付している。

ピンハネについても可能だった。

無論、証拠があろうがなかろうが、平民が意見できる訳もない。

多大な雑務を背負わせ、ギルマスと会う機会も奪わせる。

そうして彼は、オスカーの疲弊を狙った。


「ディアック、どう思う?」

「最近、ヤツの調子は下がる一方だ。お前のやっていることが、段々効いてきているな」


思惑通り、オスカーは徐々に調子を悪くしていた。

デバフ自体には一切陰りがないが、どう転んでもおかしくはない。

仕上げだ。

そうしてウィルズはディアックに一つの作戦を明かした。


「魔族を素通りさせる?」

「あぁ、アイツに魔族を差し向けて、わざと疲弊させるんだよ。そうすれば、ギルマスだって最低評価を下す。思い上がった奴を蹴落とすには一番だ」

「成程な」

「言っておくが、フィリアには気付かれるなよ?」

「分かってるさ。アイツ、少し入れ込んでるからな」


完全に足手纏いと証明するには、その実績が必要だった。

その日、ウィルズ達は魔族の軍と交戦。

前線であるディアックと協力して、隙を見て魔族を差し向けた。

元々オスカーは後方支援。

デバフは優れているが、剣術自体はそこらの兵士と変わりない。

接近戦になれば、確実に消耗することを見越しての事だった。


そうしてオスカーは魔族と直接交戦し、消耗し切った。

あと一歩まで追い詰めたが、結局フィリアが傷を治癒したことで、最高の事態にはならなかった。

だが、これでギルマスの評価は覆る。

最近の不調続きの末、今回の戦闘が決定打となり、その処分が決まる。


「オスカー・ヒルベルトをパーティーから除名する」


王都に帰還した際、リーダーとして一番にその情報を聞かされる。

ウィルズは笑みを抑えるのに必死だった。


「やっと分かってくれましたか」

「あぁ、あの時の私は目が曇っていた。君達には苦労を掛けたな」

「いや、良いんですよ。これからはいつもと同じ、元通りです」


それもこれも、ギルマスが急にオスカーに関与しなくなったお陰でもある。

昔の彼ならば、不当な扱いに気付き、是正処置を取っていただろう。

何にせよ、思い通りに行って良かった。

ウィルズは愛想よく接し、心の中で感謝した。

そして浮足立って、オスカーが運ばれた宿へと赴く。

追放処分が決まったことを、自分の口で伝えるために。


そんなウィルズの後ろ姿を見て、ギルマスが微かに口元を歪めていることには、一切気付かなかった。

それ程までに、彼は盲目していたのだ。

故にそのまま流れるように、オスカーを追放する。

呆気に取られる様を、侮蔑に満ちた表情で挑発する。


「お前は調子に乗り過ぎたんだよ! ハハハッ!」

「っ……!」


ギルマス邸から出て来たオスカーは、悔しそうにその場を立ち去った。

もう、奴が勇者に拘ることはないだろう。

ウィルズはディアックと共に、目を合わせてほくそ笑んだ。


終わったのだ。

忌々しい平民を追い出すことに成功した。

これで勇者パーティーの品格は保たれる。

そう確信していた。


だが、まだ彼は気付かない。

これは瓦解の序章。

ウィルズにとっての、崩壊の幕開けでしかなかった。

一章終了

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