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第13色

 第13色



「浦河愛理、で間違いないな?」

 病院の裏口。冷徹な、しかし優しさを抑えきれない声が、唐突に自身の名を呼ぶ。反射的に肩がびくりと震えた。

 恐る恐る目をやれば、まだ自分と同じか、それ以下の少女が立っていた。週の終わりのこんな時間に。戦地に赴くかのような服装で。地獄から帰って来たかのような佇まいで。

 普段なら裏口は警備員が二人ほど巡回しているのだが、その姿が見えない。状況からして、愛理の目の前にいる少女が何らかの手段で引き離したのだろう。愛理は本能的に身体を守る体制をとる。……自身ではなく、その腹部を抱えるようにして。その行為で、少女の―――紅峰斎の推測はほぼ確信に変わった。

 全てを理解っている人外を侍らせたところで、斎が欲する解答を得ることは出来ない。その質問自体、本来意味を為さないのだから。質問をされることも、その内容も、理解っている。理解ってしまう。ならば、少しでも面白さを求めるのが人間だろう。

 もっとも、今更人間面をしたところで、何の意味もないことすら理解してしまうのだが。

 だから、極力の介入は避ける。斎には自力で、解決する力がある。義務がある。己に課した枷がある。封がある。それを無下にはしない。とは言え、死なれては困る。こちらにも約束がある。縛られている。言葉に。魂に。

 なればこその静観。なにもかもを理解ったところで、それを変えるだけの術は無い。そんなものは、この次元よりも遥か上にいる奴の決めることだ。出来ることは、その線路を辿るだけ。

 つまらないと嗤うだろう。何様だと憤慨するだろう。あぁ、もっともな意見、主張だ。だが、それに満足しているのも事実なのだ。分かっていること、理解っていることが実現する悦びは、存外、愉快なものだ。

 さぁ、観るがいい。

 今宵の劇は、まだ始まったばかりだ。

「……あの、誰……ですか?」

 相手が少女のように見えるからだろうか、愛理は震えながらも声を発す。

 けれど、返答はなかった。

 見れば、彼女は自分を見ていない。自分の周囲を、そして下腹部を、警戒するように見る。

 言うまでもなく、愛理はぞっとした。

 目の鋭さではない。見ている場所に、だ。

「なに……を」

 見ているのか、そう問いたかった。だが逆説的に、それを聞けば答えが出てしまう。分かってしまう。

 自分がしたことを。

 自分がされたことを。

 倒錯した、自分を。

「8……か。最初を含めれば11。いや、本人を含めれば12か? そこまでなら良かったのにな。だが、もう手遅れもいいところ。これも趣味の1つなのか?」

 愛理には何を言っているのか分からない。気が触れたのは向こうで、もしかしたら自分は普通なのかもしれないと思ってしまう。歪んだのは世界で、自分だけが正常なのだと。

 錯覚する。

 倒錯する。

 ―――まだ、己があるのだと。

「とりあえず、周りには自分のところへ帰ってもらおう」

 ―――Cl-As、起動。

 言うや否や斎の右手に紅い粒子が集まる。それは結晶となり、形となり、歪な棒状となった。それを斎が掴み―――瞬間、その結晶の表面が舞い散る。

 思わず、見惚れてしまう。

 紅い、ただひたすらに紅い、研ぎ澄まされた刀を彼女が握っているのだから。

 そこからは、まるで舞踊を見ているようだった。武骨な服装ですら、華やかに、きらびやかに、可憐に、悲哀に、紅色に彩られていた。しなやかで、強かだと。この世に封印された、最後の希望だと、そう思わせるほどに。

 いとも簡単に、私を呪ったモノが消し去っていく。

 もはや自分のものではない目で、愛理は傍観していた。いや、観賞していたのかもしれない。無駄のない、最小の動きだと素人目にも分かるくらいに鮮やかに、周りを舞っていたそれらを殺していく。たった数ミリの切先で、それらを還していく。深々と突き刺し、淡々と憐れむ。

 そうして、愛理は実感した。

 ―――やっぱり、私なのだと。

「それは少し倒錯しすぎだ、浦河愛理」

 数分も経たぬうちに、華麗な舞踊は終わってしまったようだ。そして、紅の尖端が愛理に向けられている。

 終わるのだ、やっと。

 愛理は心底安堵した。もう穢れないと、私の宝物は守られると、心の奥底から思った。思ってしまった。

 だから、身体は動いた。己の宝物(はらわた)を引き裂かんと。当然の帰結。決定していた末路。全ては裏返り、倒錯する。守ろうとしたものを壊そうとするほどに。

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