第12色
第12色
深夜。とんでもなく深夜。深い深い夜。というか、下手したら夜が明けそうな時間帯。これまた優季は変人に呼び出されていた。
「おやおや、優ちゃん。随分と眠たそうだね。無理してまで来なくても良かったんだよ? まぁ、来てなかったら明日が大変だもんね。あ、もう今日だっけ? あはは、時間の流れは早いねー」
もはや怒りなんぞ起きない。ある種の平常運転。むしろ安心してしまう。もう末期症状な気がしなくもない優季であったが、夜中に呼び出されることよりも放っておいた時の翌日の後始末の方がえげつないのだ。
まぁ、そんなことはどうでも良い。いつか、過去に触れたときにでも話そう。
本題は、これから。
「それで、あの話……なんですよね?」
「んーと? あー、そうそう。ビール無くなったんだよね。買って来てくれないかな? いつものやつ!」
「まだ未成年ですよ……」
そして優季はいつものを知らない。
「あっはっは! そうだったね。いやー、残念残念無念無念。てことで、優ちゃんが気になって仕方ない“あれ”の原因を探ろうか」
脈絡の無さも相変わらずだ。おちゃらけた雰囲気のまま、まるでこれからお菓子作りでも始めるかのように話が変わる。
原因。病原体。感染源。……犯人。
一般的なそれではない、別種のナニか。
「やっぱり、煌血種の……?」
「んー? なんでそう思うのかな? 決め付けは良くないよー。変に拗れるのは嫌だからね。む? 今回のお話だと裏返る、の方が面白いのかな。あっはっは、どうでもいいか。そだね、まずは事実確認からしよーか」
もっともらしいことを言う。端々にふざけた感じがあるが、言っている内容は一般のそれと大差ない。
「そしてそして優ちゃん、おめでとー!!」
「……はい?」
「うん、だから、事実確認。さんが関わっているって言ったのは優ちゃんじゃん。それがお見事大正解と言うわけなのだー。パチパチ」
前言撤回。優季の代わりにぶん殴ってやろうか、こいつ。
というより、事実確認はどこに行った。仮に犯人、原因の元が煌血種であるのなら、事実として扱われる話だろう。だが、それを裏付ける根拠も証拠も無い。ただ、クラウスが理解っているだけ。
とんだできレースだ。ここに意味など大して無い。強いて言えば、やはり面白さを求めているのだろう。
体験する面白さ。実感する楽しさ。
全てが理解るなど、そんなのは虚しいだけだ。自分と同様、己の消えるそのトキまでもを理解っているのだろう。そして、それは変えられない。その瞬間も、それまでの過程も。
同時に、別の結末があることも理解っている。もっとも、それは此処にいる自分の結末ではないのだが。
だからと言ってこいつに同情なんぞするつもりもないし、興味もない。理解らないを理解ったところで、結局、理解ろうとは思わなかった。
ナゼ?
そんなもの、そういうレールだからに決まっている。
「さてさて、話が長くなっちゃったね。私の話じゃないけど。およ? 半分くらいは私の事か。どーでもいーのにね」
「???」
「うんうん。優ちゃんの疑問顔もえげつなくかわいいね。えげかわだね。まずは原因不明の疾患者を確認してみようか」
優季を置き去りに話を進める。というかえげかわってなんだ。流行らんぞそんなもの。そんな未来はどのラインにも来ない。未だではなく永遠にだ。
呆然とする優季を眺めてにやけつつ、クラウスは整理されているのか散らかっているのか理解りたくない机にファイルを置く。同時にモニターの角度を変え、優季にも見えるように配置する。
まぁ、回しすぎて優季にしか見えない形になっているのだが、クラウスには問題ない話だろう。というかこのモニター、明度が低すぎて暗い部屋の中ですら見辛いんだが。
「ざっくり言うと、例のやつらしきものに掛かっている患者さんは五、六十人。全部このちっこい街の中だけだよー。で、十代から三十代の11人が意識不明。その中の三人ほどが生命活動に異常を来すくらいだって。こうやって見てみるとなんだかんだ多いねー。うんうん、現代日本も捨てたもんじゃないってことだね。周りは絶賛ドンパチしてるけども」
「捨てたものじゃない……て、どういうことですか? まるで被害者の多さが良いことのように聞こえるんですけど……」
優季の問いに、クラウスは満足気な笑みを浮かべる。まさに想定通り、否、理解通りの反応だったのだろう。クラウスは大きく二回頷き、大仰な素振りで話を再開する。
「うんうん、それじゃあ今度は意識不明者の共通点を探ってみようか。あ、リストは某警察の方から頂いた(くすねた)ものだから信憑性は抜群だよ」
そう言って、各個人のプライバシーリストを書類とモニターの両方で優季に見せる。
……やっぱりこいつ、人間界にいない方がいいのでは? 害悪、とまでは言わずとも、やはり常軌を逸している以上、それを弁えた行動をするべきだろうに。唯一の例外。唯一の不確定要素。そこに、仄かに紅い希望を持つのは、それこそ傲慢だろうか。
優季はそれらの書類にさっと眼を通す。その後、少しの沈黙を経て口を開いた。
「男性の患者が圧倒的に多いですね……」
「おっ、そこに眼をつけるとは。やるねぇ、優ちゃん!」
言いながらクラウスは手元のパネル、キーボードの様なものを弄り、モニターの画像を変える。相変わらずの見にくさではあるが、まぁ、この事件の醜さに比べれば多少はましだろう。事件というより、事故。それとも、自己と言うべきか。醜悪な、けれど潔白な。倒錯は今でも裏返り続ける。
「ほい、これが意識不明者の発見場所ね。さてさて、優ちゃんはここからどんな推察をするのかな? あ、隅にある十字は気にしないでね、ただの気まぐれだから」
そんな十字、言われても気付かないレベルの小ささなのだが。
それは置いておいて、患者の発見現場。ほとんどが屋外で発作的に起こっている。比較的疎らな場所で見つかっているのは一目で分かる。だが、そこに共通項があるかと言われると、やはり違和感が優季には付きまとう。
よく推理物で目にするミッシングリンクなるものを見落としているのだろうか。それとも、もっと単純で、明快なものなのだろうか。
「発見、通報場所はどこも半径1km以内。かつ、疎らとは言え円形というよりは長方形に近い。拠点、というよりは生活範囲、移動範囲がそうだと推測するのが妥当」
優季の思案の淵、唐突に聞こえた後方からの凛とした声。他を寄せ付けぬ雰囲気。腕を組み、壁にもたれて立つ姿は圧倒的で、神々しさをも感じてしまう。抑え目ではあるが、これがカナエの対外モードだ。
「……目撃、もしくは発症からの逆算をして、もっとも多く発作を起こしているのは週明けの早朝が多いから、犯人と呼ばれるモノがあるとしたら、その前日に、何かをしている」
その指摘をもとに優季が地図を見直すと、なるほど、確かに疎らではあるけれども偏りが無いわけでもない。一直線ではないにしろ、そういう道に沿っているのは明白だった。
道。
細い道から大通りまで、人目の多さを気にする様子もない不規則な発見場所。それこそ、本当に流行り病のように点在している。―――それ単体で見れば。
「やぁやぁカナぴょん、待ってたよ。待ちわびてたよ。待ちくたびれてたよ。優ちゃんとハルちゃんも心待ちにしてたとも。なんたって変なものが流行ってるらしいからね。こうやって顔を見れることが一番安心するのだよ」
思ってもいないことのようにそんなことを言う。きっと慣れてはいけないものだと思いながらも、その言葉の虚しさを、空々しさを、優季達は感じとってしまう。
だから、なのか。それでも、なのか。カナエは何でもない体で話を戻す。本筋に戻す。道筋を示す。
「これ、病院への通院もしくは通勤路……で、合ってる?」
クラウスはニヤニヤしつつも答えない。無論、カナエも特に回答を期待した訳ではなかった。
確認。前提が間違っていないかの確認。数式の定数がa=5であるかの確認。解答が平仮名か片仮名か、はたまた漢字であるかの確認。解答欄がズレて無いかの確認。それらと同種の、問題解決ですらない前段階の話だ。
一見、何の脈絡も無いように思える目撃場所。だが、地図上で道に沿って点在するそれらは、確かに、ほとんど一本で結べる。結べてしまっている。病院からある場所へ。母胎から赤子へ伸びるへその緒のように。始点と終点は、しっかりと繋がっていた。
「へぇ! これを母子に見立てるのかぁ。大喜利みたいで思わず笑っちゃった」
言葉通り、けらけらと笑う。嗤う。こちらへ向かって。
何もない彼女には正解も不正解もない。可も不可もない。理解っているかいないか等と無粋な事を言ったところで、やはりどちらでも無いのだろう。真を、偽を、平然と振る舞う。そこには多分、中身がない。空っぽで、容量過多。理解るのはそれくらいだった。理解しようと思えたのはそこまでだった。
クラウスの唐突な独り言にも、もしくはここではないどこかに向けた感嘆にも、優季達は驚かない。反応するならば、それは放った言葉だけだ。
「母子……」
優季は繰り返す。ただ一言、ただ一単語を。そこに、何か引っ掛かるものを感じた。……違う。感じていたのだ。
ずっと。
あの空白の中に。
覚えがあった。見覚えが。
視覚えが―――。
「あの時の看護師……」
優季の呟きに、クラウスが底意地の悪い笑みを浮かべる。
「ほうほう、根拠はあるのかな? 疑わしきは罰せず、が平和主義よりだからね。被疑者にも人権はあるんだから、それを無視することは教授としてオススメ出来ないなー。もっとも、優ちゃんの推測に十分な根拠、はたまた逃れようの無い証拠があれば話は変わってくるけどね。裏返って、疑わしいから罰しようなんてことになっちゃうだろうね。人間は臆病だから。弱虫だからね。それが、そんなものがあるから発展し、争うなんてことをしているんだけど。いやはや、やっぱり人間はいつも愚かしくて面白い。……おっと、気付けば話が逸れた上に文字数を使いすぎちゃってた。ごめんごめん」
妙な方向に向けて変な配慮をしつつ、その気の無い謝罪を口にして回答を促す。だが、少しだけ優季は躊躇った。答えに確信はない。決定的な証拠も無い。あるのは、優季が視たという曖昧な記憶。
たったそれだけのことで、疑ってしまっていいのか。あの女性に罪があると断じていいのか。それを心苦しく感じ―――ることが出来るような人間でないことを、優季は自覚していた。
ただただ怖いのだ。
自分の意志が、何かを決定付けてしまうことが。
自分の弱さが。
自分の脆さが。
自分の考えが。
自分の常識が。
自分の無力が。
自分の総てが。
自分の夢幻が。
自分の魔眼が。
―――自分が、ただひたすらに怖いのだ。怖くて、怖くて、怖くて、逃げてきた結果がこれだ。
『逃げも大事だよ。問題はどう逃げるかだけどね』
クラウスの言葉が脳内で反響する。渦巻く。倒錯しているように思える。
ハルが鳴く。泣く。謝りながら、泣く。その声で我に帰り、ハルを優しく撫でた。そんな色想にさせたかったわけではないのに、優季はそれを変える手段を知らない。知っていても、知らない。それをすることが出来るのなら、優季は優季にならなかった。
だから……一つ、息を吐いて、優季は事実だけを話した。推論も、推理も、推測もない、ひたすらに主観だけの事実を。
それを、クラウスもカナエも、静かに聞く。ハルも、静かに聞く。時系列も、言葉選びも、何もかもがぐちゃぐちゃだったけれど、優季は未だ慣れない色想の説明を、らしくもなく、懸命に伝えた。
「ビューティフォー。素晴らしく拙い説明をありがとう、優ちゃん! 分かったことは、その名前も知らない看護師さんが何となく怪しいかなってことだね、願ってもない成果だよ! これで一歩半戻って二歩って位じゃないかな? 収支で言えばプラスだよ。嬉しいね、黒字だよ。黒星ではないとも。誇りたまえ優ちゃん! そして出来れば睨まないでくれたまえ御三方」
そりゃ誰だって目付きが悪くなる。こんなもの聞かされたら、満場一致で侮辱ととるだろう。少なくとも褒め文句等とは言えない。
それでも、優季は押し黙るしかないのだ。そこに間違いはないのだから。我ながら、やはりこの程度で疑念を持つなど、下衆さにおいては高く評価出来てしまう。そう卑下することで、優季は自分の人格を保っていた。
「さてはて、クラウスさんが分かるのはそこまでだ。知ることは出来ても感じることは出来ないからね。もっとも、少しの見落としを指摘する事も出来るけれど、それはもう無意味だからね。ここからは、優ちゃん、君にしか出来ないことだ。おっと、ちゃんと言うなれば、君達だね。大丈夫大丈夫、ちゃんと理解っているとも。全てが理解る人のお墨付きだからね。失敗は有り得ないと保証しよう」
いつもの調子で朗々と謳う。否、いつも以上に満面の笑みで。
「まぁ、成功もしないんだけどね!」
きゃはっ、と笑うのだった。




