第一部 三十四の巻 最終話
迷宮泊三日目。
この日は出だしから躓いた。
「またどん付きや……これで何度目やろ?」
「もう数えるん止めた、ウチ考えるんもいやや……」
どうやら岩国の迷宮は後半部分に分岐が集中しているらしい。
ケミカルライトを設置してオートマッピングをしながら行ったり来たりを繰り返した。
午前中歩き倒して振出しに戻った時の虚脱感は相当精神にキタ。
元々、迷宮内部の分岐に法則性は見られないし、見てもどちらが行き止まりかは判断出来ない。
踏み込んで行き止まりにぶつかれば戻って別な分岐を進む。
そこも行き止まりならさらに手前の分岐まで戻る。
分岐やくねった道に精神的な疲労が溜まっていくのが分かる。
勿論、その間にも幽体と遭遇はするし、緊張の連続だ。
「祟目さん、ちょっと休憩しません?」
「ああ、そうだね、ちょっと休憩にしようか」
あたしの提案でその場で休憩を取る事に成った。
繚華ちゃんがガスボンベを使ってお湯を沸かしはじめて、その間に羽生さんと祟目さんが簡易トイレを敷設する。
特に弱音や愚痴は吐かないけど、二人もだいぶ疲れているらしい。
小休憩ならわざわざ設置しないだろうし。
「なあ、祟目、こりゃ四日目に掛かりそうだな……」
羽生さんの言葉に頷いて、食料と水は五日分持ち込んでるから問題は無いと答えた。
予想より多くの食料を持ち込んでいた事にも驚きだった。
それでも今日中に最深部の手前、直線通路にまで辿り着けなければ引き返すしかない。
辿り着けなくても、今日までのマッピングで次回はスムーズにそこまで行ける訳だし。
一番まずいのは、粘って失敗して帰り道に水も無い状態で迷宮を戻る事だと思う。
この場合、心折れたら即大怪我だから。
そういう意味でも判断は慎重に成らざるを得ない。
リーダーの判断に従うけれど、正直現段階で不安ではある。
「皆少し寝るかい? 一時間仮眠して、それから再開の方が良いかも知れない」
そんな提案に従って、大鎧を外して寝袋に入った。
睡眠時間が足りてない訳じゃないのに、凄く眠かったから。
シャンッ……シャンッ……シャンッ……。
不思議だ、あたし達が水晶刀を振るう時の鈴の音よりもずっと澄んでいて、ずっと力強い音がする。
清々しくて、音がなんて言うんだろう? 透明? そんな印象があった。
鈴の音……? と思って顔を上げてデバイスを装着すると離れた所に祟目さんの姿が見えた。
欠伸をして体を起こすと頭もだいぶすっきりしているのが分かる。
「なんやスッキリしたわ」
「萊ちゃん、繚華ちゃん、そろそろ起きな」
「「んっ、あい、起きる……」」
二人の肩を揺すって声を掛けると寝惚けた声が返ってくる。
時刻を確認すると十六時、二時間近く休憩していた事に成る。
羽生さんもモゾモゾと寝袋から這い出てきて伸びをして完全に起きた。
頭が回らなくて考えもしなかったけど、見張りは祟目さんがしてくれていたらしい。
負担を掛けてしまって申し訳なく成る。
目が完全に覚めた繚華ちゃんも萊ちゃんも状況を把握したらあたしと同じ気分に成ったらしい。
「祟目さん、あの……、色々すいません……」
繚華ちゃんが申し訳なさそうに声を掛けると、ストレスが掛かると眠くなるのが人間だから大丈夫、と優しく流されてしまう。
祟目さんもストレスを感じてる筈なのに。
なんだか、その余裕っぷりにモヤモヤする。
出発準備を終えてあたし達は分岐まで戻り、まだ踏み入れていないルートを進んだ。
仮眠を取った事も有り、切り上げるのにも半端な感じがして十九時まで探索と駆除を続ける。
行き止まりから分岐まで戻ってきた所で今日は切り上げて野営をする事に成った。
後いくつの分岐が、行き止まりの間違った道が有るか分からないのがキツイ。
終わりが見えない、のは気力と体力を大きく疲弊させる。
探索もだし、最深部の巨大な幽体もだし、あたし達の気力を効果的に削ってくる。
いや、迷宮にそんな意思が有るとは思わないけど、そう八つ当たりしたくなる位厄介だと思った。
全員が溜息も漏らす頻度も増えてきたと思うし、ストレスが相当溜まっている気がする。
「取り敢えず、明日の正午までに最深部、最深部の直前の直線通路に行き着かなかったら撤退。余裕がある内に決断しよう」
祟目さんの言葉に全員が同意した。
勿論、悔しいし、ここまで来たのにと思わない訳じゃないけど、マッピングがほぼ終わった状態で始められる分、次回は相当に楽が出来る。
仕方が無い、と全員が残念そうな顔をした所で祟目さんが明るく声を上げた。
「って事で、今夜は思い切り豪勢に、取って置きの缶詰を開けよう」
そう言ってずらりと並べたのは各種カニ缶。
この人は馬鹿なんじゃなかろうか? とも思うけど、こうして気落ちした時用に持ち込んでいたのが分かる。
メンタルを含めたコンディション管理が本当に巧いと思う。
聞くと知り合いの自衛官から、ギリギリのラインでの士気の維持方法を教わったらしい。
まあ、リーダーに恵まれた、と納得する事にした。
アルファ米の方にほぐし身の缶を投入して、脚肉は温めて、フリーズドライの野菜も使ったお味噌汁と、迷宮内部の食事としては十分過ぎる食事を摂れた。
満腹で、食後のお茶を吐息交じりに満喫する。
我ながら現金なものだと思いながらも、笑ってしまうのを止められない。
「なあ、実はまだ仕込んでるんだろ? 教えろよ」
音も無く羽生さんが近寄って、祟目さんに絡み付く。
「仕込んでるけど教えたら意味ないだろ? 言わないよ」
そんな、ぱっと見BLにしか見えないやり取りにあたし達はドキドキ半分笑い半分で見ていた。
その後は野営の準備をして再び三交代睡眠を取った。
やっぱり連続でしっかり睡眠が取れないのもキツイ物がある。
見張りの間に一度幽体が現れて処理をして、その後羽生さんと交代してあたし達は就寝した。
起きて、体を拭いて身支度を整えてからテントを出ると祟目さんが朝食の準備をしている。
中番だった羽生さんはまだ寝ているのは、ギリギリまで寝かせておくつもりらしい。
朝食はアルファ米の炊き込みご飯とお味噌汁だけで済ませて、あたし達は探索を開始した。
いくつもの行き止まりにぶつかっては戻りを繰り返して、ようやく不気味に感じるほど真っ直ぐな通路に行き当たった。
正直ホッとした。
これからまたあのタフな巨大幽体と戦う事に成るし、それはそれで憂鬱なんだけど、一度地上に出て再チャレンジよりはずっと良い。
と言うか、いい加減歩き飽きた。
多分、皆も同じだと思う、今回でこの山口岩国迷宮を沈静化させてしまいたい。
直進の通路を二km程行った所に狭くなった入口が見える。
中を見て巨大幽体を確認してから一度戻って距離を取った。
「居たなぁ……、あれ? でもなんか変や無かった?」
「なんか変やった?」
「私も、なんか前の見たんとなんか違うた様な気がするんやけど」
距離を取って安全圏で、あたし達は違和感について言及するもどこが違う、とは断言出来なかった。
「顔の数が多いんじゃないか?」
羽生さんの指摘で京都の迷宮の事を思い返すが、あの時はそれなりにテンパってたし自信が無い。
ただ、仮に顔が多いとしたらよりタフな可能性が高い。
いや、確実にタフだ。
そう思うと少しテンションが下がる。
ここまで来たら後は作業、三回攻撃したら交代を繰り返すだけだよ、と。
そう言って昼食の準備を始める祟目さんのマイペースぶりに気が抜けた。
精神的にタフなんだ、と思ったけど巨大幽体より強いからあたし達ここに居るんだと思うと笑いが込み上げてきた。
「タフやタフや言うても、あたし達の方がタフやからお山の迷宮もここも沈静化させるんやったわ」
そう笑うと萊ちゃんも繚華ちゃんも笑った。
そうだ、笑って気負いなく、無理せず、時間を掛けてゆっくりと、作業として削り切れば良いんだ。
ある種、開き直りかも知れないけど、徹底的に開き直って目を爛々とさせて倒しに行こうと思う。
昼食を食べて、一時間だけ仮眠を取った。
入念なストレッチをして水分補給用のスポーツ飲料を入口近くに置いて準備を完了させた。
大部屋から出られないのは不思議だけど、まあ、ゲームのボスみたいなモノなんだろう。
こちらとしては好都合だし、大歓迎である。
それぞれが集中力を高める為に足首を回したり、掌を握っては開いたりしている。
さあ、準備は万端、後は単純、勝つだけだ。
深呼吸をして、お腹に力を入れた所で号令が上がる。
鈴を鳴らして、行こうとあたし達を促した。
「「「はい!」」」
あたし達は号令の声に弾かれた様に大部屋に飛び込んだ。
初手、これは誰にも譲れない。踏み込んで右足で踏み込んで右薙、腰を切って袈裟斬り、後ろに飛び退きながら突きを放つ。
幽体から斜め後ろに下がると羽生さんが前に出て、あたしを追いかけた幽体の腕を唐竹で斬り付ける。左切上げから逆袈裟の逆燕返し。
萊ちゃんが羽生さんと入れ替わる。
幽体は攻撃してくる人間に向かって腕を振るってくる。
その腕を攻撃していけば必要以上に近付かなくて良い事をあたし達は前回学んでいた。
萊ちゃんは羽生さんを追って伸ばされた腕に突きを放ち、方向転換した幽体の腕を唐竹、右切上げで切り払って下がる。
下がった萊ちゃんの代わりに繚華ちゃんが前に出る。
ゆっくりとした動きで方向転換してくる幽体に向かって突きを二回、右に飛んでから再度突きを放ち下がる。
幽体の立ち位置の変化を極力抑えてこちらの移動距離を抑えられる様に動いている。
その意図に乗って祟目さんが踏み込んで小太刀を右薙ぎ。続いて袈裟斬り、引き籠手を放って下がった。
これで一巡。
すぐさまあたしも飛び出して突きと斬撃を放って下がる。
一時間が経過した。
幽体の動きに衰えは無いが、明らかに顔の数が減ったが、それでも半分以下には成っていない気がする。
二時間が経過、あたし達の体力が怪しくなって、水分補給で途中誰かが抜けて交代サイクルが早まった。
三時間が経過、全員が疲労を隠せない様になってきた。
巨大幽体のしぶとさにあたし達も戦い方を変更し、攻撃と回避の時間を伸ばして他のメンバーが呼吸を整えられる時間を稼ぐやり方に。
糖分の補給で羊羹を齧りながら戦闘を継続、顔は半分以下にまで減少している、先が見えてきた。
四時間が経過、全員の疲労の色が濃くなって今にも手足が攣りそう。
顔の数も数えられる程度にまで減少している。
ここまで来て怪我するのも馬鹿らしい、と水分補給と栄養補給をして慎重に削りに行く。
五時間が経過、顔の数が二つにまで減少した。
あと少しだと気持ちに余裕が出来た所で祟目さんが声を上げた。
最後の最後で悪足掻きしてきても大丈夫な様に距離を取ろう、と。
最悪を想定した言葉に切れかけていた緊張感が再度張り詰める。
確かに顔は減ったけれど、腕は減っていない。
つまり、どの角度から攻撃してくるか分からない。
汗が目に入って痛い。
タオルで顔を拭いたい。
喉が渇いて、舌が歯にくっつきそう。
鎧が重い。
薙刀を支えるのもキツイ。
脚が小刻みに痙攣している。
奥歯を噛み締めて刃を振るった。
腕を振り回す体力も無い為、腕を伸ばして下ろす雑な突きしか出せなくなっている。
あと少し、あと少しで倒せる。
自分に言い聞かせながら薙刀を突き出し続ける。
あと少しあと少しあと少し……。
ポンと肩を叩かれて、思わずリズムが崩れてその場にしゃがみ込んでしまう。
後ろを振り返ると萊ちゃんと繚華ちゃんが面頬を外して笑っている。
あれ? 終わった? そう問おうとしてカラカラに干からびた舌が動かない。
差し出されたスポーツ飲料のペットボトルを振るえる手で受け取って一口含む。
千切れに千切れた呼吸が邪魔をして上手く飲めない。
薙刀を地面に置いて、呼吸が落ち着かせてから水分補給をする。
「お疲れ様、薙刀借りるよ」
短く労いの言葉を残して祟目さんはあたしの薙刀を持って行った。
その手には繚華ちゃんの薙刀と萊ちゃんの水晶刀も抱えられている。
ああ、あの作業だ、と合点がいって本当に終わったんだと地面に横たわった。
「終わったなぁ……、これで勝ちやね……。もうクタクタや……」
そう呟くと地面は淡く光って、迷宮の沈静化の狼煙が上がった。
また一つ、迷宮が減ったのが本当に嬉しい。
涙が出る位。
大和撫子御前隊 第一部 最終話と成ります。
第二部は暫くお時間を頂いてから再開と成ります。
ここまで大和撫子御前隊にお付き合い頂きました事、心より感謝いたしております。
ありがとうございました。




