三十三の巻
英気を養う休日を置いて、あたし達は迷宮に足を踏み入れた。
睡眠時間もしっかりと取り、気力も十分。
前回の経験も有って体力の温存に努めて、無理の無い動きを心掛ける。
緊張感と余裕のバランスを取って、負担を減らしつつ進んでいく。
ガタガタと凸凹の足元をタイヤが跳ねる音がする。
今回は移動時の荷物、戦闘時にリュックを下ろす手間を省く為に荷車を導入した。
交代で荷車を引きながらの移動は満載のリュックを背負うよりは楽だった。
午前中の三時間の移動で幽体を十二体駆除、お昼休憩後の四時間で十七体と遭遇。
午後六時に休憩を取って夕食には早いが、娯楽も無く油断出来る環境でも無い為休憩時間だけはたっぷりと取る事に成った。
迷宮内部の正確な距離等は分からないけれど、シーカーが情報共有しているMAP情報で判明している地点は夕方の段階で超えていた。
初日としては、距離は稼げている。
「あれ? 夕方の地点って祟目さんのMAP情報ですか?」
夕食を作る為にガスボンベやらを並べていた祟目さんに訊ねると、多分そうだと答えが返ってくる。
鼻背デバイスのカメラで映った映像を基にオートマッピングされるとは言え、直接出向かなければ新規データが得られない。
一人で随分と奥まで入ったな、と感心するやら呆れるやら。
「この先はマッピングしながらやし、時間掛かりそうやなぁ」
泊まり込みが前提と言うのが辛い。
「ほんまに、なんで迷宮ってこないに長いんやろか?」
「私等が困る言うんは、向こうに都合が良い言う事やもんなぁ」
「ほんで、ウチ達の手の中には、向こうにとって不都合な武器がある訳や」
そう言って鞘に納めた薙刀を繚華ちゃんが鳴らす。
その身の引き締まる様な、畏敬の念が我が身の内に在る事を思い出せる音。
シャンッ……。
バーナーの火の音に交じって小さな笑い声が耳に届いた。
そちらを向くと祟目さんが夕食の缶詰を湯煎で温めながら口元を抑えている。
「食事の前にそれを鳴らしたら、休憩に成らないよ」
彼の言う通りだけど、事ある毎に鈴を鳴らしているのはこの人な気がするのだが。
「一番鳴らしてるんは祟目さんですけどね?」
萊ちゃんがツッコミを入れてみんなで笑った。
テント等の設営も終わり、食事と交代休息の時間だ。
「くすっ。さあ、温かいご飯の時間だ」
小さく笑って食事を促された。
インスタントでもお味噌汁があるのは嬉しい。
迷宮内でリラックスしろと言われても普通は無理だけど、このチームならそれが出来てしまう。
交代での睡眠に関しては祟目さんと羽生さんに負担をかけてしまうけど。
それ以外のストレスは基本分散されている。
あと一人チームに入ってくれれば二人で三交代に出来るのだけど、それは次回、帳さんが合流してから。
意外とメンバーの数が重要なんだと感じた。
ずっと三人で間引きをしてきたし、迷宮内で夜を明かす事も考えた事なかったし。
前回は二人に付いて回っただけで、改善点とか考えもしなかったし。
冷静に成ると、色々と見えてくるものだと。
それだけ前回は幽体の事で頭一杯だったんだと思うと少し恥ずかしい。
温かい晩御飯を食べてあたし達はテントに移動した。
体を拭いて就寝、今日の見張りは中番だから先に三時間睡眠だ。
ちょっと辛いけど、最深部目前の中番よりは良い。
その分誰かに負担がかかるんだけど。
まだちょっと眠くはないけれど、デバイスを外したら光源も無く、話し声もしない為に早々に眠りに落ちた。
眠りの中、鈴の音が遠くで聞こえた気がして心地好かった。
声を掛けられて、あたし達は起きて中番に。
繚華ちゃんが祟目さんにガスコンロの使い方を教わって、小腹が空いた時用のインスタント味噌汁や小型のカップ麺を渡されていた。
繚華ちゃん、自然だけど不自然だよ、と少し思ったけど指摘はしないで置いた。
萊ちゃんの目は「私が羽生さんを起こす!」と言わんばかりに羽生さんの寝袋をチラチラ見ていた。
こっちにもあたしは触れない。
なんだろう、一歩引いた所に居ると色々と見えてくるものらしい。
あたし、次の恋なんて本当に出来るのかな? そんな気さえしてくる。
二人の睡眠の邪魔は出来ないからあたし達は黙って幽体の出現に備える。
交代してから三十分程すると通路の奥から幽体が現れた。
あたしと繚華ちゃんは左右に移動して、正面に萊ちゃんが陣取る。左右から突き、正面からも突き。幽体が腕を振り回した直後に同じく突き。六手で幽体を消滅させる。
二人の眠りを妨げない様に、出来るだけ鈴の音も長引かない様に。
元々耳障りな音では無いけれど、それでも静かな方が良いしね。
羽生さんの交代の前にも幽体が現れて、そちらも直ぐに処理した。
最深部行きにも慣れてきた気がする。
いや、まだ二回目だけど。
萊ちゃんが羽生さんを起こしてあたし達は再度テントに入って休む。
これで初日は終わりだ、そう思いながらゆっくりと眠りに落ちた。
戦った直後だったから、直ぐには寝付けなかったけど。
迷宮泊二日目、この日も順調に、トラブルも特になく進んでいった。
難点は、視界に映る物がほぼ同じため、少し気持ちが悪い事だろうか?
暗視装置の視界は慣れているとはいえ連日見るには厳しい物がある。
その事を伝えると祟目さんは、次回からはランタンを持ち込んで休憩中はキャンプ風にして気分転換を図ろう、という事に成った。
祟目さん達を見ていると既に迷宮の沈静化は作業と言うのかな? やって当たり前という感覚なのかも知れない。
ソレを如何に効率よく、確実にやっていくか? という風に見える。
まあ、あたしもそんな感じに引っ張られてる気もする。
沈静化を出来ると知っている人と知らない人で常識が違う、って事なのかも知れない。
それとも二人が大人だから? 自分と二人の違いには大き過ぎる隔たりがある気がした。




