第5章 永遠に抱きしめられぬ温もり
第一幕:雨中の合照と涙なき骸骨
激しい傾盆の雨が、街全体の景色をすっかりと呑み込んでいた。
冷たい雨水は滝のように容赦なく降り注ぎ、かつて家族の温もりに満ちていた我が家の小さな庭園を、いまや焦土と死寂の広がる無惨な廃墟へと洗い流していく。
クロードは、その泥濘と無数の砕石の中にただ一人で佇み、漆黒の外套と森々たる白骨の肩へと激しく叩きつける冷たい雨音を、ただ静かに、無言で受け止めていた。
彼は、その激しく震える白骨の右手をゆっくりと持ち上げる。
冷たい雨水に濡れ、縁がすっかり黄色く古びた「一家三人の記念合照(写真)」を、手掌の中にそっと収めて見つめた。
画面のなかのディアンナは、あまりに優しく、甘やかな微笑みを浮かべ、その腕のなかに幼いコルヴォスをしっかりと抱きしめている。そしてその隣で、彼自身もまた、溢れんばかりの幸福をその胸にたたえながら、最愛の妻子を力強く抱き寄せていた。
だが――。
目の前にある残酷なまでの冷たい現実と、写真の中のあの温かな記憶との間には、あまりにも埋めがたい、引き裂かれた絶望の落差が横たわっていた。
クロードの内心は、まるで魂そのものを鋭利な刃物で寸断されるかのごとき、激しい撕心裂肺の激痛に苛まれていた。
だが、すでに皮膚も温かな血肉も失ったその骸骨の顔には、悲しみの表情を浮かべることすら許されず、乾ききった空洞の眼腔からは、一滴の涙すら流れてはこない……。
ただ、その胸の奥深くに埋め込まれた死霊の魔核だけが、主の激しい動揺に共鳴して激しく引き攣り、言葉なき極限の絶望を、その静かな鼓動として脈打たせていた。
第二幕:魔燼の残香と微光の軌跡
あまりの悲痛の極みに達し、そのすべての万念が灰と化そうとしていた、まさにその時。
クロードの白骨の足先が、足元の深い泥濘のなかに埋もれていた微かな固形物に、ふと偶然触れた。
彼が首を垂れ、足元の血水と黒土をかき分けて拾い上げたのは――激しい雨水に完全に洗い流されることなく、奇跡的にその場に留まり続けていた、一片の「魔燼」の小さな残骸であった。
『ヴォォォォン――ッ!!』
クロードの左眼腔に深く嵌め込まれた「魔晶の眼」が、突如として妖しく強烈な光を放ち、透明な青い光輪となってその魔燼の残骸を迅速にスキャンし、そこに残留していた微弱な魔力の周波数を完璧に解析する。
――この、至極見覚えのある、独特な魔力の波動……。
間違いない。これはレーベンだ! 幼い頃から共に育ち、無数の生死を共に乗り越えてきたあの兄弟――「ウロボロスの魔術師」レーベンが、この場所に遺していった確かな痕跡にほかならなかった!
(レーベンが、ここに来ていた……ということは……! コルヴォスは、もしや……!)
漆黒たる絶望の闇に閉ざされていた世界に、突如として一筋の、あまりに眩い微かな希望の光が走り抜けた。
クロードは猛然と体を翻して立ち上がると、その古びた写真を胸の奥深くへと大切にしまい込んだ。
「魔晶の眼」による魔力軌跡の精密な捕捉を唯一の頼みとし、大気中に漂う極めて淡い蛇形の魔力の余燼を辿りながら、彼は容赦ない雨水を激しく踏みしめ、街のなかに向かって疾走していった。
第三幕:霧鴉街六番地の温もり
激しい雨水にすっかり水没した、数多の薄暗い裏路地を駆け抜け。
魔力の軌跡は、ついに雨幕のなかにひっそりと佇む一棟の古い建築の前で、ピタリと足を止めた――。
そこは、霧鴉街六番地。――魔物探偵事務所。
窓の向こうからは、周囲の冷気とは対照的な、柔らかく温かみのある黄色い灯火が重厚なガラス窓を通して漏れ出し、水溜りの石畳の上に温もりあふれる斑駁の光彩を折射させて、窓外の底冷えする陰冷をしっかりと遮断していた。
クロードは息を殺し、忍びのように静かにその窓辺へと近づいた。
そして、その冷たいガラスの隙間から、おそるおそる内部の様子を覗き込んだ。
激しく跳ね返る雨滴と、窓辺に立ち込める薄霧の向こう側に――彼は、見た。
木製の古い机の前で、親友のレーベンがその傍らに優しく腰掛け、一冊の絵本を手に取りながら、幼いコルヴォスのぷにぷとした小さな手を取って、一文字一文字、まるで宝物を扱うかのように慈しむように文字を教えている姿を。
窓のなかの幼いコルヴォスの瞳はどこまでも澄み渡り、無邪気で愛らしい笑顔を浮かべながら、時折レーベンの方を見上げては、愛くるしい声をあげて楽しそうに何かを問いかけていた。
第四幕:倒影と寂静なる遠離
胸のなかにこみ上げる熱い衝動を抑えきれず、クロードは思わずその白骨の右手をそっと持ち上げた。
激しい震えと、我が子を抱きしめたいという耐えがたき渇望を胸に抱き、彼はすぐ目の前にあるガラス窓をトントンと叩こうと――今すぐその扉を蹴破り、我が子の名を直に呼び、その温かな体を強く抱きしめようと、大きく指先を伸ばした。
だが――。
その白骨の指先が、冷たいガラスの表面に触れようとした、まさにその刹那。
激しい雨水がガラスの表面を勢いよく滑り落ち、そこに映る「現在の彼の姿」を、あまりに鮮明に描き出してしまった。
そこに映し出されていたのは……優しく慈愛に満ちた、人間の父親の姿などではなかった。
不気味に剥き出しとなった森々たる白骨に覆われた手掌、そして闇をくり抜いたような黒洞々たる髑髏の面孔……。
その左眼腔の奥底には、見る者を凍らせる、あまりに冷酷で冷たい青い死霊の火光が、妖しく燃え盛っていたのだった。
『カチャリ……』
クロードの差し出された指先が、冷たい空中でピタリと凍りついたように静止した。
彼は、ガラス窓のなかに映る己のその恐ろしい「倒影」を見つめ、そして、その窓のなかにいる無邪気で純真無垢な我が子の姿を、改めて見つめ返した。
(……魔物と成り果てた今のこの私に……人間の父親として、愛しいあの子を抱きしめる資格など……最初から、どこにもないのだ……)
彼は静かに、一寸ずつ、その震える白骨の手掌を、自身の黒い衣の奥深くへと引き戻した。
クロードはゆっくりと頭を垂れ、その両腕を大きく伸ばして、頭上の黒いフードをさらに深く、深く引き下ろした。
その冷たく硬い骸骨の面容を、完全なる闇の陰影のなかにすっぽりと覆い隠す。
窓のなかで無邪気に笑顔を見せる我が子へと、文字通り心からの最後の深い愛おしさをそっと注ぎ込むと――彼はその場でゆっくりと身を翻した。
足元の水溜りを激しく踏みしめながら、彼は曲がりくねった古い小道を辿り、一歩、また一歩と――再び、終わりなき漆黒の傾盆の大雨の中へと、その身を深く没していった。
ただ一人、我が子に一言も告げることなく、この街をあとにしながら……。




