第4章 仇恨を跨ぐ死神
第一幕:掲げられた大鎌
地下研究所の内部で、狂暴な死霊の風暴が、すべてを切り裂くような凄まじい音を立てて荒れ狂っていた。
クロードは、その手にしっかりと握りしめる「鴉狩の鎌」を高く、高く掲げた。
黒紫の不吉な死霊の雷霆が、その巨大な刃の上で激しく咆哮を上げて奔流する! 目の前には、愛するディアナを死に追いやり、自分の家庭を無残に破壊し尽くしたあの長官が、醜態を晒して地にへたり込んでいる。彼は「正義と犠牲」という歪み切った屁理屈を並べ立て、最後の命乞いと精神の洗脳を必死に試みていた。
クロードの白骨の顔面には、極限にまで高まり狂った死霊の殺気が、ギラギラと漲っていた。
――この大鎌を今すぐ振り下ろしさえすれば、すべての元兇であるこの男は、瞬く間にこの世から消え失せ、一握りの灰燼と化すだろう!
第二幕:時空を超えた優しき囁き
『ヴォォォォン――ッ!!』
無尽の怒りと殺意の頂点とともに、その巨大な大鎌がまさに振り下ろされようとした、その電光石火の瞬間――。
クロードの左眼腔に埋め込まれた「魔晶の眼」が、突如として、まるで底知れぬ澄み切った水面のごとく温もりある青い光を、ふわりと放ち始めた。
そこには、先ほどまでの狂暴な殺気など微塵も存在しない。
ただ、綿々とした深い優しさだけが、その不思議な眼差しを通じて――復仇の炎によって引き裂かれかけていたクロードの魂の最奥へと、直接温かく染み込んでいく。
死寂に包まれた脳裏のなかに、春風のごとく甘やかで、そして彼のこれまでの幾多の深い傷を優しく癒やしてくれた、あの懐かしい声が響く。
それは、生死とすべての時空を超越して、彼の耳元で軽やかに蘇った。
――『クロード……私、この世界から、これ以上戦争や苦しみがなくなってほしいの……』
それは、あのハレー彗星が夜空を美しく駆け抜けた夜、ディアナが星に捧げた心からの祈りだった。
――『あなた自身の手が血に塗れて……毎日、自責と底知れぬ苦しみの中で生きる姿なんて、もう二度と見たくないのよ……』
第三幕:ディアナ……
『ヴォォン……』
半空へと鋭く振り上げられていた「鴉狩の鎌」が、長官の醜い頭頂部からわずか数インチのところで、強引に、ピタリと静止した。
あれほど狂暴に吹き荒れていた死霊の雷霆が、嘘のように次第に立ち消えていく。
周囲を凍てつかせていた猛烈な殺気は、まるで春の雪解けのように、潮が引くようにスルスルと去っていった。
クロードの、骨だけで構成された躯体が、大きく、激しく震え上がった。
彼はその髑髏の頭部をゆっくりと仰ぎ見ると、乾き枯れた沙啞な喉の奥から、言い尽くせぬ愛おしさ、耐えがたき悲しみ、そして束の間の極限の解放感を込めた、低い呼びかけを漏らす。
「ディ……アナ……っ」
彼は、思い出したのだ。
あの早朝、己の手が血で汚れることを恐れるあまり、庭で愛しい我が子を抱き上げることすらできなかった、あのどうしようもない自責の念を。
そして、愛する妻へと誓った――「すべての罪を洗い流したら、故郷へ戻って、のんびりと牛や馬を飼おう」という、あの果たせなかった約束を。
もし、今ここで自分の手でこの虫けらのような男を殺めてしまえば……。
自分は二度と、あの温かな天国でディアナやコルヴォスを、その両腕で優しく抱きしめることができなくなってしまう。
クロードは、静かにその眼を閉じた。
次の瞬間、彼は大きく振り上げていた巨大な鴉狩の鎌を引き戻すと――その妖しい光を放つ重厚な兵器を、冷ややかに、まるでゴミを扱うかのように『パタッ』と音を立てて、再び自身の白骨の肩へと担ぎ直した。
第四幕:超越と新生
長官は、冷たい床の上に身をすくめて伏せたまま、頭上でピタリと止まり、そして引き揚げられていく大鎌の気配を、恐怖に震えながら見届けた。
彼はまるで奇跡的に命拾いをした溺れ犬のように荒い息を吐き出し、未だに生きた心地のしない様子で、目の前の漆黒の骸骨を見つめている。
だが、クロードは、その視線の端すらにすら、もはやその男を収めようとはしなかった。
『ツッ、ツッ、ツッ……』
金属と骨格が交錯する不気味な足音が、静寂に包まれた地下通路に淡く響き渡る。
クロードは、その背筋をピシリと真っ直ぐに伸ばし、一切の無駄な感情を排した無表情のまま、大股で歩み出した――。
その両足は、地面に情けなく這いつくばり、己の惨めさを晒している長官のその肉体を……。
なんと、情け容赦なく、一瞥すらせずに「跨いで」行ったのだ!
そこには、もはや無意味な殺戮も、怒りの咆哮も存在しなかった。
ただ相手を、道端の羽虫や、吹き溜まりの塵芥と同等に見下ろす絶対的な蔑視と――そして、すべての因果を超越した境地だけが存在していた。
彼は、この卑劣な男の私欲を跨ぎ越え、腐敗しきったエクソシスト公安を跨ぎ越え、そして、己を無底の深淵へと引きずり込もうとしたあの暗い怨恨のすべてををも、軽々と跨ぎ越えてみせたのだ。
巨大な大鎌をその白骨の肩に背負った高大なる黒衣の骸骨は。
地下牢の門から真っ直ぐに差し込むまばゆい朝の光の中へと――一歩、また一歩と、その魂を長年囚われていた暗い地下研究所をあとにして、静かに、しかし力強く歩み去っていったのだった……。
長官は、冷たい床にただへたり込んだまま。
遠ざかっていくクロードの、あまりに孤高なその後ろ姿を、ただ呆然と見つめ続けることしかできなかった。
その姿はまるで、すべての野望と魂を喪失した、中身のない空っぽの抜け殻のようであった……。




