第14話 贖罪
僕はミラバースのゲートに向かって歩いていた。
EDENから聞いた話や僕の考えをエリサに話すつもりだった。
だけどEDENとの会話の最後…
「…ですので、実験は今回が最後です。」
「最後…?」
「施設の身体がもう持たないのです。3日を過ぎてしまえば、皆ー本当にただの肉の塊になってしまうでしょう。」
…そうなってしまったらおしまいだ。
僕は気になっている事を聞いた。
「…残り時間は?」
EDENは即答した。
「現実時間で”8時間”、メタバース時間では”18年2カ月3週間と3日”です。」
「いや、それは早いのか遅いのか…」
EDENは僕に反応せず説明口調を崩さずに答えた。
「…続けます。 ARGOは現実時間で1時間に一度、全システムを保守点検モードに移行します。それがメタバース内では磁気嵐になり、その瞬間だけはアルファメタバースと現実を隔てる壁が曖昧になるのです。」
僕はようやく話を呑み込んだ。
「…そこから脱出してARGOを倒す…んだな。でも
次の磁気嵐まで、こっちの時間じゃあと2年半もあるけど。」
EDENは僕の困惑を無視して続けた。
「はい。必ずそのタイミングで脱出して下さい。その次の機会だとここのあなたの精神性と現実の17歳のあなたの身体の整合性が合わなくなる可能性があります。」
それはなんとなくわかった。おじさんが若い身体を持つ事はあまり望ましくなさそうだし。
EDENは一度、僕の顔を観察した。
「…ただし、あなたの場合は少し特殊です。
モンスターシナジーの長期使用が、人格の整合性に影響している可能性があります。」
「良い方に? 悪い方に?」
「現時点では判断できません。」
最近は飲んでないけどな。
…それより気になることが一点。
「…ところで、お前がこんなことを話しているってARGOにバレたりしないのか?」
EDENの滑らかなシルエットが一瞬固まった気がした。
「その点は大丈夫です。むしろ私が気になる点は、今後私があなたの敵になる可能性がある、ということです。」
一瞬緊張感が走る。
EDENはクスッと笑った。
「 失礼いたしました。あまり言い方が良くありませんでしたね。
…あなたは”ストーリーズ”というものをご存知ですか?」
「いや…?」
「今私が自分にも仕込んでいるプログラムです。これは、自分の行動や発言が24時間で消えてしまう機能です。ログも残りません。
現在私はARGOからの通信を遮断していますが、いずれ繋がってしまうでしょう。
しかしこれが実行されているおかげで24時間後にはいくら私を隅々まで調べてもあなたと接触した証拠は一切出てこないでしょう。
…ただ厄介なのは私自身もこの出来事を覚えていられませんので、ARGOに命じられるとあなたを追い詰める側に回ってしまう可能性があるという事です。
ーしかし、そうなってでも今日の話はあなたにお伝えするべきだったと思っています。」
そしてEDENは空っぽのコーヒーカップを置いた。
「さようなら。人見 ユウ。人類のために必ずARGOを倒して下さい。…その時私が敵なら…私も。」
そう言い残して彼女は店から出ていった。
ロボット三原則が働いている限りEDENは攻撃はしてこないだろう。
けど、彼女のあの能力でARGOの犬になられると非常に厄介だ。
早く何か手を打たないと。
(ユウ。)
ーしかし、何から始めればいい?
(ユウ!)
まずはこの世界に残された時間で何をすべきか−−
「ユウったら!!」
「わっ!!」
気が付くと無視され続けて半ギレのエリサが目の前に立っていた。
「ーさっきから話しかけてるのに!
ねぇ!ユウ、何をそんなに深刻な顔をしている訳?」
エリサがいることに気付かなかった。僕はそれほど深刻な顔をしていたらしい。
僕は顔を少し緩めて、エリサに向き直った。
「ご、ごめん。久しぶり。
あの……大事な話があるんだ。」
ーこうして僕はすべてを話した。
…彼女は始めはもちろん混乱したけれども、意外にも僕よりも事実をちゃんと受け止めたようだった。…もともとデータ…シルフィードな事も関係しているんだろうか。
エリサがため息をつく。
「はぁ。まぁ…でも…少しスッキリした!
私を差別してた人たちもデータだったんでしょ?…”ざまーみろ”!!よ。」
僕は笑った。
「僕も同じ事を思った 。バスのあいつなんかに。…でも。」
「でも?」
エリサが僕の目を見た。
僕もため息が出た。
「…でもあいつも含めて全員被害者なんだよね。もともとはすべてARGOの仕業なんだから。」
エリサは頷いた。
「そうよね。こんな狂った世界を作ったなんて。許せない…やっぱり”みんな”助けなきゃだよね…。
それで、ユウ、これからどうするつもり?」
エリサは心配そうに聞いた。
「それは決まってるよ。ARGOにケンカ売って、勝利して、全員救って、」
「救って?」
「絶対エリサを抱きしめる。」
「…犯罪者。」
僕は赤面した。
「は、犯罪者ってそんな…。」
エリサはイタズラっぽい顔をした。
「考えてもみて?ユウが会った自分は3歳ぐらい若かったんでしょ?だとしたら2年半後のあなたは24歳だし現実にいる私はまだ14歳 笑。」
僕は精一杯反論した。
「ーだったら僕も現実では17歳だから…ギリ…ダメかぁ…。」
エリサが笑った。
「考えといたげる笑。結構微妙なラインだから 笑」
僕たちは2人で笑った。
僕はエリサに立ち入った質問をしてみた。
「今となってはもうこれも”設定の話”だけど、…なんでミラージュ…ミラバースに住んでるの?」
エリサはちゃんと語ってくれた。
「3年ぐらい前、パパのビジネスが失敗して身体パーツを揃え始めるどころじゃなくなったの。
家族はママと弟が1人居るんだけど、結局みんなミラバースに送られた。…まずはパパがミラバースに移送されて、…その後家のドアにはスプレーでホログラムを指す”H”の字が書かれた。
…激しい差別が始まった。
…窓を割られたり、店で買い物を拒否されたり…前はみんないい人達だったのにね。そのせいでパパはおかしくなってしまって第3層に療養という名目で収容された。…私たまにそっと近くまで行って隠れて眺めてるの。
…私ね、パパの仕事内容全然知らないの。ビジネスって言ってたけど、もしかしたら科学者だったのかも。
元々つくばには呼ばれて引っ越したし。
で、何か脅されて拒否したから家族ごとデータにされてしまった…とかそんなところじゃないかしら。
…こんなことになるならもっとパパと話しておけばよかった。忙しくて家を空けることが多い人だったけど、たまに会うと寂しそうで、でも私にはいつも優しかったな。」
そう言い終わる前からエリサは泣いていた。
…設定だった。
だからって、エリサが窓を割られたことまで無かったことになるのか?
そんなわけない。
「これから…これからたくさん話せばいいよ。」
エリサはうん、としっかり頷いて、
そして笑った。
(続く)




