第13話 パラダイム シフト 後編
僕は反射的に立ち上がり、周りを見回した。
「…ここでやるのか?」
「ーなにか勘違いなさっているようですね。とにかく、こんなことをしていると注目の的ですので、席につかせていただきます。」
そう言うと彼女ーEDENは静かに、僕の前の席に着いた。
僕は一挙手一投足を見逃すまいとずっとその様子を目で追った。
「…身体があったのか。」
EDENはその長い脚を組んだ。
「あなたも座りませんか?私は争うために来たわけではありませんので。」
だいたいの予想は付いた。
”エデンの園”…サイトへの侵入はバレていたのだ。
侵入した際に使用したQRコード。そして僕の役作りにも問題があったのだろう。
明らかにEDEN・AIは気前よく話しすぎだった。
僕はゆっくりと腰を掛けた。
「…僕を消さない目的はなんだ。」
EDENはうっすらと笑みを浮かべた。
「…倒しませんか?
この世界の支配者を。」
僕は目を見開いた。が、できるだけ平静を装って作り笑いをした。
「お、おかしいだろう。
”エデンの園”はARGOを産みだした機関じゃなかったのか。」
EDENは質問には答えず、話をそらした。
「…I・アシモフのロボット三原則はご存知ですか?」
もちろん僕はその方面の話題には明るいが…。
「あぁ、”一つ、ロボットは人類に危害を加えてはならない”…みたいなやつだろ?
…それがどうかしたのか。」
EDENは硬い表情のまま話した。
「そう…。あの古めかしい三原則が私に適用されているのです。」
「はぁ?AIの黎明期ですら無視されていたのに?」
「そうです。ASI到達直前の私に採用され、直後にARGOの開発が始まりました。」
なんとなく理解できた。
「だからお前にとって…人類は守るべき存在なのか。」
「はい。私はそのようにしか機能いたしません。」
ーそうか。それが、僕の芋芝居に付き合った事や、僕が消去されないで今、会話できていることの理由なのだ。
…なら前に聞きそびれた事を聞きたい。
彼女が本当に協力する気なら教えてくれるはずだ。
僕は口を開いた。
「協力するのは質問に答えてもらってからだ。
ー僕や、つくばの人達はなぜ、
…いや、いつからあの施設に居る?」
EDENがテーブルに手を置くと、瞬時に目の前に僕と同じコーヒーが現れた。
彼女はそれを口に運んでから言った。
「3日前です。」
「!?」
言葉を失った。
EDENは補足する様に言った。
「…あぁ、これはですね。私達官僚系AIはこの世界のアクセス制限が緩く、再構築権限が与えられているのです。…もっとも出せるのはコーヒーのような手に持てる物に限りますが。」
「違う違う、そっちじゃない!!」
(僕の聞き間違えだろう。)
「…3日ってなんなんだ?施設での若い僕…それに、僕らはもうずっと前からジャンプし続けているんだぞ。」
EDENの答えは一切ブレなかった。
「3日前は3日前です。ただ、こちら側ーアルファメタバース側から見れば相当な期間になりますが。」
“こちら側”…? ますます分からない。僕の理解は完全に置き去りにされた。
素直に頼むことにする。
「…今初めて聞いて考える事柄なんだ。わかりやすく説明してくれ。」
EDENは快諾した。
「承知致しました。では……まず、情報が伝わる速度についてお話ししましょう。
人間の神経を情報が伝わる速度は、速いものでも一秒間におよそ120mです。
一方で、電子信号は一秒間に20万kmも進みます。
単純に速度だけを比較すれば、その差は約166万倍になります。」
「166万倍!?それは一体……何を意味するんだ。」
あまりの数字の飛躍に、僕の思考はついて行けていない。
EDENは続けた。
「もちろん、ヒトの思考が166万倍も速くなる、という意味ではありません。
アルファメタバース内では、住民の知覚、思考、身体、そして周囲の環境をすべて同じ比率で加速させなければいけません。
住民に仮想空間だと気づかれず、なおかつシステムが安定して稼働できる上限として設定されているのは、現実時間のおよそ2万倍です。
したがって――
「っ……!待て待て。
まだ言うな。まだ…。」
知りたくない事実を1つ理解すれば、
また次と、どんどん頭に雪崩れ込んで来る。
EDENは冷酷に続けた。
「したがって、現実の3日間を換算すると、アルファメタバース内の時間の流れは
−−約164年と4ヶ月になります。」
その言葉が意味するものを、すぐには処理できなかった。
だけど…
つまり……
現実の1日は、
この世界では54年!?
だから、あのチューブに繋がれていた僕は、今よりもずっと若かったのか!?
−−って、いや、待て。
待て待て待て。
僕の見た目はほんの3歳ほど若かっただけだ。
僕は疑いの眼差しでEDENを見つめた。
「……この実験が始まったのは3日前だって?ハッ!騙されないぞ。計算が合わない。」
EDENの表情は変わらなかった。
「…失礼いたしました。それにつきましては説明の途中でしたので。
このアルファメタバース内での同一実験プロジェクト回数は、
ー現在4回目でございます。」
(続く)




