8 朗読戦隊ポエマーズ
【主なⅭAST】
タロ:二年 よちよち演出
カッパ:三年 育てる脚本担当
ザワ:二年 ビシビシ演出助手
ピョン吉:一年 真面目な照明・音響担当
時はひと月半ほど遡り、新入生歓迎会の翌日。タロは去年の入学時にアパートに引っ越してきた際に運び入れたまま開けていない段ボールを開封していた。脚本の執筆を始めるにあたり、何かしらのヒントやとっかかりがここにあるだろうとの思いで卒業証書やアルバムの下に埋もれていた「開封厳禁」との文字が太めのマジックで書かれた分厚い封筒を開けて中身を床に広げる。レポート用紙やノートに手書きされた小説・日記・エッセイ・詩・コント台本・走り書きのメモなどが今よりなお未熟な青白い時代を思い起こさせる。
「これが自分の中身の一部なことに間違いはないよなぁ……」
カッパの言うところの「世界と自分が出会ったときに感じるものや生まれるもの」の一例たちを眺め、脚本という形でカッパに見せるとしたらできるだけシンプルで自らの根っこの部分にあるものを使うのがいいだろうとの思考の結果、一冊のノートを拾い上げる。緑色の革の表紙をめくったところに「poetry」と筆記体で書かれている詩の集まりだ。稚拙な内容や技術ではあるが、個々の作品としては完結しており、キャラクターや設定を省いた言葉の並びはタロの思考や感情をストレートに表したものが多い。
書いた詩を分類すると、多いのは何かの作品に触れたときに感じたことを書いた「感想詩」と勝手に名付けたものだ。元の作品に出てくる言葉などは拝借せずに、自らの内側で反応して生まれた言葉でつづっている。小説・歌・詩・漫画・映像作品など対象はさまざまで、幸福な出会いと感動の記憶が蘇る。かつて何かの動機や衝動によって生まれたこの言葉たちの余熱を借りれば、ほんの少しくらいは成長したはずの今の自分も再び走り出せるような気がした。
また、床に転がった数篇の小説を一本の脚本として再構成してみようかとも一瞬考えたが、そもそもどこに出しても恥ずかしい水準だと判断して却下となった。未完成なものがほとんどで、一応書き上げたものですら物語的には何も解決していないのにどうにか完結させることだけを目的としたような構成に改めて寒気がして再び固く封印した。
【第一幕】
クリスマスの夜、アパートで薄明りの中、布団にくるまってしくしくと泣く一人の男がいる。
そこに響くノックの音。
コンコン。
無視する男。
ドンドンドン。
やはり無視する男。
ガッシャン、ドスドス、ウ~ウ~!
騒がしさに耐えかねて男がドアに向かって叫ぶ。
男「うるせえな!何鳴らしてんだ、もうそれノックの域を超えてるだろ、帰れよ!」
ドアの向こうの音が静まる。
今度はドアとは反対側の方向からガラスの割れる音が響く。
男「え⁉何!」
三つの人影がどたどたと入ってくる。
男「誰だ!」
男が叫ぶと灯りがつく。
戦隊ヒーロー物のお面を付け、手帳を持った男が三人並んで立っている。
三人は正面に向かってポエムを朗読し始める。
「ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
一人の夜には耳障り 濁点を少し削ろうよ
シングルベル シングルベル 鈴は一つさ
一人の夜にはちょうどいい どうせならもう一つ削ろうよ
シングルヘル シングルヘル おやおや地獄になっちゃった
大丈夫 大丈夫 この世はいつでも地獄さ
托鉢僧を気取って行進だ チリーン チリーン
アジアのクリスマスパレードだぜ ヘイ!」
朗読を終えると三人は手帳を閉じてポーズを決める。
赤「歌詞ならみんな口ずさむのに」
青「メロディーが消えたらうっすら笑われる」
黄「ポエムを笑うものはポエムに泣く」
赤「三人揃えば迫力三倍」
青「みんなで詠めば怖くない」
赤・青・黄「誰が呼んだか朗読戦隊ポエマーズ!呼ばれてなくても只今参上」
黄「ちなみにポエムを書いたのはリーダーでーす」
赤「バラすなよ~」
男「何だよ、何なんだよ、いきなり人の家に入ってきて、あ、土足じゃねえか、窓ガラスも割りやがって、警察呼ぶぞ!」
赤「まあまあ、落ち着いてください。怪しいものじゃありません、時節柄サンタクロースの類似品とでも思っていただければ、ほら、あの人も堂々と人の家に断りなく入ってくるじゃないですか」
男「ふざけんな!そもそもクリスマスなんかくそくらえだ」
青「ほう?それはどうして」
【以下続く】
「こんな感じで始まるんですけど」
何度か書き直しをした脚本の冒頭部分をタロはカッパに読んでもらった。
「うん、いいじゃない、あたしは好きよ、ストレートでテンポも快適だし」
「ありがとうございます、でもこれって演劇なんですかね?コントなんですかね?」
「いいのよ、そのへんの区別は評論家にでも任せておけば。同じ脚本でも、演出や上演する劇団によってはミュージカルにも仮装大賞にも見えるでしょ。で、この先はどうなってく予定?」
「この場面が終わったら、ポエマーズの内情とか、かつてたもとを分かった辻斬りポエマーとのバトルとかの話が出てきます」
「いいね、変化があって。ところでポエマーズはそもそも何と戦ってるの?」
「過剰な自意識です」
「詩」というものを芯に据えた脚本をと考えた結果、タロの中から出てきたものがこの朗読という形だった。自らの心に浮かんだシンプルな思いを言葉にし、その言葉をわかりやすく伝わりやすくして届けるという目的を、詩作の技術を磨くことによってではなく、演劇の要素を付加することで実現する方式を選んだのだ。プロの作家の後を追いかけて文章技術を学びたいわけではなく、創作や表現の欲求を満たすために演劇をしているわけだから、自分の中から出てくる素材を活かして最短距離で伝えるこの手法は理にかなっているとタロは確信していた。
そして加筆修正を繰り返して練り上げた「朗読戦隊ポエマーズ」は晴れて脚本会議を通過し、タロの初めての脚本・演出作品として稽古が始まったのだった。
演出というポジションは舞台における統括責任者であり、作品の方向性を決めてそのイメージを観客に届けるために役者の演技とスタッフワークの指示を出す役割を担う。稽古を始める段階で己の頭の中に公演内容の完成形が出来上がっていれば、それに沿って形にしていけばいいのだが、そのためにはイメージを言語化して伝えるための豊かな語彙や相手の理解力や技術の水準に応じて伝え方の工夫をするコミュニケーション能力が求められる。
演出能力の向上には技術の積み重ねが必要なので、場数がものをいうのだが、いかんせんタロは演助の経験があるとはいえ初心者脚本・演出家であるため、なかなかスムーズに稽古は進まない。最初の稽古日など、演技初心者のピョン吉から「ここのセリフはどんな感情で言えばいいですか?」と真っすぐな目で質問されても「んんん?えーと、ちょっと思うようにやってみて、変なら言うから」のような(大丈夫かこいつが演出で)という状態に陥ることもしばしばだった。
自分の書いた文章であっても全ての構成を綿密に設計して一分のスキもないように組み上げていなければ設定の穴や矛盾を指摘されることがあるように、自ら書いた脚本ではあるものの、勢いで筆が滑っている部分も多く「そこまでしっかり考えなくてもキャラクターが勝手に動いて話が進んでいる」状態のまま脚本提出期限が来てしまったため、一字一句読み込まれると粗がいくつも見つかり答えに窮してしまうのだ。
幸いにもタロの座組には同じく演助のザワがいたため稽古初日の夜にして「座組全体、特にピョン吉が不安になるから、できる演出のふりはやめてわかんないことは宿題にして持って帰って必死に考えること」と諭され、軌道修正を行うことができた。
「できないことは罪じゃないわ、できないことを隠して周りを混乱させることこそが罪よ。許される雰囲気のうちにたっぷり恥をかいて冷や汗だけじゃなく頭にも汗をかきなさい」
稽古後にザワをアパートまで送って別れる際にもダメ押しをされ、自分の部屋までの道のりで「うへえぇ~」と何度もため息をつきながらとぼとぼとタロは歩いた。ドアを開けて熱いシャワーを浴び、日課のストレッチをこなしているうちに頭のもやもやは少しずつ晴れてきた「できなかった今日の自分をつついて悩んでいる暇があったら、今からできることを考えろ」そう口にして脚本を机の上に乗せる。明日の稽古予定部分を赤ボールペンで一文字一文字トントンと押さえていく、「なんでこう話す」「なんでこういう関係になった」などと自分に問いかけて脚本の隙間を埋めていく。曖昧な「なんとなく」を丹念につぶしていき、一区切りついた頃には時計の針は午前三時を指していた。
「ふぅ~、寝よう……」
帰り道で吐き出したものよりも深いところから出した息を吐き切ると、タロはベッドに倒れ込んだ。翌日の一限目は出席をとる必修科目だということも意識しないまま。
「ザワさん、あの、タロさんなんですけど……」
ピョン吉は講義が終わって部室へ来たザワを見つけて駆け寄り、戸惑った様子で声をかけた。
「今日のうちの座組の稽古場で、何だか苦悩を具象化したような動きをしていて……」
「ああ、それ大丈夫よ。人生で初めて出席確認時に着席できていなかったという出来事にメンタルが揺れてるだけだから」
「人生初の遅刻?ですか……」
「私がしれっと出席票は出しといたから欠席扱いにはなってないよって伝えたんだけど、根が真面目なのね。それでよしとはタロの中ではならないみたい」
ザワはソファーに腰を落とし、テーブルに置かれた劇団員のコミュニケーションノート【リバティー】をチェックし始める。まだ何か言いたげなピョン吉の視線を感じたのかこう付け加えた。
「ピョン吉も似たようなタイプでしょ、覚えとくといいわ、真面目なことは認められるべき価値だけど、真面目であることを必死に守ってそれにすがると手段が目的にすり替わるわよ。私は中二でそれやめたから、スタッフ決めのときにコロも言ってたけど周りにとって都合のいい自分なんて最終的に空虚な責任転嫁にしか行きつかないわよ、リタイヤするときの言い訳作ってから走り始めるマラソンみたいなもんだからね」
ザワの助言がずしんと胸に響く、ピョン吉は少し居心地の悪さを感じて部室の窓の先にある稽古場に視線を向けた。
「できなかったことを悔やんでいる時間があったら、今できることは何か考えなさいって言っといたからこれ以上することはないわよ。配慮はしても遠慮はしない、稽古始まりまでに自力で立ち直ってもらわなきゃ困るのよ、演出なんだから」
そう言うとザワはノートを閉じてバッグから脚本を取り出し、赤鉛筆を動かし始めた。
「さーて、今日の脚本のつっこみポイントは、と」
(ザワさん容赦ないな……、でも、これが対等な関係ゆえの厳しさ、いや優しさなのかも……仕事を家庭に持ち込むなっていうタイプ、ちょっと違うかな?)
ピョン吉も自分が今何をすべきかを考えようと、頭を数回左右に振って深呼吸をした。静かにザワの向いに座って脚本に向き合うと、一つのセリフに目が留まった。
『よく知りもしない他人の評価で自分を支えようとしてんじゃねぇよ、そんな柱はとっぱらって自分そのもので土台を作れ!何者でなくてもいいじゃねえか、安心するためだけにちゃちな何者かになろうとしなければ、いつだって何者にでもなれるぞ!』
真面目な自分は嫌いじゃない、だけど真面目という枠の中にいれば、そう評価されるように行動していれば安全だという意識で行動を選択していたのかもしれない。先輩たちの突拍子もない行動に圧倒されながらも、ちょっとそれに乗っかりたいと思い始めていることからも、どこかで自分を縛っていたのではないかと思い当たる、真面目さは私の一面だけど全てじゃない。十八年間で形作ってきた薄っぺらな肩書や形容詞まみれの「渡会麻友」から引き離され、「ピョン吉」と呼ばれている今、ウソでもホントでもない、強くも弱くもない丸ごとの自分を見ているような気がする。自分が今まで閉じこもっていた小さな部屋の四方の壁や天井が崩壊し、そのがれきの隙間を風が勢いよく通り抜けるこの場所で、心細くなってもおかしくないはずなのに、何者でもないそのままの自分が「かるく」喜んでいるようでもあり、言葉や思考の届かない心の奥にやさしい温もりを感じる。このセリフを書いたタロも、ありのままの自分を見つめて、言葉の意味を超えていく過程のただ中にいるのだろうか。ピョン吉はまぶたを閉じて、親愛の情を込めた言葉になりきらないエールを送った。




