7 刺激を求めて
【主なⅭAST】
ドラ:二年 どっしり渉外・会計担当
カメ:一年 あわあわ渉外・会計担当
Q:一年 わくわく記録担当
イチ:二年 シニカル制作担当
マリ:二年 バスケ同好会会長大道具担当
タロ:二年 同副会長演出助手
西園寺:白鳥学院大学 月華歌劇団代表
朝比奈:白鳥学院大学一年
三つの座組に分かれての稽古が始まって一ヵ月、一年生訓練の一環で大学劇団公演の観劇ツアーが組まれた。比較的近隣にある大学劇団とは普段から公演情報を交換しており、その情報を基に先の新入生歓迎公演に来てくれたところもある。情報を送る際には公演の招待券も数枚添えるのが慣例となっており、それを使っていくつかの大学劇団の公演を研修旅行のようにして観に行こうという企画である。ちなみに「見る」でなく「観る」という意識になるのが劇団員あるあるであり、他にも役者(俳優)さんのことを呼び捨てや世間で使われる呼び名では呼ばずに「〇〇さん」のように名字に敬称を付けた形で口にし始める。大きなくくりで言えば同じ世界にいるという親近感と敬意の混ざったところからくるのか、例えば「ぬっくん」という愛称で知られ、紀伊國屋演劇賞受賞経験のある温水洋一氏のことは「温水さん」と呼ぶのである。気弱そうな外見に隠れた底知れない狂気を感じさせる演技を間近で見て以来、ドラは尊敬している。
大学劇団とひとまとめにして語れないくらいぞれぞれの劇団に個性があり、大道具の作り込みのすごいところや照明機材とプランのレベルが高いところ、とにかく役者がたくさん出演するところ、既成脚本を高いレベルで仕上げるところなどさまざまである。ちなみにどろだんごは「いろいろすごくて感受性が胃もたれする」と評されたことがある。上級生によるレクチャーを受け、それぞれが観てみたい劇団を選び、今後お世話になる機会もあるので顔つなぎの役目を担って上級生が引率する。招待券の枚数が足りない場合は劇団費からチケット代の補助が出る、観劇後はレポートを書いて学んだことを劇団内で共有するところまでがツアーの行程だ。
今日のチームはドラをリーダーにイチ、Q、カメの四人だ。本当はマリもメンバーだったのだが、事前の連絡もなく定刻になっても来ないので待たずに行くこととなった、まあいつものことだ。
「ペナ一つ追加ね、現時点で孤高の一人旅よ」
ノートに日付とやらかし内容を書き込むコロを横目に、ドラは先方への差し入れの入った手提げ袋をロッカーから取り出す。
「事前に設定した課題をもとに、何を得てくるかの目標を立ててあるよね。公演を観て疑問に思ったことがあったら迷惑にならない範囲で向こうさんに質問してもいいからね」
コロに見送られて一行は出発した。
ドラと共に渉外を担当するカメが相手方に連絡を入れ、比較的混雑していない日時を確認しているのでそれに従ってスケジュールは組まれている。研修公演では受付担当も兼務するカメが行きの電車内で渉外の仕事について話している。
「まだ電話って緊張するんですよ~、原稿を目の前に置いて読むだけでも大変で、想定してない反応が来るとあわあわしちゃって」
「知らない人に電話って普通しないもんね、カメはすごいよ」
Qがカメの苦労を優しくねぎらい、少し照れてカメが続ける。
「えへへ、でも発声のレッスンを受けたからちょっと声には自信が持てたし、しゃべるんじゃなくて伝えるんだって意識を持って話すのは大切だなって実感しました。今教えてもらってることって劇場の外の生活でも役立つことなんですね」
「そうそう、劇団活動はこの先の人生に活かせることを学ぶ場でもある。よき演劇人であるとともによき社会人であれ」
制作という立場からカメの世話をよく焼いているイチのコメントを聞きながら、この一ヵ月のカメの努力をよく知るドラは「よくわかってるな」と感じて電車の進行方向と平行している横に長い座席の端で満足げにうなずいた。
どろだんごの所属する大学は控えめに表現しても田舎にあるので、今日のような都市部にある大学へのツアーはお上りさん状態だ。普段の動きやすさを重視したそれではなく、各々の自室にある持ち衣装の中から一張羅を選び出して相手方の公演へとお伺いする。
「わー、ポスターもおしゃれですね」
「ここはいわゆるお嬢様大学だからな、学生やキャンパスの雰囲気に合わせたデザインをと考えられてるんだろう。うちみたいにカオスな空気感の大学だと『他の団体の掲示物に埋もれないようにとにかく目立て』が至上命題になるのとは狙いが違うわけさ」
大学の敷地の入り口そばに掲げられているポスターをカメラに納めながらイチがカメに解説する、公演会場の外にも学ぶことは多くあるのだ。多少挙動不審気味にキョロキョロと目を配りながら、どろだんご一行は要所要所に設置された案内看板に導かれてキャンパスの奥へと進んでいたが、キャンパスのメインストリートの端あたりにさしかかった際に違和感を醸し出す存在に遭遇した。
「ちょっとあんた!」
そのぶしつけな声かけが誰に向けられたのかわからず、声の主を探して振り返ったドラの横に一人の長身の女子が大股な歩調で体を寄せてきた。知らない顔だ、ドラが「誰?」と口にしようとした際、カメがその女子の視線のターゲットになっていることに気付いた。
「やっぱり佐々木じゃない、ここで何してんのよ」
普段耳にしないので忘れがちなカメの名字を呼び捨てにし、その行く手をふさいだ女子は声にも雰囲気にも棘を感じさせる。きつめの香水の香りとブランド品を身にまとい、ちょっと勘違いをしている感じの鼻持ちならないタイプだ。
「……あ、朝比奈さん?」
「そうよ、あんた、どっかの田舎大学に行ったんじゃなかったっけ」
「知り合い?」
どろだんごネームを呼ぶのを控え、ドラがカメに尋ねる。
「同級生です、高校の……」
「ま、ほとんど接点はなかったけどね~」
どう好意的にとらえても良い関係とは読み取れない空気が漂う。それでもカメは丁寧に言葉を継いだ。
「今日はこちらの大学の劇団の公演に伺ったんです」
「へー、あんた演劇なんて興味あったんだ」
「……劇団の方と約束があるので、通してもらえますか」
「いいわよ、あたしも公演に行くところだったし。西園寺さんっていうステキな先輩がいるのよね~」
イチがさりげなく朝比奈からカメをブロックする位置取りをし、ドラがキャンパスの案内図を確認する。
「待ち合わせはサークル棟だから、こっちね」
公演会場であるホールの前を横切って趣のある三階建ての建物に足を踏み入れる。掃除の行き届いた清潔感のある空間だ、なぜか朝比奈がすぐ後ろにいるが「何でついて来てるの」とでも聞こうものなら余計ないざこざを生みかねないのでドラは無視することにした。
「うちと同じ二階七号室……あ、ここだ。大勢でぞろぞろ入っても迷惑だから、あいさつは渉外の二人だけで行くよ」
「はい」
緊張している様子のカメを伴い、イチとQ、そして朝比奈を廊下に残し、ドラは扉をノックした。「はい、今開けま~す」と涼やかな声がして扉が開き、すらっとしたスタイルの女性が姿を現した。ドラが背筋を伸ばしてお辞儀をする。カメも慌ててそれに倣う。
「西園寺さん、ご無沙汰しています、どろだんごの渉外担当の岩崎です。本日は公演おめでとうございます、ご多忙のところご対応いただきありがとうございます」
「こんにちは、岩崎さん。去年の本公演には皆さんでおいでいただきありがとうございました」
「こちらの本公演にもお越しいただきありがとうございました。本日はうちの一年生で渉外を一緒にしている佐々木と共にお伺いしました」
「あら、佐々木さんですね、初めてお目にかかります、部長の西園寺です。先日はお電話でご丁寧なごあいさつをいただきありがとうございました」
これが朝比奈と二つしか歳の違わないだけの同じ大学の女子大生なのかと思うほどの西園寺の落ち着きと物腰の柔らかさがカメを包む。
「そ、その節はお忙しいところご対応いただき、ありがとうございました。本日は公演おめでとうございます、楽しみに拝見させていただきます。こちら、お口に合いましたらどうぞ皆様で……」
カメはカチコチになりながら差し入れの入った手提げ袋をなんとか両手で手渡す。これにてとりあえずのミッションコンプリートである。
「まあ、いつもご丁寧にありがとうございます。こちらのお菓子、打ち上げで取り合いになるんですよ」
「今回、マチネ(昼公演)とソワレ(夜公演)の間が五時間もあるんですね、上演時間が長いんですか?」
扉に貼られた先程のポスターを見てドラが尋ねる。
「いえ、九十分少々なんですけれど、間に会場でゆっくりお茶をいただく時間をとっているんです。もしよかったら、みなさんもお越しください、美味しいお菓子を用意しておりますので」
劇団文化の何もかもが対照的である。どろだんごではマチネとソワレの間にいただくのは「牛丼弁当・卵(夏季除く)・みそ汁付き」と相場が決まっている、飲み物は食堂の無料の水かお茶をくんだペットボトル一択だ。これほど特徴の異なる集団が長きにわたって友好関係を結んでいるのだから、演劇の神ディオニュソスの導きに感謝せざるを得ない。
「ごゆっくりしていってくださいね、では、ごきげんよう」
爽やかな香りの粒子をその場に残して西園寺部長は公演会場へと向かわれた、その様はまるで優雅さが衣装を着て歩いているようであった。緊張から解放されたカメの背中をドラが優しくなで、一同はほんのりとした幸せに包まれていた。
その空気を汚すようなカツカツというヒールの音を響かせ、朝比奈がカメにつかみかからんばかりの勢いでにじり寄ってきた。
「何よ生意気に、田舎大学のくせに西園寺先輩と口をきくなんて身の程を知りなさいよ」
むき出しの失礼さを遮るようにドラが二人の間にすっと割り込み、にらみを効かせる。
「その辺にしてもらおうかしら、うちの大切な後輩にウザ絡みするのは」
ドラも決して背が高い方ではない、しかし腹の据わった口調とたたずまいは朝比奈を怯ませるのには十分なものだったようだ。
「いつまでもしがみつくように昔の関係を押し付けるのはみっともないわよ、あんたがそうやって成長せずに立ち止まっている間にうちの子は日々前進してるわ。今の様子じゃもう人間として追い抜いているでしょうね」
「な……、誰がこんなやつに!」
「まあ怖い、由緒ある白鳥学院大学の学生とも思えない言葉遣いね。西園寺さんが耳にされたらどう思われるかしら?」
「ぐっ……」
「もういいかしら、私たちは芸術鑑賞に来たの、下品なケンカはご遠慮したいわ」
嫌みすら感じさせる、芝居がかったドラのお嬢様口調に朝比奈は顔を真っ赤にして黙り込み、苛立った様子でくるりと半回転して不機嫌な足音を響かせて去って行った。人を押しのけるように傍若無人に歩いていく朝比奈の後ろ姿を目で追いながらイチがつぶやく。
「あわよくば西園寺さんと話そうとでも思ってたのかな?本番前の役者へのマナーがなってないねぇ。どんなに伝統のある学び舎でも変なのが紛れ込むもんなんだな」
「ドラさん、あの、ありがとうございました。私、何も言い返せなくて……」
申し訳なさそうにカメがドラに礼を言う。Qがその様子を見てフォローする。
「言わないほうがよかったよ、カメに直接何か言われたら引っ込みがつかなくなって余計にからんできただろうから」
「あはは、口論で素人が役者に対抗できるわきゃないわよ。さあ、すっとしたところですてきな舞台を観ようね。お茶とお菓子も楽しみだわ」
笑うドラを先頭に一団はホールへと足取り軽く向かった。
歌あり踊りありの「月華歌劇団」の公演会場にて、どろだんご一行は役者の演技とスタッフワークを堪能した。ドラはカーテンコールで誰よりも早く大きな拍手を送り、西園寺の最後の「本日はお越しいただきありがとうございました」のあいさつに賛辞と感謝の思いを込めてさらに強く両手を打ち鳴らした、周りの観客の呼び水になる作法としてカッパに習ったことを自ら実践し、カメたち後輩にも受け継いでもらっている。そのままお茶会にもお呼ばれして演劇談義とガールズトークを満喫して帰路に就いた。
電車内で真面目にレポートの下書きをしているカメとQの横でイチが先程までの時間を反芻するように目を半開きにしていた。
「いやー、しっかしさすがは白鳥学院大学、役者さんもスタッフさんもお嬢様って感じだったなぁ」
「悪うございましたわねぇ、気品の欠片もない田舎女子大生で」
よそ行きの服装に疲れた様子のドラがイチの緩み切った頬をぐいっと引っ張る。
「いちち……いやその、まあ、我らが母校、入中大学(蔑称:田舎大学)に誇りを持とうじゃないか」
「はいっ!私この大学に来てよかったです」
イチの言葉に反応して手帳から視線を上げ、元気に答えたカメの笑顔に三人は惹きつけられた。
「あの……、私、高校でいわゆる二軍だったんですよ、あるいは三軍かも。あの人みたいないつも大きな声で騒いでイベントを仕切るようなグループの視界には入らない存在で。クラスに友達もいなくて、消去法で選んだ部活も楽しくなくて、くじ引きでなっちゃった図書委員の仕事をきっかけに毎日図書館の隅でひっそり本を読んで高校時代をやり過ごしてたんです。演劇部もあってちょっと楽しそうだなとは思ってたんですけど、人前で何かするとか無理だから部活を移る勇気まではなくてひそかに、ほんとにひそかにかに憧れて戯曲(書籍になっている脚本)をたまに読むだけの日々だったんです」
「そうなんだ、それじゃあ最初に部室に来るときも相当思い切ったんじゃない?あたしはここが一番面白そうで、それでいてチャラチャラしてないなと思ってふらっと来ちゃったけど」
空いている車内ではあったが、Qが興味深げにカメの傍へお尻を移動させる。
「うん、でも、せっかくだから行くだけ行ってみようって、裏方なら私でもできることがあるかもしれないって、サークル紹介のステージを見て、すごくわくわくしたんだ。放課後の図書館の静かな時間も好きだったけど、渡り廊下の上で発声練習している演劇部の人たちを窓から見てるのも好きだったから」
「嬉しいねぇ、俺もそっち系だったから。うちの高校は演劇部なかったけど、辛うじて体育会系文化部の双璧とされる吹奏楽部の友達いたりもしたなぁ。マンガのパロディのイラストを面白がってくれて、そのときや、文化祭のときだけはちょっと一軍半くらいになった気がしたんだよな」
イチはカメの話に自分の高校時代を重ねるようにひとりごちた。
「今日会ったとき、あの頃の教室で抱いてた気持ちに引き戻されそうになったんですけど、ドラさんや先輩たちやみんなと過ごした時間があったから踏みとどまれたんだと思うんです。忙しいけど、私すごく楽しんでるから、帰り道に明日が楽しみだなんて小学校の遠足の前の日がずっと続いているみたいで」
「あれはそういう輩だったんだなぁ、もう二度と顔は見たくないけど、別のものは興味があるから見てみたいもんだな」
「何をよ?」
イチの不思議な物言いにドラが尋ねる。
「あいつの親の顔」
一見すると人畜無害に見えるイチだが、美術方面のセンスを発揮する際に辛辣なものを込めてくる面も併せ持っており、わりと毒舌家でもある。話の区切りがついたと見たQがうなずきながらカメの頭をなでる。
「うんうん、カメにはそういう時代があったんだね。でも大丈夫、今のカメは紛れもない一軍だよ。で、恋愛のほうは何軍だったの?」
「え⁈」
急に切り替わった話題にカメが目を丸くして思わず声をあげた。
「どうなのよ、図書館で出会いがあったんじゃないの?そんなに入り浸ってたんなら何か起こるでしょうよ」
「そ、そんなことは公共の場で話すことじゃ……」
「てことはあったのね、じゃあ近々で一年生女子会セッティングするからそこでじっくり聞こうじゃない」
「ド、ドラさぁ~ん、助けてくださ~い」
「それ、あたしも行っていい?」
ドラは少しずつ仲間との絆を深めつつあるカメの様子に頼もしさを感じていた。自分もまた未経験の世界に衝動だけで飛び込み、前向きな試行錯誤を見守ってくれる仲間に助けられながらなんとか一年を過ごしたものの、まだまだぐらつく日々ではある。中高時代の自分もまた二軍半の立ち位置だった。なんの長所もなく、自信のなさから周囲と勝手に壁をつくることで辛うじて自分を守っていたから、黒いものがどんどん積み重なって心は圧迫され続けていた。ただでさえ邪魔な大きな岩の転がる道を歩いているのに、ところどころにある落とし穴にも気を配ってわずかな隙間を探して歩いているような日々だった。進学を機に誰も自分を知らない地でなら何かが変わるかもしれない、そんなほのかな期待を抱いて部室棟をさまよっていたときに偶然出会ったのがどろだんごだった。ありえないくらいの大声をすぐ近くで発し、観客席の隙間を走り回り、公共の電波には乗らない(乗せてはいけない)言葉の洪水を放ち続ける。初めて見た生の役者の演技はよく言えば衝撃的、素直に表現すればめちゃくちゃだった。しかし「こんなことしてもいいんだ」という発見により、自分を覆っていた堅い殻にひびが入るのを感じたのも事実だった。それぞれに傷や恥を抱えて、それをさらけだす仲間の心に触れるにつれ、それを隠して生きてきたけれどそれこそが本流たる自分であって、なかったことにして生きて行くのはとても不自由で不誠実だと思うようになった。先輩なんて呼ばれるのはまだくすぐったい、けれどカメの言うように明日が、明日の自分が楽しみなのも確かだ。ドラは車窓の向こうで夕焼けに照らされる空の下にある通いなれたキャンパスの方角を笑顔で見つめていた。
ドラの視線の先にあった入中大学の部室棟では、一行にひともんちゃくがあった時間帯に早くもペナルティ十ポイントとなったマリが三カ所目のトイレ掃除に励んでいた。九持集合の予定に二時間遅刻した理由が「やるように言われていた掃除と洗濯を忘れて彼女に怒られていた」では、聞き入れられるわけもなかった。決まりとは言っても一人で行うのは何とも切ない、との理由でタロとザワが一緒に掃除用具を手につきあった。五カ所あるトイレを磨き上げていい気分になった流れで、大学非公認のどろだんごバスケ同好会の活動になだれ込む。会長はマリ、副会長はタロ、メンバーは以上だ。マリがどこからか「保護してきた」というボールを小脇に抱えて部室棟裏のコートへ向かう。
「そう言えばマリちゃんてバスケやってたの?」
「あー中学でな」
「高校は帰宅部だっけ?続けなかったんだ」
「一年生で始めたとき身長伸びるのが早くって、三年の先輩よりもタッパが上だったんだ。弱いチームだったから顧問が無神経に身長だけでレギュラーにしたもんで、わっかりやすいイジメが始まって、親に言えないケガが絶えなかった」
「そう……なんだ、途中でやめたの?」
「それがやめさせてもらえなかった、よくわからん学校の方針で三年間退部も転部もさせない方針だったんだ。忍耐力が示せて高校入試に有利になるとかいう理屈らしい」
ゴール下でアキレス腱伸ばしなどのバスケ用のストレッチをしながら二人の話は続く。
「じゃあ、三年間ずっとそんな感じ?」
「いんや、どうしたもんかなーって部活さぼって図書室にいたらちょっと変わった先生がいてさ、愚痴まじりに事情を話したら生徒会に誘ってくれたんだ。生徒会活動があるからって理由で部活に出ないっていうのは格好の言い訳になるだろって。そのまま一年の終わりごろから生徒会室に入り浸って三年間逃げ切った」
「へ~、生徒会はどんなだったの?」
「俺みたいなドロップアウト組や面白い先輩がいてさ、わざとバカ丁寧に仕事をしてトリプルチェックしたりして部活終わりまで時間をつぶしてた。ベルマークを数えるって仕事があってさ、これが細かくて量も多いんでみんな嫌がるやつなんだけど、いい時間つぶしになるから率先してやってたら、PTAの役員さんに褒められたりしてちょっと申し訳なかった。生徒会役員選挙や生徒会誌編集とかの仕事もちゃんとやってたから、多少の羽目外しも容認してもらえて楽しかったな。冬はストーブにやかんのっけてコーヒーとかカップラーメン作って、鍋をやろうとしたらさすがにたしなめられたけど」
ダムダムとドリブルを始めたマリとゴールの間にタロが立ちふさがる。
「でも、そんなだったわりにシュートとかうまいよね?」
「顧問にはバスケの技術なんてろくに教えてもらえなかったから、高校入ってからバスケ漫画とかで覚えた。仲間もいないし近所にコートがなかったから、ここでやってるバスケが今までで一番楽しいな」
軽いステップでタロをかわしてマリの放ったシュートは、きれいな放物線を描いてリングに吸い込まれてパスッとネットが音を立てた。




