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舞台裏から愛とかを込めて  作者: ポエマー・グロ
本編

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7/23

6 挑む者 試みる者

【主なⅭAST】

コロ:二年 議長気質舞台監督

マリ:二年 オオカミ系大道具担当

ハッシー:二年 前進する衣装・メイク担当

ナギ:一年 おののく照明・音響担当

 基礎訓練をひととおりさらい、一年生による自主練習も可能な段階となったので、七月に行う研修公演の準備スタートをコロが宣言した。冬に控える本公演でのキャスト・スタッフを担うのに必要な技術の習得と、本番における舞台度胸をつけるという目的を持った公演となる。まずは上演脚本をどうするかを決めないことには始まらないので、オリジナルか既存か、一本だけかオムニバス形式かの方向性について議論がされ、カッパの提案で各自一本脚本を出して脚本会議をすることとなった。カッパから事前に次代を担う脚本家の掘り起こしをしたいとの相談があったこともあり、コロとしてもこの方針には大賛成の意を示した。

「自分で書いてもいいし、昔の脚本の抜粋でも、既成脚本でも何でもよし。あらすじとアピールポイント、目安の上演時間、必要なキャスト数を表紙に記載のうえ五部印刷して部室に置いておくこと。各脚本の演出は基本的には提出者がやることになるけど、交渉によって別のメンバーに任せることも可だよ」

 コロの言葉に弾かれたように劇団員はそれぞれ脚本を求めて学内に散った。図書館で既成脚本を探す者、上演記録映像を観てその脚本を探しに行く者、部室の脚本置場からペナルティを食らわないように慎重に抜き出す者もいた。タロは閲覧席に参考文献を積み上げて原稿用紙に向かっていたが、オリジナル脚本に取り組む者は少数派だった。ちなみに大学附属図書館の掲示板には、貸出期限を大幅に過ぎても本を返却していない者の学籍番号が超過した期間の長い順に掲示されている(返却しないと新たな本は借りられない)のだが、発行部数の少ない希少な戯曲を借りたまま卒業した伝説の先輩がそのトップに君臨しているというのは誰にも知られてはいけない秘密とされている(だったら言い伝えない方がいいのではという疑問は当然である)。

 ぽつぽつと脚本が集まり始め、各々が読んでいく。十ページもないものから、分厚いものまでさまざまあり脚本会議の日までに読み切るのはなかなかに大変だが、読まないことには会議でまともな議論ができないので全員なんとか時間を作って読み終えることとなる。自らが提出した以外の脚本を読んだ結果「こっちのほうがやりたい」とか「この脚本では太刀打ちできない」と判断するなどして別の脚本を支持する側に回る者もいる。そのうえで最終的に脚本会議にかけるかを各人が判断し、取り下げる場合はその旨を宣言して脚本を片付ける、こうして当日まで残っていた脚本が議論のテーブルに乗せられる。結果、今回は十本の長短織り交ぜた脚本が残った。

「それでは脚本会議を始めます」

 公平な議論を行うために脚本提出者ではない者が司会を務めるのが慣例であり、コロは自分の提出した脚本を事前に取り下げたので、なんとなくの流れでその役に就いた。

「提出順に提出者がプレゼンを行ってください、意気込み、上演する意義などを添えて。じゃ、マリの脚本から」

 会議が進むにつれて各脚本の立ち位置がだんだんと見えてくる。全部の脚本のプレゼンが終わった後、各脚本の上演に関しての意見や指摘事項、質問などが出される。七月末までの活動の柱となる存在なだけあってその見極めは真剣そのものだ。中には議論の中で提出者の判断で取り下げられる脚本もある。


「役者の数が少なすぎるよ」「このボリュームは本公演に持って行ったほうがよくない?」「面白いと思うけど、うちのカラーじゃないと思う」「テーマの掘り下げが浅い、三歳児でも溺れない安心な幼児用プールぐらい浅い」「まだちょっと脚本として未完成かな」「これ新しいと思う、スタッフもいろいろ凝れそう」「この役をレッドさんで見たいです」「研修公演だし初めて演出やってみるにはいい脚本だよね」


 議論が一段落した頃合いで挙手による投票を行い、検討する脚本の数を絞り込む。さらに議論を深めた結果、公演はオムニバス形式とすることに決定し、チャーシュー・マリ・タロの提出したオリジナルの脚本を三本上演することとなった。カッパが脚本の修正などのサポートと全体構成を担うことを申し出て、三人とも「お願いします」ということになった。演助の一人であるタロが演出を兼ねることになったため、演助に仕事を振る前に各スタッフで担えることはないか考え、対応する仕事の範囲を意識的に広げていくことが申し合わされた。


 研修公演全体の公演タイトルは、熱に浮かされたいまだ役者未満の存在という意味を込めた「微熱モンキー七度五分」と決まり、三日後にキャスト決めが行われることになった。オリジナル脚本のため、作者が誰をキャスティングしたいと考えて書いた役なのか(当て書きという)を示し、役者本人の希望と全体のバランスを考慮したオーディションによって配役を決めていく。ここで完全にフラットなオーディションをする方法もあるのだが、なるべく自分の脚本に望む役者を引っ張りたいのが演出としての偽らざる思いのため、水面下の勧誘・交渉が行われることもある。

 役者は希望する役にいくつでも手を挙げてよく、同じ脚本の中で第一・第二希望という順位付けもでき、複数の脚本の役に手を挙げることも可能となっている。当て書きされた役に挑むのもよし、空席となっている役に狙いを定めるのも自由だ。希望のリストを前日までにオーディションを仕切る演助のザワに提出を行う。

 オーディション当日、会場の会議室に運び込まれたホワイトボードに三本の脚本に登場する役名が書き込まれていく。キャスト希望のあるなしに関わらず劇団員全員が集合し、興味深げに開始の時を待っている、さながらドラフト会議の様相だ。

 チャーシューの脚本が一番目、次がマリ、最後にタロという流れで希望者が発表され、複数の希望者があった役についてはセリフ読みによるオーディションが行われた。全ての役についての確認が終わった後、三人の演出による協議の結果、キャストが発表された。ガッツポーズを取る者、驚く者、肩を落とす者とさまざまな姿が見える。キャスト希望のあった劇団員は全て役についたのは順当だったが、これまで役者をやったことのない二年生で小道具・特殊効果担当の大平どんにタロがキャストを打診した。最初は首を縦に振らないどんであったが、とりあえずやってみた上でどうしても無理ならば、なんとか全体で調整するからという条件で受け入れた。この結果、スタッフ専任はバッキー、カメの二人となった。役者陣と演出による座組(メンバー構成)が固まり、それぞれに稽古がスタートする。


 チャーシューは去年の研修公演及び本公演に加えて先の新入生歓迎公演での演出経験があり、そのまま今回もということなので誰も心配はしていない。タロも最近カッパに師事していたようだし、演助もしていたからまあなんとかなりそうかという評価。そうなると問題が残るのはマリであり、入団以前の演劇経験はなく役者と大道具で一年を過ごした彼に演出を任せて大丈夫かという雰囲気は確かにあった。

 マリもコロと同じ社会人経験者で、高卒で入ったいささか怪しい会社で新人にあるまじき営業成績を上げ、親に頼らずに四年間の学費と生活費をまかなえる貯金ができた時点ですっぱりと辞め、社会人入試でこの大学へ入った。これだけ聞けば自立した真面目な学生という評価になりそうなのだが、過酷な会社員生活とは比べものにならないのほほんとしたキャンパスライフとの温度差にやられてしまったのか、どうにもぴりっとしないルーズな日々を送っている。朝が弱いので講義は午後中心に固め、生活費に困っていないのでバイトもせず、アパートは汚部屋と化し、彼女のアパートにいるか部室にいるかの二択で生きている。仕事の都合で大学の沿線に住んでいる歳の離れた姉がいて、心配して時折様子を見に来てくれているのだが、当人は大抵アパートにいないので部室へ「いませんか」とおいでになることもある。劇団員一同は「彼女の家は絶対に教えないでくれ」とマリに懇願されているので、最近の様子を(かなり好意的に)伝えて連絡をするよう伝えるということで、心遣いにお礼を述べてお引き取りいただくこととなる。役者にもスタッフにも熱を入れているので、劇団に迷惑をかけるところまではいっていないが、どちらかというと一匹狼タイプで、座組を仕切る手腕はお手並み拝見という状態だった。

 今回のマリの脚本は会議では、四・五番手といった評価だったがオムニバス構成にした場合のトータルの上演時間の兼ね合いと、全部をオリジナル脚本にすることで統一感が生まれるという考え方のもと採用されたという側面がある。マリにも自覚はあったようで、カッパによる添削提案をほぼ全面的に受け入れて、稽古開始までにはだいぶ趣きの変わった脚本になっていった。


 ある日、部室のテーブルで一人作業をしていたナギは、静かにドアを開けて入ってきた人物を見てとっさに声を上げた。

「だ、誰ですか⁉」

 よくよく見ればそれはマリだった、初めて目にする丸刈りのマリだった。普段はヘアスタイルを気にして部室の姿見の前を通る度に立ち止まる男が、いきなりの丸刈りである。

「まあ、演出という新たな役割に向けた決意表明ってとこだな」

 そう言い残して部室内の倉庫へ消え、ガチ袋(腰に下げる道具袋)と工具箱を持って再びドアから出て行った。ついその姿を目で追っていたナギは、窓の向こうの廊下で一言二言マリと会話を交わすいたたまれない様子のハッシーの姿を見た。部室に入ってきたハッシーがナギにそっと尋ねる。

「ねー、マリちゃんの頭見たぁ?」

「見ました」

「どう思う?ってどうもこうもないよね、あそこまでいくとは思わなかったわ」

「何か理由があるんですか?」

「理由っていうか、原因っていうか、アレ、途中まであたしが切ったのよ、これで」

 ハッシーはメイク道具一式を入れたカバンを手にしている。

「ハッシーさんが?」

「マリちゃんってさあ、あの、倹約家でしょ?可能な限り削れるところは削るってタイプの。で、うちの劇団に限らず、貧乏学生がカット代をけちって仲間に髪を切ってもらうっていうのはわりかしあることなんだけど、ちょーっと今回は失敗刈りが過ぎたというか、こういう感じで」

 ハッシーがその状態のマリの写真をナギに見せる。アバンギャルドである。

「『バーバー・イショメイ(衣装・メイク)』の名誉を守るためになんとかリカバリーしようと挑んでみたんだけど、どんどん絶望的になってねー、もうだめだと思ってマリちゃんにこれ見せて『どうする?』って聞いたら『ありがとう、あとはバリカンでカタをつける』って男子トイレに行っちゃったのよ、で、再会したらアレ」

「潔い……って捉えたらいいんですかね?」

「そういうことにしといてあげて、衣裳部屋にカツラも帽子もいろいろあるからそれとなくフォローするわ。あー公演直前でなくてよかった」

「マリさんは倹約とケチの間の谷に落ちてしまったんですねぇ……」

「そうだ、ちょっと時間できたら知り合いの劇団に修業に行ってこようかな」

 ハッシーは髪切り用のハサミとクシを手に、先程の自分のミスを思い起こすようにシャキシャキと音を立てた。

(この人、アレ見てもぜんぜん落ち込むとかないんだ……)

 この劇団のメンバーがすごいのか、世間はもっと複雑怪奇なのか、大学一年生にはまだわからないことがたくさんあり過ぎる。少なくとも女子は「バーバー・イショメイ」に気軽に近付いてはならないということをナギは心に刻んだ。

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