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舞台裏から愛とかを込めて  作者: ポエマー・グロ
本編

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10/23

9 仕込んでバラす

【主なⅭAST】

ナギ:一年 どきどき照明・音響担当

コロ:二年 全てを締める舞台監督

チャーシュー:三年 こだわり演出

バッキー:三年 安全第一照明・音響担当

五味:四年生(?) 照明オペレーター担当

マリ:二年生 うんちく大道具担当

氷見:大学職員

 研修公演の準備もいよいよ大詰め、今日は本番を行う舞台の仕込みだ。今回の公演会場である部室棟の大会議室の大掃除をした後に、事前にスタッフ会議で打ち合わせをした仕込み図とタイムスケジュールにのっとり、舞台に必要な物品を奥から順番に運び込んで設営していく段取りだ。照明・音響チームの一員として初めて臨む作業にナギは少しの緊張と胸の高鳴りを感じていた。

「お昼までにあらかた終わらせるよー、声かけこまめに、安全第一無事故でよろしく!」

 工事現場の監督よろしく舞監のコロの号令のもと、マスクと軍手にジャージという出で立ちの劇団員総出での作業が始まった。まずは全員で多くのスタッフの機材設置の基盤となる鉄パイプの足場を組み上げ、その上に吊り下げ用のバーを組んでいく。続いて床面に畳を敷き詰め、その上に滑り防止と衝撃吸収効果のあるネズミ色の地がすり(パンチシート)をピンで固定して舞台面の土台を作る。地がすりのつなぎ目に役者のつま先がひっかからないよう、銀色の養生テープで隙間を丁寧かつ綺麗にふさいでいく。ザワが舞台の組み上がりの細部をチェックしながら一年生に諭す。

「こういう細かい所をいい加減にすると本番で痛い目に合うからね」

 ちなみにこの畳、どろだんごの倉庫には二種類存在していて、サイズは同じなのだが重さがずっしり五倍くらい違う。舞台上の役者の激しい動きの影響で畳がずれることを防ぐために重い方を外周に置き、中央部には軽い方を配置するのが基本とのこと。仕込み時は総じてテンションが高く体力も充実しているため、男性陣が先を競って重い畳を「おりゃー」「なんぼのもんじゃーい」と叫びながら勢いよく運んでいくのだが、公演終了後の疲れきったバラシの時にはなるべく軽い畳を選んで運ぼうとして「楽してんじゃないわよ!」とコロに一喝されるのがお約束であるらしい。伝統的な製法で作られた畳は一枚で三十キロになるものもあるらしく、濡れると水を吸ってさらに重くなる。それを運ぶことを考えれば「軽量化された畳を屋内で運搬するだけのどろだんごは恵まれている」というのは、実家が農家で水害時にぬかるみの中で泥水を吸った畳をかついで歩いたことがあるというチャーシューの弁であった。


 土台作りと並行して照明・音響チームは段ボールと養生テープで窓をふさぎ、その上から暗幕を張って外部からの光を遮断していく。明かり作りの基本となる暗闇を作る作業で、室内の電気を消した際に真っ暗闇の完全暗転と言われる状態になるように外から漏れてくる光がないか確認する。続いて照明と音響の機材の設置だ、あらかじめバッキーの指導のもと大道具と干渉しないように配置を考えてはあるが、現場で実際に機材を吊ったり置いたりしてみると調整が必要なこともままあるため、後で対応できるようにとりあえずの位置決めをする。舞台上を照らす灯体に加え、舞台袖通路での作業や本番中の着替えなどに必要な明かり(袖明かり)も同じ流れで設置する。それぞれに必要な配線も行い、客席スペースの後方に配置する照明オペレーター(照明オペ)と音響オペレーター(音響オペ)が陣取るそれぞれの操作卓(オペ席)へとコードを伸ばす。このコード類に足をとられると危険なため、壁際に寄せて配線し、コードカバー代わりの段ボールで作った簡易カバーで見映えを整える意味も含めた目隠し(覆い)をして養生テープで固定する。また、使用する機材に対して電力量が大会議室のコンセントだけでは足りないので、周辺の部室に依頼して公演終了までの期間中コンセントをお借りし、電工ドラム(電ドラ)で電源として引っ張ってくる。これによって照明プランから計算したものを始めとした、公演時に一度に使う最大の電力量を確保する。こちらの配線にも十分な安全配慮と注意表示を行う。

 このようなサークル同士の物品などの貸し借りにおいては「借用文」という簡易なフォーマットの文書が使われており、特に費用負担などは発生せずに融通が行われている。借りている側から言うのも変だが、公演の招待券を添えてはいるものの、紙一枚でそこそこ高価な機材を貸してくれたり不便をかけることを許容してもらえたりすることにナギは驚いた。これが「お互いさま」の一言で済むのが大学生らしいゆるさと、長年の横のつながりによるものなのだなとその絆の深さを感じた。

 舞台用の照明・音響機材は重いものが多い。天井に組んだ鉄パイプのバーに脚立に昇ってハンガーと呼ばれる金具で吊り下げて固定し、さらに落下防止用の安全ワイヤーを取り付けるのだが、作業中の落下事故を想定して直下への立ち入りは厳禁となっている。床面から脚立上の作業者に機材を手渡す際には「渡します」「受け取りました」「離します」の声かけを徹底し、迅速さではなく安全を何より重視する。灯体と呼ばれるいわゆるライトの内蔵された照明機材は一台で数万円以上する高価な物のため、その面でも取り扱いには慎重さが求められるが、数年前に仕込み作業中に誤って落下させてしまったⅮFライト(灯体の型式名)を落とすまいとして脚立から落ちかけ、あわやの事態になった一年生が「ライトを守りたくて」と言ったところ、当時の舞監がキレて「命より優先される機材なんてねえぞ!」とぶったたかれて謹慎を命じられたという逸話が伝わっている。それを聞いたときはぶるっと身が震えたが、面白さを追求しつつも締めるべきところはきちんと締めるどろだんごのスタンスにナギは感じ入るものがあった。

 照明・音響の設置が終わったら大道具の建て込みに移る。舞台上の位置決めをしたら、番線と呼ばれる柔らかい針金を用いてペンチを使ってしっかりと固定していく。ちなみになぜゆえに番線と呼ぶのかというと、太さによって「八番」「十二番」などと「番」が着いた呼び名があるためだということだ。この番線と布ガムテープ(布テ)があれば大抵のものは固定できるという自負を持ってマリは設置にあたっている。一方、段ボールさえあれば大概のものは作れるという信念を持っているのがイチで、学生食堂の裏の持ち出し自由な使用済み段ボールの中から「入っていた食材によって特性が違うんだ」とソムリエのように選別しては部室に持ち込んで立体的な造形物を作っている。

「客席から見えない部分って、意外に素材そのままの造りなんですね」

 ノスケと一緒に固定作業を手伝いながら装置の裏側をじっと見つめるカメに対し、マリが大道具スタッフの心意気を語る。

「ファッションと違って見えない所におしゃれをする必要はない、安全への配慮は万全にするが、観客の目に映らない部分に必要以上に手間もお金もかけないのが鉄則だ。これは手抜きではなく合理的というもの」

 今回の研修公演では三つの座組で共通した舞台装置を使うことになっており、その都合からごくシンプルな設計がされている。逆さにしたビールケースを敷き詰めることで作った段によって舞台手前と奥を仕切り、それぞれの上手と下手に舞台袖につながる役者の出入り口用の暗幕を吊り下げる。舞台奥中央にも出入口を設けて計五カ所から役者が登場できる構造だ。これは大道具担当のマリが演出を兼ねていることへの配慮から、チャーシューとタロからの発注がそうなったとのことだった。それでもマリは以前から役者の稽古に行き詰まると大道具作業に逃避する傾向があったらしく、今回も演出に行き詰まっては座組のメンバーに「自主練習」と告げて今までに使用した大道具や木材などが大量に積まれている作業場にこもって必要以上に凝った頼まれてもいない大道具を作ろうとしていた。それをコロとレッドで引き戻しているのをナギは間近で見て(演出って大変だなぁ……)と感じていた。

 建て込み完了後に舞台袖の小道具と衣装の配置場所、映像効果用のプロジェクターと記録用のカメラの位置も決まり、順調に午前中の作業は終了した。

「お昼食べたらきっかけ合わせ(照明と音響のタイミング確認「場当たり」とも呼ぶ)とシュート(明かり作り)に入るよ、十三時再開ね」

 コロが区切った時刻まで、めいめい休憩に入る。


「うーん、やっぱりここはサス(サスペンションライト)が欲しいなぁ」

 休憩時間中だというのにチャーシューが何もない天井を見つめてうなっている。

「今になって言っても無理。物理的にここにパイプは通せないんだから、妥協しなって」

 バッキーがサンドイッチを口にしながら現実路線を打ち出す。が、チャーシューはまだ未練がある様子で天井を見上げている。そこへドアを開けて今回の公演の照明オペを務めてくれる四年生の五味が現れた。

「お~やってるね~。ん、なになに、どうしたのチャーシュー、難しい顔して」

「あ、ごみさん。いえね、どうしてもここに真上からの明かりが欲しいんだけど、仕込みが固まっちゃたんで諦めようかなって」

 五味はどろだんごネームではなくそのまま名字で呼ばれている。理由は不明だ、そして本来なら二年前には卒業しているはずであり年齢的には大学生らしからぬ歳らしく名簿上は最上級生の六年生という位置にいる謎の多い人物である。ひょこひょことチャーシューのそばに寄って行き、天井を見つめている。

「あーねぇー、ん?アレ取っちゃえば?」

そう言って五味が指差した先にあるのは蛍光灯だ。

「え、あれって取れるんですか?」

「うん、前に先輩があれを土台ごと外して天井のコードの穴にハンガー掛けてるのを見たことあるんだよ」

「それって大丈夫なんですか?」

 チャーシューの問いに五味が軽い口調で答える。

「大丈夫だよ~、だって今でもちゃんと蛍光灯がついてるじゃない、それが証拠、ちゃちゃっとやっちゃおう」

 勝手に進む話を止めようと、バッキーが脚立を持って心配そうに蛍光灯の下へ来た。

「ちょっと待ってください、照明の責任者は自分なんで、確認しますよ。ナギ、ここのスイッチ切ってくれる?」

「はい、わかりました」

バッキーがするすると脚立に昇り、蛍光灯が取り付けられている照明器具を外して天井の穴と配線状況を手持ちのマグライトで照らして確認する。

「う~ん、ハンガーが入るくらいの穴からこの器具用のソケットが出てるだけだから、問題はないっぽいかな?天井もコンクリートでT1(灯体の型式名)くらいなら重さも大丈夫そうか、安全ワイヤーはなんとかしよう」

「よっしゃーっさすがバッキー、愛してるぅ~」

「でも、作業する前に手持ちでサスを落としてイメージ通りか確認するよ、後でやっぱいいやとかはなしだからね」

「りょーかい」

「ナギ、倉庫からT1一台と長めのコード持ってきて、ハンガーも一つ。チャーシューはこれ持つ」

「もらいまーす」

「渡したー」

「もらいましたー」

「離すよー」

 若干黄色く変色した照明器具が床面へ下ろされた。

「チャーシューそれもらうよ、照明卓の後ろにでも置いとけばいいよね」

 自分の案が通って満足なのか、五味は上機嫌で件の器具を受け取って運んでいく。それを横目にドアを開け、足早に倉庫へ向かいつつ、一連のやりとりをナギは思い出していた。

(何ていうか、全体的に危なっかしい雰囲気がある人なんだよね……)


 昼食後の作業も問題なく進み、物理的な準備は整った。その後、通し稽古、ゲネプロ(本番同様のリハーサル)を経て微調整が行われ、三日後に一年生の初舞台(カメは受付の初仕事)の時が来た。「全力で、ぶちかませー!」というチャーシューの掛け声が円陣を組んだ全員に響き、幕が上がった。実際には大規模なホールに設置されているステージを覆う緞帳のような幕はないのだが、そこは気分ということで。

 客席には一年生の友人と思われる新しい顔も多かったが、そこに若干の衝撃をもたらした存在があった、御年七十五歳というノスケの祖母君である。客席よりも舞台にいるほうが違和感はないとさえ思わせるファッショナブルなライダースーツに身を包み、当然のように交通手段は大型バイクというその威容に客出し(お客さんの見送り)の際に一同は圧倒された。すっと伸びた綺麗な姿勢でノスケの頭をわしゃわしゃとなでて「うちの孫をよろしく」とメンバーに告げて爆音とともに颯爽と去って行った。ノスケによれば日本舞踊も嗜むそうで、ノスケの古めの映画趣味はそこからの流れとのこと。誇らしげに語るその様子からはちょっとグランドマザコンの気配がなくもない。

「いい歳のとり方って、ああいう感じよね」

 その姿にコロなどは感嘆の声を上げた。無事に全五回の研修公演を走り切り、今回はバラシを翌日に回して初舞台・初仕事のお祝いを兼ねて先に打ち上げをすることにしたため、早い時間からいつもの合宿所へと向かった。


 打ち上げではテーブルを囲んだ状態で、観客の皆さんからいただいたアンケートをぐるぐると隣へ送りながら回し読みする。公演全般の印象はもちろんだが、自分の役やスタッフについての言及があるのは刺激になる。

 三つの座組の中で一番手のタロの「朗読戦隊ポエマーズ」はいい意味で芝居っぽくないライトな感じで新規のお客さんにも好評のようだった。ポエマーズに振り回される役回りで役者デビューしたどんは自分の演技を「何かクセになる」「また見たい」と評するアンケートを見て「まあ、誰かに楽しんでもらえるならまたやってもいい、かな?」とまんざらでもない様子だ。ピョン吉の演技は固さが残るものの一生懸命さが役柄とも合っていて「次回に期待大」と書いてくれた方がいた。

 続くチャーシューの「トライアングル・ステージ」は速いセリフ回しとダンスのキレのカッコ良さに関することが多く書かれていた。Qは舞台上で堂々たるたたずまいを見せていて、メイク映えする顔立ちとも相まって「あれはずるいわ」「歳ごまかしてない?」とハッシーとドラがぼやいていた。

 トリを務めたマリの「銀河通信」は最も演劇的というかしっかりした起承転結のある脚本で「いいお話だった」「続きがあるなら見てみたい」とストーリーを褒められていた。初舞台組の演技についてはレッドの作る雰囲気に引っ張られて流れに乗れた感覚はあったが、緊張も強く「気持ちは伝わる、セリフを頑張れ」という感想はノスケばかりではなく、ナギとしても受け止めたい激励だった。

 照明・音響についてはバッキーとレッドに学びつつ、自分の意見も少しは出すことができ、まとめきれない知識でノートがいっぱいになった。光や音楽が加わると役者の演技がこれほど魅力を増すのかという実感をピョン吉と共にナギは得られた。

 出番が後半のため客入れのサポートに回ったカッパと共に受付を担当したカメは「いっぱい失敗したけど、次はもっとちゃんとやれるはず」と日々前向きになっていった、頼もしい限りだ。でもまだ女子会やってない、逃がさない。それぞれにさまざまな経験を積み、年度末の本公演に向けて自信を深めた夜が更けていくのを充実感とともにナギは味わっていた。


 翌日、合宿所で目覚めたマリが「バラシの歌」を歌い始めた。

「あた~らし~い朝が来た~ば~ら~しの朝~だ、喜~び布団をた~ため、ばらし~はつ~ら~い~」

 早く起きれば、バラシも早く終わるので、眠い目をこすりつつ全員でのそのそ動き始め、合宿所を出て部室棟へ向かう。大会議室で舞台スペースの上に乗っていたものを片付け、役者の立ち位置や小道具の置き場所のガイド(目印)となっていたバミリテープを剥がす。通常はビニールテープを用いるが、真っ暗な状態(暗転中)での目印として蓄光テープも併用する。発光させるためには本番前に蛍光灯などの光を当てておく必要があり、この作業を「充電」と呼ぶ者もいる。また、あまりに多用すると床面に無数の光点が浮かび、観客から何かの演出なのかと勘違いされることもある。固定していたピンを抜いて地がすりを取り除くと畳が顔を出した。そのタイミングでマリが一年生を集めてレクチャーを始める。

「舞台を作る際の長さの単位はメートル法じゃなく、尺貫法が基本になっている。一尺は約三十センチメートル、一間いっけんは六尺、半間はんけんは三尺。ここの畳は縦が一間、横が半間だ、劇場で舞台の土台になる『平台ひらだい』もこれが基準になっている。ノスケ、ここに寝転んで手足を伸ばしてみてくれるか」

 ノスケがゴロンと横になると、小柄な体が二枚の畳にすっぽり入る。

「畳の大きさは地域によって微妙に違うけど、だいたいの目安として把握しておくと長さを把握するのに便利だ。自分の背丈や両手を広げたときの幅、歩くときの一歩の長さなんかがわかっていれば、メジャーをいちいち使わなくてもいい」

「一寸先は闇っていう言葉があるけど、一寸は約三センチ、十寸が一尺。アルプス一万尺とか加賀百万石とか、日常の中で使われる言葉にも尺貫法の名残は生きてるから、興味があったら調べてみると面白いよ」

 言葉にからむことにはタロが口を挟む。

「はいはい、おしゃべりはそのへんにして畳とかを運んじゃうよ」

 コロがみんなのお尻をたたき、作業は再開された。パイプから降ろした暗幕は中庭に運び、四人がかりで大きく広げてほこりをはらい、地面につけないように空中で半分ずつ折り畳んでいく。この埃の量を目にすると大会議室への空気清浄機の設置が望ましいのではと思うところだが、電気容量と予算の都合上難しいのでマスクでの自衛が現実的だ。パイプなどの重量物を倉庫と大道具置場へ動かし、その他の部室内倉庫に入れる荷物を全て運び出した後、数人が残って大会議室の床掃除を終える頃には陽が落ち始めていた。

「あ、そうそう最後にこれを付けないと」

 そう言って五味が蛍光灯の照明器具を手にし、T1ライトを吊っていた穴の下へ脚立を持って行って登り始めた。

「一人じゃ危ないっすよ」

 チャーシューが追いかけてドライバーを渡し、脚立を下で支えて作業の様子を見守っていたその時、

(ジージー……パチッ)

「ん?何かコゲ臭くない?」

チャーシューが鼻をひくひくさせた瞬間、バンッという大きな音とともに大会議室の全部の照明が一斉に消えた。

「何⁈カミナリ?」

コロが驚いて叫ぶ。

「おい、部室棟が真っ暗だぞ!」

 暗闇からチャーシューの声がする。

「グランドと講義棟の電気はついてます!」

 ナギが窓の向こうの灯りを確認して報告する。

「みんな落ち着いて!ケガしてない?大丈夫なら中庭に避難するよ、ゆっくりね」

 バッキーが注意を促し、腰に下げていたマグライトで辺りを照らしながら先導する。他のサークルの部室からも人がわらわらと出てきている。いったい何が起こったのか、ナギは背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。


 後日、緊急のサークル協議会(サークル代表者による会議体、通称「サー協」)が開催され、先日の部室棟の停電は漏電によるものだったと出席したコロは知らされた。漏電箇所は大会議室、当時使用していたのは劇団どろだんごである。

「けっこう大きな話になってるみたい、学生を自由にさせすぎなんだとか大学事務局は言ってるらしいわ」

「何か言われました?うちの責任がどうとか……」

 あのとき現場にいたナギもやはり気になる。

「はっきりした原因は特定されていないからまあ、どこも様子見ってところね。でもサー協の会長はかばってくれたの『どろだんごさんは会議も皆勤だし、最近は積極的に部室棟の清掃をしてくれている、決して自分勝手な活動をしているわけじゃない』って」

「あ、それって……」

「そ、マリちゃんのペナルティ清掃にタロとザワもつきあってたのを自主的な奉仕活動と勘違いしてくれたのね。結果オーライというか、マリちゃんの遅刻がどろだんごを救うことにつながるかもしれないなんて、世の中わかんないもんだわ」

 当面は大学側の動きを待つしかないということで、不安を抱えつつも全員が学生の本分である前期試験の対策に集中することとなった。


「おう、五味、ちょっと顔貸せや」

 夕方、なんとなく部室棟に足が向かず、学生食堂で時間をつぶしていた五味の肩を作業服に身を包んだ体格のいい男がつかんだ。

「ひっ、氷見ひみさんっ……」

 男の左胸には「施設課 氷見」のプレートが光る。

「そんな顔しとるっちゅうことは例の件で何かしら思い当たることがあるんやろ。コーヒーおごったるから知っとること全部話せ、正直な男が俺は好きやで」

 有無を言わせぬ雰囲気で食堂から連れ出され、人の気配がない大学職員駐車場に停められた氷見のワンボックスカーの中で取り調べに近い会話が三十分ほど続いた。氷見が胸の前で腕を組んだまま五味を諭すように言う。

「後輩が外した照明器具をおまえが管理しとった、しかし不注意で一度足で踏んでしまったのでとりあえず絶縁テープで巻いておいたが、それを忘れてそのままおまえが天井のコードにつないだ。話を総合するとこの件の原因はおまえや、全面的におまえが悪い、そやな」

 助手席の五味はうつむいて「はい……」と力なく応じる。

「けど、俺のシナリオはこうや『主たる原因は大会議室の照明器具の経年劣化である』ってな。漏電の原因は特定できんが湿気の多い時期でもあり、設備の交換時期を迎えていたこともあるなどの複合的な要因によるものとして事故報告書は上げる。そこにどろだんごが長期的に大会議室を使用していた際、若干不衛生な環境だったと付け加える。ある程度常識的な使用状態だったが、定期的な掃除が行き届いていなかったなどの責任はあるという体をとる。書類上、照明器具の取り外しなんて言葉は出てきやせん」

 氷見はタバコに火を点け、深く吸い込み、ふうっと煙を吐く。

「故意でなければ過失の度合いの問題や、防げなかったものか、責任を負うべきものか、どっちで認定するかで印象はだいぶ代わる、責任の取り方もな。これだけの騒ぎになってしもうたから無罪放免というわけにはいかん、大学側は一定の責任を追及し、それに対してどろだんごも反省の態度を示すというのが落としどころや」

 先程までと比べたら氷見の表情も口調も幾分柔らかいものになっているが、五味は緊張したまま開けられずにぬるくなったコーヒー缶を両手で握りしめていた。

「この件でおかんむりのうちの事務長は年末で定年や、それ以降はこのことをほじくるやつはおらん。おまえは最上級生として一人で聴取に応じたら半年ほど消えて大学側の同情を誘え、留年二回するも三回するも今さら変わらんやろ、餞別に後期分の在籍料とアパート代は渡すし、理由づけとしてのインターン受け入れ先はもう確保してある。かわいい後輩のためやんか、おまえもそろそろ泥の側やのうてあの子らを磨いて光らせる一粒の砂になる頃合いとは思わんか?文句があるなら俺を含めどろだんご卒業生全員でおまえを追い込むで、返事はハイかイエスかや」

 これを脅迫と言わずに何と表現できるのか。「あのとき作業をしていた自分がまず事情説明してくる」と、同席しようとしたコロを押しとどめて施設課へ出向き、部室へ戻るなり「前々から準備していたインターン先が決まったから、年明けまでいなくなる」とだけ告げて、五味の姿はキャンパスから消えた。


 プルルルル……

「おう、俺や、例のやつをそっちへ行かせたからよろしく頼むわ。ん?ああ、大丈夫や、どろだんごの廃部だとかそんなことにはならん、最近の学生がおとなしすぎたせいで大学側が過剰反応しただけや、かわいいもんやでこんなん。考えてもみい、部室棟裏で公演のためにテントを張って、それを客のタバコの不始末とはいえ燃やしたうえに延焼で倉庫まで全焼させた俺らの代でも存続できたやないか。あのときちょっと焦げた看板、部室前に貼った『火気厳禁』のステッカーと一緒にちゃんと受け継がれとるで」


 最終的にサークル協議会から大学側からの決定として伝えられたのは以下の事項だった。

・謹慎処分 劇団どろだんご この通知から二週間 学内及び部室棟での活動自粛、謝罪文と活動の改善宣誓書の提出

・改善指導 部室棟利用全サークル 部室棟清掃当番制度の実効性の確保(電気設備等の簡易点検及び清掃を含む)


 これにて部室棟漏電事件は幕引きとなった。タロが劇団会議で危惧していた大事故にはならずに済んだものの、今一度態度を改めてということで「整理整頓、こまめな清掃、言われる前に自分でやろう」という中学生が考えたようなスローガンが部室ドアの内側に貼られた。

「みんなでどろだんごTシャツとか作ってなくてよかったね、良くない意味で有名になっちゃったらクローゼットに封印するしかなくて、次にいつ着ていいのかタイミングが難しいもん」

 部室棟の掃除をしながらハッシーが他のサークルの部室内に掲げられているユニフォームを眺めて呟く。

「後ろ指をさされるようなやらかしの歴史を白日の下にさらさないように、っていう先人の知恵というのが真の理由だったのかもね」

 ドラが春にみんなで抱いた疑問の答え合わせをするように応えて陽の光を仰いだ。成果も波乱もあった研修公演は第一の目的としていた経験の積み上げ以外にも、いろいろな変化をメンバーにもたらしたのだなとナギは感じた。もちろん自分自身にもだ。考え抜いた表現がぶつかり合い、重なり合い、混ざりあい、心と体が動き出しひとつの舞台が生まれてゆく。それぞれの出来栄えは高みを思えば稚拙かもしれないけれど、重なる楽しさは批評家たちを置き去りにして、自分たちにしかできない盛り上げ方を獲得してゆく。この世界の片隅で電池が切れて眠りに落ちるまで続けた議論とセッションの熱さの記憶は、夜更けにふるまわれたバッキー特製ペペロンチーノの味とともにずっと心の中に残り続けるだろう。バッキーの実家は工務店と喫茶店を両親がそれぞれ経営しているそうで、技術力と接客力のハイブリッドのようなバッキーの特性を伺わせる背景だ。どちらも助けることのできるような経営系の学びを深めていく予定というビジョンを聞いたとき、ナギも自分の両親の顔が浮かんだ。三年後にどのような道を選ぶにせよ、今学んでいることはきっと頼りになる基礎にしていけるという手応えがあった。

 そして、先輩方にもらった過去問頼りで切り抜けた前期試験の出来不出来に関わらず夏は来る。

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