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舞台裏から愛とかを込めて  作者: ポエマー・グロ
本編

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11/23

10 夏合宿

【主なⅭAST】

合宿参加者一行:チャーシュー・ドラ・レッド・コロ・どん・タロ・マリ・ハッシー・ザワ・ナギ・ノスケ・Q・ピョン吉

谷原:社会人聴講生


「学内で活動できないなら、学外へ行けばいいじゃないか」

 そんなことを言い出したのはチャーシューだった。夏合宿の計画は研修公演中から参加希望者を募って進めていたが、謹慎期間中に何もしないのはもったいないからという理由で、この期間に行ける合宿先を仮押さえできたと息まいて旅行の幹事役のドラのところへやって来た。夏期集中講義期間のため、学生食堂のホールは普段よりも空いている。

「謹慎中に旅行なんて行っていいんですか?」

「大学から言われてるのは学内での活動自粛だからいいの、ほら、みんなのスケジュールとドラのプランとも比べてみようぜ」

 二人は食堂のテーブルに資料を広げて突き合わせる。

「どれどれ……、うーん予定は全員なんとかなりそうですけど、チャーシューさんのプランだと車移動が前提じゃないですか?この合宿所の周辺にある目ぼしいスポットはどこも遠いですよ」

「いや、それがさ、五味さんがインターンに行ってる間車貸してくれて、一台は確保できてるんだよ。それにドラのプランより安いしさ」

「へー、あ、でも全部で十三人の予定だからあと八人乗るには、もう二台はレンタカー借りなきゃならないですよ、運転手も誰かできます?そっちのほうが大変ですよ」

「う~ん、やっぱ電車で行けるドラのプランの方がいいのかなぁ……」

 プランの実現性に自信をなくしかけたチャーシューに、ボーダーシャツを来た壮年の男性が声をかけてきた。

「おう、櫛田ぁ!」

「あ、谷さん、がちょ~ん」

 チャーシューが不思議な掛け声とともに右の手のひらを突き出し、何かを掴むようにしながら手前に引く。

「がちょ~ん、ってしつこいなおまえも、若い子には通じないだろコレ」

 応えるように同じような声と動作をした男性は谷原といい、チャーシューのバイト先の会社の社員で入中大学の聴講生でもある人だ。昔から演劇好きでもあるそうで、チャーシューと知り合った縁でどろだんごの公演にもよく来てくれている。

「この間の公演もありがとうございました、差し入れまでいただいてしまって」

 ドラが席を立って礼をする。

「いいっていいって、あれ?何、旅行の計画?いいな~」

 テーブル上の日程表と行先を書いた旅行プランに谷原が目を留める。

「ええ、でもオレの考えてるプランだと車の問題があって、レンタカーがあと二台はいるんですよね、運転手もちょっと……」

「あ!よければオレが車出そうか?うちの関連会社がやってるレンタカー屋で十一人乗りのミニバスを安く借りられるのよ、よく俺が運転して社員旅行に行くんだ」

「……ってことは、谷さんも入れて十四人になるから、あと一台は五味さん車に三人乗れば大丈夫か、よし、これで車の問題はクリアだな」

「ちょっとチャーシューさん、いくらなんでも谷さんのご厚意に甘えすぎじゃないですか?」

「いいんだよ~、ちょうどその時期にでも実家に顔出そうと思ってたところだし、その合宿所は実家の近くで俺も昔使ったことがあるから行ってみたいんだ」

「よっしゃ、さっそくこっちの案でみんなに打診しよう、いいよなドラ?これ以上遠慮するのは野暮ってもんだぜ」

「そうそう、おじさんをたまには若い人と一緒に遊びに行かせてよ」

「……わかりました、今回はご厚意に甘えさせていただきます。でも、かかった経費はしっかり清算させてください」

「ちゃんとしてるね、櫛田に見習わせたいよ。じゃ、講義行ってくるわ、向こうに行ったら地元の観光ツアーやるから楽しみにしといて」

 夕闇迫る講義棟へ走っていく谷原をチャーシューとドラは見送った。

「経営系の資格を取るのに独学だといつまでも先延ばしになるからって、聴講生になるのが偉いよな」

「チャーシューさんも谷さんを見習って、少しは真面目に講義出た方がいいですよ」

 その後、参加者全員の賛同が得られたため、チャーシュープランでの夏合宿が決まった。具体的な手配は大学の学生課内の学生支援センターの窓口を通すことにした、大学の支援制度(割引)が使えるからだ。合宿の度にお世話になる窓口のスタッフさんの一人はどろだんごのファンということで、後々ここの学生でないにもかかわらず入団してしまうのだが、それはまた別のお話。申し込みにあたって団体名をどろだんごにするのは謹慎中の身でもありはばからられたので「入中大学ラーメン研究会」とした。チャーシューだから?


 合宿出発日の朝。集合場所である大学の駐車場に先に到着していたミニバスの横で、ドラとイチの共作による「合宿のしおり」を開きながら谷さんを囲んで今回の参加者で談笑していると、ややくたびれた感じの車が近寄ってきた。「あれだよ」と谷原が向かって行って手を振る。

 車の窓から顔を出すチャーシューいわく「ドライバー保険も入ってきたし、バイト先の敷地内で練習もさせてもらったからばっちりだぜ!」ということだ。その車から降りてきたドラが足早に近付いてきてウィスパーボイスを発する。

「二年生集合、見えないようにじゃんけん、負けた一人があたしとあっち行き」

 そう告げて先程まで乗ってきていた軽自動車を肩越しに親指で差し示す。

「バス十一人できっちきちじゃん、あれ四人乗れるっしょ?」

 レッドが疑問を呈したが暗い表情のドラが、胸の内を吐露するように話す。

「万一のときの犠牲は少ないほうがいいわ……」

「え?どゆこと?」

 コロが真意をはかりかねて耳を近づける。

「アパートへ迎えに来てもらってここまで助手席に乗ってきたけど、あれはダメよ。ペーパードライバーだってことで大目に見ようと思ったけど、深く静かにダメだわ」

「ダメって何が?」

 タロも近くに寄って小声で尋ねる。

「横を見ない、後ろを見ない、ブレーキは気まぐれ、アクセルは力任せ、ウインカーは周回遅れ、クラクションは傍若無人、まだ聞きたい?」

 黙り込む一同。

「あの人地元で免許取ったんでしょ、日本一ゆるい褒め殺し教習で有名なところで。私道だらけで獣しか通らない田舎の道なら許される基準かもしれないけど、一般道や高速乗る前提で教えてないと見たわ」

 ドラの言葉に事態の深刻さを感じたハッシーがそっと手を挙げて提案する。

「事故る前に誰か運転代わったほうがいいんじゃない?」

「長丁場になるからってやんわりとそう勧めてみたけど『全然大丈夫!運転してると気分が上がるから全然疲れないんだわ』って返事。それにドライバー保険に入ってない他のペーパードライバーに運転させるのはリスクが大きいわ。このプランに最初に異を唱えられた立場のあたしが責任持って可能な限り事故を起こさせないようにするから、交代で誰かつきあってちょうだい」

 重苦しい雰囲気の中、無言で行われたじゃんけんはマリが負け、足元の大容量リュックを担ぎ上げた。

「まあ、誰が負けても最終的には俺が乗ろうかなとは思ってたけどな、なるべく気分よくさせて、安全運転になるように援護射撃してみるさ」

「マリちゃん荷物でかいわね、有無を言わせず助手席に置いてもらえる?後部座席にいたほうがリスクの軽減効果があるから」

「谷さんに事情を伝えて、うまくチャーシューさんを誘導してもらうようにするよ」

 レッドのフォローに感謝し「お願い」と手を合わせ、ドラは勇気をふり絞るかのような様子でくるりと体を水平に半回転させた。


「お世話になりまっす、オレ荷物でかいんで前にすんません」

 荷物と同じくでかい声でマリがチャーシューの隣にリュックを置く。

「ういっすー、そう言えばさっき何のじゃんけんしてたの~?」

 その目ざとさにギクリとしたのを悟られないように声のトーンを上げてドラが答える。

「いやー、みんなチャーシューさんの車に乗りたいんで席の奪い合いになっちゃってー」

「嬉しいねぇ、そんじゃはりきってスタートゥ!」

 後のどろだんごメンバーに伝説として語られる「初夏のデスドライブ」が、クラクションを伴ったふかし気味のアクセル音とともに本格的に始まった。


「ふぬーっ!あーもう、ふざけんなよ!」

 出発してしばらくはおとなしく谷原の運転するミニバスの後ろにぴったりとついていたチャーシューだったが、一台の初心者マークを付けた黒いワゴン車が間にするっと入り込んで来たあたりから様子があやしくなった。

(何でこの人ハンドル握るとこんなに不機嫌になるわけ?)

恐怖を紛らわせるためにドラはマリに小声で問いかける。

(演出って人種の特徴なんじゃないのか?この人、全てを自分のイメージ通りにしたいタイプだから、それを邪魔する物……トロトロ走る目の前の車なんて許せないとか?)

「ん?何か言った?」

「いいえ!ドライブ最高ォー!」

「いいねぇ、よ~し、アクセルもっと踏んじゃうぞ~」

(やめて……)

 声にならない声とは声にしてはならない声でもあるのかと、幹事としての義務感で感情を抑え込みながらドラは思った。


 道路脇の案内看板を見て谷原がすぐ後ろにいるレッドに告げる。

「あそこで休憩早めに取ろう、ちょっと後ろが心配だ」

「はい、もう少しで左手に見えてくる道の駅で休憩ねー」

 レッドはミニバスの車内に伝えたのと同じことをメールでドラに送る「生きてるか?急ぎで策を練っているからもう少し耐えてくれ」という文言を添えて。

 車を降りたチャーシューがトイレへ入ったのを確認し、二年生が集まる。谷原に足止めを頼んだので少しは時間を稼げそうだ。

「お疲れさん、ドラは十分役目を果たした、ここからは二人ずつローテしよう」

 レッドは急いで対処法を調べたらしく、次に乗るどんとタロへと策を授ける。ネットの知識を拾ったところ「自分だけの世界に入って運転に集中して意識や視野が狭くならないようにとにかく話しかける」「運転中に発生したストレスを早期に解消させるため、むかつく周りの車などにイライラしていたら『そうですよねー』と共感する、同調すると負の感情をあおることになるので注意」「安全に目的地についてあれをしようこれをしようと楽しい刺激を入れ、運転することによる快感よりも無事に到着することがよいものだと意識させる」などが有効とのことだ。

「運転に変に熱を入れさせないことでイライラから気を逸らせて、気分よくさせるように働きかければいいってことか」

 少し光明が見えたなという表情でどんがうなずく。

「じゃ、まずはいつもの『関係しりとり』からいこう、あの人の大好物だから」

 タロが用意した具体策がはまれば、しばらくは乗り切れることだろう。

「基本的に沸点低いからねぇ、ファミレスでミニピザ頼んでその度に卓上の粉チーズ一本使い果たすのを繰り返してれば『ちょっとお客様』って言われて当然なのに、『何が気に食わんのですか!』って物申すんだもん」

 そう語るコロと共にその場にいたマリが付け足す。

「あの店出禁だってさ、こないだ行ったら粉チーズも全部のテーブルからキッチンに下げられてた。店員さんの仕事を増やすのもどうかと思うな」

「チャーシューさんの性格って基本的にリサイタル好きな某漫画キャラなんだよな、運転が好きなら好きでいいんだけど、周りへの悪影響に気付かないのはどうかと思うぜ、ともあれ全員無事でたどり着こう」

 レッドのはなむけの言葉を合図に全員で敬礼を交わし、それぞれの座席へと向かった。


 関係しりとりとは、単語のお尻の文字を頭の文字にしてつなげていく「しりとり」をアレンジした遊びで、前後の単語が何かしらの関係を持つ言葉でなければならないとする縛りがついている。例えば「しりとり」に続く言葉は普通のしりとりなら「りんご」でもいいが、関係しりとりの場合は「リレー(どちらもつないでいくものだから)」など、使える単語はかなり絞られる。単語同士をつなぐ関係がいかに美しく、意外性にあふれて、深く、複雑であるかが評価され、己のセンスが白日の下にさらされる楽しくもスリリングな時間である。

「それでは行きましょう、関係しりとりー!『夏』」

タロの妙なテンションの開会宣言を合図にデスドライブは再開された。どんがすかさず打ち合わせ通りに次の単語をつなげる。

「『ツアー』今この瞬間の旅のこと」

「ツアーは一年中ありだけどなー、まあいいや『アテンド』案内してくれる人がいるとツアーは安心」

 チャーシューはどろだんごにおけるこの遊びの創始者であり、いつも「やろうぜー」と持ちかける側なので、食い付きは抜群だ。タロは流れを切らないように、そして若干チャーシューを持ち上げる感じで言葉をチョイスする。

「『ドライバー』はまさにドライブのアテンダント!いよっチャーシュー!」

「じゃあ『馬車馬』」

 時にはどんのように説明を極力抑え、つっこみを誘発するような微妙なワードを入れ込むのも駆け引きの妙だ。チャーシューはわかりやすくそれにのっかる。

「なんじゃそりゃ、馬車馬の後ろにもドライバーはいるってかぁ?よーしそうきたら……」

 この車と周囲の車および乗組員の心身の安全確保のため、そして謹慎中のどろだんごの体面を保つため、タロとどんのコンビはこのテンションで昼休憩まで乗り切るのだった。


 お昼ご飯の会場は、谷原が出張時に行きつけにしているという激安大盛食堂。裏にある大型スーパーでは売れ残った生鮮食品を加工して惣菜にしてスーパーの店先で安価で売っていて、そこでも余った物をこの食堂でおまかせ定食にして提供しているという、廃棄ゼロシステムにより低価格を実現しているお店だ。メインのメニューは同じ値段の「焼いたの定食」「煮たの定食」「揚げたの定食」の三種だけ、何が食べられるかは毎回違うというか、全く同じものにはそうそう出会えないらしい。

「うわっ、学食と同じくらいの値段なのに量がすごい多い!」

 金欠による半ば栄養失調状態の男子メンバーの中でも、ひときわ細身のタロが驚きの声を上げる。プラスで小鉢もいろいろ自由にチョイスできて、小食なメンバーならこちらだけでも満足できそうだ。カフェテリア形式のカウンターで谷原が焼いたの定食を拾い上げ、ライス大盛と豚汁の大を注文して振り向くと、後に続けとばかりにあごをくいっと上げる。

「おう、男ならドカッと行こうぜ」

「谷さん、あの端っこのチョモランマって何すか?」

 チャーシューがカウンターに貼られたライスメニューを指差して尋ねる。

「大盛のさらに上!値段は変わらないのに大盛の五割増だ!」

「いかれてますね~、いい意味で」

 それに呼応して男どもは当然のようにチョモランマを選択していく。十四人で大テーブルを囲み、男性陣のどんぶり茶わんにそびえる白米の山にザワをはじめ上級生の女性陣は「バカじゃないの」という顔をしている。全員そろったところで「いっただっきまーす!」と一斉に叫ぶ声も奴らは無駄に大きい。

「米の詰まり具合が凄い、食べても食べてもなかなか減らないぞ、このスタイルの店うちの近くにもできてほしいなぁ」

 マリがチョモランマと格闘しながら切実な口調で願いを述べる。

「あ、ポイントカード持ってるから支払いはいったん俺にさせて、ダイヤモンド会員で十パーセントオフになるからそれ差し引いて清算するよ」

 谷原の配慮に感謝してドラがみんなに周知する。

「ここの分は私が谷さんにお戻しします、団員は帰ってから旅行中の支払い全部まとめて個人ごと請求です」

 十分なエネルギーがチャージでき、デスドライブで負ったダメージもそこそこ回復したところで合宿所まではあと三時間ほどの冒険が続く。合宿のしおりによれば、何もなければ。


 ミニバス内では平和なカラオケ大会が開催されていた。明るい曲はみんなで大合唱したり、しっとりした曲は聞き入ったり。谷原が作ってきたメドレー曲のカセットテープは懐メロと称される時代の、けれどどこか今にも通じるところがあるナンバーだった。

「このバス古いからカセットデッキしかないけど、それがおじさんにはいいのよ。この曲とかもう二十年以上前のやつだけどね」

「わぁ、熱い曲ですね。これって最近ヒットした映画の中で歌われてましたよね」

 ナギが何本もあるカセットテープのケースの曲目リストを眺めながら聞き入っている。

「へ~、それってなんか嬉しいね」

 世代を超えた交流のノリはさながら親戚大集合の正月の宴会である。昼休憩の後でレッドとコロが乗り込んだ後の軽自動車内はセルフカラオケで間を持たせ、夕飯の食材の買い出しをしながら谷原の案内で名所を観光しつつ、なんとか無事に初日の宿となる合宿所へとたどり着いた。二年生は無事を確かめ合うように固く握った拳を合わせる、それ以外のメンバーには意味のわからない儀式に映っただろう。

 男女に分かれて部屋で少し休憩をした後、夕方からは温泉とセルフバーベキューと手持ち花火でお楽しみだ。公演のスケジュールは年中詰まり気味なので、久しぶりの純粋な遊びの時間は解放感がある。デスドライブタイムさえなければ。


「この合宿、マリちゃん来ないかと思ってたよ」

 花火をしながらハッシーが唐突に発言する。

「だってマリちゃんってお金使うの嫌いなのかと思ってたからさ」

「節約とケチは違うさ、節約して蓄えたのを、自分の世界を広げたり豊かにしたりする度合いの高いものにどばっと使うのは惜しくない」

 マリはそう答えていい具合に焼けて丸まったイカを頬張った。

「そう言えば舞台も結構見に行くよね、招待券のないところも。図書館の戯曲やビデオとかじゃなくて」

「これはカッパさんが言ってたことの受け売りなんだが、芝居に限らず芸術は物質的にのみ存在するものじゃないからこそ、いつまでも消えずに心に残るって話でさ。劇場の雰囲気や熱気を受け止めた体験は自分の中から失われることはないし、自分を支え続けてくれる。観たのも創ったのも。記録として残すことの大切さもあるけど、それはやっぱり記録であって芸術そのものじゃないから、そこに使うお金は惜しまない」

 その後なぜか始まる海岸での男たちの相撲大会、女子は砂上に土俵が作られた時点で「見ない方がいいわよ」というコロに連れられて合宿所へ退散、理由はポロリがあるから。波打ち際で上手投げ、横綱は元柔道部のどん、無謀にも正面から突っ込んで宙を舞うノスケ。波にもまれて延長戦、びしょびしょになって撤収し、洗濯乾燥機フル回転。その間、女子部屋ではQによるカメの事情聴取が行われていた。ピョン吉も聞き逃すまいとそばに寄る。

「でぇ、その二人の先輩のどっちを狙ってたのよぉ~」

「も、黙秘権を行使します……」

「何をっ!そんなやつにはくすぐりの刑じゃ~」

「うえっ、あひゃっ、いひっ、えふっ、ギブッ、ギブですっ!」

「それじゃあ白状してもらおうじゃな~い、委員長と吹奏楽部のどっちよ?」

 それぞれの非日常な夜は更けていった。

 

 翌日は少し離れた場所にある港から島へ渡って低山登り。頂上から海を一望し、三人乗りの原付が走り回る舗装されていない道路を抜けて連絡船乗り場へ戻る。島グルメを味わったら再び海を渡って谷原の実家へごあいさつをした後、チャーシューの主張により知る人ぞ知るという郊外のラーメン屋へ向かうことになった。「俺たちはダミーとはいえ『入中大学ラーメン研究会』だからな」という発言には「どうでもいいよ」と返したいところだったが、デスドライブの原因となる要素を極力つぶしておきたい二年生たちは強引に賛同した。


「これ郊外ってレベルじゃねえぞ」

 道幅はそこそこあり、舗装もされているが行けども行けども山が続く道を進みながら谷原は愚痴った。山道で三十分ほどバスを走らせたところでバックミラーに時折見えていた軽自動車がしばらく見えなくなった。

「あいつ、ついて来てねえな、ちょっと待つか」

 谷原は路肩に寄せて五分ほど待ったものの軽自動車の姿は見えてこない。

「あいつどっかで迷ってねえか?」

「電話してみます……って、うわ、電波よっわ、届くかな?」

 レッドの携帯の電波状況は今にも消え入りそうなレベルを示していた。


「あれー?なんか変な道だな?」

 チャーシューが車内に不安を振りまく言葉を発する。

「ちょっと地図で確認しましょうよ」

 ドラが促し、チャーシューがエンジンを止めて携帯を取り出す。

「あ、バッテリー切れてる」

 チャーシューのこういうズボラなところもデスドライブを生む一因だな、と思いつつマリの方を向いたドラだったが、窮屈そうに画面をのぞき込むその表情は曇っていた。

「ダメだ、ここネットにつながらないぞ」

「ええっ⁉私のも同じキャリアだからダメってこと?ちょっと、どうしよう……」

 陽の光が陰ってきた見知らぬ山の中でドラは不安に包まれた。が、しばらくの沈黙の後ドラたちの耳に突然入ってきた音があった。

「(ザザッ……)おーい櫛田ぁ!聞こえてるか?返事しろ!」

 チャーシューの荷物の中からザラザラした声が響く。

「こちら谷原、こちら谷原、応答しろ、どうぞ」

「谷さんのトランシーバーだ!」

 チャーシューが荷物のファスナーを開けて手のひらサイズの機械を取り出し、顔の前に押し付けて言葉を発する。

「櫛田です、聞こえます。谷さんどうぞ!」

「通じたぞ、よーし今どこだ、どうせどっかで迷ってんだろ、分かれ道になった場所に心当たりがある、動かず待ってろ!あとの二人も無事か?」

「はい、大丈夫です、待ってます!」


「よーし、とりあえずは大丈夫そうだ、この先のポイントでUターンしてちょっと戻ろう」

「すごい、谷さん、その機械って何ですか?」

 運転席の一番近くにいたレッドが興奮気味に尋ねる。

「トランシーバーさ、携帯電話が普及してからはあまり見なくなっただろうけど、うちの会社じゃバリバリに現役の近距離用通信装置だ。携帯の電波が届かないところでも使えて通話料もかからない。仕事中は万一のために免許のいらないやつをいつも櫛田に持たせてたんだが、持って来てたようでよかったよ」

 谷原はトランシーバーをドリンクホルダーにつっこむと、サイズの大きな本を広げた。

「こういうホントの田舎じゃ有用なやつだ、あと紙の地図もな、この分岐点でおそらく左に逸れていると見た」

「ここの地図まで持ってきてたんですか、ぜんぜん考えてませんでした……」

「ま、選択肢は増えてるのに、手軽で便利なものに絞っちまう一本足打法は、リスクが大きいぞってことだな」

「いっぽんあしだほう?何ですかそれ?」

「……古い野球用語は若い子にはわからんよなぁ……」

 谷原は少し遠い目をしながらエンジンをかけ、サイドブレーキを解除した。


 谷原によって無事発見された軽自動車とチャーシューら三人は、谷原の運転で正しい道へと戻ってきた。その後ほどなくして山奥にある屋台だけのこだわりラーメン屋にたどり着き、輪切りの丸太椅子に座って味わったイノシシ肉のジビエチャーシューラーメンは美味だったが、うねうねした山道を下って合宿所に戻った一行は全員疲れ切って泥のように眠った、どろだんごの名の通り。寝るときまでも傍若無人な、地鳴りのごときチャーシューのいびきをものともせず。


 三日目はレンタカーの返却時刻の都合で、休憩以外に寄り道はせず大学の最寄り駅のロータリーへと戻った。同乗者によるデスドライブの制御もこなれたものであったが、谷原に全員でお礼を述べて解散した後、チャーシューは五味宅の駐車場へ車を戻すまでに路肩の岩や放置されていた粗大ごみなどに三回ほどぶつけたらしい。「なんでかな~誰か乗せてないと調子悪くってさ~」と後で聞いたドラは二度とこやつの運転する車には乗るまいと心に誓った。他の二年生も同じくであり、一年生に対して真剣な表情で、命の危険は思わぬところから近寄ってくるのだから、交通費を浮かせられるなどという安易な理由で誘いに乗ってはならないぞと言い聞かせた。

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