3 名前と役割
【主なⅭAST】
風間・渡会・北口・佐々木・下村:一年 新入団員
チャーシュー:三年 暑苦しい演出
コロ:二年 お目付け舞台監督
タロ:二年 委員長演出助手
イチ:二年 傍観制作担当
ドラ:二年 実務系渉外・会計担当
バッキー(椿):三年 技術職音響担当
マリ:二年 物理的に大きい大道具担当
新人が入ったのなら、新人歓迎会を開くのは太陽が東から昇ることくらい自然なこと。というわけで大学近くの合宿所「ウォーターフリッパー」で宴会が催された。部室棟はアルコール持ち込み禁止なので飲みたいのなら外へ行けということになっている、おそらく過去に何かあったのだろう。
普段は顔を出さない四年生も含め、劇団名簿上のほぼフルメンバーが出席した。車座になって乾杯をした後、自らの呼び名を記した思い思いのサイズの養生テープを胸や額に貼り付けた上級生全員の自己紹介が終わり、新人の自己紹介タイムとなった。ここで世間一般の宴会とはちょっと違った趣向が入る。
何が待っているのかも知らず、新人の中でただ一人の男である風間悟が同期の女の子達にいいかっこをしようと思ったのか、勢いよく立ち上がり一番手を宣言した。
「風間悟です、高校時代は古めの映画をたくさん見てました。この前の公演を見て、演劇ってすごいと感じて飛び込みました、初心者ですがよろしくお願いします!」
巻き起こった拍手に照れるように後頭部に手をやり、腰を下ろそうとした風間の後ろに音もなく忍び寄る者が一人いた。手早く風間の首にA4サイズの段ボール製の巨大なゼッケンのような名札をかけ、こう切り出したのはチャーシューである。
「はい、ありがとう。それではここから『劇団どろだんご入団記念命名式』を開催いたします!」
チャーシューは芝居にかける熱量という意味では劇団内最強と目される存在である。役者としても演出としても、こういう場でもよく言えば「情熱的」悪く言えば「暑苦しい」という評価が付いて回る行動が持ち味だ。この地域よりもさらにのどかな環境で、農家の次男坊という気楽な立場で野山を駆けまわっていた中学時代に地域の祭りで催されていた青年部の舞台に衝撃を受け、自分の人生を懸けるのはこれだと決めたそうだ。役者になるべく高校で演劇部を立ち上げ、大学でさらに弾けようと勇んで故郷を出てきて今に至り、経験を積んでプロの世界に挑もうとしているのはカッパから聞いたとおりである。独特の演技スタイルで先輩方からは「おまえは俳優って感じじゃなくて怪優だな」と評されている。正統派とされるレッドとは違う意味で舞台の雰囲気を支配する役者として、その二つ名のふさわしさにはタロとしても頷くところだ。
そのノリによって始まった突然の展開に新人五人は動揺している。一方の上級生は当然の展開に泰然としている。
「これから風間くんの劇団内での呼び名、いわゆるあだ名を付けていきます。あ、拒否権はないんでよろしく。決まったら最後、変えることはできません。オレらはそのあだ名でしか呼びません、卒業までずっとです、さらには卒業後も変わらないでしょう。理不尽だと思いますか?大丈夫、この先社会で受ける幾多の理不尽に比べたらかわいいものです。では~、はじめぃっ!」
棒立ちでまな板の鯉状態の風間を肴に、上級生が挙手制で好き勝手に連想ゲームを展開していく。【風間→風間三姉妹→スケバン刑事→古いよ、風間に戻せ→風間くん→しんちゃん→しんのすけ→長いな、のすけでどうだ→ノスケで決まり!】
「はい、決まり、君は今日から【ノスケ】だぁ~!」
チャーシューが太マジックで風間の胸の名札にでかい文字を書き込む。自らに何のゆかりもない三文字のカタカナをにわかには受け入れられないのか、自分の胸の上にあるものを見つめてノスケは固まっている。上級生は早速「よっ!ノスケ!」「いいじゃん、脇役から主人公に出世だぞ!」「一人称は『オラ』だな!」「決めゼリフは『オッス、オラ、ノスケ』」と既成事実化を図っている。
これが「命名式」である。
劇団どろだんごのメンバーは劇団内では基本的に本名を呼び合わない。何かいけないことをやらかしても、あだ名でしか互いを呼んでいなければ本名がばれないのでセーフ……というわけではなく、新たな名前を得ることで、今まで育ててきた自意識をいったんリセットし、自分の殻を破って活動しようという方針なのだとか。ゆえに、本名から容易にはつながりが想像できないあだ名を付けるのがよいとされ、付けられたあだ名をいかに育てて価値あるものとしていくか、これからの生き方が試されるという。ちなみにタロは【本名の菅田卓→スグル→キン肉マン(キン肉スグル)→キン肉万太郎(キン肉スグルの息子)→太郎→タロ】という具合である。名付けたのはチャーシューで、キン肉マンという漫画のマニアであるがゆえのとのこと。無意味という意味による命名となっている。
「さーて、次は誰かな~」
チャーシューは残りの四人に視線をロックオンし、名札を手にしてにじり寄っていく。が、突然勢いよく横転する。コロが足払いを放ったのだ。
「セクハラやめい!酔うのが早いわ!」
チャーシューの手から零れ落ちた名札を奪い取ると、コロは四人にやさしい感じで名札を首にかけていった。
「まぁ、命名式は続くんだけどね」
司会者が変わっただけで状況は何も好転してはいなかった。その後、ややソフトな連想ゲームにより、渡会さんは【ピョン吉】、北口さんは【Q】、佐々木さんは【カメ】、下村さんは【ナギ】とあだ名が決まった。新人五人は互いの名札にちらちらと目をやり、何とか自分に付けられた名前の良い面を見つけ出そうとしているようだった。
宴が落ち着き、女性陣は新人のケアに回っていた。歴代の先輩のどうかと思うあだ名の数々を伝え「大丈夫、かわいいかわいい」と頭をなでている。その一方でノスケは部屋の隅で膝を抱えて名札と向き合っていた、一人にしてほしいとのことなので周りも遠巻きに見守ることにした。ノスケが視界に入る場所にいたイチにタロが話しかける。
「大丈夫かな?」
「ま、いいだろ、話したい様子になったらフォローしとく。でも去年のあいつよりはましだろ、あだ名も反応も」
「ああ、歓迎会の次の週にやめるって言って二度と来なかった……」
「×××××××」
二人の声が見事にシンクロする。
「あれはチャーシューさんが悪いよ」
「男はまだしも女の子は呼べないよな、パンフレットにも書けないラインだし」
「コロ姉さんもまだ猫かぶってた時期だから、あのノリを止められなかったのも不運か」
入団して最初の数日、コロはおとなしめの服装と態度で小さくなっていたが、ほどなく今の姉御系の地を出すようになった。大学デビューしてオシャレなキャンパスライフを送ろうと夢見ていたらしいが、興味に従ってどろだんごに関わってしまったことで時すでに遅しである。
「でも、十五人もいたから少し減らそうと思ったのかもな」
「うわ、振り分けるためにあだ名に差をつけたってこと?」
イチの推測もうなずける、口にするのもはばかられるようなあだ名を付けられても踏みとどまったのなら「見所あり」と判断されたのかもしれないが、パワハラすれすれの所業でもある。十八やそこらで「歩く放送禁止用語」として生きるのはなかなかに胆力を要求される、普通に街で会ったらその名で呼ばれるのだから。
「冷静に考えたらあの人も『焼き豚』だもんな、うっぷんばらしも半分あったのかもしれんけど」
「三人しか一年生がいなかった世代なのに、よくもまあそういうチョイスをしたもんだ、やっぱり今の四年生もちょっとアレだよね」
「呪いの名前の系譜を継承させるか、自らを末代として断ち切るかだな」
社会の荒波に放り込まれた若人の明日はどっちだ、新入生の試練の夜は更けて行った。
歓迎会から一週間が経過し、各サークルの新入生の奪い合いの熱も冷めてきた頃、新年度のメンバーが確定したと見込まれたため、劇団会議が開催された。この先一年間の劇団の運営方針を話し合う会議であり、各々がやりたいことを述べ、それを劇団としてどうやって実現していくかを決める。議長はコロ、進行は演助のタロ、記録は同じく演助のザワが務める。部室に三年生以下の十七人全員が集まった。ノスケを始め、新人は五人とも残ったのだ。
まずは資料をもとに渉外・会計担当のドラからの報告が行われた。
「昨年度決算は支出と収入ほぼトントン、計算上はわずかに黒字ですが未納の劇団費があるので、それを徴収して最終決算とします。チャーシューさん、マリちゃん、今週中に必ずお願いします」
普段の態度と体格が大きい二人が縮こまっているのを横目にドラの話は続く。ちなみにマリの呼び名は同期の多くが男女関係なく「ちゃん」付けをするが、特にこれと言った理由もこだわりもない、体格のいい男をちゃん付けするのが面白いという程度だ。
「次に本年度予算案ですが、昨年の内容と項目は変わらず、予算額を調整しています。新入団員が五人なのでそれをふまえて劇団費は据え置きで提案したいと考えます、納入は月初めでお願いします、以上です」
誰からも異論は出ず、昨年度決算と今年度予算は承認された。
「やった~、仕事終わったー!」
役割から解放されてソファーに背中から沈むドラ。「おつかれさん」とみんなが拍手でねぎらう。発言者がタロに交代となり、年間の具体的な活動計画の説明に移る。
「次に公演スケジュールです、例年通り研修公演、本公演、新入生歓迎公演の計三公演を行うこととしたいと考えますがどうでしょう。なお、卒業生による卒業公演は自主的なものと位置づけ、送る側としてのお手伝いも個人の自主的なものとし、新入生歓迎公演の準備を優先することとします」
これも変わりなくということになった。
「公演以外の行事として、夏の合宿旅行、クリスマス&忘年会を実施します。突発的な誕生日会や飲み会は随時ということで、参加は全て任意とします、無理強いはなしで」
「うちはパワハラ・アルハラ・セクハラその他もろもろ厳禁、二十歳になるまではお酒は飲ませないし酒癖が悪いやつも飲酒禁止だよ」
コロによる補足がドスの利いた声で行われる。
「次に希望スタッフの調整をします、事前に提出してもらった希望をもとに調整してまとめた案を配りますので確認してください。スタッフのことなので、ここからは舞監にお願いします」
【スタッフ案】
脚本:カッパ 演出:チャーシュー 演出助手:タロ・ザワ 舞台監督:コロ
大道具:マリ 小道具・特殊効果:どん 映像効果:ノスケ
音響:バッキー・レッド 照明:ピョン吉・ナギ
衣装・メイク:ハッシー 記録:Q 渉外・会計:ドラ・カメ 制作:イチ
「はい、上級生はだいたい去年のままね。で、一年生なんだけどノスケは映像効果、Qは記録、カメには渉外・会計、ピョン吉とナギに照明をやってもらいたいと考えてます。希望どおりじゃない人もいると思うけど、正直な今の気持ちを聞かせてくれる?」
「僕は希望どおりなんで」
ノスケはよし。
「私も、専門的なことじゃないほうがいいので」
カメも大丈夫。
「やります」
Qの答えはシンプルだ。ここまではテンポよく来たが、あとの二人は少し間が空いた。
「ちょっと、無理です」
「私も……」
ピョン吉とナギは不安でいっぱいという感じの声を絞り出した。
「みんなありがと、そうだよね、ピョン吉は今まで見る専門だったし、ナギは音響志望なんだよね」
「はい……」
二人が同時にか細い声で答える。
「うんうん、でね、これはうちらの失敗なんだけど去年は照明専任スタッフを置かないで、高校時代にちょっとやってたレッドとハッシーが掛け持ちしてたのよ。二人とも器用にこなしてくれるから、なあなあで来ちゃったんだけど、今年の一年生には経験者がいないこともあって、先のことを考えたらやっぱり専任でやれる体制を作りたいのが正直なところなのね」
いったんコロが説明を止め、部室の隅でパイプ椅子に静かに座っていた人物に「どうぞ」という感じで手のひらを向ける。劇団一の演劇バカと称されるチャーシュー、ストイックな創作家のカッパとはまた違ったスタンスを持つ、技術者という言葉が似合うバッキーが口を開いた。
「そこでね、ちょっと変則的ではあるんだけど、今年は音響と照明を一つのチームにしてやっていくのはどうかなって考えたんだよ」
「チーム?」
自分にはあまり関係ないという感じでソファーに背中を預けていたマリが反応した。
「そう、何かと関係の深い二つのスタッフをまとめて教えて覚えてもらうほうが効率もいいし、上級生のどっちかがいないときでもわからないことが聞けるからね。もし希望があれば自分がよく行くステージスタッフのバイトに一緒に行って経験を積むこともいい手だと思うよ。自分がチームの責任者として一年引っ張っていくつもりだから、レッドも承知済みだし」
言及されたレッドが二回深くうなずく。ピョン吉とナギは互いの顔を見合わせている、その表情が少しだけ柔らかくなったようにも伺える。
「他のみんなもサポートするからチャレンジしてみない?もちろん無理強いはしないよ」
コロの問いかけを受けてピョン吉がおずおずと手を挙げて尋ねる。
「あの……、もし、私たちがでなきい、ってなったらどうなるんですか?」
「そしたら役割を組み替えてなんとかするよ。あのね、これはわかっておいてほしいんだけど、劇団のためにあなたたちがいるんじゃなくて、あなたたちのために劇団があるの、楽しく演劇をやるためにがんばるのがあたしの役目だから余計な気を使わなくていいよ」
コロの言葉と思いは一年生全員に向けて投げかけられているようだった。それを受け止めたと思われるナギが責任感のこもった口調で聞いた。
「少し、考えさせてもらってもいいですか?」
「もちろん、その他のスタッフはとりあえず了解でいい?」
異論は出ない。
「じゃ、音響・照明スタッフについてはいったん保留ということでタロに戻すよ」
ピョン吉とナギを中心に生じていた緊張感が少しほぐれたところで事務連絡的なパートへ移る。
「その他、各自報告すべき個人的スケジュールや、連絡事項があれば事前に配ってあった紙で提出をお願いします」
各々から「特別講義」「自動車学校」「夏休み実習」など、履修登録の結果である時間割以外のものが報告される。ここでも三年生から就職活動に関する話は出なかった。イチが話していたとおりなら、今年の劇団を引っ張るのは三年の三人になりそうだ。
「よーっし、やるかぁ!」
会議の終わりを予感したのか、チャーシューが雄たけびとともに立ち上がって三本締めでも始めそうな様子だったのをタロが機先を制して立ち上がる。
「最後に一つ提案があります、ペナルティ制度を設けたいと考えています」
「ペナルティ?」
勢いをそがれたチャーシューがいぶかしげにタロを見る。
「まずはこれを見てください」
タロがプリントされた写真をテーブルに並べる。そこに写っているのは、食べかけのカップラーメン、カピカピになった学食のカレー皿、破損したフットライト、ぐちゃぐちゃの脚本置場、未納の劇団費の記録、使いっぱなしの道具箱、たばこの吸い殻が刺さった缶コーヒーなどなどだ。
「何度注意を促しても後を絶たない迷惑行為です、しなくてもいい余計な仕事を誰かがやっています。言ってもだめなら罰が必要です。専用のノートに行為が発覚した際に記録し、各人一定の回数に達した場合は奉仕活動を実施してもらいます。五回で「部室内倉庫掃除」十回で「部室棟のトイレ掃除」十五回を超えたら「部室棟中庭掃除」です。カウントする項目と基準はやりながら調整していきます、軽い過失の場合の弁明は聞きますが、重過失及び止むを得ないとは認められない行為は一発アウトです。例えば稽古開始時間への遅刻はバイトやスタッフの用事はよしですが事前連絡は必須、寝坊や怠惰による結果ならばアウト」
「なんだよそれ、学級委員長かよ」
チャーシューが不満げに反応したが、タロは冷静に写真を鼻先に突き付けて続ける。
「こういうことをしなければいいんです、最低限のマナーすら守られない現状では、いずれ大きな事故が起こりかねません。一般教養の社会学の講義でハインリッヒの法則を習いましたよね。一つの重大事故の背後には二十九の軽微な事故があり、その背景には三百のヒヤリ・ハットがあります。一年生をがっかりさせないように、上級生は今日から気を引き締めてください」
「そうはいっても、なんか窮屈な感じがするなぁ、ちょっと気を付ければいいんじゃないか?」
マリも大げさに首をかしげてチャーシューに同調しようとする。
「新歓公演中の統計取ってるけど、今ここで発表したほうがいい?」
上級生はそれぞれ程度の差はあっても思い当たるところがあるようで、タロの提案に対して一斉に押し黙った。
「じゃ、いいですね。あ、基本自己申告です、告げ口はなしで、自分がやっていない被害を回避、回復させた場合はプラスポイントもあります。プラマイは相殺可能でプラスの優秀者には前期後期試験期間終了後のタイミングでご褒美も用意しますので」
この制度の目的は意識を変えることであって罰によって矯正することではない。できれば一度も罰など実行せずに済ませたいというのがタロの思いだ。親元を離れ、自由を謳歌する大学生になってまで校則のような規則に縛られたくないという気持ちもよくわかるので、反発はある程度予想していた。しかし、最初にこのルールの案を披露したとき「いいね、やってみなよ、何かあったら援護射撃するから」「骨は拾ってもらえる?」「そうなる前に助けるよ」との反応が、経験の量も普段の振る舞いもタロが追いかける立場にいる仲間であり目標の一人であるザワから得られたことで、独りよがりなものではないとの自負も抱いての提案だった。どろだんごをとりまく環境、大学当局や他のサークルなどの信頼を得るためには、軽い憎まれ役も集団の中には必要だという今までの経験も背中を押した。
(学級委員か、そういえば何回やったっけ)
少しの懐かしさを感じつつタロは劇団会議の閉会の判断をコロに委ね、会議は終了した。
その翌日、ピョン吉とナギは音響・照明チームで頑張るとコロに宣言した。二人からは将来の後輩への引継ぎの際に懸念が生じないように、知識と技術に関するマニュアルを作りたいという申し出があり、コロも全スタッフで統一のマニュアルを作ることの必要性は認識していたということで、形式を定めて劇団として整備していくことになった。




