21 エピローグ
【主なCAST】
劇団どろだんごオールスターズ
さらに三年の時が流れた。タロは今、劇作家ではない。客観的にも主観的にも、さらに言うならば演劇に関わってすらいない。
就職活動では舞台製作そのものに携わるまでの覚悟はなく、けれどもある程度分野が近い環境をと考え、劇団時代のつてをたどって地元の大手イベント製作会社に事務職として入った。一方、その地域で活動していたいくつかの劇団をリサーチして、ここならばと感じたところに所属し、仕事と芝居を半々くらいの力の配分で取り組み、脚本も書き続けたけれどうまくいかなかった。
新たな環境での困難はある程度想定していたが、方法論と文法の異なる集団での活動の中、思い描いていた楽しさとのギャップによる違和感はずっと消えず、いつの頃からか芝居をしている時間が苦痛になってしまった。チャーシューとカッパのようにまっさらな劇団を立ち上げたら何かが変わるかもしれないと考えて模索もしたが、それもうまくいかなかった。「好き」で始めたはずの芝居が「やらなきゃいけないこと」になっていく過程でバランスが崩れていった、自分の心身も生活も人間関係も。自分にとって演劇活動は「公演に作品を間に合わせるだけの作業」になり、しまいにはせっかく作品の感想を伝えてくれる人がいても「返事するのが面倒くさいな」という思考にまでなってしまっていた。
あの頃に戒めていたはずの「わかりやすい何者か」になろうとしていて、かつては楽しみを見出せていた生みの苦しみは、終わりの見えない忍耐を強いるものでしかなくなっていた。何者にもならなくていいからこそ、そこにある自分を肯定できていた日々の過ごし方を忘れてしまった。結局、二年半で演劇に関わるのをやめた。退団を引き留められなかったことにかえってほっとして、疲れきった心で地元の演劇関係者の連絡先をアドレス帳から削除しているとき、懐かしい名前を指がそっと避けるように動いた。そこに至って、自分は芝居が好きというよりも、どろだんごが好きだったのだとようやく気付いた。芝居さえやっていればいいのじゃなくて、どろだんごをやっていることが幸せだったのだと。
ただ、空虚さ以外に何も残らなかったわけではない。もともと同じ県の出身で、卒業時の就職先の関係で近くに住み、砂を噛むような演劇活動の日々もずっと見守ってくれていたザワと付き合い始めた。演劇活動に時間も収入もつぎ込んでいて余裕がなかった日々に区切りを付けたことをタイミングとして、ザワのご両親には苦言を呈されたがセレモニー的なことは何もせず結婚した。実家を出て新しい暮らしを始めるとき、この地での演劇活動に関わるものは全て処分したが、大学卒業時にアパートから持ち帰ってきたものは封を開けずにそのまま新居に運び込んだ。
気持ちと生活が少し落ち着いた頃、自分を安定させるのに必死で何も成し得ていないことへの後ろめたさもあり、公演案内を送ってもらっていながら長いことご無沙汰してしまっていた後輩の公演を観に行くことにした。きっかけは丁寧に後輩の世話を焼いていて公演にも毎回行っているらしいイチからもたらされた「絶対来い、いや、二人まとめて迎えに行くから予定を空けとけ!」という連絡だった。七月、イチの迎えの車によって大学の部室棟裏の駐車場へ降り立ったとき、震えるような切なさがこみあげてきた。キャンパスに響く学生たちの声と横を駆け抜ける軽快な足取りが眩しい、同じことが同じ気持ちで続けられると思っていた自分の甘さが心に沁みた。
部室で何やら作業をしていたピョン吉とナギに彼女らの代の卒業公演以来の再会を果たす。今日は、あの頃のメンバーがほとんど集まっているらしく、自分の不義理がますます申し訳なくなった。何やら都合があるらしく、一階の大会議室へ行くようにと追い出すかのように促された。
懐かしい大会議室前の廊下にマリとレッドがいた。ひっくり返されたビールケースに腰掛けたままこちらに気付いて手を挙げる二人のいる空間に少しの違和感を覚えた、レッドの傍らに一本の杖があった。
「もらい事故で左足骨折、リハビリもやったんだけど関節が前みたいには動かなくなってな。
ゆっくりなら自力でも歩けなくはないんだが、外ではこいつがずっと相棒さ」
そう言ってレッドが軽く振り上げたのはロフストランド・クラッチと呼ばれる杖だ、学生時代に体育の講義で障害者スポーツの体験をした際に試用したことがある。しかし、一般的に目にする物とは違い、デザインがかなり凝っている。
「最初にこれ見たときにイチが『レッドに似合ってない』とか言って、どんと一緒にドレスアップしてくれたってわけ」
そんな大変な事情も知らずに自分は過ごしていたのかと、気持ちがひやりとした。
「事務所をやめてリハビリしながら復学したけど、こうなって初めてうちの大学ってユニバーサルデザインが行き届いてるんだなって気づいた。エレベーターとか手すりとか、前はゴテゴテしてて正直なところ邪魔だとも思ってたけど、よく考えられたしつらえだってことが今はよくわかる」
レッドの横でうなずきながら廊下の壁に設置された手すりをぐっと握ってマリが続ける。
「原付バイクを手に入れて乗り出したとき、自分の家の周りにはこんなにたくさんの交通標識があったんだって気付くのに似てるよな。それがどんなに近くにあったとしても意識しなかったのに、自分との関係が生まれた瞬間にくっきりと見えるようになる。人間も同じで、同じ大学に通っていたとしても、ほとんどの人は顔も知らないけど、よく見に来てくれたお客さんの顔は自然に覚えて、もらった感想は心に残り続けてる。世界に込められた意味を取り出すための切り替えスイッチは自分の手の中にあるから、気づきのチャンスを大切にってことだな」
四年も通ったこのキャンパスにも、その意味や役割を知らない場所がある。世界の全てを知ることはできないけれど、無意味と切り捨てて無関心で通り過ぎた場所にも誰かの思いが宿っているのだろう。
「実質三年弱しか俳優活動はできなかったけど、今は動画投稿サイトで朗読劇や即興セッションなんかやってる。俳優事務所からの収入が月五万もなかったから損害賠償がしょぼくって、親に負担かけまくりだけど、休学前の二年間で講義をさぼってたツケをリカバリーして今年の前期でやっと卒業見込み。ほんと、人生何があるかなんてわかりゃしないさ」
「俺も卒業してまた営業をやってたんだが、仕事で知り合った人から誘われて専門学校の教員に転職したんだ。現場経験と教員免許はわかりやすい強みだったけど、芝居で鍛えた人前で自身たっぷりにしゃべるスキルとアドリブ対応力はどこでも生きたし、数字に追われない仕事はストレスも少なくて、こうやって土日に自由に動けるしな。学生時代の貧弱な想像力と自己理解で描いた未来予想図なんてすぐに崩壊する、最短距離で自分に合った道を選べるわけないんだってことが迷走しているうちの生徒をみてるとよくわかる。何が好きか、自分はそれに向いているか、どこでやるか、そんな試行錯誤ができる基盤というか人間としての底力が大切なんだな」
その言葉からは自ら身に付け、蓄えた力を磨いて道を探していくたくましさが感じられた。公演の開始時間が迫ってきたのに気付いたのか、レッドが話をまとめに入る。
「好きなことが好きなようにできる時間は無限じゃないからな、プロの世界にはとんでもない役者がたくさんいたし、事故がなくっても区切りを付ける頃合いだったのかもしれんよ。運も必要だったけど、心が動かないような仕事でもそこからチャンスをつかんでいけるバイタリティがないと厳しいな。芝居だけをやってると芝居でどれだけやれてるかでしか評価基準がないから、いつでも限界までやらなくちゃならないし、それで求められる水準をクリアできないと周りも自分も何やってんのって目で見てくる。まごまごしてたら辛うじてしがみついていたポジションなんてすぐに奪い取られる、低空飛行でも墜落して泥まみれになっても何度でも飛び上がる無限のエネルギーや、ボロボロになって芝居と心中できれば本望みたいな覚悟は正直なかったんだな。いろんな役者の在り様があるけどオレは楽しい芝居が好きだから、客席を巻き込むくらい観客との距離の近いやつが、心理的にも物理的にも。休学中で一番心が躍ったのは卒業公演だったし」
杖を支えに立ち上がった何でもできると思われていた男は、できないことが生じても、できることで輝く道を歩んでいる。やろうと思えば何でもできる環境にいるはずなのに、何もできていない自分は……何と贅沢なのだろう。
現役生の公演のタイトルは「混ぜるな危険!あ、もう混ぜちゃった、てへっ」となっており、変わらず流れ続けているセンスとノリに自然に笑みが浮かぶ。最終公演を観た後、バラシを手伝い、打ち上げを始めるまでの間にイチの音頭で先輩陣は和室への移動を促された。ザワと一緒に部室棟の二階へ上がると、和室の入口には何やら受付のようなしつらえがされており、カメとQとメーが笑顔を浮かべて座っていた。
「え、何か始まるの?」
「まあまあ、ずいーっと奥へどうぞ」
笑顔のカメから靴袋を渡され、その横から立ち上がったQに背中を押されてザワと二人で和室の中へ進む。突き当りには暗幕がかかっており、その前にはハッシーとドラがこちらも何やら笑みを浮かべて待ち構えるように立っている。
「渡します」
「受け取ったよ」
自分は灯体か?と思いつつザワとは左右に分けられて暗幕の中に引っ張り込まれる。中は幾重にも幕が吊るされており、ドラから何かの入った袋を渡される。
「はい、上からでいいからこれ着て」
「着る?」
黒いビニール袋の中身をさぐるとこれまた黒い上着が出てきたので荷物を床に置き、言われるままに羽織る。
「これはいったい……」
そう言いかけた時に幕の向こうからザワの戸惑った声がした。
「え、何これ、あのときの⁈……入るかな?」
何かが始まろうとしている、正体不明の企みが感じられる。
「できたね、荷物はそこ置いて。ドラ、そっちは大丈夫?」
ハッシーの妙に張り切った声が聞こえ、ドラが「ばっちり」と応えてタロは幕の外へと引っ張り出される。和室の電気は消えていて、正面からのライトがタロを照らしている。手になじんだグローブで位置調整をしているのはピョン吉だ。その横ではノスケとどんがカメラを構えている。
「じゃ、ここが立ち位置ね」
ハッシーに連れられてザワが横に来たようだ、バミりテープを指差してするっとハッシーは去っていく。拍手が起きる。いつの間にかタロの世代のメンバーに加え、先程までバラシをしていた現役団員も前方に集まっている。厳かな音楽が流れてきた、オペ席にいるのはバッキーだ。金髪アフロのカツラと鼻メガネをつけたチャーシューが白いガウンを身にまとい、分厚い本を手にして近付いて来る。
「汝は、なんじは、今何時?」
「つまんねーぞ」という先輩陣からの一斉ツッコミが入る。
ふと後ろを振りかえるといつかの公演で作った金屏風が立てられている。ひょっとして、とタロは思い当たる、ここまで誰もその話題に触れなかったのもこのためなのではと推理が働く。いつの間にか横にいたザワの着ている衣装はレッドが天運を味方につけて劇団にもたらしたアレだ。パズルのピースはそろった、つまりはそういうことなのだ。
「ここを結婚式会場とする!」
どこかで聞いたようなチャーシューによる宣言がなされ、それは始まってしまったようだ。コロとナギがどろだんご看板を掲げる。それに貼り付けられている紙に書かれた文字は【勝手にタロ・ザワ結婚おめでとうパーティー】だ。
ザワの様子をうかがうと「やられたわね」という顔をしている、自分では着せてあげられなかったウェディングドレス姿をこんな形で見られるなんて思いもしなかった。二人して受け止めきれていない驚きが感情を揺り動かし、温かな涙が目の奥から押し出されている。
「タロ~、脚本でお得意だったサプライズは起きないのっ?なんてねっ」
「……ある」
タロはハッシーの言葉を受け、弾かれるように先程の暗幕の中へ入って荷物の中から小さな包みを手に戻る。地元に支店がないことと多忙さが相まって、学生時代に特に目的もなく溜め込んだバイト代を入れていた銀行口座の存在をすっかり忘れていたことが幸いした。新居に移る際に整理した荷物の中から出てきた通帳に記載されていた数字に後押しされ「だいぶ先になるだろうけどさ……」と、ひと芝居打って聞き出したサイズと好みをもとに、家業の時計店を継いだ高校時代の文芸部の友人に相談を重ねた。こっそり用意したこれを贈るタイミングをあれこれ思案していたが、今が千載一遇の好機なのは間違いない。なんとか感情と震えを抑え込んで冷静な自分を作り出し、ザワの前で指輪ケースを取り出すタロにザワだけでなく会場全体もどよめきと驚きに包まれた。
「え、これ本物⁉も~、せっかくこっちでも手作りの指輪も用意したのに~、まぁこれだけでも使ってくれればいいや」
ハッシーがほんの少し不満気味にブーケをザワに手渡す。とてもやりにくい誓いの言葉、指輪交換に続く誓いのキス(舞台ではさんざん男同士でさせられたが、人前で異性とするのは初めてだ)の後、当然のようにレッドの奏でるギターが響き、どんの仕込んだ手製の巨大なクラッカーが鳴る。低い天井に当たらないようにザワがそっと投げたブーケをダイブしてつかんだのはこの催しを舞監として仕切ったコロだった。
「うっし!いつかその幸せに追いつき追い越すからね!」
どうにも男前な部分で人を惹き付けてしまうことが多く、絶賛彼氏募集中らしいコロ姉さんにどうか幸せが舞い込みますようにと願わずにいられないタロだった。そしてハッシーは行き場を失った先程の二つの指輪を「縁起物だから」と姉さんの両手にはめようと試みるも「こんなのが初めてなんて嫌じゃ」と拒否されて揉み合っていた。
手作りの式の次は、後輩の公演の打ち上げも兼ねた披露宴が始まった。傍から見たらどうかと思われるかもしれない兼ね方だが、タロには心地よかった。席にはイチのデザインによるパンフレットが置かれており、メンバーの近況がつづられていた。先日まるでインタビューのような長電話をイチがかけてきたのはこのためだったのかと合点がいった。絶好の同窓会の機会にもなったのなら、みんなにとってもいいことだったのだろう。それぞれの場所で奮闘しているようで、また明日からの日々に気合が入る思いだ。一番驚いたのはタロの二年次の本公演メンバーで唯一人この場にいないルーカスについてだ。
「この地域のローカルケーブル局の番組でコーナー持ってるんですよ」
どアップのおめでとうメッセージビデオに続いてノスケが見せてくれた動画には本名の名字の一ノ瀬をもじった「いっせーのーでコーディネート!」というテロップの入った画面で商店街ロケをしているルーカスの姿があった。三年時からピン芸人としての活動を始めたとは聞いていたが、中性的なキャラでどんどん相手の懐に入り込んでいくのが好評なんだとか。
「オネエなのか違うのか、よくわからないですけど、なんだかそのまんまのルーカスでよかったなぁと思うんですよ」
ノスケの納得のポイントが明確にはわからなかったが、とにかく活躍は嬉しいことだ。チャーシューとカッパの立ち上げた劇団の舞台にも上がっているらしい。
「宣伝効果抜群で頼もしいわよ、あの本公演だけの助っ人になってもおかしくなかったのに、こんな長いつきあいになるなんてね」
自らのふがいなさから自分からは相談どころか連絡もできなかったカッパがタロの横にやって来た。送られてくる公演の案内に添えられたメッセージだけは読んでいたので、ハイペースで執筆していて最近は劇団外への脚本提供もしていることは承知している。一方、チャーシュー的にはなかなか自らの思い描いたようには進んでいないらしく、公演回数は増えても観客数も周りからの評価も三歩進んで二歩下がるといった感じらしい。
「ただ、バイトの方は順調でね、今はコンビニの副店長。演出なんてやってるもんだから全体の仕切りや人のやる気の引き出し方はお手のもので『まずいまずい、店長はほとんど店に来なくなってるし、このままじゃオレが店長にされてしまう』って望まない分野での抜擢に悩んでるわよ」
「そこで運を使ってたら元も子もないですね、相変わらずだなぁ」
忙しい合間にこの式のシナリオも書いてくれたことへの謝辞を述べた後、タロは自分のこれまでの経緯を手短に話した。カッパはうんうんと聞いてくれた後にこう問いかけてきた。
「ちなみに、今日の後輩の舞台を観ててどうだった?」
「どうっ……って、その……」
「基礎を押さえるのもままならない役者に粗の目立つスタッフ、迷走している脚本とまとまらない演出、ってとこじゃない?」
正直なところ大筋その通りの印象だった。研修公演だからむべなるかなというところでもある。しかし、受け取ったものはそれだけではない。
「でも、とても眩しく見えました。とても温かくて、それでいて微笑ましくて、いいものだなって」
後輩たちはあの頃の自分たちのように、全力で「どろだんご」をやっているのだ。
「で、どう?芝居はもう一生やりたくない?」
心を見透かすようにカッパが正面から問いかけてくる。自分の中に確かにあった、今また息づき始めたような気持ちがおずおずと声になる。
「いえ……また、いつか、こんな雰囲気のところでなら、やりたいですけど、もう……」
「じゃあ、ここでやればいいじゃん」
「え……?どうやっ、て……?」
「さっきやったみたいによ、好きだったのは芝居そのものじゃなくて、何だっけ?」
今日、ここで行われたのは、堅苦しく「芝居」とは呼ばなくていいもの、もっと根本的に自分が求めていたものだ。
「例えばさ、ポエマーズならセリフをきっちり覚えなくてもいけるし、オンライン会議ツールで稽古もできるでしょ、配信もあるし時代は味方してるわよ」
「今さら、もう一回……できますかね?」
「何度だってできるわよ、最高傑作なんて書かなくていい、集大成にする必要もない、そのとき書きたいものを書いて、やればいい、タロくんの脚本がみんなを集める核になるのよ、あたしは締め切りぎゅうぎゅうでやってらんないけどさ。いろいろ忙しくても今日ほとんどのメンバーをタロ君が集めたのよ、まあザワの助力に深く感謝しなさいってとこだけど。楽しい事ならいつでも、いくらでもやれるのよ。三年かかったけど、それが確信できたんでしょ?」
卒業公演の打ち上げの夜にみんなの言葉と熱量に溺れそうになって、オールも持たずに漕ぎ出したような頼りない舟だった。制限時間の迫る中、何か夢を持たなくてはという焦りの中で掲げた看板はぶざまに割れた。けれど足元に転がる木片の中に、小さいけれど自分に似合いの確かなものを見つけられた。迷ったときに進む先を示すものは、胸の中に息づくこの場所での日々の思い出だったのだ。あの夜マリが語ったような「集まれる場所」の一つに自分の書く脚本がなれるのだとしたら、止まっていた筆先がまた動き出しそうな予感がした。
「劇作家ってね、書いている間は自分の中にしかいられないのよ、どんなものに触れても、自分の感受性の中でしかそれを処理できないの。でも、書いたものが演出や役者やスタッフの手に渡ったとたんに、豊かな複雑さを獲得して、もっと遠くへ行けるようになる、もっと遠くへ届けられるようになる。そういう集団での創作の成果って視点で考えると、舞台って映画とかの映像作品とは違って、劇団員と観客の記憶と心の中にしか残らないじゃない。おおよそ二時間に及ぶセリフと約束事の記憶が再び使われることはまずない。いい意味でちょっとどうかしてるよね、どれだけコストパフォーマンス悪いんだって。」
カッパの言うように舞台は同じ空間を共有して感じるもので、写真や動画になって残っても、それは舞台の熱を余すことなく伝えることはできない。一期一会の観客と作り上げるはかなくも愛おしい芸術なのだということをタロは思い出す。
「イギリスの演出家ピーター・ブルックが「なにもない空間」(一九六八)で書いている言葉を借りるなら『演劇とは風に記された文字なのだ』ってことだけど、昨日と今日の舞台は同じではないし、常に新たな発見をしてゆける、脚本に込めた芯となる思いは変わらなくても舞台に上げられたら常に新しい意味を得て変わり続けることができる。どんなに時間をかけて稽古をしても大失敗することもあるし、出来不出来も毎回ぶれる、そうなると演出は不機嫌になるし、役者もスタッフもむくれる、でも明日もよろしくって言い合う。そんなふうに躍る情熱にあてられてしまったから、このえらく手間のかかる七転八倒な営みから離れられないのよ。締め切りのプレッシャーとその発生源との距離が最も近くて、最も孤独から遠い物書きっていうひりひりする立ち位置がね」
カッパの言葉に背中を押され、いったんは途切れた自分とどろだんごの時間のページの続きがつづられ始める予感がした。更新された誓いを胸に、タロは手帳を開きこう記した。
「一生好きなものを書き続ける、一生楽しみ続ける」
これならくじけない、これならやってみせる。何も終わっていない、いつだってまた動き出せる。外の世界を知った今だからわかる、自分たちがどろだんごでやっていたのは「楽しさの最大化とおすそ分け」なのだ。プロ並みの技術などないけれど、プロ以上に楽しんでいた自信がある。とことん楽しむためにはまっさらで、本気で、カッコつけずに日々を過ごして舞台に立つ必要がある。自分をさらけ出すことで、笑いでも真面目なメッセージでもお客さんに楽しく伝わり、心が心地よく揺れる感覚を共有できる。同じ時間を共に過ごして作り上げた仲間なら、なおのこと楽しさは互いの心の奥に濃密に刻まれる。モラトリアムの幻影にすがりつくのではない、小さな型にはまるように何者かになろうとしないで、心の躍る方へ進むときに感じる鼓動を、説明できる根拠も理屈もないが、幸福と感じるから幸福なのだ。
自分のちっぽけさに呆然として立ち尽くし、心細さの生む寒さに凍えながらどこまでもどこまでも強くなりたいと思ったあの頃。でも、やみくもに強くなることを、どこまでも遠くへ行くことを望んでいただろうか。どんなにたくさん高価で凝った作りのおもちゃがあっても一緒に遊べる仲間がいなければ、楽しさはすぐに底をつく。湯船にあるお湯の量が少なくても、みんなで入れば水面は上がり、肩までつかって温まれて笑い声があふれる。
びくつきながら追い立てられるように遠くの夢を求めるのではなく、ときどき休んで、流れる雲と話しをするように楽しさを愛でる。足元がおぼつかない、明日の糧を心配しながらの演技に心は動くだろうか、未来の不安がのしかかる舞台で笑えるだろうか。幻と消えるからこそ心に強く残るものが今、心を導いてくれている。舞台も言葉も人生の中で生じる痛みや苦しみへの特効薬にはなりえない、けれど零れる涙をやさしく受け止めてくれるハンカチのような温もりの記憶が心のタンスやチェストにあるのだと思うだけで、困難に立ち向かう気力がわくことは何度も実感してきた。
失敗したとき、失意の中にとどまっていたら動かしようのない事実になってしまう。あのころの自分たちは、足元が揺らぐ中でも自分が崩れ落ちないような踏ん張り方と、どんなにぶざまに転んでも再び前を向く立ち上がり方を覚えたじゃないか。山登りの途中で腰を下ろして心を奪われるような景色を楽しみもせず、登った山の高さの記録を掲げることだけにこだわる無意味さから距離を置こう。頂上に立たなければ意味がないという薄っぺらな考え方じゃ、心が喜ぶ場所は見つけられない。これから先も厄介ごとは絶えないだろうけれど、谷底から這い上がる自分のたくましさに手応えを感じて進む道なき道にこそ胸は高鳴る。
「楽しいことを楽しくない場所でやってたら、楽しいことを嫌いになっちゃうよ」
卒業公演の脚本に書いたセリフをゆっくりと口にして反芻する。心の置場は、もう間違えない。
部室棟の窓の外に広がる稜線の向こう、ここで何百回見たかわからない太陽が光っている。それは手を振りながらやさしく去ってゆく夕日なのに、再び歩み始める僕のこれからの日々をいつまでも明るく照らしてくれる朝日のように感じられた。
〈了〉




