20 旅立ち
【主なⅭAST】
劇団どろだんごオールスターズ
そして約二年の月日が流れた。
チャーシューとカッパの劇団立ち上げはタロたちの代の卒業の半年前から本格的な準備に入った。予定では一年前に始める予定だったのだが、チャーシューの卒業に必要な単位が足りず、今年の前期卒業となったため、半年遅れとなった。
後輩たちへの有形無形の置き土産をということで、各人の財布からひねり出したなけなしの資金により、バッキーの仲立ちで新品の灯体を格安で一つ購入。もう一つ、大学祭実行委員会との関係改善を試み、サークル協議会からの後押しもあって来年度からのサークルとしての参加禁止解除を果たした。これにより舞台の土台作りのために使わせてもらっていた大量のビールケースの借用のお伺いを立てる際のドキドキからも解放されることだろう。
最後の晴れ舞台として、この二年の間誰一人欠けることなく残った四年生八人で卒業公演「卒業だよ!全員集合‼」を企画した。タイトルを決めたときには想定していなかったが、少しずつ実績を積んだことにより親に了解を得て一年休学を延長したレッドもスケジュールの都合がつき、二週間限定で劇団に復帰するという体で稽古と本番に参加した。九人全員そろっての公演と相成り、オムニバスのごちゃまぜな構成で各人の思い入れのある楽曲を使用しまくった舞台を走り抜いた。
就職活動でなまった体に鞭を打ち、叫び、跳び、踊り、ラストナンバーが流れる中、千穐楽のカーテンコールで最後のお辞儀をしたとき、タロには「ああ、自分の青春は終わったんだな」という感覚があった。この四年間でざっと数えて延べ二千人ほどのお客さんに「ありがとうございました」と面と向かって伝えてきた。もらった拍手に対し、やかましいほどの声で心からの感謝を伝える関係もひとまず区切りとなる。劇団員や関わってくれた多くの関係者も加えれば、交わした「ありがとう」の数は一万ではきかないだろう。この濃密さが次第に薄まってゆくのだろうかと想像すると、どろだんごの日常への愛おしさがどうしようもないほど募っていたのだと強く感じ、胸の熱さとともに別れの予感に切なくなった。
サウンドトラックは次のとおり。
劇団生活最後となる打ち上げではみんなの進路と夢が語られ、エールを贈り合った。その中でマリが風変りな夢を披露した。
「いつか、十分働いたら店を出したい」
「店?何の店よ?」
部室棟は依然として飲酒禁止なのだが、卒業の祝いの盃だからと率先して衣装を着たままワインをがぶ飲みしていたコロが尋ねる。
「基本は居酒屋みたいな飲み食いするとこだけど、何にでも使えるスペースだ。ちっちゃなステージもあって、二階には酔っぱらっちゃったら泊まれる部屋もある。会員制でどろだんご関係者とその家族だけ相手にするから嫌な客の機嫌をとる必要もない、道楽で客が来たときだけ営業する」
「へー、いいじゃない、だらだら飲むのに最高ね」
ハッシーがその営業方針に賛同する。
「でもマリちゃん料理できたっけ?」
退去の準備としてマリのアパートの掃除を手伝い、カビの生えた炊飯器を廃棄したイチがいぶかしむ。
「乾きものと缶詰くらいは用意するけど、食べたい物を持ち込んで客が調理するスタイル、俺はドリンク作るだけ」
「ご飯は寂しそうね、バッキーさん常駐してくれないかな」
ザワが別の大学の大学院に進学し、この地を離れている名シェフのペペロンチーノを懐かしむようにつぶやく。
「やっぱレッドに歌ってもらいたいなぁ、あ、出演料がいるかな、事務所も通して」
「今ならお安くしとくよ~ポエマーズの朗読もいいんじゃない?」
どんのリクエストにレッドが手もみをして応える。
「フリーエチュードやってうけたら一杯おごりとか」
突拍子もない発想でエチュードの女王と言われたドラが経営危機を誘う提案をする。
「昔の公演の映像も流しましょうよ、ビデオテープも全部デジタル化しますから」
「何言ってるか聞き取れないところは字幕を入れてね~」
ノスケが意気込んだところにQが冗談っぽく突っ込む。
「お店のデザインはもちろんイチさんがやってくれますよね」
「いいとも~、あ、店の名前は決まってるの?」
ナギのリクエストをイチが快諾するも肝心なことが曖昧だと気付いたようだ。
「店名は『おいでませ』。みんなそろっておいでませってな」
マリが口にしたのはなぜか中国地方の方言だった。
「格言みたいなのが入ってる湯呑み作りません?歴代の名セリフを詰め込んで」
ピョン吉の提案に乗って、今回の公演からならどれを入れるかとカメが案を出す。
「打ち上げは合宿所からそっちに変更だな、ウォーターのおやっさんとのバトルも終わりかな」
タロは値下げ交渉を繰り広げた日々を懐かしむ。広さはどれくらいあるといいとか、音響と照明の機材はどうするかなど、妄想を肴にみんなで盛り上がった。
「で、いつぐらいになりそうなの?」
ザワの問いかけにマリが真剣な表情で応える。
「宝くじが当たればすぐだけど、まあ、多分定年後かな」
「遠いな~、じゃあみんな頑張って健康でいないとね」
そう言ってワインの空瓶を寝かせるコロだった。その盛り上がった熱にあてられるようにタロも宣言した。
「いつか、これは、っていう脚本を書き上げて『おいでませ』で上演する!」
「おー!じゃあ、タイトルは『定年だよ!全員集合‼』だな」
「え~、もうちょっとなんとかしましょうよ」
「じっくり四十年かけて練り込んどくよ」
往年のテレビ番組をもじった今回の卒業公演のタイトルを流用するという、そのまますぎるマリのネーミングセンスにQがつっこみ、タロは宿題をもらった。三年前の時点ではあいまいだった、卒業後も演劇に関わり続けようという気持ちを口に出したことで、後には引けないという気持ちになった。
バラシも済んでいない大会議室の雰囲気をもう少し味わっていたいという想いの中、寄せ書きであふれた卒業記念品と花束を携えて発したその言葉は、果たして独立宣言だったのか、それとも、己を縛る呪いだったのか。




