1 華をまとって
<主なCAST>
・レッド(緑川):2年 音響担当・看板役者
・マリ(堀):2年 大道具担当
・ハッシー(坂井):2年 衣装・メイク担当
・ドラ(岩崎):2年 渉外・会計担当
・タロ:2年 演出助手
・渡会、北口、佐々木:新入生
・コロ(絹村):2年 舞台監督
劇団どろだんごの新入生歓迎公演広報作戦の第一弾は、入学式とオリエンテーションが終わった後の大学の学生課主催によるサークル紹介イベントだ。小教室に設置したブースでの呼び込みや過去の公演の記録映像の上映に加え、特設ステージを使ってのアピールタイムにも出演する。
アピールの場面において中心になるのは緑川だ。緑川光流という芸名じゃないのかと疑われる字面のいい名が体を表す二年生だ。整った顔立ちと魅力的な声、すらりとした体形におしゃれなファッションセンスと、なぜこんな名前のサークルに所属しているのかといぶかしがられること請け合いの人目を引く男である。
「華があるっていうのはああいうのを指すんだろうなぁ」
イベントのステージで司会者からインタビューを受けているレッドを横目に見つつ、劇団員総出でチラシ配りをしているときに堀がタロの隣でつぶやいた。長身でガタイがよく、迫力のある演技をする大道具担当のこれまた二年生の男である。
マリの言う通り、失礼ながらやぼったい雰囲気のある学生の司会者と並ぶとレッドの見栄えの良さが引き立ってしまう。見た目だけでなく受け答えもスマートで、会場内へ視線を配って身振り手振りを交えたトークで笑いを誘ってもいる。「なんてステキな先輩!」という好印象を受けた純粋無垢な一年生がぞろぞろ入団してもおかしくない、ある意味うってつけの役回りではある。
「まあ、うちの看板役者だからね、メイクのときに嫉妬を抑えるのが大変よ」
衣装・メイク担当の坂井が遠目でもくっきりとした目鼻立ちを確認できるレッドを見つめている。ハッシーとレッドは同じ地域の高校出身で同学年、共に演劇部だったため、その存在は数年前から知っていたという。当時から地域では知られた役者だったと去年の入団時に聞かされた。決して見た目だけでやってきたわけではなく、演技の評価も高かったのだとも付け加えて。
「だから驚いたのよ、なんでこの大学の劇団に入るのって、有名な大学演劇サークルはたくさんあるのに」
どこでもいいから演劇活動がしたいと思って入団したタロにとって、大学演劇界の事情はピンとこなかったが、人それぞれの背景があるのだろうとしか受け取らなかった。特に深く尋ねることもなく一年が経過し、今は得難い人材が仲間だということに感謝してチラシを配り続けることに集中していた。ステージではインタビューで公演のアピールをした後、レッドと数人の追加メンバーとでショートコントとダンスを披露してレッドが「部室棟二階七号室で待ってるぜ!」と決めゼリフを叫んでステージから退場した。メインの新入生歓迎公演は、講義の開始された週の夕方に複数回行われる。その間も教室内や講義棟間の通路でのチラシ配りなどで、集中的にアピールしていく計画だ。
「そう言えば、どろだんごっておそろいのTシャツとか作ってないよな、何でなんだろ?」
撤収していく他のサークルの出で立ちを目にしてイチがつぶやく。
「なんか昔はあったみたいね、古い写真で黒地に黄色の文字の入ったやつを見たことあるよ。インパクトは凄かったけど、こういう場でしか着られないデザインだったからコスパが悪いっていうのもあるんじゃない?」
同期の岩崎の言う事にも一理ある。安価なものはちゃちな印象を与えるし、質のいいものを作れば小ロットゆえに高くつく。
「一体感はモノじゃなく、雰囲気で出せってことでいいんじゃないか」
うまくまとめたつもりの様子のマリに、みんなはうっすら納得して部室棟へと戻って行った。
サークル紹介イベントの翌日の午後、レッド効果なのか、公演の前だというのに早くも三人の新入生がサークルカタログを手に部室を訪ねてきた。全員が女の子である。入団してくれればもちろん嬉しいが「思ってたのと違う」となっては互いに不幸になるため、論より証拠ということで、仕込み(公演会場の準備)の様子を見てもらうことにする。タロの先導で階段を下りて部室棟の一階へ移動し、大道具や照明、音響などのセッティングが完了している大会議室へ入った。
横幅十メートル奥行き十二メートル天井高三メートルの空間。何も置かれていなければなかなかの広さを感じるが、舞台装置を建て込んで観客席用の畳と暗幕と座布団を並べ、音響・照明・映像の操作席を作ると移動用の通路幅は狭く、全体的にきゅっと締まった印象になる。実態としては名ばかりの会議室で、普段はどろだんごの物置と化している。他にも小さな会議室はいくつかあるし、講義棟の教室のほうが冷暖房や机・椅子・ホワイトボードなどがそろっているので快適だ。部室棟に本拠地を置く他のサークルの会議は主にそちらで行われるので特に占有による問題は生じていない。
雑然としている公演前のカオスな環境に(うわぁ……)と若干引き気味な新入生の雰囲気を感じる。こういうときには理解に役立つ客観的な情報が必要だ。
「これ、今回の公演のチラシね」
タロから手渡されたチラシを三人はまじまじと見つめる。
【劇団どろだんご 新入生歓迎公演 「きみの声をきかせて」
作:二瓶 光代 演出:櫛田 壮平 会場:部室棟一階 大会議室 新入生無料ご招待】
公演情報とイチによるイラストが印刷されている明るめの茶色がベースのチラシに目を落としていた三人の中で一番背の高い女の子が尋ねてきた。
「あの、作者さんはこの劇団の方ですか?」
「そう、三年生でね、うちは伝統的にオリジナルの脚本を上演することが多いんだ」
「既成の脚本を上演することもあるんですか?」
「うん、あるよ、どちらにするかは話し合いで決めてる、えーっと渡会さんは演劇の経験があるんだっけ?」
「いえ、あの見る専門で、やったことはないです」
「そうなんだ、ひょっとしたら僕より詳しかったりして、僕はほぼ大学でゼロから始めたんだ、高校とかでの経験者もいるけど去年の新人は初心者のほうが多かったね」
「そうなんですね、ちょっと安心しました」
少しは雰囲気が和らいだろうか、次はロングヘアの女の子に話を振ってみる。
「北口さんはどう?何か気になることはない?」
「あ、はい、あの、だいたい何人くらいでやられているんですか?」
「そうだね、チラシを裏返してもらえるかな?」
三人がめいめいにチラシの裏を見る。
「そこに載っているキャストとスタッフでほぼ全員、メインは三年が三人と二年が九人でときどき公演のお手伝いに来てくれるのが数人だから、基本は十五,六人で回しているね」
「スタッフ専任っていうのもありですか?」
「もちろんありだよ。ちなみにキャストは希望制で、オリジナルならキャストをやりたいメンバーによってどういう話にするかを考えて脚本を作るし、既成の脚本なら劇団内オーディションで決めたりするんだ」
「はい、わかりました、ありがとうございます」
最後に少し縮こまっている様子の女の子に声をかける。
「佐々木さん、ちょっと緊張してるかな?」
「え、あ、……はい、私、何にも知らないので……」
「よかったら、どうして今日来てくれたのか、きっかけなんかあったら教えてもらっていいかな?」
「……あの、昨日のステージを見て……」
これはレッドのファン候補か?と思ったが、あまり大きくはないものの芯の強そうな声が続いた。
「すごく、楽しそうで、あの、自分はできないけど、近くに行ってみたいなって……思って、思い切って来てみました」
「そうなんだ、ありがとう、それ聞いたらみんな喜ぶよ!」
場の雰囲気がだんだん温まってきたところに、ヘルメットを抱えた絹村が勢いよくバーンと重たい鉄製の大会議室のドアを開けて登場した。
「おっはよー、あ、見学希望?」
「そう、軽く説明終わったところ」
「来てくれてありがとね~、あ、もう衣裳部屋は行った?」
「まだ、ハッシーが来たらと思ってたんだけど」
「待たせるのもアレだからあたしが連れてくよ、はいはい、こっち来て~二十五年の歴史で集めた面白い物がいろいろあるよ~」
ヘルメットを持っている理由はコロがロードバイク乗りだからだ。徒歩での移動にはあまり向かない丘の上にあるこのキャンパスだが、それゆえに車を利用する関係者も多いため周辺の道は舗装されている。そこをすいすいと坂もいとわず走るコロはバイト先の精肉店を出発して颯爽と部室棟へとやってくる。コロを先頭にして四人はドアの向こうへ消え、タロはほっと一息ついた。年下とはいえたくさんの女の子を相手にするのは慣れていないのだ。コロは社会人経験をしてから入学したのでタロと同学年だが二つ年上になる、三年生の三人よりも年上ということもあって劇団のまとめ役かつスタッフ業務を統括する舞台監督(舞監:ぶかん)を務めている。対外的な交渉事の際には三年生がいるにもかかわらず劇団の代表として出ていく頼もしい存在であり、タロは密かに「コロ姉さん」と呼んでいる。前にそう口にしたら本人が嫌がったので普段はコロとしか言わないようにしているが。
「さーて、何から手を付けますかね……って、どろだんご看板が倒れてるじゃないか、新入生の目に付くようにしとかないでどうすんのさ」
新入生のお世話からいったん解放されたので公演の準備に意識を向けたところ、いきなり出鼻をくじかれたタロは独り言を呟きながら裏返しになって床に転がっていた看板を持ち上げる。畳を縦に二分割したほどの大きさで歴史を感じさせるこの木製の看板の裏側を見たのは初めてのことかもしれない、たばこの火によるものだろうか、少し焼け焦げたような跡が下部にある。中心部には白いペンキで【we spend the night together】という筆記体で書かれた一文が見える。廊下から見えるように表裏をひっくり返して大会議室の窓に立てかける、泥の中に咲く白い蓮の花のような配色をされた看板に輝く「劇団どろだんご」の文字が姿を見せた。こういうことに気付くのはいつも自分とザワだよなと複雑な気持ちになる。
タロはザワとペアで演出助手(演助)の仕事をしている、正直なところ地味なポジションであり、タロも入団するまでそのスタッフの名前を知らなかった。名前通り、舞台づくりの責任者である演出のを手助けするのが役割で「稽古の進行管理」「メンバーのスケジュール管理」「稽古場所の確保」「劇団全体の情報共有」「いろんな代役」「名前の付かない業務全般」などがだいたいの担当になる。この最後の二つがくせもので、講義に出席していたりバイトに行っていたりする役者やオペレーターの代わりをするのは必要性がわかりやすいのだが、いわゆる「舞台周りの何でも屋」と化していて「とりあえずやっておいて」と振られることが許される存在になり、明確にどのスタッフの仕事とも判断できないものは全て演助に回って来ると言っても過言ではない。
劇団内の情報を一手に握っているポジションなので、スタッフ・キャスト両面から頼りにされて悪い気はしないのだが、先程の「見学者対応」のようなこともなんとなく演助が対応することになってしまう。多忙なタロとザワの様子を見かねてコロなどは仕事を巻き取ってくれることもあるが、公演直前で余裕のないメンバーは自分の仕事で精一杯になってしまうこともあり、たまに演助同士でグチをこぼし合うこともある。
「アートの抽象的なことは演出、具体的なことは舞監、その隙間を実務で埋めるのが演助って感じの分担かな。あたしは高校でも演助をやってたけど、大学だとまた違う感じ。部活の限られた時間でやるべきタスクをこなすのでいっぱいいっぱいだったのに比べて、自由度が高い分だけ理想と現実の間で悩むことも多いし、顧問がいないから求められる動きも高度になる。妥協なんていくらでもできるけどそれが舞台のクオリティに直結すると考えると、ついついキャパを超えそうになるからお互い気をつけないとね」
「助手」というくらいだから演劇に関する専門知識も役者経験もない自分のような者でも役立てるポジションかなと考えて始め、結果的に得られた経験を見つめればその選択は正解だった。が、今回の公演ではザワが役者も兼任しているので、ますますタロの忙しさには拍車がかかることになっている。二人いるうちの「できる方の演助」と思われているだろうザワに引っ張られる感じで去年から勉強勉強で奮闘してきて、なんとか最近は落ち着いて周りを見る余裕が持てるようになってきたところだ。
去年知り合った他大学の友人の話によれば、演助というスタッフを置いていない劇団もあるようで、その場合は演出や舞監がその役割を担っているらしい。手に余るようであれば周囲に振り分けるのだろうが、感覚的には事前に演助の仕事として切り分けておいた方が演出やスタッフの統括に集中できていいのではないかとタロは考える。
公演の統括責任者である演出にいずれ就くために公演全体のことを把握する経験を積むポジションとされることもあるが、タロは自分に演出なんてできるんだろうかと思うことの方が多い。何度目かもわからないそんな思考が浮かんだが、悩んだときはまず手を動かすことが一番。タロはとりあえずさっきの三人の女の子を引かせてしまったここの掃除から始めることにしたが、再び出鼻をくじかれる。
「だから……、カップラーメンの汁を入れたままゴミ箱に捨てるなと何度言ったら分かるのだ、こやつらは……」




