18 千穐楽
【主なⅭAST】
劇団どろだんごオールスターズ
劇団とりいそぎメンバー(鴻巣・成島)
明けて小屋入り四日目は千穐楽。天気は快晴、これが吉と出るか凶と出るか。朝食後、開演準備と追加公演の準備を並行して超特急で行う。八時に全体ミーティング、劇団とりいそぎの鴻巣も成島を伴って既に到着していたので追加公演になった場合の動きを前提にスケジュールを共有する。昼食は時間のロスを省くために弁当を注文することとした。
コロが劇場事務所へ顔を出した篠崎に方針を説明する。
「わかった、今日の当番は俺じゃないが最後の原状復帰確認をやってやるから多少のオーバーは目をつぶる、焦らず確実にな」
コロは配慮に深く感謝し作業に戻った。十時ごろ、作業に区切りをつけたチャーシューとマリが外の空気を吸いに出たところ、谷原が劇場前に姿を見せた。
「おーう、お疲れ、差し入れ持ってきたぞー」
開場後の混雑を避けるために事前に差し入れの受け渡しをしていただける「わかっている方」はありがたい存在だ。
「谷さん、実はかくかくしかじかなんですよ」
レンタカー会社の忙しい時間帯を避けて連絡しようとしていたマリが谷原に説明する。
「そっか、バタバタしてんだな、何なら時間短縮のために俺がトラック持ってこようか?公演終わってから堀が取りに行くんじゃ大変だろ」
谷原の申し出はありがたいことだったが、さすがにそれはという意識もマリにはあった。
「とても助かるんですが、片付けをしてここ出るのが二十二時なんで、戻りがかなり遅くなるんですよ……谷さん明日は勤務日ですよね?」
「まあ、そうだが……」
「あ~、トラックの運転ができて、手が空いてる人が突然現れたりしないかなぁ……」
チャーシューが天を仰いでつぶやいたその時だった。
「呼んだ?」
そこに大きなリュックを背負った五味がいた。
「ちょ、ごみさん!何でいるんすか⁉」
「いや、インターンが終わって部屋に帰る途中、ちょうど寄れるかな~って思って」
ややくたびれた感じの容貌と季節に合わない服装で、はにかみながら語る五味の出現で運搬に関する課題のパズルのピースが埋まった。
「昼の公演は十五時終わりだろ?見終わってから行って帰ってくれば搬出時にトラックを待ってる時間は無くせて、二十時からの片付けの時に最初からどんどん積み込みできるだろ。営業所に事情説明して延長の手続きをしたらあとは五味くんに往復の運転を任せるんでよければ俺は問題ないぞ」
「ありがとうございます、そうなったらよろしくお願いします」
チャーシューとマリは助っ人二人に頭を下げ、コロへの報告に走った。
マチネ終了後に行動を共にする段取りを確認し、早めの昼食を取りにいくという谷原を劇場の前で見送っていた五味の背後に近付く影があった。
「おう、お務めごくろうさん」
聞き覚えのある低い声にビクッとしておそるおそる振り返った五味の視線の先には、トレンチコートにハンチング帽とサングラスというコーディネートの男がいた。
「ひ、氷見さん……?」
「おう、この格好でもすぐわかるとは、ちょっと変装に気合が足りんかったかのう。まあええわ、どやった、あっちは?」
「は、はい、とてもよくしていただきました……」
「そらよかったのう、で、どした。何でこんなとこうろうろしとるんや?まだ開演までだいぶあるで」
「いや、実は……」
五味は先程チャーシューとマリから聞いた事情を手短に説明した。
「そうか、ええ情報や。OBOG連中には混雑回避の手を打たせる、施設課職員として中心メンバーとの慣れ合いは避けたいところやから俺は一観客に徹するが、おまえは昼飯食ったらきっちり仕事頼むで」
「は、はいっ!」
五味は自分の肩にぽんっと置かれた手のひらの重みを感じながら、右手を上げて去ってゆく氷見の背中を見つめていた。
昼食の弁当を食べ終わって小休止していた正午前、受付に来訪者があった。若干抑え目の出で立ちではあるが、その気品あふれる魅力的な雰囲気は少しも変わらない月華歌劇団の西園寺をカメが出迎える。
「西園寺さん、おいでいただきありがとうございます!」
「佐々木さん、ごきげんよう。まあ、差し入れがたくさん、ご盛況のようですね、どうぞこちらも皆様でお召し上がりください」
のし紙がのれんのように並ぶ様子を見て感嘆している様子の西園寺からカメが恭しくお品をいただく。
「ご丁寧にありがとうございます、おかげさまでご好評をいただいています」
「それはそれは、ところで劇場の外もなかなかのご様子でしてよ」
そばでカメと西園寺のあいさつの交換を聞いていたカッパがはっと顔を上げる。その様子に応えるように西園寺が静かにうなずく。
「まさかもう……、失礼します」
焦りの表情を浮かべたカッパが速足で外へ飛び出していく。慌ただしい現場の様子を感じ取ってか、西園寺から思ってもみない提案がなされた。
「お邪魔でなかったら、受付のお手伝いをしてもよろしいかしら?ご遠慮は無用ですわよ」
どうやら懸念が現実になりそうなこの状況では願ってもいない助け船だった。丁度コロが受付の様子を見に来たので状況を伝え、ありがたい申し出を受け入れてよいか打診する。さすがにコロも余裕がないようで、即断してお礼を述べる。
「ありがとうございます、よろしくお願いします。でも、手が空くようでしたら本番を観ていただけたら嬉しいです」
「わかりました、そこは柔軟に対応を。よろしくお願いいたします」
西園寺の返事を聞いて会釈すると同時に、劇場入口から戻って来たカッパに手招きされ、コロは外へ出て行った。
「大丈夫、なすべきことはいつもとさほど変わらないのでしょう、落ち着いていきましょう」
自分もいつか西園寺のような落ち着きを身に付けられるのだろうかとその振る舞いに見惚れつつ、メーと共にマチネの打ち合わせを開始するカメだった。
「え、何これ?会場までまだ五十分以上あるんだけど……」
コロは劇場の外にできた行列の人数をカウントし始めたが途中で諦めた。これはだめだと頭の中に警告音が鳴り響く、追加公演の実施を決断し「受付もう始めましょう」とカッパに告げてホールを任せ、舞台スペースに舞い戻る。全員に聞こえるように「追加公演やります、プランBでそれぞれ対応開始!」と告げたのに対し「はい!」「了解」「やったるで!」という声が返ってくる。舞監専任としての初めての公演はなかなかに盛りだくさんだ、淡々と生きるルートからちょっとだけ横にずれたつもりだったこの場所は思いがけない事ばかりが起きる。楽しいことばかりではないし、ケンカに近いこともある、でも入団後に先輩の舞監から教えられた「自分の主張はわがままではないか、舞台をよりよくできるものか、胸に手を当ててよく考えろ」という基準はみんなが共有している。ちょっとした反感も不信感も愚痴も悪酔いも含めてぶつかり合えば、どろだんごが好きという一点でみんながつながって動いているのは間違いないと感じられる。押し寄せる波にひるまずに進む船の舳先に立つような気持ちで不安を押しのけ、武者震いを感じながら「よろしくお願いします!」と自らにも気合を入れるように叫んだ。
「おーい、劇とりメンバーはこっち集合!」
鴻巣が率いる総勢六人のとりいそぎの団員たちも集合を完了し、受付チームと連携して列整理とアナウンスを始める。
「余裕を持ってお席をご案内させていただくために追加公演を行います!十七時三十分開演、十九時三十分終演でもご観覧いただけるという方がいらっしゃいましたら、そちらに回っていただければ幸いです、現在の列から離れて右方向の壁際へお並びください、整理券をお渡しいたしますので、お受け取りになったら開演時間に改めてお越し願います」
カメが大きめの声でマチネとソワレの列を分け、受付ではメーと西園寺が対応を開始する。
「十三時からのご観覧の皆様におかれましては今から受付を始めさせていただきます、どうぞこちらへ」
ロビーに美声をふわりと響かせる西園寺を見て、デレっとぼんやり突っ立っていた鴻巣の襟首を成島がつかみ「てめえ、世話になった人んちの公演の手伝いに来てなにしてやがんだ、外行くぞ」とシメて外へ引っ張って行った。
「車道に膨らまないようお願いしまーす。お気を付けください、後ろからお車通りまーす!」
先に外へ出ていたとりいそぎのメンバーと再合流し、鴻巣と成島が声を張り上げる。いつかは自分たちもこれぐらいの動員をとひそかな野望を抱きながら。
カッパが先輩方の人数と予定を確認したところ総勢十八人。うち三人はソワレ不可とのことなのでマチネを観てもらうことになるが、受付が大混雑なのでいったん楽屋で待機していただくことにして三階へ案内する。しばらくしてコロが上がってきて人数配分を伝える。
「現在マチネ六十五、ソワレ四十二、先輩方抜きで!」
「やっぱり定員の百を超えたね、了解、バラシもあるからとりいそぎの子たちはソワレで観てもらうようにお願いするよ」
カッパの方針にうなずき、コロはそのまま終演後の注意事項を楽屋へ伝達する。
「ソワレの開場時間は遅らせられないから客出しは短縮バージョンで行くよ。役者は出て来なくてよし、ソワレのスタンバイを先に、休息しつつ楽屋にある軽い食事をとって」
ロビーへ戻り、バイト先の精肉店でクリスマス時期のチキンを求める客をさばいているときの状況を思い出させるような対応を終え、コロは開演五分前に前説に走る。
マチネを終え、客出しを終えた時刻は十五時二十分。次の開場までの猶予は一時間四十分、
この間に捨て看板をとりいそぎメンバーが回収に走り、谷原と五味はレンタカー会社へ出発。何が何やらあっという間に十七時の開場時間。「最後だ、全部出し切れ!」チャーシューの号令で気合を入れ、全力で走り抜けたラストステージのカーテンコールを終えたら再び短縮バージョンの客出しを行う。二十時ぴったりに五味の運転でトラックが到着、とりいそぎと先輩方も加わってのバラシにかかる。大学へ運ぶ荷物を積んでトラックは先に出発、残りのメンバーで劇場内の原状復帰に移り、撤収時刻十分前に完了。篠崎によるチェックもOKとなり(やればできるじゃない、いつものだらだらしたバラシは何だったのよ)と次回公演以降の引き締めに闘志を抱いたコロだった。篠崎とお手伝いのメー、西園寺、とりいそぎメンバー、残ってくれた先輩方に全員でお礼を述べて劇場から撤収した。
電車で大学へ戻ってもうひと踏ん張り、先発のトラックが暫定的に駐車場へ降ろして去っていった後に残された荷物を全員で運ぶ。この時間では部室棟は施錠されているので、建物裏の空き地に崩れないように積み上げる。目隠しのブルーシートをかぶせて「明日中に片付けます 劇団どろだんご」と書いた紙を貼る。夕食をとっていないので、楽屋から持ち帰った食べ物と飲料を異常な速度で主に男性陣が口にする。
「なんでここだけ空き地なんだろな、こういうときには便利だけど」
荷物を運び終えたイチが疑問を口にする。
「昔は建物があったらしいよ、ほら、ここにコンクリートの基礎がある」
バッキーが先輩からなんとなく聞いた話から推測して草の茂った地面を指差す。
「へー、倉庫でも作ってくれないかな、部室棟もだいぶ手狭だし」
複雑なパズルのように物が詰め込まれ、隙間のない部室の倉庫を思いながら、どんがシートの裾を見苦しくないよう整える。
「よーし、今日はこれで解散、お疲れ。明日は十二時に集合して片付けが終わったらウォーターで十八時に打ち上げ開始、差し入れはたっぷりあるけど個人の好みで飲み食いしたいものは各自持参でよろしく!」
コロの締めの言葉で千穐楽の一日が終わる。ちなみに芝居や歌舞伎の最終公演日を表すこの「千穐楽」という言葉は相撲やコンサートなどの場合は「千秋楽」と記述される。なぜ漢字が異なるのかというと、かつて歌舞伎の演じられた芝居小屋が出火や延焼に悩まされることが多かったこともあり「秋」の字が「火」を連想させて火災を招くといういわれから、鶴は千年、亀は万年という縁起のいい数字にちなんだ同じ音の文字を用いて「千穐楽」と書くようになったのがその由来だそうだ。




