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舞台裏から愛とかを込めて  作者: ポエマー・グロ
本編

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17/23

16 本公演 小屋入り

【主なⅭAST】

劇団どろだんごオールスターズ

 年も明け、後期試験を無事かどうかはさておき乗り越えた面々は、本公演の小屋入り初日の朝を迎えた。部室棟裏で眠い目をこすりつつ、夏にミニバスをレンタルした会社の営業所が開くやいなや借り受ける手はずの二トントラックを待っていた。到着後、全員が一堂に会したところで時計合わせを行い、大道具をはじめ本公演に必要な荷物を積み込んだ。運転手は夏合宿の後に谷の会社へバイトに入ってトラックの運転技術を学んだマリがその役を担う。チャーシューに運転させないために、責任者として演出が舞監と共に劇場へ朝一番であいさつに向かうというコロの方便が用いられた。積み込み作業が終了したトラックにはレッドとノスケが同乗し、公演会場の百人劇場へ先に出発、他のメンバーは後追いで電車にて向かう。

 去年の一年生の失態を繰り返すまいと、劇場という学外の公共の場での立ち振る舞いについて全メンバーで注意事項を確認しての小屋入りである。一年生の中で特に心配なノスケにはトラック内で脅しに近い注意が改めて行われ、劇場スタッフの修羅の如きイメージが脳内に刻まれた。「来たときよりも美しく」「一にあいさつ、二にお辞儀、三四がなくて五に笑顔」「服装の乱れは心の乱れ」とまあ、もろもろキチッと締めていこうという主旨である。劇場前に全劇団員がそろったところで本日当番の劇場の共同運営スタッフの篠崎に改めてあいさつをする。

「あんまり固くなってるとケガすんぞ、リラックスしてやれや」

 篠崎は一同の緊張が伝わったのか、案じる様子を見せながら事務所へと戻って行った。どろだんご一同はがらんとした劇場の中央で輪になり、肩を組む。

「焦らず一つ一つの作業を確実に、安全第一無事故でよろしく!」

 コロの掛け声に「よろしくお願いします!」と全員で応え、作業を開始した。


 全開にしたホールの大扉とロビーの外扉の間が動線となり、荷物が次々と通り抜ける。荷下ろしを終えたトラックはマリとノスケで返却へと向かい、残りの全員で仕込みに取り掛かる。最初に舞台の土台となる部分を劇場の備品の平台と箱馬で組んだら「上から下へ」「奥から手前へ」を基本として作業を進めていく。これは効率と安全を両立するのに欠かせない段取りで、スタッフ間で進行具合を確認しながら並行作業で行ってゆく。天井に張り巡らされたパイプは部室棟で組むものよりも細かく張り巡らされているため、装置や幕を吊っていく際に、図面で考えていたとおりに設置できない場合でも微調整が容易だ。直下のスペースで別の作業が進められるように手際も重視し、安全を確保したうえで後から動かせるように仮留めの状態にしておく。灯体は明かり作りの際に位置や向きを調整しやすいように安全ワイヤーを確実にかけたうえで半固定の状態にして天井のT型コンセントに接続する。脚立に昇っているバッキーとレッドの手元を見てイチは気付いた。

「それっておそろい?」

 照明音響チームの四人は軍手ではなく、同じ色の革手袋をしている。軍手よりも滑りにくく、細かい指先の作業がしやすいとのことだ。他のメンバーの装備は多くがイチと同じく安価なイボ付き軍手だが、耐熱性では劣るので熱を持った灯体(冬は手が温まっていいのだが、夏は過酷)を触ることの多い照明屋さんは良い物を使っているようだ。加えてバッキーは作業用のベストに絶縁テープ(ビニールテープ)、ドライバー、マジック、ペンチなどを入れて、手が自由になるようにヘッドライトも装備している。バイト先での作業用にそろえたらしいが、これはプロっぽくてマネしたくなる。形から入るのもまたよしかとイチはうなった。

 マリとノスケがトラックを返却し終えて作業に加わり、午前中で吊り物作業は予定通り終了したため、時間通りに休憩に入る。客席になる予定のスペースに腰を下ろし、チームごとに進行状況を報告しながら近所の弁当屋に注文した昼食をとる。出たゴミの処理については入中大学のある地域とは分別ルールが異なるため、わかりやすい表示のゴミ箱を複数設置している。

「放置はペナだよ、仕事を増やさないでね」

 ここでもタロの目は光る、全体の片付けが終わったところでコロが指示を出す。

「午後は最初に地がすりを敷いてから大道具の建て込み、装置が整ったら音響と照明のチェック。シュートと明かりづくりで舞台を使うから、その間に衣装・メイク小道具他の楽屋周りを進めてね、必要に応じて役者を呼び出すからモニターの音をよく聞いておいて」

 今年からの新しい試みとして、三階にある楽屋でも会場内の様子の把握が可能となるようにリアルタイムの映像と音声をモニターできる仕掛けを作った。去年は役者の立ち合いが必要な際に階段の下から毎回大声をあげて事務所スタッフのひんしゅくを買ったので、進捗状況や情報の共有のためにオペ室の窓にカメラを設置したのだ。楽屋にある大型テレビにケーブルをつないで問題なく作動することをノスケが確認していた。

「なんか上と下で一体感があっていいですね」

 自分の知識と技術が活きてノスケは嬉しそうな表情を見せる。劇場では狭くて天井の低い部室棟で設置した照明機材よりも自由の利く光りの当て方ができるため、光を浴びている方の役者も気持ちがよく、テンションも上がる。しかし、細かな明かりのデザインがされているということは、それに合わせた立ち位置や体や顔の向きなどにも気を配る必要があるので浮かれてばかりもいられない。ライトから出す光の方向とサイズと色が一つずつ決まり非日常な情景が形作られていく。デザインについて一家言あるイチとしては、総合芸術たる演劇の魅力を組み上げていくこの時間が好きだった。

 音響と照明の設定がひととおり終わったところで初日は作業終了。楽屋に泊まるか自宅に戻るかは各人に任せられているが、今日は全員で泊まることになった。


 何人かは歩いてすぐの牛丼チェーンで夕飯をかき込む。

「大盛卵みそ汁!」

 オーダーした後にチャーシューが口元を手で隠し、声を潜めて卓上の黒い瓶を指し示してノスケにささやきかける。

「大きな声では言えないがこの店の七味には〇〇が入っているらしい……」

「ま、まじっすか……」

「その中毒性の高さゆえに、この店舗は全国でも有数のリピート率を誇っているのだ。だからな、持ち帰り弁当には『わかっている』常連客しか七味を入れてもらえない、タレ込まれたら後ろに手が回るからな……」

 ゴクリとつばを飲み込むノスケの後頭部にイチのツッコミチョップが入る。

「んなわけねえだろ、普通にくれるわ」


 うどん店や定食屋などそれぞれのお気に入りの店で空腹を満たした後、ぞろぞろと列をなして銭湯へ向かう。どろだんごの本公演は例年寒い時期に行われることもあり、ゆったりと湯船につかることは明日以降の英気を養うのに欠かせない。劇場に来るたびに通う銭湯には、湯船の中に電気が出る板のある「電気風呂」があり、普通の湯船よりもいろいろといい効果があるとのことらしいが、初体験のルーカスはうっかり奥まで入り込みすぎて痛みにより「あぎゃぎゃ~」と叫び、それを助けに近付いたノスケも共に悶絶するという悲劇を生んだ。当然「騒ぐな、周りのお客さんに迷惑じゃ!」と男湯と女湯を隔てる壁越しにコロに叱られる羽目になった。風呂上りに腰に手を当てて牛乳を飲み、年代物のドライヤーで髪を乾かして男女色違いののれんの前で往年の名曲「神田川」よろしくメンバーを待つ、時代とともにせっけんはボディソープへと替わったが。イチは趣味である変なデザインのジュース収集のために数本買い込み、みんなで寒い寒いと言いながら劇場へと歩いて戻る。シャッターの閉まった商店街を歩いていくと小さな演芸場の前を通る。

「あー、あさってけっこうなメンバーがそろってる!」

 ハッシーがポスターを見つめて叫ぶのを聞いてQとルーカスも横からのぞき込む。

「えー、このコンビ来るんだぁ、見たいなー」

「地元だから月イチで出てるんだよ、義理堅いっしょ」

 Qのお気に入りらしい演者についてルーカスが解説する。

「いつかはルーカスくんもここに立ったりして~」

「そんときは花輪お願いしまーす」

 持ち上げるハッシーに反応してシャッターの前でポーズを決めるルーカスに対し、Qが調子にのせるようなしぐさで両手を振る。

「出す出す、どろだんご一同で~」

 お笑いに導かれて集った三人は意気投合している様子だ、スポーツ新聞を購入してきてそこに掲載されている小説を楽屋で朗読し合っている趣味はあまり理解されていないが。


 小屋入り二日目。きっかけ合わせを朝から進め、その後の通し稽古中にアクシデントが起きた。ラストシーン近くでピョン吉がウェディングドレスを着て演技をするのだが、同じシーンに出ていたノスケがドレスの裾を踏んでしまい、大きく布が破けてしまったのだ。

 真っ青な顔をしているノスケにチャーシューが同じことが起こらないよう、舞台上での動きの修正を指示する。衣装担当のハッシーがドレスの補修ができないかピョン吉とコロとで試みたが、破損の度合いがひどく、この衣装での演技は難しいという結論になった。ウェディングドレスでない衣装への変更は脚本上の意味合いからして苦しい、脚本を直してはどうかという案も出たが、辻褄の合わなくなる部分があってそれも難しい。

 対応策を考えるためにもいったん休憩ということにし、早めの昼食タイムとした。食事をとりながら商店街にいくつかある古着屋や衣裳店をあたってみることにし、サイズの問題もあるのでピョン吉を連れてハッシー、ドラ、ザワが小一時間探したがこれというものが見つからない。その時、商店街の外れの普段は行かないエリアの古着屋に代替物があったとレッドが写真を送ってきた。

「いいよ、これいいよ!」

 画像を見たハッシーらはそう叫んでレッドの示した店へ向かった。店の奥のガラスケースの中にあったドレスを出してもらい、サイズ合わせをする。

「軽いし丈夫そうですごくいい、ピョン吉にサイズも合うし、演技にも支障ないよ」

 ハッシーは「大当たり」という表情だが、ザワはその値札のゼロを数えて息をのんだ。

「いちじゅうひゃく……十万円⁉」

 本公演に使える衣装の予算は残り少ないという実情と、ドレスにちょこんと着いた面積はかわいいが、数字はかわいくない値札を前にして会計を担うドラは躊躇せざるを得なかった。

「あの、レンタル業者とかってどうなんですかね?」

 ピョン吉が価格におののいたのか、試着したまま少し震えて提案する。

「レンタルは扱いに気を使うし割高だ、いっそ買っちまった方が後々の財産にもなる」

 レッドの意見はもっともだが、貧乏学生ぞろいの貧乏劇団がおいそれと決断できる金額ではない。しかし、厳しい現実に下を向きかけた女性陣の視線を意外な言葉でレッドが上向かせた。

「金ならある!」

 バイトしていたアミューズメント施設を「研修公演の衣装にユニフォームを使いたかっただけだから」という理由で今年の七月で辞めて以降は働いておらず、マリとは違う理由で支出を抑えがちなレッドのどこにそんなものが?みんながそう思った様子だったがその男の視線と指は「あそこに」と言わんばかりに通りの先にあるネオンに彩られた建物を差している。

「え?パチン……コ?」

 ハッシーがきょとんとした表情で固まる。

「でかく勝てれば問題ない額だ。私利私欲じゃないからきっと芝居の神様のご加護があるだろう!」

「……本気?」

「わりと。じゃ、昼飯食って休憩しといて。ドレスはキープで」

 ポケットから取り出した茶色い革の財布、そこに括りつけた弁財天の姿をかたどった飾り物を握りしめると、レッドはパチンコ店の正面入口へと向かって行った。


「ほいっ、十三万、消費税別でも大丈夫だろ?」

 有言実行。見事にお釣りがでるだけの成果をあげてレッドは戻ってきた。あきれるくらいに何でもできるなこの男はとハッシーはもう今さら驚くのをやめたが、一つ気になることがあったので聞いてみる。

「あのさ、レッドって二十歳の誕生日いつだっけ?」

「先週」

「パチンコはいつからやってるの?」

「はっはっはっ、先週からに決まってるじゃないか、何を分かり切ったことを」

「それでこんなに勝てるもんなの?」

「世の中にはビギナーズラックというものがあって……」

「……わかった、ありがとう、買って急いで戻るわよ」

 ものの二時間半ほどでアクシデントをリカバリーしてきた一行は、劇場前に設置した公演案内用の立て看板の前で待っていたコロに驚きをもって迎えられた。

「どーしたの⁉こんな良さそうなの!」

「神様がね、くれたのよ」

 思い起こせばこの劇場の近く、みんなで公演の成功を祈った神社にまつられているのも芸術と財運の御利益があるという弁財天様だ。その加護に感謝し、社の方向へ手を合わせて頭を下げるハッシーだった。


 万一の事態を考慮してコロが荒く補修をしてあったドレスを用いてでゲネプロを行い、段取りとスタッフ周りの細かい修正作業をした後に観客席のセッティング、明日の手はずを確認して二日目の作業は終了となった。「借りてきたい物があるんだよ」とのことでバッキーが実家へ帰って行ったので、残ったメンバーで夕飯と銭湯で体力を回復させるべく、昨日と同じ道を行く。観客への注意事項の説明(前説)をする役割を担うコロに、ルーカスがあちこちのステージで仕入れた小ネタを披露する。

「最近のお気に入りは『携帯電話、スマートフォンなどの音や光の出るものは、食べないでください、間違えた、電源を切っていただきます、って食べちゃったよ、皆様は飲食禁止でお願いします』ってやつです」

「長いなっ!」

 物言わぬ商店のシャッターと防犯灯だけが騒がしく笑う一行を見つめていた。


「何ていうか、アレよね、持ってる人と持ってない人っていいバランスで配置されるね」

 今日はおとなしい男湯の様子を壁の向こうに感じつつ、銭湯の湯船の中で体と心の疲れを癒していたハッシーは天井を見上げて隣にいるザワにつぶやいた。水滴が額に落ち、思わず目をつぶる。

 風呂上りの帰り道では手分けして公演を知らせる簡易な看板(捨て看)を、見苦しくないように括りつけていく。これは劇場と商店街の長年の関係で設置が許されている(黙認されている)ものなので、場所を間違えないように地図に従って細心の注意を払って番線を巻きつける。最寄り駅から劇場までの道案内も兼ねたもので、矢印とともに「残りあと二百メートル」「ここを九十一度曲がってすぐ」「このお店のお菓子が最高!え、差し入れ⁉あざっす!」などのバラエティーに富んだメッセージが記載されており、イチのこだわりがかいま見える。そしていよいよ明日は初日の幕が上がる。


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