15 聖なる夜に
【主なⅭAST】
ノスケ:一年 悩める映像効果担当
チャーシュー:三年 追想する演出
コロ:二年 組み立てる舞台監督
ルーカス:一年 求められる落研メンバー
Q:一年 秘めたる記録担当
年の瀬の十二月下旬となり、本公演の稽古もスタッフワークも順調に進んでいる。師走ともなればいろいろとイベントも行われる時期であるが、どろだんごの冬の催しと言えばこれ一択「クリスマス闇鍋大会」だ。集合のしやすさからノスケの借りている一軒家でやることになり、同居人のルーカスも参加することになった。
やり方はこうだ、まずは大きめの鍋を二つ用意する。幹事は「美味しい」鍋の具材と出汁を用意し、キッチンで普通に作り、いったん置いておく。その他の参加者は各々の食物アレルギーに配慮した「美味しいかもしれない」鍋(闇鍋)の具材をこっそり持参し、二階の別室で副幹事に渡す。副幹事は濃い目の色の鍋スープに全ての具を沈めて煮る。一見して具が何かはわからない状態にしたらフタをしたまま食卓へ移動させる。参加者は二つの鍋を囲むように座り、会場の照明を落として時計回りの順番で副幹事の作った「闇鍋」にまずお玉を入れ、具材を器に盛り、一口食べて感想を言う。必要に応じて具材の提供者はそれが何なのかを解説する。闇鍋を食べた者から順に幹事の作った「美味しい鍋」を食べる権利を得る。一周した後に闇鍋に残った具を持参した者および希望者が食して鍋を空にする。
誰もがまともな具材を持ってくれば闇鍋とはいえ問題なく食せるのだが、そこは何かというとウケを狙いに行くどろだんごの面々である。液体系は後々具として認識できなくなり、ピンポイントな反応が得にくいため避けられる(鍋のスープを崩壊させるものは嫌がられるという傾向)が、じゃあ液体でなければいいのだなという大喜利が始まるので大惨事となるのだ。昨年ひどかったのは「きなこ」でダマになるわ、全てがきなこ味に汚染されるわで大不評。「下処理していない生魚」がもたらした生臭さも事態の悪化に追い打ちをかけたし、「ヨーグルト」は確かに個体だが容易に液体と化してスープが死亡、「あんぱん」から溶けだしたあんこの破壊力と死んだスープを限界まで吸い込んだ小麦粉の固まりを食すのは苦行が過ぎた。これらは「破壊神」と認定され、今年は禁止となっている。以前の破壊神は記憶に残すことすら味覚が拒否したのか伝えられていないが、いつまた復活するかわからない。今年は早めの帰省やバイトなどの事情がある者を除くメンバー十四人が集合した。
「では、闇鍋、始め!」
幹事のコロの合図がかかり、一階のLDKの蛍光灯のスイッチが切られ、月明かりだけの部屋の中、家主のノスケがまずお玉をとる。自分の箸に持ち替え、器に移されたものの正体がわからぬまま口に含み咀嚼する。
「……歯ごたえの異なる二つの層……ぬるっとねちょっとした部分のあるこれは、アボカド?」
「あ、それ多分バナナ、冷凍したやつだけどいい煮込まれ具合だな」
最初の凶器を入れたのはイチだった。
「なんかちょっと甘いと思った!果物ありですか、せめて皮むいてくださいよ」
先制パンチをくらったノスケからお玉を受け取ってさっとよそったのはチャーシューだ。
「はっはっは、甘いのうノスケ、役者たるものいかなる時も冷静さを欠いてはいかんぞ。うん、これは……強い磯の香りがしみこんだ……餅巾着か?それにしては中からなめらかすぎる口当たりのものが……」
「クリームパンじゃない?」
犯人はハッシーであった。
「うごぇ、クリームじゃあぁー!」
「磯の香りはノリの佃煮だと思う、ずっとうちの冷蔵庫にあったやつだけど」
タロがしれっとスープを破壊しにかかっていた。
「あんぱんは禁止だけどクリームパンならいいじゃな~い」
「禁止指定の主旨を理解しやがれ!あと、この鍋は冷蔵庫の年末大掃除会場じゃねえぞ!」
甘いものが苦手なこともあり、怒ってお茶で口の中を洗うチャーシューからお玉はナギの手に移った、今のところ辛うじて食べられるものが出てきてはいるが、この調子では何が出てきても不思議はないという表情で鍋を探り、おそるおそる器に盛って口にする。
「何だか……ぐにゃぐにゃしてます。結んだ糸こんにゃく?かな?」
「おそらくホタルイカのボイルしたやつ、うま味があれば」
闇鍋の中の良心はコロによってもたらされた。
「あ、これイカですね、よかったー、当たりです」
「やっぱり日頃の行いが出るわね~」
「どういう意味じゃい」
コロの納得した表情にチャーシューがつっかかる。去年の惨劇を知る二年生が中核を占めただけあって、今年は破壊神の降臨はないまま進行した。テーブルの上にお約束のクリスマスケーキが登場しないのは、鍋に投入するという愚行を去年のハッシーが犯したからだという。ワイワイ言いながらお玉が一周する頃には闇鍋もほぼ空になり、「美味しい鍋」もつつきながら雪の降る夜はだらだらとしたダベリタイムに移っていった。
「ルーカスくん、本公演に出てみない?」
コロはルーカスの横に寄っていって切り出した。
「お芝居っすか?オレ素人っすよ」
「みんな大して変わんないわよ、一年生はノスケも女性陣も。大学祭のステージを見せてもらったけど度胸もありそうだし、どう?やってみたい気持ちはある?」
「ん~人前に出るのは好きっすけど、何でまた?」
「お芝居の本番中って役者が表で演技してるだけじゃなくて、裏でいろいろ準備したり物を運んだりする作業もあるの。その役割を組み立ててみたんだけど、もう少し舞台裏の人手が欲しいなってところなのね、劇団員総出の公演だからお客さんの受付や役者以外のことをできるスタッフもぎりぎりなのよ。一応余裕を持って対応できるようにはしてあるんだけど、アクシデントでそれが崩れることも考えて、力を貸してもらえたらとっても助かるんだ」
「舞台裏での動きは大丈夫そうっすけど、表の出番とかセリフって結構ある感じっすか?」
この場というかどろだんご自体になじんでいるルーカスの食い付きは悪くない様子だ。
「そこは希望に合わせて調整するよ、脚本は融通が利くから、メインは裏方で動いてもらって出たいシーンやセリフを割り振る感じで」
「わかりました、ただ、最終的な返事は落研の先輩の許可をもらってからでいいっすか?」
「もちろん!あ、でも無理強いはしないからね」
まだ仮ではあるが、本公演のメンバーも増えた。クリスマスパーティーというよりは、いつもの飲み会と変わらぬ雰囲気の夜は更けていった。そんな中、ノスケは一人そわそわしていた。
先日、稽古終わりにカラオケ(同時開催「時間内に一曲でも多く歌うためにアウトロをどれだけ華麗に消し去れるか選手権~演奏中止ボタンの魔術師~」もっと余韻を味わえよbyレッド)に行った帰り道、ラブソングが多めの選曲だったことにからんでか、男連中だけの道中にこんな話になった。「劇団内恋愛は禁止されるべきか否か」この世界では古くから議論されているテーマのようだ。別れ話でもめた二人が稽古の時間にもそれを持ち込んだり、演出が恋人の役者をあからさまにえこひいきしたりと、弊害の面が多く語られるらしい。話をリードするのはチャーシューだ。
「別にダメじゃないさ、誰にもそんな権限はないし、止められるもんじゃない。劇団に迷惑をかけるなとも言わん、劇団のために劇団員がいるんじゃないからな、それくらいは折り込み済みだ。しかしながら三割引で恋愛感情は見積もったほうがいいというアドバイスはしておく。ここで見えている個人の良さは本物だろう、興味のあることに真剣に全力で挑んでいる姿は仲間としても誇らしいさ。ノスケ、どろだんごは楽しいか?」
「楽しいです」
ノスケは即答する。軽くうなずき、穏やかな口調でチャーシューが続ける。
「そりゃあ何よりだ。でもな、この時間は特殊で有限な黄金時代だということも覚えておいてくれ。こんなにも濃厚に人の魅力に触れられる時間はそうそうないんだ、それゆえに惚れてしまいやすい」
星空を見上げながらチャーシューは思い出話を始めた。
「俺は高校二年の文化祭である女の子を好きになったんだ、演劇部でならした技術もあってリーダー的にやってた裏方の係で一緒に模擬店のディスプレイ作成の作業や買い出しなんかをしてて仲良くなってな。文化祭が終わったらもうこんなふうに一緒に何かをすることもないんだって思ったら、急に気持ちが盛り上がって、打ち上げの後に告白して、つきあえることになったんだ。でも、二ヵ月もたなかった、予定を合わせて一緒に帰っても、友達にばれないように遠くでデートしても、彼女はなんかそんなに楽しそうじゃなかったんだよ。俺も人生で初めて彼女ができたってことに浮かれてただけで、共通の趣味があるわけでも、目標があるわけでもない、ただ同じクラスにいるだけの二人をつなぐ絆は文化祭の終了とともに消えてしまったんだ……それを文化祭の魔法が解けるって表現する人もいるな。イベントという電子レンジで温められたホカホカの弁当に心ときめかせた二人が、それが冷えても美味しいと感じられたらよかったんだがな」
「燃え続けるための燃料もないのに、雰囲気にあてられて点火しただけの火が長持ちするはずもないってことかぁ……切ないもんだなぁ」
レッドがチャーシューの短かった恋を供養するかのように夜空に白い息を吐いた。チャーシューはノスケを諭すように話し続ける。
「人を好きになるのは素晴らしいことだ、相手を想って、自分の奥を見つめて、何が自分の幸せなのかをとことん考えることになるから、それによって人間としても役者としても深みが出ることもあるだろう。でも、そうなったら自分の全てをさらけ出さないわけにはいかない、それはとても勇気のいることだ、ノスケにもまだ仲間には見せてないだらしない姿があるだろう?誰彼構わず見せたりしない心の部分があるだろう?俺はある。それが見えたときにどうなるか、想像してみろ、同じ気持ちのままでいられるか、相手は変わらない気持ちでいてくれるか?どろだんごの活動を一緒にやっているという絆はあるかもしれん、文化祭だけの絆とは違う芝居への情熱という共通点もあるだろう、でもそこに温度差はないか?この先引退したらどうだ?卒業したらどうだ?それでも大丈夫と言い切れるなら、その想いが永遠に続く幸運を祈るだけだ」
「恋愛では傷つくこともあるだろうけど、傷ついたことやその傷をいたわる経験があることで傷ついた人に温かな微笑みを向けられるようにもなる。まあ、ひねくれて底意地が悪くなるやつもいるけどな」
マリがいつものようにどこから来るのかわからない妙な説得力を帯びた嘆息をもらし、それを受けるようにタロがつぶやく。
「それが原因でここを離れたり、どろだんごのことを思い出すのがつらくなったりしてほしくはないなぁ。まあ、モテない僕が言うのもアレだけど」
先程までの盛り上がりとは打って変わったしんみりとした気持ちを抱え、先輩方と別れて一人になったノスケは何となく落ち着かず、早足で家路を急いだ。
「大事な話があるの」
そんなことをクリスマス前に言われてテンパらないだけの余裕はノスケにはなかった。
「闇鍋の日、終わったら帰るメンバーと一緒に出て、後から戻るから、待ってて」
言葉の主はQだった。その日はクリスマスという、意味しかない夜。一人帰り、二人帰り、女性陣を最寄り駅まで送る男性陣が出て行った後、残されたのはノスケ一人だけだ。ルーカスは早く本公演の詳しい話を聞きたいとのことで、コロのアパートへ行ってしばらくは帰ってこない。落ち着かずに一階をうろうろ動き回ってLDKやトイレの掃除していたところ、ドアがノックされた。
「……はい」
震えを抑えようとしても制御が利かない声と、ドアノブに添えた手のひらでそれに応える。
「いい?」
少し開けたドアの隙間から聞こえてきたのはQの声だ。
「ごめんね、疲れてるところ」
「ううん、大丈夫大丈夫、さ、上がって」
「今日二回目だね、おじゃまします」
Qが荷物を床に置き、テーブルを挟んでノスケと向き合う構図になった。室内のあちこちに視線をやったり、ノスケの用意したお茶を口にしたりと落ち着かない様子だ。なかなかQの口は開かない。置時計の秒針が動く音が必要以上に大きく響くほどの静けさの中、しばらく沈黙が続いたが、その雰囲気を何とかしようという感じでQがこう切り出した。
「あの、あのね、こんなこといきなり言われても困ると思うんだけど……」
「……うん」
ノスケはとにかく聞き役に回ろうという態勢をとり、緊張でどうにかなりそうな自分を抑えていた。しかし、Qはまた勇気が引っ込んでしまったように口ごもる。
「だめだ、ごめん、やっぱりいいの、なんでもない」
「言ってよ、どんなことでも受け止めるつもりだから」
平静を装うノスケの促しに対し、首をゆっくり下に傾け、床に目をやって再びの沈黙に入るQ。しかし、きゅっと体全体に力を込めて意を決したように声を発した。
「わかった、ありがとう、じゃあ、言うね。今ね、頼れるものが何もないの。このままひとりでじゃ生きていけない、だから、ここにおいてくれないかな……」
一気に漏れ出したQの震えを感じさせる言葉の内容はいろいろと省略されていると感じたが、切羽詰まった口調からはよほどの口にし難い事情があるのだと思われた。仮に複雑な家庭環境などで追い詰められているのだとしたら、自分が無神経に立ち入っていいことではない。しかし男たるもの、か弱い女性の頼みならば深く詮索せずに大きな器でどんと受け止める。それはノスケが今まで観てきた古めの映画の中で、主人公たちが見せていた姿勢だ。彼らに力を借りるようにノスケはゆっくり滑舌も気にしてQの求めに応えた。
「わかった、全部任せて、ここに来ればいいよ!」
「……いいの?こんな自分勝手なわがまま……」
「男に二言はない、そしてオレは男だ」
「ありがとうっ!」
一瞬息をのんだQの表情に、硬い糸の結び目がほどけるようにぱあっと明るさが広がった。ノスケもその反応が嬉しく、心身の緊張が少しほぐれるのを感じた。が、ノスケに向かって投げかけられた次の言葉はどうにも前後のつながりが不明なものだった。
「じゃ、連れてくるね」
「連れてくる?」
誰を?とノスケが聞く前にQは玄関へ走り、ドアの向こうに消えた。そして何やら大きな荷物を抱えてドアを背中で押しながら体を室内へ滑り込ませて戻ってきた。床に下ろした段ボール箱から甲高い音がする。いや、これは生き物の発する声だ(ミィ、ミィ)猫だ、箱を覆っていた毛布をQが外すと、そこにはあの講義棟の茂みにいた子猫がタオルにくるまって座っていた。
「よかったね~、ジュニア、今日からここがおうちだよ」
「じゅ、じゅにあ?」
「うん、名前つけてくれたのルーカスなんだよ」
「……あの、これって、ルーカスも知ってる?」
「あ、最初に相談したのね、そしたら大家さんにも確認してくれて、あとはノスケがいいならいいよって。自分からも頼もうかって言ってくれたんだけど、この子を最初に保護したのは私だから、責任持ってノスケにも私が頼むって黙っててもらったの」
ノスケの理解は少しずつ進んでいった。そしてなぜかはわからないが、涙があふれ出そうになっていた。震えはQが戻ってきてから最大と思えるくらいひどくなっている。
「寒かったよね~、ジュニア~よしよし」
ノスケそっちのけで子猫の世話を始めるQをノスケは放心したようにぼんやりと見つめていた。その時、ドアを強めにノックする音とともに「おーい」との声がかかった。声の主はルーカスだった。
「あ、話終わったよ、いいってー」
Qの返事に反応してルーカスがドアから入って来て手のひらを顔の前で合わせ、靴も脱がないまま玄関でノスケに謝る。
「悪いっ、どうしてもQが直接頼みたいって言うもんでさ」
「あ、ああ……いいってことよ」
「じゃあ、時間も遅いし、このままQを送ってくるよ」
「あ、すぐ用意するから外で待っててくれる?」
「了解!」
ルーカスはさっとドアから出て行った。Qは子猫の荷物をまとめて壁際に寄せ、自分のリュックをかついでノスケに向き直った。
「ほんとにありがとう、ペットOKのとこに住んでるのが二人以外に見つからなくって、ちょっとあきらめかけてたんだ」
「あ、ああ……、あのさ、一つだけ聞いていい?」
「なになに?もうご飯はあげたから朝まで寝かせてあげればいいよ」
「いや、その、猫のことじゃなくて……違ってたら悪いんだけど、二人って……その、つきあったりしてる?」
ノスケの言葉にQは「何を突然おかしなことを」という感じの表情で一瞬固まった。が、すぐさま右手をぶんぶん振りながら返答した。
「私とルーカスが?あはは、ないない、そういうのないのよ、ってこれ以上は言えないんだけど、ホントだよ。じゃ、いろいろ頼っちゃうけどフードとかトイレシートとかが足りなくなりそうだったら持ってくるから、他にも何かあったら言ってね。本公演の間はバイト仲間の子にお世話をお願いしてあるから安心して」
何度も礼を言い、足早にQは帰って行った。
言いたいことはいろいろある、けれど誰かに言えるわけもない。暗い部屋に一人、猫はいるが、人間としては一人きりになったノスケは静かに震えながら自分に語りかけた。
「なあ……、おまえみたいなやつを何て呼ぶか知ってるか?自意識過剰、ナルシスト、道化師、三枚目、あるいはシンプルに『ばか』。好きなのを選べよ、笑ってやるから……」
「男はつらいよ」そんな映画シリーズのタイトルが、これほど心にしみる夜があるのかと学んだノスケは、初めて流す種類の涙を味わっていた。




