14 大学祭ステージ
【主なⅭAST】
イチ:二年 凝り凝り制作担当
ノスケ:一年 ひたむき映像効果担当
Q:一年 いろいろ記録担当
ルーカス:一年 落語研究会所属
本公演の宣伝チラシなどの印刷物のうち、部室棟の印刷機で刷らないものは長年にわたり入中大学の多くのサークルがお世話になっている印刷所にイチが発注を行う。デザインおよび掲載する文章などの内容面は、演出・脚本・舞監と打ち合わせをして詰めたものをイチがまとめる。それらと相乗効果を生むような用紙や印刷方式、印刷部数の指定もイチが担う。公演の対外的な顔になるアイテムなので、他劇団のチラシに埋没しないインパクトで手に取ってもらい、センスで引き込み、観劇に行こうという気持ちにさせるのに必要十分な情報を備えていることが求められる。そのバランスをいかに調整するかがイチの腕の見せ所である。イチはイラストも自ら描いており、昨年の本公演のチラシはそのインパクトも含めて評判を呼び、地元の情報誌からカットの仕事を依頼されたりもした。他劇団の公演会場での宣伝のために配布することもあるので、多くの人の目に触れる機会を増やすために早期の発注が必要になる。この印刷料金が制作担当の予算に占める割合はそこそこ高く、残りで看板やパンフレットなどを作る。チケットの委託販売をする場合はその取扱手数料もここから出すのだが、今回は無料公演なのでかからない。その分広報手段が少なくなるのでそれを補う戦略も練る必要がある。ちなみに演劇の世界では「制作」とは広報や予算管理を担うスタッフの一部門のことを示す。一方「製作」は劇団として作品そのものを創ることや、具体的な大道具や映像データなどを作ることの意味を持つ。
印刷所での打ち合わせを終え、チラシに広告を出してくれているお店へ試し刷りを届けながら昼食をとって午後の講義に出ようと講義棟へ向かっていたところ、見覚えのある背中を見つけたので近寄っていく。ノスケがビデオカメラを抱えて茂みのそばでしゃがみこんでいた。
「あー行っちゃった……、でもまあ十分撮れたかな?」
モニターを確認していたノスケが気配に気付き、振り返る。
「あ、ども、イチさん。いい画が撮れましたよ」
「何撮ってたん?」
「はい、いつもここに子猫がいるんですよ。最近けっこう近付けるようになったんで、本公演用の素材になったらなって思って」
イチにとって五人いる一年生の中でただ一人の男であるノスケの今のところの印象は「不器用」だ。本人いわく「映画オタク」で人前に出ることも得意な方ではなかったらしいが、大学入学を機に変わってみたいとの思いでどろだんごに飛び込み、絶賛悪戦苦闘中である。女性陣がそれぞれのスタイルで一歩一歩力を付けていると評されるのに対し「すぐテンパる」「空回り」「痛々しい」などとさんざんな言われようである。が、その素直さとなかなかの行動力には好感を抱き、なんとなく世話を焼きたくなる心理にもイチはなっていた。
研修公演で求められた映像を提出した際、同じ座組のマリとレッドにけちょんけちょんにダメ出しをされ、一シーン以外全て撮り直しとなったことにもめげず、本公演でも果敢に必要な素材を撮りためている。
「三限もうじきだぞ、大丈夫か?」
「あ、やばい、九号館だから走らないと、じゃ、また」
「転ぶなよ~」
カメラをリュックに詰めて駆け出したノスケをイチは穏やかなまなざしで見送った。センスは磨けば光るが、努力する素質は天性のものという考えもある。努力した者は別の誰かの努力に気付けるともいう、そんな努力のリレーが自分からノスケにつながればいいなと思いながら。
五限を終えて部室でイチが脚本を読んでいたところ、ノスケがやってきた。一人の男子学生を連れて。
「はじめまして、落語研究会の一年で風間と一軒家をシェアしてます、一ノ瀬幸治」です。
「ああ、劇団どろだんご二年の富士山だ、よろしく……って落研さんの一年生?四月からずっといたっけ?」
「いえ、夏休み明けから入りました。講義にも慣れたんで、やってみたいなって思って」
人懐っこく、物腰も柔らかい青年といった感じの一ノ瀬はいともたやすく初対面の場の雰囲気を明るくさせた、若干顔の彫が深くてラテン系の雰囲気がある。落語研究会とどろだんごは二サークルで一つの部室を共有しており、顔見知りではあるものの、普段はこれといった接点はない。
「一ノ瀬には映像効果のモデルをやってもらってて、落研さんの上級生にもちょっと出てもらったんですよ」
ノスケによる紹介を受けて一ノ瀬が話を続ける。
「で、本題なんですけど、十一月初めの大学祭で落研は恒例の漫才ステージをやるんです。それにあたって、落研内でもうコンビがみんな固まっちゃってて、風間に相方を頼んだら劇団との兼ね合いがあるってことで許可をもらおうということになったんですけど、どなたにお話したらいいですかね?」
「う~ん、うちの本番は二月だから多分問題ないと思うけど、一応役者とスタッフのスケジュールを管理してる二人に話を通せばいいかな。今日はまだ顔出してないから、来たら声かけるよ」
「お手数かけます、ではまた」
頭を下げて一ノ瀬は部室奥の落研の使っているスペースへと歩いていった。
(漫才ねぇ、ノスケのいつもの様子だとちょっと心配だけど……大丈夫かな?)
イチは目の前でビデオカメラをいじり始めたノスケを視界に入れながら、今日の稽古場面の脚本チェックを再開した。
その後、コロとザワは演出のチャーシューにも確認したうえでノスケの漫才ステージの参加を認めた。普段から部室を広く使わせてもらっている落研さんへの罪滅ぼしと、今後のよいお付き合いへの影響も含めての判断だった。ノスケの演技にも何かしらの好影響があるかもしれないと微かに期待する二人でもあった。漫才の練習にはQもつきあうことになった、記録業務の練習の一環という名目とともに、あまりそちらにノスケが熱を入れすぎないようにというお目付け役の意味も込めて。ちなみに三年前の先輩が極めていただけないネタのコントを上演したため、いまだにどろだんごの大学祭への参加禁止措置は解かれていない。
「基本的に緊張しいだよな、ノスケは」
部室棟の和室での漫才の練習中、いつの間にか一ノ瀬はノスケを呼ぶのにどろだんごネームを使うようになっていた。一緒にいるQとノスケがそう呼び合っているから自然とそうなったのだろう。
「自覚してるさ、だからこそ場数を踏もうとしてるんだ」
研修公演では見ている観客の肩がこりそうなくらいガチガチの演技をしていたノスケが未経験の漫才に挑戦する理由は、一ノ瀬への恩返し以外にもあったようだ。
「あ、そうだ、一ノ瀬くんもどろだんごネーム付けない?一人だけ名字ってのも寂しいし」
Qが嬉々として命名式を始めた。
一ノ瀬幸治→顔がラテン系→ブラジル→中学校の同級生でブラジルから来たルーカスくんっていういい子がいた、ルーカスがいい→ルーカスで決まり!
「ルーカスかぁ、明るい感じでいいね。せっかくだからこの名前を活かしたネタにできると面白そうだな、よしっ」
あっさりブラジル風味の名前を受け入れたルーカスが漫才の台本を直しだす。ものの五分で導入部の掛け合いが示され、ノスケとで試しに読み合わせをする。
「ども~小さいほうがノスケです」
「でっかい方がルーカスです」
「えっ、おまえブラジル人だったのか!」
「おい、どっからどう見ても日本人だろ!いや、この多様性の時代、見た目で人を決めつけてはいかんよな、ちょっと電話でマンイに聞いてみるわ」
「おーい、お母さんの呼び方からして日本語じゃないんだが?」
「違う違う、ただ第二外国語でポルトガル語選択してて、国際人を気取って使ってみたがる大学生あるあるだよ」
「いいよ~つかみの入りがスムーズで」
練習が始まってから明らかになったことだったが、Qは笑いに関する造詣がそこそこ深い。落研に入るくらいのお笑い好きのルーカスに負けず劣らず鑑賞経験があり、ノスケよりもはるかに詳しくて、ネタに対する指摘も的確だ。ビデオに撮ったものを見返しながら三人で改善点を話し合う時間は充実したものになった。
「そうだ、コンビ名も欲しいよね。何かある?」
Qの提案は芸名に続いての名付けだ、ルーカスが天井を見つめて首をひねる。
「俺たちが会った運命の一軒家にちなんだ名前を付けたいかな」
ノスケもルーカスもこの大学の合格が決まったのが複数ある試験日程の最後のスケジュールによってだったため、借りられる物件にあまり選択肢がなく、親が探してきたのが一軒家を二人でシェアするという珍しい形式の住居だった。しかし、そのおかげで互いに同郷の友人もいないこの地で孤独感を抱かずに大学生活をスタートできたのは幸運といえた。
「でもそのまんまの名前だと大家さんに悪いからな~」
ノスケも方向性に依存はないものの、ひとひねりほしい。あれこれ考えた結果「メゾン一戸建て」に決まった。昔、似たような名前の漫画やアニメ作品があったらしい。
大学祭当日、大人数での記念撮影にもよく使われる広くて長い階段の下にある広場に設けられたステージの客席最前列に、明らかに「関わると面倒なことになりそうな近寄りたくない集団」が陣取っていた。凝りに凝った二十五年の歴史が誇る衣装と小道具を身に付けたどろだんご一行である。施されたメイクもそれはそれはといった感じで、写真を撮られて後で見せられても本人とはわからないレベルの有り様である。部室棟の衣装部屋からステージのある会場まで練り歩く様をハッシーが「夢の国のパレードみたいだね~」と自画自賛していたが、どう好意的に見ても「闇の国の百鬼夜行」レベルである。そんな連中がひしめき合い「ノスケよ天下を取れ!」だの「笑いの得点王ルーカス」とかいうプラカードを手に並ばれることは心強いのか地獄なのか、緊張がピークに達しているノスケにはもはやよくわからなかった。
ダンスサークル、混声合唱団、リコーダーアンサンブルサークルなどが会場を盛り上げる中、落語研究会の担当パートの時間が近付いてきた。舞台袖で衣装部屋から発掘したそろいのスーツに身を包み、トップバッターとして司会の呼び込みを待つ二人がいた。
「ノスケ、練習通りに行こうぜ」
「わ、わ、わ、わかってる」
「Qが言ってただろ、『緊張してると感じたら私だけを見て』って、ほら」
促されて袖から客席に目をやると、異形の群れの左端に練習場所でいつも羽織っていたアウターを身に付けたQが座っていた。
(そうだ、観客は気にしない、あそこでやってきたことをそのままやればいい!)
目つぶってて深呼吸をし、いつもの稽古場所での空気を思い出すと、少しずつ震えが収まるように感じた。そうこうしているうちに司会の声が出番を告げる。
「それでは続きまして、『メゾン一戸建て』のお二人による漫才です、どうぞ!」
「よし、いつも通りでいこう!」
ノスケが気合を入れ、ルーカスも応じる。
「よっしゃ、行くぜっ!」
出囃子の響くステージへ二人は飛び出した。
持ち時間はあっという間に終了し、ステージ下手にはけて観客席の後ろへ回り、放心しながら落語研究会の先輩方の漫才を眺めていた。Qが駆け寄ってきてペットボトルを渡す。
「おつかれさまっ、面白かったよ!」
三人で向き合って両手でハイタッチを交わす。思い切って飛び込んだ演劇の世界で暗中模索し、バイトの面接には落ちてと、くすぶりに満ちた感のあった日々の中で、一つ突き抜けられた感覚をノスケは味わっていた。一方、妖怪ぞろいのどろだんご一行はというと、あの外見ゆえにぞろぞろ動くと演者にも観客にも迷惑になるのでと静かに最後までステージを鑑賞するようだ。。他人の表現への配慮を重んじる姿勢はとても正しい。




