13 バイト探すなら
【主なⅭAST】
バッキー:三年 バイトマスター照明・音響担当
バイト初心者隊:一年 ノスケ・ピョン吉・Q・ナギ・カメ
大学生の時間の使い道として講義やサークル活動に次いで多くを占めるのが「自主的な学びの時間」であれば日本の未来に期待しかないのだが、なかなかそうはいかないもので、若いエネルギーは遊びかアルバイトに向かうのが必定である。
大学の学生課の掲示板をのぞけば、そこはさながら仕事の見本市の様相だ。入中大学は文系理系の複数の学部があるため、それに関連する分野や職種の募集も目立つ。他にも一般的な大学生のアルバイトの定番である塾講師や家庭教師、賄い付きの飲食店スタッフ、テーマパークのステージアクター、ティッシュ配り、大学事務局の事務補助などもある。また、アルバイトに限らず、金銭的な報酬はないものの、さまざまな経験を積めるボランティアの案内もある。ここ以外でもネットの求人サイトやスーパーやコンビニにある紙の求人情報誌などで探すことができる。
「いわゆる要注意求人っていうのがあってね、学生課の求人の多くは今までに働いたことのある学生の声によってある程度フィルターがかけられているんだけど、初めて掲示されている求人先で『初登場』の表示のあるところはちょっと慎重になったほうがいい。他にも見分け方はいろいろあるんだけど、まず同じ業種で時給が他の会社より高いところは気をつけた方がいいね」
これまでさまざまなアルバイトをしてきたというバッキーが、一年生の五人にレクチャーをしている。
「なんでですか?時給が高いことはいいことだと思うんですけど」
ノスケが素朴な疑問を口にする。
「自分たちみたいな働く側からすればその通り、でも雇う側に立ってみると人件費はなるべく抑えないと利益が減ってしまうよね。それをあえてライバルである同業他社より高く設定するのには何か理由があるはずだ、それは何だろう?」
うーんと考えていたピョン吉がもしかして、という感じでつぶやく。
「高くないと人が集まらない、とか?」
「そう、じゃあもう一歩踏み込むと、何で集まらないんだろうね」
「あ、ライバル会社よりも仕事がきついとか」
Qが求人票を見比べて会社名から違いに気付いたようだ。
「そうそう、例えば同じ工場内作業でも扱う品物の重いところと軽いところがあったら体への負担が違うよね、自動車工場で大きな部品を運ぶのはきつかったよ。警備の仕事でも立っている場所が屋内と屋外の違いがあるし、座ってできる作業と立ちっぱなしの作業もそうだよね」
「高時給なのには裏があるってことなんですね」
カメが興味深い社会の仕組みに触れたという顔をしている。
「うん、でもその仕事がきついかどうかは人によるってこともあるよね。多くの人にとっては苦手な仕事でも自分にとってはそうでもなかったら、他の仕事より時給が高い分お得になる。自分の特性と仕事との相性をよく見極めて、なおかつ自分の日常生活に役立ったり、将来につながったりする経験のできるところを選ぶのがおすすめかな」
「選ぶのは一瞬でも、働く時間は長いですもんね」
ナギがうんうんとうなずく。
「この会社のネットの評価、『すごく良い』と『すごく悪い』ばっかりでめちゃめちゃ極端なんですけど、どっちを信用したらいいんですかね?」
ノスケが掲示板のそばに設置されているネット端末に表示された口コミを指差してバッキーに尋ねる。
「さっき言ったみたいに人によって合う合わないもあるし、対社員やバイト同士の人間関係がひどかったうっぷんを口コミにぶつけている場合もあるから参考程度にとどめて、可能なら経験者の生の声を聞くといいね。その会社の採用している人数に比べて口コミの数が多すぎるところはサクラとか誹謗中傷の疑いもあるからちょっと遠慮したいけど」
「うーん、なかなかこれっていうのには当たりませんね……、家から近くて時給がそこそこでも、おせんべいを焼いた経験はこの先役立つのかと考えると……なんだか見てるだけで疲れちゃいますね」
カメも広大すぎる求人の海を漂流している様子だ。初めてのバイト探しの入口で陥りがちな状況にはまっている五人に、バッキーは自分の苦い過去を披露する。
「ネットの情報はさらに玉石混交だからね、ちゃんとした審査を経ている求人もあれば、違法な募集もある。昔、高時給のアンケート調査員募集の説明を聞きに行ったら、実は英会話教材の販売の仕事で、契約が取れないとバイト代はなしとかいうところもあったよ。速攻で履歴書を取り返して逃げたけど」
貧乏学生の哀しさか、その狭い説明会場には数十人が詰めかけていたことをバッキーは思い出す。Qもその横で検索しているがその顔は渋い。
「いろんな条件で絞り込んでいくと微妙なのしか残りませんね……自分に向いてる仕事って言ってもまだよくわからないし……」
「地元密着の会社が情報を出していることが多い紙の情報誌の求人は、求人情報会社自身の信用にもかかわるから掲載にあたっての審査もしっかりしてる傾向があるんだ。比較的ネットになじみのない年代が応募することも多いから、それだけ信用がおけるし、選択肢が少ない分だけ使いやすいって特徴があるね。例えば百人劇場のスタッフの篠崎さんのいるこの会社なら時給はそこそこだけど、舞台やコンサートなんかの裏側も見られるから自分みたいな人にはぴったりだけどね。この時期なら気候もいいから屋外でも快適だし夏冬も空調のあるところがほとんど、今の自分に必要な経験を積むことにピンポイントで目的を絞ってみるのも成長速度を上げるのには役立つかな」
目移りしてしまう条件の選別に振り回されるよりも、貴重な時間を何に使うかに基準を置くのも一つのやり方だとバッキーは諭す。
「でも、機材って重たい物が多いですよね……」
先日の百人劇場の仕込みを経験したピョン吉が不安そうにバッキーに尋ねる。
「会場運営や案内スタッフには女性も多いし、登録のときにできる仕事の確認をするから、いきなり二十キロのスピーカーとかを持たされることはないよ。興味があったらとりあえず練習のつもりで面接受けに行ってみたら?いくつかイベント運営系の会社に行ったけど、あそこは悪くないと思うよ」
五人はそれぞれに気になる求人票をプリントアウトし、採用面接にチャレンジすることとなった。ピョン吉とナギとノスケはバッキーの勧めにも興味を持ったので、バッキーの仕事のある日に合わせて付き添ってもらい株式会社STAGE JAMの面接を受けに行った。
結果、その場でピョン吉とナギには登録手続きと初回の勤務の打診があったが、ノスケは見送りとなった、わかりやすく落ち込むノスケを気遣いつつ会社の一階のロビーでコーヒーをバッキーがおごる。
「『勉強したい』は雇う側としてははちょっといただけなかったかもね、現場は働くところであって勉強する場ではないって思う人もいるから。まあいいじゃない、取り返しのつかない失敗じゃないんだから、次にチャレンジさ。これも人生経験だよ」
今回のバイト先選びを例にして、物事は多面的な視点を意識して分析することを一年生に伝えたつもりだったが、ノスケにはもう少し具体的なアドバイスをしてあげるべきだったかとバッキーは振り返る。
「しばらくバイトはいいです……」
不採用という自分への評価に打ちひしがれた様子のノスケ。必要な手続きの説明を受けて階段を下りてきたピョン吉とナギは気まずさを感じつつも、なるべく顔には出さないよう気遣って共に最寄り駅へと向かった。
一方、Qは大学内の学食のスタッフに、カメは大学院の事務補助スタッフに採用された。どちらも移動に要する時間が短く、どろだんごの活動とも調整がしやすい。こちらもそつありありなノスケとの差が出てしまう結果となった。その後、Qがお米の盛り付け担当の際には目で合図をして、夏合宿の際に行ったあの激安食堂のごとくぎゅうぎゅうに圧力をかけ、大盛の量の米粒を普通盛りの見た目に圧縮したどんぶり飯をそしらぬ顔でレジを通す男たちが暗躍した。




