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ボアーリ村


「ピッピッ」

 翌朝、小鳥の囀りで目を覚ましたルーは額の痛みを癒すように、川で顔を洗っていた。

 

 (ったく昨日は散々な目にあったな。こんな事ならサッサと修行終わらせてカテリーナに着いていくべきだったかな?でも、カテリーナに着いて行ってたらアーシャには会えなかったから、結果こっちで良かったのか?)

 

「ルーおはよう」

 ひと足先に目を覚ましていた私は、考え事をしているルーの横に座り、彼の安否を確認する。

「おでこ大丈夫?」

「ああ、寝たら良くなったよ。アーシャは?」と私の事を気遣いながら頭を撫でてくれる。

「私は大丈夫。それより、さっきファビ姉と散歩してたら川の上流に村があったよ」

「そうか!片付けたら直ぐに出発しよう!」

「ファビアは?」

「今残りの食材で朝ごはん作ってるよ」

「じゃあ、それ食って片付けだな」

 

「ポカっ!」

 焚き火をしている所から、奇妙な音が響いてくる。私達は恐る恐る近寄ると、その音とは、ファビ姉が泣いている姉様の頭を、スープを掬うオタマで叩いている嘆かわしい音であった。

 

「アンタ本当バカなの?アーシャにまで当たったわよ!たかだか二日ぐらい体洗わなくても死にゃしないわよ!」

「ごめんなさい」

「次やったら、三日はご飯無しだからね!」

「おはようファビア。朝ごはんありがとう、村見つけてくれたって?」

「ポカっ!ポカっ!」

「おはよう、ルー。この先の上流にあるわよ」

 何かひたすら叩かれてる姉様が少し可哀想に見える。

「サッサと食べて行きましょう」

「ポカっ!」

「ごめん、食べづらいから一旦それ止めよう」

 ファビ姉がいい感じにリズムよく叩いてるけど、たぶんって言うか、涙目になるくらいだから相当痛いと思う。

「ごめんなさい」

「アーシャも一発いっとく?スッキリすりわよ」

「もういいよファビ姉、心苦しいよ」

 確かに、いい大人がオタマで叩かれる姿は、見ている側も心苦しさと切なさで、違う意味で泣きそうになる。

「パカーン!」

 (これでしばらくは大人しくなるでしょ?)

「アーチェ、反省したならアンタも早く食べなさい!」

「ゔっうっ」

 泣きながらもスープを啜る姿は、子供達が叱られた時に見せる、あの何とも言えないような光景であった。

 

 どんよりとした空気が漂う朝食を済ませた私達は、荷を片付け、ファビ姉と見つけた村へと馬車を走らせる。

 木々に囲まれた道を馬車で通ると、気持ち良いものだが、後ろの荷台には嫌な空気が終始流れ、雰囲気をぶち壊す。追い打ちをかけるように、落ち込む姉様の頭をオタマが打ちつけられる。

「ポカっ!」

「もう!シャキッとしなさいよ!」

 (いやいや、お前がそういう風に追い込んだんろ・・・ってか、まだオタマ持ってたのにビックリだけど。恐るべしオタマの魔法使いファビア・・・)

 

「ルー、見えてきたよ!」

 (やっと一息つけそうだな。湯浴みでも出来れば皆んなの疲れも飛ぶだろ)

「アーシャ、ファビアと待っててくれ。俺とアーチェで村長に話しをしてくるよ」

「アーチェ、出番だ行くぞ」

「・・・うん」

「本当に大丈夫なのか?」

「・・・うん」

 ルーが不安になるのも仕方がない。姉様は、朝からファビ姉に説教されまくって、涙で顔がぐしゃぐしゃになっている。いくら元が良いとは言え、こんなボロボロの女じゃ逆に村に入れてもらえないんじゃないかと不安になる。

 しかし、残念なことに、私達三人は交渉が下手で、いつも姉様に交渉人を任せているのが現状である。


 ボアーリ村の敷地はかなりの広さがあり、村の中心を綺麗で透き通った川が流れている。その川沿いには畑が並んでいて野良仕事に精を出している村人が、ちらほらと見受けられる。ちょうど収穫時期なのか、大きな実をぶら下げた野菜達がたわわに実ってて、村人達に丁寧に育てられているのが、素人の私達にも分かるぐらいだ。

「アーチェしっかりしてくれよ」

「・・・うん」

 (何かダメっぽいぞ)

 村の中を歩く二人の身なりは、全く調和していない。気の良さげな村人も声を掛けづらい感じである。

 調和を乱す格好をしている二人は、そんな事も気にも止めず歩みを進めて行く。

 少し歩くと青年が畑で収穫に精を出していた。

「すいません、この村の村長さんは何処に居られますか?」

 ルーに声を掛けられた青年は、二人の方を見て一瞬たじろぐ。まあ、村では見ることがほとんど無い出立ちであるから、至極真っ当な反応かもしない。

 だが、青年は姉様の姿を見て何かに気付く。

「んっ?」

「旅人か?ってシルミーネで見た手品師じゃないか?」

「はい。先日までシルミーネに滞在させていただいていた手品師です」

 さっきまで黙って俯いていた姉様は、丁寧な口調で青年と話し始める。

「そうか。でも、この村で劇場なんて開けないぞ?10人ぐらいしか居ないからな。ハハハ」

「いえ、この村に来ていた大道芸人の評判を聞いて、一度会ったみたいと思いまして尋ねて来ました」

「そうか残念だけど、もう行っちまったよ。何かヴェローナの町に行くって言っていた。」

「そうですか、入れ違いになっちゃいましたか。まぁ急いでる訳ではないから、ゆっくり探します。ありがとう」

「それと、少しお願いがありまして、次に旅立つまで馬を休ませてあげたいのですが、滞在する許可を村長に頂きたく思っています。村長さんは何処に居られますか?」

 青年は、二人の顔を見てクスクスと笑い始める。

「フフフ。いや、すまない。俺が村長だよ」

 二人は顔を見合わせる。それもそのはず、村長と言ったら大体年配の方がなるものと思い込んでいるから、彼が村長とは思いもよらなかったのである。

「こちらこそ、すまない。俺達と同年代ぐらいの人が村長をやってるとは思わなかった」

「俺が村長だと気兼ねなんてすることないよ、フレンドリーに行こう。ここには温泉ぐらいしか無いが、ゆっくりして行くといい。村の端の方になるが、空き地があるから自由に使っていいぞ」

「温泉?何それ?初めて聞くわ」

「ん?温泉を知らないのか?その名の通り温かい泉。普通は水を温めて湯浴みするけど、この村の泉は温かいんだ。」

 ルーの横で目を輝かせ、温泉という初めて聞く言葉に興味深々な姉様は、背後に立つ途轍もないオーラを纏った存在に気づかず「早くその場所へ連れて行きなさい!」と口走る。

 そのオーラの放つ者から繰り出されるオタマの一撃は、姉様の暴走を止める。

「パッカーン‼︎」

「くっ!何するのよ!」

 振り返った背後には、阿修羅の形相をしたファビ姉が佇んでいた。

 何も言わず、ただ佇む阿修羅にさっきの恐怖が頭をよぎる。

 直様謝ろうとしたが、阿修羅のオタマは、それを許さない程のスピードで姉様の頭を打ち抜く。

「ゴン!」今日イチの衝撃を受けた彼女は、立つこともままならなくなり、その場にうずくまる。

 阿修羅は、うずくまる姉様の髪を掴むと、引きずりながら馬車へと無言で戻って行った。

「おい、アレは大丈夫なのか?」

 心配をする村長だが、いつもの事だと苦笑いする。

「見苦しいとこを見せたな、さっそくだが空き地を使わせてもらうよ。ありがとう」

 

「ああ、それはいいとして、まだ名乗ってなかったな。俺はダヴィデだ。よろしくな」

「ハハハ、順番がめちゃくちゃになったな。俺はルーカ・シモーネ、こちらこそよろしく頼むよ」

「ルー!」

「アーシャか、どうした?」

「姉様が、またボロボロにされてるよ!」

「ハハハ、仕方ない自業自得だ」

「ダヴィデ、紹介しようアターシャだ」

「よろしくアターシャ、村長のダヴィデだ」

 どういう状況なのか全く理解出来ないまま、私は握手を交わした。

「こちらこそよろしくお願いします」

「長旅で疲れたろ、ゆっくりして行くといい。後で温泉に案内するよ。温泉に入れば疲れも吹っ飛ぶぞ」

「温泉?」

 分からない事だらけで思考が追いつかない私は、頷くだけでルーと馬車へと戻る。

 道すがらルーに事のいきさつを聞き、なるほどと納得するしかなかった。

 情緒溢れる村の風景は、歩いているだけでも安らいで行く。先ほどの惨状も忘れるほどに・・・

 馬車に戻ると、朝の続きのようなことが繰り返されていた。

 オタマでポカポカと殴る音は、朝より殴る回数が多い気がするが誰にも止められない。

 ファビ姉の気が済むまでは続くだろうと、私達は馬車に乗り、村の空き地へと移動する。

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