ボアーリ村の温泉
ダヴィデさんに使っていいと言われた空き地は、劇場を作るほどの大きさではなかったが、寝泊まりするテントと馬を二頭休ませるスペースは十分にある。私は馬の世話をしつつ、姉様の様子を見る。流石に怒られ過ぎたのか、朝よりテンションは下降気味だ。仕方がないと言えば、それで終わってしまうんだが、ちょっとファビ姉もやり過ぎなような気がする。
(後でファビ姉に注意しとくか)
私が馬の世話をしている間に三人は、劇場を作って行く。劇場と言ってもシルミーネで建てていた物の半分ぐらいで、広さ的には二十畳程である。ハッキリ言うと張りぼてな造りになっている。雨風が防げ、寝食が出来たら良いぐらいの造りだ。
「ルーカ。収穫が終わったから手伝いに来たぞ」
「ああ、ダヴィデか。ありがとう、もう終わるよ」
「すまないが、うちの三人を温泉とやらに連れて行ってはもらえないか?」
「そりゃ全然構わないがルーカはいいのか?」
「三人の湯浴みは長いから、終わってからゆっくり入らしてもらうよ」
姉様の失礼な態度にも気にも留めず、見ず知らずの私達のことを気遣ってくれるなんて、ダヴィデさんの人柄が良いのがうかがえる。
「そうか、じゃあ案内したら戻ってくるよ」
ダヴィデさんの案内で私達は、湯浴みが出来るという温泉へと連れて行ってもらう。道中、湯浴みが出来ると、姉様とファビ姉は上機嫌であるのが、ちょっと私を苛立たせるけど・・・
さっきの事を思い出して謙虚になってほしいんだが、まぁ湯浴みが出来たら少しは落ち着くだろう。
「ダヴィデさん、忙しいのに案内とかしてもらって、ありがとうございます」
一応、遠回しだが姉様達に謙虚さを取り戻してもらいたく私は、二人より先にダヴィデさんにお礼を言う。
「ハハ、いいよ。どうせ暇だし。それより、せっかくこの村に来たんだ、今晩はこの村で獲れた野菜をご馳走しよう。綺麗な山の水で育てた野菜は美味いぞ?シルミーネでも人気があってな、持っていったら直ぐに売り切れちまうんだ。」
「そんな、滞在させてもらえるだけでも有難いのに、食事までとなると悪いですよ」
「ハハハ、そんな遠慮することないよ。滅多に旅人なんか来ない村だから、嬉しいんだ。後でルーカに言っといてやるよ」
「すいません、何から何までしてもらって」
「いいよ。着いたぞ、その水車の横にある建物んとこだ」
この村に来て気になる事がちらほらとある。それは、何も無い村だとダヴィデさんは言うけど、こういった水車や舗装された水路、収穫した野菜を乗せる荷車といった物だ。
どれも丁寧に作られている。言っては悪いけど、こんな田舎村には分不相応な物に見えてしまう。
「ダヴィデさん、ちょっといい?」
「ん?」
「あの水車って凄い丁寧な造りだけど、村の人が作ったの?」
「ああ、アレはなヴェローナの職人達が作ってくれたんだよ。毎年ここの温泉に疲れた体を癒やしにくるんだ。ここの温泉は最高だから、もっと利用しやすいようにしてやるって水車と水路を作ってくれたんだ。」
「へえー、そうなんだ。」
「凄いだろ?職人達にかかれば、たった三日で水車と小屋まで作って帰っていったよ」
「作ったのも凄いですけど、全然汚れとか無いし綺麗な状態なのも凄いですね」
「ハハ、それは俺が暇な時に、掃除してるだけだよ」
「せっかく作ってくれたんだ、大事にしようと思ってね」
嬉しそうに語るダヴィデさんだけど、話しながら何処か思いふけっているようにも感じる。
「小屋の中が脱衣所になってるから着替えるといい。一応温泉に入る時のルールとして、先に体を洗ってから入るようにしてくれ。それと髪や体を洗う時は、棚にある石鹸を使ってくれたらいい。じゃあ、ゆっくり入りな。俺は戻るよ」
「うん。ありがとうございます」
私達は、小屋で服を脱ぐと魅惑の温泉への扉を開けた。
其処には、丁寧に積み上げられた石や岩に囲まれた小さな泉が、霧のような湯気を立て、幻想的な空間を作り出していた。
ツーンとした独特な匂いが鼻を刺激してくるが、嫌な感じはしない。
私は泉の脇に膝を突き、両手でお湯を掬う。
掬ったお湯は乳白色をしていて、ヌルヌルとしている。
「姉様、ヌルヌルするよ?」
「あら、本当。普通の温かい水ではないわね。不思議な感じがするわ」
「とりあえず、先に体を洗いましょう」
「アーシャ髪を洗ってあげるから、その椅子に座りなさい。ファビアもアーシャの後で洗ってあげるわ」
「どうしたの急に?罪滅ぼし?」
「違うわよ!」
「もう!姉様もファビ姉も、いいよそういうのは!」
普段の私からは考えられないが、二人のごたごたに、苛立ちを感じた私は、声を荒げてしまう。
これ以上は、本気の喧嘩になりかねない。二人に頭を冷やしてもらいたかった私は、二人を睨みつける。
「ごめんなさいアーシャ。せっかくの湯浴みですもんね、アーチェごめんなさいね。やり過ぎたわ」
年下でも年上でも分け隔てなく、自分が悪いと思えば直ぐに謝れる、ファビ姉のこういう所が私は好きだ。
「もう、そんな睨む事ないでしょ。私も悪かったわよ、ちゃんと反省してます」
「じゃあ仲直りの証に、姉様は私の頭を洗って、ファビ姉は私の背中洗ってよ。そうしたら許してあげる!」
「ゲッ」
「中々いい感じの育ち方したわね。誰の教育のせいかしら?ねえ、アーチェさん?」
「教育係は私じゃないわよ?ルーでしょ?」
「フフフ、私を育ててるのは三人でしょ?罪のなすりつけ合いはなしにしてよね」
「罪?ふーん。じゃあ、貴方は悪い子なんだね?ねえ、アーチェ?」
「残念だけど、そういう事になるわね。悪い子にはお仕置きが必要か・・・」
(最悪だ!ミスった!)
「うそ!ごめんなさい!調子に乗りすぎました!」
「フフフ、サッサと座りなさい髪洗ってあげるわ」
「フフフ、そうね私は背中綺麗にしてあげるわ」
二人の顔は何かを企むように、にやりと口を歪めて狡猾な目つきをしている・・・
調子に乗りすぎた私は、有りとあらゆる所をくすぐられ、ボロボロにされてしまった。
こんな時だけ息がピッタリ合うとか意味がわからない。
まぁ喧嘩するより全然良いけど、毎回こんなのだと身が持たない。
「フフフ、少しは懲りた?」
「もう!ファビ姉、触りすぎ!温泉入ってくる!」
あちこち触られ恥ずかしくなった私は、温泉に浸かる。
人肌より少し温かいお湯は、弄ばれた私の体を癒やしていく。ゴツゴツした岩や石に、もたれ掛かるように背中を当て、それが刺激となると、私はあまりの気持ち良さに一息吐いてしまう。
「はあ」
(ヤバいトロけそうなぐらい、めちゃくちゃ気持ちいい)
岩に囲まれた浴槽に、樋を通って流れ込んでくる温かい温水の音と、風で揺られ擦れ合う木々の音が、私の体と気持ちを癒やしていく。
「姉様達も早く入った方がいいよ。めちゃくちゃ気持ちいいよ」
鼻歌を歌いながらご機嫌で温泉に入っている私を見た二人は、慌てて体を流し浴槽へ入ってきた。
まぁ気持ち良すぎて顔がトロけている私の顔見たらそうなっても仕方ないか。それ程この温泉とやらは気持ちいいのだ。
「この温泉って凄いわね。こんなに気持ち良い湯浴みなんて初めてよ。毎日入りたいわ」
「じゃあ、アーチェは此処に永住ね」
「無理よ、私を満足させる物が温泉だけじゃダメよ。ファビアの作る料理が無いと生きていけないわ」
「えっ?私一生アーチェと暮らさないといけないの?」
「大丈夫よ、私がお金を稼ぐから。フフフ」
「イヤよ、貴方と一生暮らすなんて無理よ」
「お金には困らないわよ?」
「姉様、私は養ってもらえないの?」
「アーシャは、ルー達に養ってもらいなさい」
「いーっ、姉様の意地悪!」
「ハハハ、アーシャは私達と一緒がいいみたいね」
「フフフ、あんまり意地悪すると、直ぐ怒るからやめとくわ」
年が離れていても除け者したりせず、くだらない事でも私を巻き込んでくれる二人は大好きだ。
「あっ!姉様アレやって!浴槽のお湯でマッサージするやつ」
「ん?まぁ誰も見てないし少しだけなら大丈夫かしら」
「いくわよ」
「パチン」
姉様が魔法を使うと、浴槽内のお湯が私の背中を勢いよく叩き始める。
(んーっ、コレコレ)
程良い水圧が私の背中と腰を刺激する。浴槽がある湯浴みの時は、たまにやってもらうけど、姉様のこれは至福の時を与えてくれる。
「アンタまだ18歳でしょ?何か年寄りっぽい事好きね?」
「でも、コレめちゃくちゃ気持ちいいもん」
「ハハハ、確かにコレはやめられないわね。アーチェの魔法の中では一番好きかも」
「アンタ達、私の魔法を便利な道具か何かと勘違いしてない?」
「でも、姉様達も髪を乾かす時、私に風使わすでしょ?一緒だよ」
(そう!魔法とは人に快楽を与えたり幸せにする為にあるんだよ)
「確かにそうね、私は貴方達三人の魔法は便利な物ぐらいにしか思ってないわよ。フフフ、まぁ私の場合は友達が魔法使いってだけだから尚更ね。だから全然怖くも何とも無い」
普通の人は魔法使いを恐れている。それは超常現象を簡単に生み出せたり、危害を加えたり、昔から人ならざるものとして扱われているからだ。
ファビ姉やアイリスさんは少し違って、友達が何かの因果で魔法使いになってしまっただけだ。
「ファビ姉は、ヴェローナに向かった大道芸人が魔法使いだったら、何の魔法使いがいい?」
「そうね、水と風は居るから、食器洗い魔法とかなら良いわね」
「何それ!そんなピンポイントな魔法なんてないよ!ファビ姉の手伝いじゃん」
「フフ、だって食器洗うの疲れるからね」
シルミーネの町で私がやらかした事も、ファビ姉からすれば些細なことである。受け取り方の問題でもあるし、魔法を使う側の問題でもあるみたい。周りに迷惑かけなきゃいいぐらいの事だろう。
「ちょっと長湯し過ぎたみたいね、上がりましょうか。後で髪乾かすから、アーシャお願いね」
「わかった!ファビ姉が風邪引いたら大変だもんね」
「私は風邪引いてもいいの?」
「えっ?馬鹿は何とかかんとかって言うから・・・」
「アーシャ!」
「ごめんなさい!姉様!」
「ハハハ、アンタ達本当面白いわね。見てて飽きないわよ。カテリーナの方じゃなくてコッチについて来て正解だわ」
私はカテリーナさんの事は、話でしか聞いてないからよく分からない。私がこの劇団に入る以前の事で、知ってるのは私以外の三人と師匠とシルミーネの人達か。いずれ会うとは言ってるけど、カテリーナさんの話が出る度に会いたくなってしまう。
「姉様、カテリーナさんに一度会ってみたい!」
「フフフ、焦らなくてもその内会えるわよ。まぁ性格だけで言うなら、アーシャとファビアの良いところを取った感じかな」
「ファビ姉と私の良いとこ取り?それってつまり完璧な女性ってことなんじゃない?」
「アンタその自信どこから来るのよ・・・割合からすると、ファビアが9でアーシャが1よ!」
「えっ!ほとんどファビ姉じゃん!」
「ハハハ、二人共もう行くわよ。詳しく知りたいならルーに聞いたらいいわよ」
(ルー?何でルーなの?)
疑問を抱える私を今ので分からないなら、まだまだ子供ねと揶揄う二人だけど、サッパリ分かんない。じゃあルーに聞いたらいいのは分かるんだけど、それは何か違う気がするし、自分で導き出さないとあの二人に負けた気がする。




