第92話 断片
手配された馬車にはファビディアナンドが我先にとさっさと乗り込んだ。
かなり大きく豪華な馬車で、中を覗き見ると四人で乗ってもまだ余裕がある。
「わたくしファビの隣に座りたくないですわ。朋斗、貴方が隣にいってくださらない?」
「えぇー……」
「えっと、ロアンさんはどうするの? 王都に戻る?」
すると一同を見送るロアンは、肩を竦めて首を振った。
「まだ処理があってな。兄貴は本家に戻るけど、おれはこの屋敷に一晩泊まる」
「そ、そっか……あの。これを嘉神に会った時渡してほしいんだけど、いいかなあ」
茅峨は小さな手紙を取り出す。
先ほど少し時間があった時に、屋敷の者に筆記具を借りて書いたものだ。
先日の嘉神との通話で言いそびれたこと……
洞窟で初老の未族と出会ったことや魔物を操っていること。
保守派という派閥がクレオリアの貴族と関わっているかもしれないこと。
茅峨はあまり文字も文章も上手くはないが、たどたどしく綴った。
(貴族と繋がりがあるのなら、王都にいる嘉神はそこから未族を調べるルートがあるかもしれないし……)
「全然いいけど、端末で喋った方が早くないか?」
「か、嘉神って忙しそうだから」
それはそうだ、とロアンは少し遠くを見ながら苦笑した。
「じゃ次あいつに会ったら渡しとくな」
「ありがとう……!」
馬車に乗り込む前に茅峨は先程の老医師に呼び止められる。
医師は、傷口の化膿止めと痛み止めの薬を持ってきており、馬車の中で塗るようにと説明してくれた。
高度な治癒術師が居れば傷の完全回復も可能なのだが、この屋敷ではこれが限界らしい。
そもそも冒険者用の補助アイテムが貴族の屋敷にあることが稀だ。
――クリスは既に馬車に乗り、老医師と話す茅峨を馬車の前で待っていた朋斗だったが、ロアンにこそりと話しかけられた。
「なあ、気になってたんだけど君ってさ、目の色的にスキル持ちなのか?」
世間話のような、それでいて興味を隠してはいない声色だ。
「え、おお……まぁそうだけど」
「え〜ヤバ、何持ってんの?」
「鑑定とか……まぁいろいろ」
「“鑑定とかいろいろ”?」
ロアンはぽかんとしてから、あまりリアリティがなさそうな調子で口を開いた。
「朋斗くん、もしかしなくても賢者関係者?」
「……は?」
朋斗の紫の目が丸くなる。
「継承スキルって基本一つだからさ。いろいろ……ってことは二つ以上だろ? 三つまであると普通は賢者接触のレベルだよ」
「……マジ?」
意外にも朋斗は、そんな都合のハナシは知らねえみたいな表情をした。
「……俺にも事情があって詳しく言えないけどさ……もしかしてスキル結構あるのって黙ってた方がいい?」
「うわどんだけ持ってんの。まあヨソに言わない方が安全だろうな。賢者について調べたい輩ってのは裏でそこそこいるからね……って賢者関係は否定しないんだ」
率直に言われ、うーんと腕を組みながら肩口に乗るリィを見る。
「それは不可抗力っつーか、なんつーか」
そうぼかすが、ロアンは笑った。
「といっても、鑑定スキルがある時点で賢者接触確定なんだけどね。あれステータスが見えるっていう規格外技能で、一般ルートだと絶対取得出来ないし。王都で持ってるのも一人しかいないんだよな」
「はぁ……!?」
ロアンが勝手に看破していくので、朋斗は一歩下がった。
「あんた……誘導尋問ずるくねえ?」
「そう? 鑑定って言っちゃったのが不味いと思うぜ」
「そんな世間的なこと知らなかったし……!」
珍しく朋斗は年相応な反応で慌てる。
(つか、こういう聞き方されたら俺は答えられるんだな……それとも目的聞かれてないから話せるだけなのか?)
朋斗の内心をよそに、ロアンはふと思う。
「そういや朋斗くんも嘉神知ってんだっけ。鑑定してみた?」
これもまた興味で聞いているようだ。
「い、一応したけど……」
ロアンと嘉神は話を聞くに同僚で友人のようなものらしいので、そんな人物のステータスが何も出なかった……と軽く言うのは憚られた。
だがロアンはなんとも無しに口にする。
「アイツ、何も出なかっただろ。王都の鑑定スキル持ちもそう言ってた」
「えっなんだよ、出ないこと知ってんのか……」
その言葉に苦笑する。
「世界基準で異物扱いなんだろうな」
「異物って……ロアンサンは嘉神のこと気になったりはしねえのか? 友達……なんだろ?」
近しい者が謎の存在だというのは、気にしないわけにもいかないだろうと思う。
そう考えつつ顔色を窺う朋斗に、ロアンは少し思案する。
「んー気になるってほどじゃないかな」
「ほんとかよ……!? あのヒトってなんか……アレじゃん」
「そうなんだよ、アレだよなー。気にならないのは、俺は嘉神がクレオリアに来た時から知ってるからだと思うぜ。よく分からなかったらなんだあの無愛想な奴って思ってただろうけど、全部知ってるからさ」
「全部知ってる……?」
疑問符を投げるとロアンは面白そうに笑った。
「性格あんなだし見た目も怪しいけど、悪い奴じゃないよ。アイツは嘘付くのも下手だしね」
「……」
「十年とかもっと……十二年前くらいかな、嘉神がこっち来たの。あの頃のアイツすっげーツンケンしてて。で色々あって、俺は嘉神の味方でいようってなったんだよな。腐れ縁みたいなものだよ」
「味方」
反芻する。
(それだけ色々お互い分かってるってことなのか……? 俺は、ずっと一人でやってきたけど……)
孤独の中で、もし味方でいる人物が現れてくれたのなら、それは。
「……もしさ、嘉神サンがこの国にたった一人で来てたら、国賓扱いでもすげえ不安だったと思うんだよな」
「うん?」
「……だからロアンサンが居てくれて良かったって思ってたりするかもな」
浮かんだままのことを口にすると、ロアンは端正な顔に少し驚きを見せる。
そして「どうだろうな」と言いつつも、肩を揺らして笑った。




