第93話 侯爵嫡男の事情
夜が明け、車内での仮眠を済ませたクリスは、まだ眠りこけていたファビディアナンドを叩き起こす。
そしてこの当人が、クリスの魔法や魔法石の存在をいつから、どれほど把握していたかについて問いただした。
「――ファビディアナンド様。貴方は私を異端の魔法使いだと追放しておきながら、実際は魔法や魔法石のことを元々知っていた……そうですわよね? じゃないと隠し部屋に魔法石が安置されていた説明がつかない。貴方までもが水面下で軍事に関わっていたの?」
しかしファビディアナンドは目を泳がせながら、口をモゴモゴと閉ざすのだった。
「だっだから、それは色々事情があって……口外は出来ん!」
「ここまで道連れにしているんですからいい加減喋りなさいよ!!」
「貴様どんどん歯に衣着せぬ物言いになってきたな!?」
クリストファーの普段の口調は、どうやらあれでつとめて丁寧な言い回しだったようだ。
今は向いに座るファビディアナンドに、づけづけと言い放っている。
「クリスの奴、元々不眠症だからあんま寝てなくても勇ましいよな……」
「そ、そうだね……」
それぞれ薄いブランケットにくるまりながらクリスの声で目を覚ました茅峨と朋斗は、馬車の扉の方に身を寄せて小声で呟く。
車内は六人ほど乗れそうな広さで余裕があるが、朋斗とファビディアナンドの間に大きなクッション――その上でリィが丸まっている――と、茅峨とクリスの間にはクリスがファビディアナンドから剥ぎ取った毛布が雑に置かれていた。
茅峨は窓の外を少し覗き見る。
車輪近くは砂埃が立ち、走っているのは整備された馬車道ではなさそうだが、御者の腕が良いのか揺れは少ない。
進行方向には薄っすらと背の高い木々が見えているので、きっとあれが大きな樹林なのだろう。
「……あれ?」
ふと、馬車の外側に貼り付く、白い紙を見つけた。
「…………」
「貴方に黙秘権はありませんことよ。こちらには彼がいることをお忘れでなくって!?」
クリスの声で茅峨は車内に意識を戻す。
突然ズバッとクリスに手のひらで紹介されたのは朋斗で、本人は思わず「えっ」となった。
「くッお目付役の高等級警士か……ハッまさか女装趣味の貴様も……!? 敢えて青少年らを派遣し職種を擬態させているのか……!?」
ファビディアナンドは動揺しながら朋斗と茅峨へ交互に目線を飛ばす。勝手に色々勘違いしているようだ。
それについてクリスは否定も肯定もせず、扇子を口元に当てて意味深な笑いだけを溢した。
悪い顔してるなぁ……と少年二人は思った。
「あまりに発言を渋るようでしたら、ファビディアナンド様が行った有ること無いことを彼らを通して国に申告致しますわよ。嗚呼とても残念です。わたくしはただ自分の置かれた本当の立場を知りたいだけ。素直に話して頂けるのなら他言しないとお約束しますのに……」
「ぐぬぬ…………」
ファビディアナンドは眉間を寄せた。
正直クリスに対しては様々なボロが既に出てしまっている。
(いっそ他言無用を条件に魔法石事情を話してしまうのは有りか……!? し、しかし……)
そう思案しつつ横に座る少年二人を見る。
「あーこっちのことは気にしないで。置き物だとでも思ってくれよ。な、茅峨」
「う、うん」
茅峨はファビディアナンドを見つめる。
レイヴフォードの兄……もしかしたら未族とも関係があるかもしれない貴族。
(未族と関わってて、軍も絡んでくるなら、俺は……)
「そ……そんなつぶらな目で見るな! くそッ……クリストファーのことだな……この話はオフレコだぞ!! 持ち出し禁止だ!!」
ファビディアナンドは意を決したのか踏ん反り返り、座席に深く腰を沈ませた。
「…………クリストファー。お前が魔法石研究の被験者になったのは九歳の頃だったな。私は父上を通して当時からお前のことを知っていた」
「婚約の声を掛けてきたのはわたくしが十歳の時でしたわよね……それは、まさか」
「“魔法石を埋め込む実験は成功した”。そしてお前の魔法使いとしての状態を隠匿と監視をする為に、私はお前と婚約したのだ」
その言葉を、クリスは眉を顰めて受け止める。
その上で疑問点がある。
「……でも」
「何故追放したのか、だろう? 簡単だ。元々決まっていたことなのだ」
「決まっていた?」
ファビディアナンドは臆することなく、クリスと目を合わせる。
「実験後、お前は精神負荷のせいか軽度の記憶喪失になっていた。おかげで埋め込み時には使えていたはずの魔法も発動しない。ここで研究員たちは、過度に刺激をしてはならないと踏んだのだ。異形になられては困るからな」
魔法石が埋め込まれたものは自分の意思で異形の怪物になる。
それは研究員達にとって避けたい事案だろう。
「……我々は様子を見ることにした。故の、ゼムストリス家嫡男の私との婚約だ。あの頃のお前は可愛げもあったからな? フッ私は寛大に承諾したのだよ」
「……」
そう告げられ、クリスは険しい表情を隠さなかった。
「寛大に承諾って……あんた、その時歳いくつだよ」
「二十四だが何か?」
朋斗の問いの答えに少年二人はウワァとやや引き気味になる。
ファビディアナンドの嗜好はさておき貴族間の年齢差の婚姻は無きにしも非ずだが、庶民の二人には想像しづらい。
「そして異形にもならず無事五体満足で魔法が発現した時、クリストファーを追放する。そう見せかけ秘密裏に隠し、軍に貢献させる方針だったわけだ。まさか処遇の異議を大々的にされるとは思わなかったがな!」
「……」
クリスは何も言わなかった。
こう聞くと完全に、何から何まで魔法石研究の手のひらの上だ。
「それに貴族との婚約破棄は時代にも都合が良かった。爵位撤廃が進められる上でも、民衆の評価と理に適っていたからな」
だからこその侯爵家と平民との結婚。
時代が変わっていく先駆けになる。
「お前と私の関係は以上だ。フン、もう気がかりな点などあるまい」
「えっ待って」
口を開いたのは茅峨だった。それは純粋な疑問で。
「どうして魔法石の研究とファビディアナンドさんは繋がってたの?」
それには一瞬、ファビディアナンドは目を丸くした。
「……何が言いたいんだ少年?」
「軍に貢献って言ったよね。クリスをそうするってことは、やっぱり侯爵家は戦争がしたいってこと?」
その問いに、明らかにファビディアナンドの視線が定まらなくなる。
「なにを馬鹿な、戦争ではなく我々は軍事として強固な守りを……!」
「ハァ……」
車内に溜め息が落ちる。
それはクリスのものだった。
「ミヨ大丈夫、その辺り整理は出来そうですわ。ファビディアナンド様、もう取り繕わなくても結構ですわよ」
「なにっ……?」
クリスは豊かな金髪を掻き上げる。
ファビディアナンドの事情も自分の置かれていた立場も分かった。
その上で、クリスの赤い眼は何も曇ってはいなかった。
「貴方、寛大に承諾と言いましたわね? それって誰かに“クリストファーと婚約して監視しろ”と言われたってことですわよね」
「えっ? あ、いや……」
「それを提案したのはレイヴフォード様では? 貴方の動きは全て彼の指示で、貴方は言われたまま動いていただけ……或いは貴方の趣味で、追放などは大仰に演出した。そういうことでしょう」
「そっそんなことはない、私は、侯爵家の嫡男で決定権は私に……!!」
ファビディアナンドが抗議しようとすると、その時大きく音を立てて馬車の重心が傾いた。
歳の差の婚姻、今ではちょっと離れすぎでは?との意見もありつつ、クリスの両親がいない事情もあって、そんな幼いクリスと婚約して救う優しい侯爵子息様…と貴族間で思われる目的の方がファビには強かった感じです。
ロリ好きな面もありますが。




