第90話 伝えるということ-1-
――某町、真夜中の地下酒場。
深夜になってもダンジョンからの帰還組や、時間問わずクエストに出発するパーティの立ち寄りで客数はそこそこにある。
そんな酒場の隅で三人の若者がテーブルに着いていた。
「……魔法石、回収出来て良かったな」
「エリーゼが辛抱強く調べてくれたからだわ。……すげえ感謝してる」
「もう、あたしは恩返しがしたかっただけってずっと言ってるでしょ」
――地下小部屋の問答で、団長に従っただけ、とは言ってみせたが、エリーゼは実際自分の意思でやり切った仕事に満足していた。
「で、ずっと探してた魔法石は手に入れたのに、なんでロズはベソベソしてるの? あ、初めてクリス様を見たから?」
エリーゼの言葉にフードを被っていた男……キリオフィストの頭領であるロズは、きょとんと顔を上げた。
確かに表情はベソをかいてる様にしょんぼりとはしている。
「え、なんでクリス嬢?」
「だって……魔法石を埋め込まれてる人だよ?」
そう言われ、ロズはしょげた顔を更にくしゃりと歪めた。
「あーうん。でもよー、埋め込まれちゃってたら俺らはなんにも出来ねえわけだし、同情するのもなんか違うよなって」
要領を得ない返事をし、ロズは手元のミルクの入ったグラスを傾けた。
「まぁ……確かにクリス様は、同情されても嬉しくないだろうなあ」
「だろ? しかもあのお嬢さん性格キツそーじゃん! “あのぉ〜魔法石の調子とか最近どうすか?”とか聞いても“はぁ?”って絶対なるじゃん!」
「性格キツくなくてもそんなこと聞かれたらはぁ?ってなるって……じゃあロズは何でしょげてたの」
エリーゼが疑問を投げると、横に座る筋骨隆々の男……ザッハがやれやれといった風に答えた。
「グレートボアの件な」
「あー」
その言葉にエリーゼは納得する。
「まじで残念すぎる……アイツを倒しちまう奴がいるなんて思わねーし!」
ミルクを煽りながらロズはさめざめと泣いている。
「レベルもステルス値も最高だったのにな。これで運び出来る魔物また探さなきゃだよなァ」
変装のために太めの黒縁眼鏡を掛けているザッハは、麦酒を片手に冷静に口にする。
その横でエリーゼは果実水を飲みながら全く関係のないことを呟いた。
「前から思ってたけどザッハのそのメガネほんとに似合わないよね」
「うっせ」
「オレは魔物を取っ替え引っ替えしたいわけじゃねえんだよ、あのグレートボアが良かったんだよ……」
「そうは言っても仕方ねえだろ、ちまちました俺ら人間より魔物の方が狙われ易いんだからよ」
「だいたいロズは魔物は危ないって気持ちが薄すぎるんだからね。調教スキルが奇跡なんだって」
「うっうっ……ボア……墓は立ててやるからな……」
「どこにだよ」
「体も光になって消えたじゃん……」
酒場に来客がもう一人。癖のある黒髪の青年が、三人のテーブルに合流した。
「品物、粗方流してきたよ。って、ロズまたミルクで泣いてるの?」
青年も麦酒を注文し、ロズを奥へ追いやって隣に座る。
ザッハが労いの言葉を掛けた。
「おお杯音、さすが量の割に早えーな」
「ゴルドラフの商品を気にしてるとこがあったからね。裏ルートで商売してた所も押さえられたのが大きかったかな」
「あのタレコミあった時は湧いたよな、俺も屋敷じゃなくて街の方行きたかったぜ」
「男の子二人にやられちゃったもんね」
「うっせ」
「あークソ、そうだよなアイツらにやられちまって……!」
ガタリと席を立ったロズは、カウンターに一人で座っていた冒険者の肩を組み出す。
それを見てザッハは目を丸くした。
「あっあの野郎また知らねえヤツに絡みに行きやがった……!」
「アルコール入ってないのにすごいよねぇ」
「よ、余計なこと言わなきゃいいけど……」
「な〜聞いてくれよ、オレ茅峨・斎宮っつー指名手配犯に会ったぜ! ほらあれ、あの手配書のやつな、ゴルドラフに居たんだよ。しかも女の子に変装しててさあ、茶髪にピンクの羽織で……そんでEXクラスの奴と一緒にいて……」
「ちょ、オイゴラ!」
ザッハがロズの首根っこを掴んでテーブルに引き戻した。
「ちょっと、賞金首同士は情報を外野に伝えないの! 暗黙のマナーがあるでしょ!」
「恨み買って返り討ちにあってもしらねーぞ。それがしょっちゅうあったからマナーが出来たんだろうが」
エリーゼとザッハがロズを挟んで口々に小言を言う。
「ンだよ! マナーなんてソレしてれば反感されにくいってだけじゃん、真面目ちゃんかよ! 大体あのガキの田舎モンの様子じゃ、正体知ってるオレを恨んでお礼参りっつー発想も湧かなそうだぜ!」
「お前……あのガキの指名手配概要読んでねえのか?」
ザッハに言われてロズはあまり気に留めてない返事をする。
「んあ? 読んだって。東の方の村の建物壊して、何人か人刺して……とかだったろ。それくらいする奴は指名手配じゃなくてもいるし」
なんの気無しの答えにエリーゼは呆れ、ザッハはあからさまに溜め息を吐いた。
「馬鹿野郎、ギルドにも回ってる手配なんだぜあのガキは。矮小化で出されてる情報に決まってんだろ!」
「え」
「あのね、ザッハが苦戦して杯音が気にしてたっていうから、あたしも軽く鳥飛ばして調べたけど、その村……ネハラ。集落無くなってたよ」
「……マジ? え? それをあのガキがやったってこと?」
「真偽はともかく、逃げてるんだから背景はロクでもねえだろ。なァ杯音?」
「…………」
ロズは黙ったままの杯音をチラリと見ると、彼は少し考えるような顔をしてから笑った。
「僕はまぁ、あの子には関わらなければいいかなあと思ってたけどね」
「……え、オレマズいことした? お礼参りされる?」
「ガキ次第だな」
「あたし知らない」
「ちょ、オイ! なぁさっきオレが話しかけた奴……消えてる!!」
先程絡んだカウンターに座っていた冒険者は、もうとっくに居なかった。
――ゼムストリス屋敷の敷地内、馬車停留所。
屋敷で簡単な湯浴みの場を提供して貰い、準備を済ませた一同はもういつでも出発出来る状態だったのだが……
「これじゃない! 金の刺繍のクッションだと言っただろう!!」
クリスの一声で茅峨達の馬車に同行することになってしまったファビディアナンドは、自身の馬車の乗り心地を最大限検討していた。
「時間無いってのにこのオッサンは……」
呆れている朋斗は礼服からカジュアルな軽装備に戻っていて、いつもの双剣も携えている。
「……」
茅峨は相変わらず少女の服装だが、ファビディアナンドに男子だとバレていることや、キリオフィストのメンバーだったフードの男に指名手配のことが知られているので、このままでいいのかと少し落ち着かなかった。
「おいこの毛布ではウォーム感が足りないだろう、クローゼットの奥は見たのか!?」
「もう!! そこまでこだわるのならわたくしだって見繕いたいですわ!!」
ファビディアナンドとクリスが屋敷へと踵を返すので、朋斗はまだ時間掛かるなこれは……と溜め息を吐く。
そして、毒を受けつつもそれなりにけろっとしている茅峨に向き直った。
「あのさ茅峨」
「うん?」
「蛇の毒もだけどさ、あのザッハとかいう奴に腹殴られたんだろ。本気で大丈夫なのかよ」
その視線は茅峨の腹部を見やっている。
先程までは腹に違和感はあったが、回復薬も効いてきたし茅峨としては特に問題はなかった。
「うん、平気だよ」
「……前から思ってたんだけど、おまえってその体格で結構タフだよな?」
茅峨は笑顔で答えたが、朋斗には少し訝しく思われたようだ。
自分ではあまり体力や耐久面を気にしたことなかった。
……というよりも。
「うーん慣れてるのかも。村でも殴られたりしてたけど、ほら、早く立たないとまたすぐ蹴られたりするから。だから痛がってても仕方ないっていうか……」
茅峨にとっては朝食に何食べたかくらいの説明だったのだが、朋斗はかなり怪訝そうな目付きになった。
「……もう無い村に言うのもなんだけどさ、それどうかしてるぜ?」
「……」
茅峨はなんとも言えず苦笑する。
「でも村の人から殴られるよりも、ザッハって人の方がすごく痛かった。びっくりしたよ」
「そりゃあれはフィジカルのプロみたいな野郎だったし……それでもおまえが今平気そうなのって、やっぱ耐久あるんだと思うわ。もしかして俺よりあるんじゃね」
「そ、そうかな!? 朋斗も思いっきり肩にブーメラン当たってたのに、もう平気そうだけど……」
「俺は慣れてるから」
「俺と同じことを言ってる……」
「……おまえさ」
茅峨は軽口のつもりだったのだが、朋斗は至って真顔で続けた。




