第89話 針の毒-2-
「グレートボアは西の沼が生息域であの大きな樹林を抜けれませんし、こちら側に血清を用意する意味が無かったんでしょうね。そもそもあの大きなモンスターに近づく人も少ないでしょうし」
「俺の知ってるヤツよりかなりデカかったけど、あんなのよく……つか樹林抜けれないのにどうやって来たんだよ、まさかマジで海が経路なのか?」
普段から沼にいるのなら海に潜って移動することも出来るかもしれない。
「あのフードの人が蛇を操ってたのかな……? それともキリオフィストってみんな魔物を操れるのかなぁ」
「とにかく!!」
ファビディアナンドが声を荒げる。
「毒の麻痺侵食はおよそ一週間だ、一週間放置した場合心臓麻痺もあり得る! 貴様は即刻ここを発ちメリス-ナタウの街まで行くのだ!!」
「め、メリ……?」
「馬車は出してやる。ただしここで怪我をしたことを他所で言いふらすんじゃないぞ!」
「え、ファビディアナンド様、どうしてわざわざ馬車を出してくださるの?」
「そんなの決まっている、怪我人がいるということは私の衛兵の価値が下がるということだろうが!」
「?」
茅峨は首を傾げているが、クリスと朋斗は呆れた顔をした。
つまり屋敷の衛兵の守りが薄かったせいで怪我人が出たこと、それを認めたくないからさっさとここから出て隠密に怪我を治しに行け……というわけだ。
「コイツ……守ってもらっといてすげえな」
「……」
クリスはそんなファビディアナンドを見ながら何かを考えるような仕草をする。
と、部屋の扉がノックされ、ロアンが入ってきた。
「廊下まで令息殿の声が聞こえてたけど……メリス-ナタウまで行くのか?」
「ロアン様、状況は如何でしたかしら。避難など全て任せてしまって申し訳ないですわ……」
クリスは眉尻を下げながら横目でファビディアナンドを睨んだ。おまえも警士とちゃんと話せよ、と言いたげだ。
「一旦はここの家令殿と、俺と兄貴で纏めてある。ファビディアナンド殿はあとで家令殿に書類を貰っておいてくれ」
「フン、私に指図するな」
「ファビディアナンドさんの屋敷なのに、主人が率先して処理とかやらないの?」
「な。なんでだろうな」
茅峨は純粋にきょとんとしているが、朋斗はやや笑っている。
「私は当主だぞ? 私がどっしりと構えていなくてどうする。問題の処理は家令や侍従がやるものだ! そもそもヴァレリーの輩がしゃしゃり出ずとも……」
「茅峨くん大丈夫か? 毒喰らってるって聞こえたけど」
ファビディアナンドの主張を無視しロアンは茅峨の具合をうかがった。
「うん、腕は動くし痛みもそんなに無いし大丈夫」
「そっか……嘉神なら毒も解除出来たかもしれないけどこればっかりはなぁ。とりあえずあいつにはクリス嬢のこと含めて今回のこと報告しとくから」
そう言われ、一瞬茅峨は目を泳がせる。
「あ、あの、俺が怪我したことは嘉神には…………」
「うん?」
(……嘉神に言ったら、嘉神はどう思うんだろう)
「心配させたくないか?」
「え!? と、いうか……し、心配……するのかな?」
嘉神と別れた今、嘉神は離れていてもそういう感情を持つのかとか、そもそも自分は人に心配されることはないという、思考の癖などがないまぜになる。
なんとも言い難い気持ちでロアンを見上げた。
「そりゃ心配するだろ。顔には出ないけどあいつあれでも人並みに、身内の大事に動揺はするぜ」
ロアンはどこか面白そうに笑い、茅峨の頭をぽんぽんと撫でた。
「……!」
ロアンが離れても茅峨は目を丸くしてどこかふわふわとしているので朋斗は尋ねる。
「どした?」
「ん……俺、頭撫でられたの初めてでびっくりしちゃった」
「……おまえ」
そんな茅峨を見たクリスが、無言で茅峨に近づいていってわちゃわちゃと頭を撫でる。
「んー、そういえばウィッグですわよね。今度は直に撫でてあげますわね」
「えぇ……!?」
その様子を見ていたファビディアナンドが大袈裟に溜め息を吐いた。
「呑気なものだな……! しかしグレートボアの毒で普通に動けるなど……あの少年はタフなのか?」
「それで令息殿、突っ立ってないで馬車の手配してくれるんだろう?」
「だから! 私に指図するなロアノルド! とっくに馬車は手配済みだ! まったくお前は何様なんだ……!」
「指を差すのは勝手だけど、一応ヴァレリー家は王領地なんだがなぁ」
「うぐっ……あがが」
やれやれと軽く笑いながら言うロアンにファビディアナンドが挙動不審になる。
「えと、王領地って王都のことだよね?」
「ええ、王都内とその近隣ですわ。その爵位持ちの業務処理は王家直下だったり専門的なことも多くて、地方よりも爵位の権威が上……という認識がありますのよ」
「まぁ俺は三男だから、権威も特にないんだけどね」
「そっそうだろう! ふ、フン! だったら私に気安く話しかけるんじゃない! 嫡男でもないたかがヴァレリー家がどれほどのモン……」
「扉の前で嫡男が待機してるけど」
「あがが」
「それにさ、令息殿って爵位撤廃に賛成派だろ? 階級関係気にしてたら器が知れるぜ?」
「そっそれは……いや貴様撤廃したところで私の方が歳上じゃないか!! そこは敬いたまえよ!?」
そうこうしていると馬車の手配が出来たらしく、侍従が部屋まで呼びに来る。
もう真夜中に差し掛かるが、朝を待つ時間は惜しい。
「なあ俺あの辺の土地勘あんまないんだけど、時間かかりそう? てかあの樹林越えたら早く街に着くとかあるのか?」
朋斗がロアンに問うと、思案するように頷きが返ってくる。
「メリス-ナタウの針葉樹林は馬車では越えられないんだよ。足場も悪いし、木の密度が高くて……だから樹林を大回りして街まで三、四日って感じだね。順調に行けば間に合う距離だけど、あの辺は正規の馬車街道でもないから、道中は慎重になるはずだ」
整備された街道でない場合、馬車が走りにくかったり野盗や魔物との遭遇もありえる。
「……そか。ちょっとのんびりは出来ないな」
「茅峨、朋斗。貴方達は着替えてきなさいな。服はファビから適当に貰って」
「は……!? まぁそれくらいなら構わん、私は寛大なのだ」
「このヒトの寛大な部分ってよくわかんねーな……」
「……で」
クリストファーはくるりとファビディアナンドに向きなおった。
「わたくし、貴方にお聞きしたいことが山ほどありますの。でも茅峨の容体の手前、悠長には出来ません。ですから……」
そして無遠慮に堂々と相手を指を差す。
「ファビディアナンド様……貴方にも馬車に乗って、着いてきて頂きますわ!!」
「な、なんだと……!?」
ファビディアナンドは仰天し、茅峨と朋斗も揃って目を丸くした。




