第87話 撃退戦-4-
「あ、やっぱりザッハやられた?」
杯音は朋斗の剣筋を槍の刃先で流しながら、横目でザッハと茅峨を視認する。
(コイツ、変な術師だな……!)
朋斗の仮の双剣、光で強化した剣圧で押しても、流れが逸らされる感覚。
(水の術で光が曲げられてんのか? 理屈は分からなくもねえけど、そんなこと出来るか……!?)
なんにせよこの男も捕えるなら足を攻めるか気絶させるしかない。
そう考えた時――
「――っな!?」
「あ」
突然何かを察知して朋斗の動きが止まり、杯音も同じく動きを止めて顔を上げた。
「迎え、来ちゃったね」
「なんだあれ……ステルスででけえ気配があるとは思ってたけど……!」
庭園のガス灯にのそりと照らされた大きいもの。
見上げれば夜闇の中に、屋敷の屋根よりも高く巨大な黒い影が揺れている。
その瞬間杯音は朋斗から離れてザッハに駆け寄り、側に居た茅峨を水球で牽制する。
(……まぁすぐ蒸発させられそうだけど。グレートボアにびっくりしてるからいけるかな?)
「あ、あれは、なに……!?」
大きな影が頭上から降ってくる。
茅峨が焦ってその場から避けると、何かが勢いよく地面に叩きつけられた。
「くっ、尻尾……!?」
周囲の水球をスフィアで消しつつ、その質量を見て驚愕する。
緑色の巨大な爬虫類のような尻尾だ。それによって地面が破壊されたどさくさで、杯音はザッハを風で浮かせた。
「あっ!」
「ごめんね、でもきみもこの子には勝てないよね」
闇から現れたのは、深い緑色をした巨大な蛇だった。
屋敷の高さ以上の――太い背丈の怪物。鎌首をもたげて黄色く煌々とした目がこちらを見下ろしている。
「……ッ!」
大男が杯音の風によって大蛇の袂に運ばれてしまったので、茅峨は切り替えて急ぎ朋斗に駆け寄った。
「朋斗大丈夫!? その……あれはなに……!?」
「グレートボアだろうけど一段とでけえ! しかもこの辺のテリトリーじゃねえはずなのに!」
キリオフィストが魔物を操れるのなら、この大蛇も同様ということか。
「お二人とも無事かしら!? 今そっちに巨大な……!!」
と、別の方向からクリスが走ってきた。
「クリス!? 待って、今来たら危ないかも……!」
「……」
朋斗は腰を落とし大蛇を見上げる。
……巨大生物の頭頂部に人影が見えた。夕方に街で見かけたフードを被った男だ。
その男が下に呼びかける。
「おい、撤収だ撤収! 警士すげー来てっから! ……あ? ザッハやられてね?」
怪我を負う仲間に気付いて下方を覗くと、少年少女が目に入る。
「お、指名手配クンじゃん。アイツらにやられたん? お礼しとくか!」
そう笑うが、フードの男の袖が隣に居た少女……エウリュディーケに引っ張られた。
「待ってロズ! EXランクが来てるの! あのランクってチートだし長居したら不味いよ……!」
そう早口で言う彼女の横に、どう跳んできたのか身軽に杯音が降り立った。
「ねえロズ、ちょっと僕的に不味い子が居るんだ。気のせいじゃなければあんまり関わりたくない」
「はぁ?? テメェらマズイマズイってなんでンなのとかち合ってんだよ!」
フードの男が文句を言うと、大蛇の下方から強い光が広がる。
発光源は大蛇、ではなく、すぐ近くまで迫ってきていた双剣の少年からだった。
「あ、ザッハ下に置いてきちゃった、結構怪我してるのに」
「えっ……!?」
杯音の言葉にエウリュディーケが漠然と目を丸くして見下ろす。
「ちょ本気で不味い、ロズ、交戦して!」
そう言い放って彼女は大蛇の頭上から躊躇なく飛び降り、杯音もそれに続いた。
――朋斗の双剣が蛇の腹へ横薙ぎに入る。
ぐらりと巨体は揺れたが踏み留まり、その顎が大きく開かれた。
「くそ、浅かった! わりぃ茅峨防御してくれ!!」
蛇の口の中がギラリと光る。
「お、おいなんなんだこの状況は……!?」
と、後ろから走ってきたファビディアナンドを見て、茅峨は焦りつつロッドに力を込めた。
「お願い、風……!!」
ファビディアナンドを背後に庇いスフィアを発動させると同時に、大蛇の口から無数の針が放たれる。
「ちょっファビ下がりなさい!!」
「おわわわなっなんだ!?」
クリスの声と大蛇に反応してファビディアナンドは足を停め、無数の針は暴風で撃ち落とされた。
(うッ……ちょっと掠った……!)
茅峨が顔を顰める横で、夜の庭園が一際眩く光る。
茅峨からは光と土埃ではっきりと見えなかったが、おそらく朋斗が跳躍した。
そう把握したと同時に、グレートボアの巨大な鎌首が光の剣戟で吹き飛ぶ。
「――――、、」
鳴き声をあげる暇もなく盛大に頭部を破壊された巨体は、粉塵を立てて倒れ込んだ。
大きな音と共に庭園が揺れた。
「……は、……これいけたよな? 首が生えてくるとかねえよな……?」
朋斗は息を吐いて大蛇の身体を仰ぎ見ると、魔力の光が次々こぼれ霧散していくので討伐に安堵する。
間に合わせの双剣をくるりと回して光の強化を解いた。
「……あのガキマジかよ、大沼の主だぞ。一撃で頭消し飛ばしやがった」
やや離れた場所でザッハが半笑いで呟く。エウリュディーケの治癒術で立ち上がれるようになっていた。
「ありえねー! ボアを運び屋にして帰るつもりが……おいザッハ生きてるか!?」
「普通に生きてるわ、いいからテメーは先行け」
「ああ、ってなんか部下共野次馬になってやがんな!? 各自さっさと散れ!!」
いつの間に地に降りていたのかフードの男が大声で指示し、当人はそのまますぐ闇に姿を消す。
気付けば庭園は残りの盗賊団員や警士も現れてごった返している。
人質だった貴族達も屋敷から顔を覗かせ、現状を見ようとしていた。
盗賊達の何人かは警士に確保されているようだったが、フードの男の指示で逃走している者もおそらく多い。
「……エリュー!」
庭園の死角の暗闇。
ザッハを治療しそこに潜んでいたエウリュディーケにクリスは駆け寄った。
「……クリス様。エウリュディーケはもう居ません。というか、元々そんな子は居なかったの。私の本当の名前はエリーゼだし」
クリスの目を見て少女は告げる。
「……エリーゼ」
ポツリと名を反芻し、片手を伸ばした。
「魔法石を返しなさい。あれは人に扱えるものではないわ」
「団長が持ってる。安心して。売ったりなんかしない、譲渡もしない。ちゃんと保管するから」
「あ、安心って……貴方達は一体……」
少女にそう強く返され、クリスの手は半ば覚束なく下された。
それを確認して、少女は少し微笑む。
「ただの盗賊だよ。そう……あたしは盗賊だから、クリス様の友人にはなれない。そこは少し……残念」
「……」
どことなく自嘲する少女に、クリスは眉間を寄せる。
「……それ、以前にも貴女に言われたことがあったわね。友人になってお茶をしたいと貴女を誘った時に」
――あたしは一介の侍女ですので、クリス様のご友人になるなど烏滸がましい立場です。
そう彼女に告げられたことがある。
「……まぁ、わたくしにとって立場とか関係ないのだけど」
「え?」
「だって、なんだかんだで一緒にお茶して色んな話をしたでしょ? まぁ貴女がわたくしに気を遣っていて、わたくしだけが友人と思っていて、楽しかっただけなのかもしれないけれど」
その言葉に少女は少し間を置き、首を横に振った。
「それは大丈夫。あたしも楽しかったし、ああは言ったけどその時だけは友人でありたいと思ってたから」
「……楽しかったの?」
「うん。だってクリス様って感情先行でオーバーアクションで百面相で、話してても見てても一生面白いんだもん」
「それ褒めてます? ギリ悪口じゃない?」
「うふふ」
両手を口元に当てて少女は笑う。
彼女は盗賊で、今から颯爽と逃げるのだろう。
魔法石のことも含め色々聞きたいことはあったのだが……クリスは上手く言葉が出てこなかった。
「……じゃあね、クリス様。あたしが捕まってなかったら、またどこかで会うかもね」
「……あら、逆じゃない? 牢屋に入れられたら会い易いと思うわ」
「えー、捕まりたくないのでそれは困ります」
その答えに、クリスはどこか愉快さを含ませて苦笑した。




