第86話 撃退戦-3-
屋敷の庭園。
ザッハと呼ばれた大男が舌打ちする。
「ざけんな、やられてねえよ」
「膝ついてるし色んなところから血も出てるけど」
「擦り傷だわ。テメーこそ遅かったじゃねえか」
「うん、この街思ってたより私財が豊富で」
そう口にしながら細身の男は、ロッドを握り締めている茅峨を見つめた。
「ああこの子か……それならやられちゃうかもね。この子ってもしかしたら……」
「このガキだけじゃねえよ、剣士系の奴もいる」
「え、ザッハ物理には強いでしょ? 術には弱いけど」
だから護符持たせてくれてるのに、と男はきょとんとする。
「あー……」
術に弱いのは自覚がある。
逆に物理で遅れをとることはないはずだが、あの紫目の少年の光る刃は自分の足を斬った。
「あのガキなんか術式でも仕込んでんのか……? あ! つか紫の目ってロズと同じじゃねえか!」
「?」
急に指を差されて朋斗は眉を顰める。
「スキル持ちでも色々あるから、ロズと同じとは限らないよ。それで……」
男は茅峨と朋斗に向き直る。
「悪いけど撤収の時間なんだ。ザッハは貰って行ってもいい?」
その言葉に少年二人は構えを取った。
ザッハという屈強な男は今おそらく立てない。そして目的はキリオフィストを捕えることなので……
「ここで逃すわけねえじゃん。賞金首だって自覚ある?」
「……」
茅峨は無言で見据えた後、黒髪の男をもう一度確認する。
屋根の上で戦った時、彼は術を使ってきた。ザッハとはかなり違う戦い方。
「わぁすごく見てくる。うーん引いてくれないのなら、ちょっと痛い目に遭って貰おうかな」
男は腰に携えていた鉄の装備を外しオート展開する。
それは刃の大きな長物に組み立てられた。……槍のような武器だ。
「杯音テメー、それ言いたかっただけだろ」
「うん、盗賊っぽいでしょ」
盗賊二人の軽口を耳にしながら茅峨と朋斗は目を合わせる。
「あのザッハって奴、たぶん幹部レベルだろ。そいつにタメ口てことはあの黒髪もヤバいんじゃね……てかもしかして上で茅峨とやり合った奴?」
「う、うん……」
屋根の上では魔物も交えていたので分かりにくかったが、確か術のモーションがとても早かった気がする。
「ッ朋斗動いて!」
杯音という名らしい黒髪の男は槍の矛先をこちらに向ける――と同時に、茅峨と朋斗の目の前に水球が広がった。
「!? なんだこれ!」
朋斗はナイフで斬り払い、茅峨は水球をスフィアで蒸発させた。
「顔、水で捕まったら息出来なくなるから!」
「何それ怖!」
そう反応する間に水球が二人の周辺に拡散される。
槍が武器のようだが、術発動に対するロッドか杖代わりの媒体を兼ねているらしい。
「あのガキ共……双剣使いもワケアリなんじゃねえかと思うけどよ、あのお嬢ちゃんも術師にしては妙だぜ。まるで……」
「ザッハもそう思う?」
「……どうすんだ?」
「僕としてはあんまり関わらない方向でいきたいなあ」
「オマエはそう言うだろうな。けどやらなきゃやられるぜ!」
ザッハはそう言いながら巨体ブーメランを振り被って投擲する。
「アイツあの足でまだ踏ん張り効くのかよ!?」
ブーメランを大きく避けつつ水球を潰しながら、朋斗は杯音の間合いに素早く入り込む。
「わ、速いねきみ」
少し驚きつつも男は無駄のない動きで朋斗の剣筋を弾いた。
その隙に周囲の水球が次々に爆発する。
(水を無くしてから……こっち!)
茅峨は庭園内に立つガス灯を素早く捕捉する。その灯を使ってスフィアで水を相殺し、旋回するブーメランに火力を向け……
『――馬鹿お前、ブーメラン燃やそうとしてどうすんだよ!!』
「!?」
突然声が頭を殴ってきて、茅峨はスフィアは発動せずにすんでのところで巨大な投擲をかわした。
「セ……セレキっ!?」
『あんなデケェの燃やしたら惨事だぜ!? 周りが木と草ってのも忘れてんじゃねえ!』
言われてハッとする。庭園……ここで安易な炎は出せない。
「どうした嬢ちゃん、急に隙だらけじゃねえか!!」
目の前に迫っていたザッハの振り被った拳で、勢いよく腹を殴られた。
「……ッ!!」
身体が浮き、一瞬息が止まる。
(……す、ごい、今までで、いちばん深い)
村での出来事のフラッシュバックと同時に比較してしまう。
正直場数のせいで痛みには耐性があったと思うが、村で殴られてきたことの比じゃない。
「がはッ……」
地に落ちて咳き込みながら見上げる。
……大丈夫、まだいける。
「……テメー、殴られて笑ってんのはいい趣味じゃねえぞ。それとも愛想か? 残念だが俺は女子供でも手加減しねえって決めてんだよ」
「……」
この大男はあの足の怪我でも動いている。その耐久力が不味い。
『クソ面倒臭ェ、おい茅峨! コイツの動きスフィアで止めろ、俺様がカニ公にやったヤツ教えるから』
「えっ止めるなんてこと出来るの!? 自然の力で……!?」
「あ? このガキいきなり何言ってやがる」
突然独り言を話し出した茅峨を見下ろし、ザッハは目を丸くする。
『……お前、異能が自然を操る能力だと思ってんのか?』
「ち、違うの?」
『違うこたねえけど……』
「ブツブツわけわかんねーこと言ってんじゃねえ!!」
ザッハの手元に戻ってきてたブーメランが勢いよく振り下ろされ――
その瞬間、茅峨の前に障壁の壁が展開された。
「なに!?」
「え……!」
朋斗に一枚貰った白い人形の紙が浮いている。
ザッハは武器と共に体ごと光の壁に弾かれた。発動は朋斗の意思とリンクしているようで、離れたところから朋斗が叫ぶ。
「ちょ、目え離した隙にやられてんなよ!! ビビるから!!」
「ッコイツ、バリア……!?」
弾かれた体勢でザッハの懐が空いた。
「……っ!」
そこに手を伸ばし体に接触、茅峨はセレキが紡いだスフィアを発動させ――
(こう……、かな……!?)
神経伝達を止める。
「ンぐ!? ……あ!? う、動かねえ……!!」
ザッハはその場で腰が抜けるように崩れ落ちた。
「か、……は」
力が入らないのか地面で伏せっているザッハを、茅峨は立ち上がって見下ろす。
まだ腹部の痛みと迫り上がるものがあるが、幹部の一人は止められた。
(スフィアは自然を操る……ってわけじゃない?)
いや、今それを考えている場合じゃない。
あとは細身の男だが……
「……え? なんだろうこの影」
周囲は橙色のガス灯で薄っすらと照らされている。
灯で照らされ落ちるのは、庭園の木々や屋敷、自分達の影だけのはずだが……それとは全く違う、大きな影が揺らめいた。




