第85話 撃退戦-2-
怒涛の状況に、人質になっている賓客達は血相を変えたり震えたりしている。
彼らの周囲には今も朋斗の障壁アンカーが効いているが、元々発動後に持続性があるスキルではないので、もうすぐ効果は切れるだろう。
「リィ、おまえは客の人らと一緒に居ろ。アイツが人質を攻撃するとかはたぶんねえだろうけど、万が一やばかったら力使っていいから」
「……」
リィはやや思うことがあるように振る舞ってから、小さく鳴いて返事をした。
出来るなら賓客達をどうにかして安全な場所に行かせたい。
「あの……」
茅峨がおずおずと口を開く。
「この人達を解放してもらえない、かな……」
「アァ?」
「屋敷から物を盗るための人質だったとしたら、もう充分なんじゃないかと思って……」
“コイツらを解放して欲しければ金目の物を寄越せ”、という具合なら、もうこの屋敷は制圧したも同然なので人質の意味は無いような気がする。
……という風に交渉したい。
「あ〜……まー別に最初からココにゃ殴り込むつもりだったし? 人質なんかはついでに確保したって感じだけどよ」
大男はそう答えているが、のらりくらりといった態度だ。そして笑う。
「ハッ解放なんざしねえ! 人質がいればテメーらは派手に暴れられねえが、こっちは好き放題出来るからなあ!」
「えっ……」
「……普通に良心無いタイプだったな」
朋斗がジト目で呟いた。
人質が逃がせないなら、この大男と自分達が離れるしかないが……
(どうしよう、なにか考えなきゃ……!)
「つかアンタら賞金首がどっから入ってきたんだよ、外門は検問あっただろ」
「ここは貿易港だぜ、海からに決まってんじゃねえか! ンで、街も今日は祝いの日だから物騒にしたくないっつって、監視員も衛兵も少なくさせてたんだわ。“妻”からあの坊ちゃんに頼みゃ一発だったぜ」
「はあ……!?」
普通は祝いの日だからこそ厳戒態勢を敷くべきじゃないのだろうか。
「まじファビってさあ……」
「うーん……」
呆れとわずかに苦笑をしながら、茅峨はふと思いつく。
(この場所から離れる方法……)
「お喋りはしまいだ! こっちもダラダラしてるわけにはいかねーんでな!」
「朋斗!」
大男の投げた巨大なブーメランが、大広間の柱を砕きながら弧を描いた。
「えっなに!?」
それを伏せて避けながら朋斗は目を丸くする。何故か茅峨がこちらに走ってきた。
すぐ側まで駆け込み小声で訊ねる。
「あの人の足元、崩せる!?」
「……おう、やるわ」
すぐに二人は別れ、茅峨は未だ勢いよく広間を旋回するブーメランにロッドを向けた。
「当たって……お願い!!」
対象目掛けて叫び、横薙ぎの風を叩きつける。
軌道がわずかに逸れたブーメランは人質を覆う障壁を掠め――悲鳴が上がる――そのまま広間の大きな扉に突き刺さった。
人質達の障壁は掠めた衝撃で解除され、木造りだった扉は壊れ、周辺の壁の石片が散る。
男の手元にブーメランはない。が。
「やっぱこっちに来るよな……!!」
「分かってんじゃねえか!」
背後に人質がいる朋斗の方に男は踏み込んで来た。
男の目立つ武器は確かにブーメランだが、この屈強さで拳を振るわないわけがない。手の甲にはきっちりナックルを仕込んでいる――しかも速い。
避ければ人質側へ抜かれるので、朋斗は前へ出るしかない。
振り下ろされた拳をナイフの光で受け流すが、衝撃だけで腕が痺れた。
「っ、ヤッバ、まともに受けたらキツいわこれ……!」
「テメーのその光ってるヤツ、魔物特化だろ! ニンゲン様とやり合えんのか!?」
「うるせーな、出来ればやりたかねーよ!」
何故なら剣でもナイフでも串でも、物理的に人間に刺せば致命傷を与えられてしまうわけで。
「でもアンタ、こっちを潰す気なんだよな。じゃあもちろんやられる覚悟もあるよな……!?」
そう漏らして朋斗は笑った。
「あ? なに調子に乗って……」
大男が一瞬きょとりとすると、その頭部が爆発した。
「グハァッ!?」
茅峨の炎のスフィア、男が対処出来ないうちに朋斗は即席の双剣を振り被る。
恐らく男は防護アイテムかなにかを持っている。なので攻撃前提ではなく剣圧で男を後ろに吹き飛ばす。
とはいえ流石の体幹なのかあまり飛距離は出ない。
「は……! 術師が居やがるのは面倒だな! エリーゼの護符があって良かったぜ」
男は頭部を燃やされたのに笑っていて、その護符とやらでダメージは少ない。
直後、壁に刺さっていたブーメランが唸りを上げて戻ってきた。
「自動回帰……!?」
その線上にいた茅峨は驚いてかわしたが、大男がブーメランを手にするのと朋斗が間合いに入ったのは同時だった。
「遅いぜ、オッサン!!」
「!?」
光の双剣が砕いたのは大男の足元。
大理石の床が盛大に割れ、男はバランスを崩し身体が浮いた。――ここだ。
「お願い!!」
発生した暴風は勢いよく大男を巻き込む。男は先程ブーメランで壊れた扉に一直線に運ばれ、風は広間から外に向かって突き破った。
扉の先は……屋敷の庭園だ。
青く茂った大きな植木に大男は激突し、美しく剪定されていた木々は無惨にも崩壊した。
「おお……! 上手くいったじゃん」
二人も庭まで駆け寄る。
体幹があっても浮いてしまえば吹き飛ばせるのでは……という茅峨の考えだったが、全部説明しなくても朋斗がすぐ動いてくれたのは有り難かった。
「……でも、あの人きっとまだ全然動くよね……」
土煙が舞っているなか大男の影が揺れ、朋斗の顔色が変わった。
「ッこっちだ!」
背後から旋回したブーメランが飛んでくる。
茅峨の手を引っ張って避けさせたが、朋斗自身は避け切れず巨大な刃が肩を掠めた。
「ぐッ……」
「朋……っ!」
更に追撃。大男は戻ってきたブーメランを掴み、そのまま土煙を巻き込んで縦に振るう。かろうじてよけたそれが地面に穿たれ、足元が大きく砕けた。
「……おいおい、誰はまだオッサンじゃねえよ」
「……裂けて!!」
圧縮された風がブーメランに正面から衝突し、空気が爆ぜる。真空波はブーメランの表面を派手に裂いたが、だが破壊まではいかない。
「か、硬い……ッ!」
茅峨の周辺でバチリと風が弾けスフィアの動きが止まってしまう。
「ハッこんなんで本当に俺を捕まえるつもりかあ!?」
「だから加減がしにくいんだよ、逆にアンタ下手したら死ぬからな?」
いつの間にか大男の背後に回っていた朋斗が、後頭部を肉刺し串の柄で思いっきり殴った。
「ガッ!?」
次いで光で強化伸長したナイフで男の体躯ごと薙ぎ払う。
「ごめん、やるね……!」
体勢が崩れた男に茅峨は、今度はブーメランではなく身体目掛けて真空波を放った。男の皮膚が細かく裂けて血が吹き出す。
(う……これでも動きは止められないよね、でも深くやりすぎたら……!)
(こっこのガキ、術にしちゃモーションがおかしい! ロッドが媒体にしたってガキの発動スピードじゃねえ)
その思考のわずかな隙、朋斗は低く滑り込み、男の足を一閃した。
斬られた膝が地に着き、それに対し大男は素直に驚く。
「うお……!! へえ、マジかよ」
「……アンタすげえな、これだけやられても全然軽口叩くじゃん」
男の動きは削ったはずだ。これで回復アイテムか治癒術を使われると厄介だが、そんな様子はない。
「嗚呼クソ下手したら死ぬってンなワケねえだろって思ったが、……イキリじゃねえのかよ、これだからランク高そーな奴はイカレてんだよ」
「朋斗肩大丈夫……!? ど、どうかした?」
「ああいや、いつもの剣だったら加減分かんのに、これだと峰打ちが出来ねえんだよな……」
カトラリーナイフと長尺串を見てぼやく。
慣れない物を武器にして光で強化すれば、それこそ肉刺し串がソレそのものになってしまう。笑えない。
茅峨も茅峨で、サイコスフィア全開で真空圧を使えば惨状になってしまうことは分かっている手前、この男がどれほど防御力が高いのか戦闘初心者の茅峨では把握出来ない。
「俺も、人だと加減が分からないから下手なこと出来なくて……」
「テメーらマジで何?」
少年二人がなんか怖いことを言っているので大男は若干挙動不審になった。
「――あれ? わ、もしかしてザッハ、やられてる?」
不意に庭先に声が掛かった。
三人が顔を上げると、庭の暗闇からふわりと黒髪の男が現れる。
それはつい先程茅峨が対峙していた細身の男だった。




