第82話 地下小部屋-1-
リディアは王女の立場で、それでいて正義感がきちんとあった。
盗賊を見つけ警士に報告だけすれば良かったところを、リディアはプライドも兼ねて捕まえようとした。
(リディアなら、たぶんこの場面でも戦おうとする……シルヴァさんには止められそうだけど)
そう思って茅峨は苦笑する。
……それに。
『――貴方は一般人で善人で、悪意に傷付けられてほしくない。そして悪人は捉えられるべき。その為に使える力があるなら、遠慮しないで欲しいのよ』
以前遺跡でキリオフィストと対峙した時、彼女は茅峨にそう言った。
……だからそれを免罪符にする。
「正義感じゃなくて……スフィアで村を焼いたけど、俺はそうじゃない使い方をしたい。誰かを守るとか。捕まえたいって言ったけど、偽善みたいな感じかも」
正当性の高い理由で力を使って、罪を中和したいという気持ち。
……抽象的だがそんな気持ちをセレキは汲み取ったらしく、急に内から声が聞こえた。
『そんなとこ兄弟で似るんじゃねえよ』
と。
「ご、ごめん。俺、きれいな考え方してないよね」
「ギゼン……」
ぽつりと反芻した朋斗は、逆にあまり腑に落ちていないようだった。
「それ、たぶん結果考えたら関係無いしべつに良いとは、思う」
「……え?」
「だって端から見たら普通に善いことやってるわけだろ。しかもさ、自分では人助けしたつもりでも相手にとっては余計なお世話だったパターンもあるじゃん」
朋斗は側に落ちていた晩餐用の銀のカトラリーナイフを拾う。
「だから動機はなんでも良いっつーか。行動する理由ってのは自分には重要だろうけど、相手にとっては関係無いと思うぜ。おまえが偽善で助けようが素直に助けようが、感謝する奴しない奴、出てくるもんだし……ってこれ俺の返事合ってる? なんかズレてる気してきた……」
「…………うん」
茅峨は眉尻を下げて少し笑った。
「ウンて」
「そ、そういうウンじゃなくて……あっセレキがもっとシンプルに考えろやって言ってる」
「茅峨が出てても喋ってくんのかよ! じゃあ来賓は一般人なので守る、盗賊は悪い奴なので捕まえる、魔物倒して人質解放。でいいだろ。偽善とかしらねえ!」
そう明言して朋斗はナイフに光を纏わせ、その勢いに茅峨はつい笑ってしまった。
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屋敷の奥へと走る。
本来なら大広間の中央の大階段から先程エウリュディーケの居た階上の壁にぐるりと沿う廊下に出られるのだが、その道順ではあまりに目立ちすぎる。
瓦礫を目隠しにしながら大広間の後方へ向かい、壊された扉から屋敷の更に奥へ。
ベルベッドの絨毯が敷かれた廊下で、盗賊団が行き来していた。
その様子にファビディアナンドは屋敷を好き勝手歩かれることに憤慨していたが、こう堂々と侵入されてしまってはどうにもならない。
「おい! あの不躾な輩を魔法で懲らしめられないのか!」
「あらファビディアナンド様、異端の力をそう易々と使っても宜しいのかしら」
「構わん! 緊急事態だぞ!!」
ファビディアナンドの自己周辺を棚に上げる性分は本当にいけすかない。そうクリスは思っているものの、あからさまに盗みを働いている者達を放置するというのもなぁ、という気持ちである。
クリスは廊下の出会い頭に現れた盗賊団員二人――毛皮の重そうな絨毯を丸めて運んでいた――を雷の魔法で痺れさせてやり過ごした。
「いいぞ! もっとやっても良い!」
「うるさいですわねえ……」
廊下で気絶している団員達を飛び越え、エウリュディーケを探す。
「それで、あの子の行き先に心当たりは!?」
「う、うむ。エウリュディーケは魔法石を貰っていくと言っていた……恐らくそれを安置している部屋だろう」
「……」
クリスは深く訊ねなかった。ここでファビディアナンドに詰問すれば時間を食ってしまう。
魔法を否定したくせに魔法石の存在を知っているだなんて、意味不明すぎる。
(わたくしは……わたくしは、この人にとって一体何だったの……?)
屋敷内部の階段から二階へ、それから突き当たりの廊下と進む。
「……あそこだ! やはり開いている!!」
ファビディアナンドが指差したのは、クリスも知っていたはずの屋敷のとある廊下。
その白く厳かな壁の一部が、ぽっかりと口を開けている。
「嵌め込み仕様の壁……!? こんな絡繰が……」
しかも高度な術式の跡が窺える。
普段はきつく隠蔽されているのだろう。
「魔法石のある場所は地下だ。だがこの二階からしか階段は下へ伸びていないし、あの部屋を知っているのは父上とレイヴフォードだけ……」
訝しげに眉を顰めるファビディアナンドの背を押し、クリスは早く階段を降りるように促す。
「エウリュディーケはなんで知ってたんですのよ」
「………………」
「……貴方、喋ったの? 血筋しか知らない機密を?」
階段を降りるファビディアナンドを後ろから見ても、彼が滝汗を掻いているのが分かる。
「エウリュディーケがまさかそんな、こんな事態になるなど思わないだろう!? それに隠し部屋を知ったとてあの壁の難読術式を解くなんて出来ない!!」
「思わないとか出来ないとかじゃなく言って良いことと悪いことがあるでしょう!!」
「我が妻だぞ!? 何でも話しておいて然るべきであろうが!!」
「婚約者だったわたくしには何も話してくれなかったじゃない!!」
口調が乱れるほど声を荒げてしまい、ファビディアナンドがこちらを振り向く。
また己やエウリュディーケを擁護する罵声でも飛んでくるかと思ったが、当人は何故か居心地が悪そうに目を逸らした。
「お前は……。いや、お前に言う必要は無かった」
「……」
階段を下り終え、細い通路を進む。石造でどこか無機質に思えるその道を進むと、先の小部屋から灯りが漏れていた。
「エウリュディーケ……!!」
部屋の中央にいた少女は呼ばれるとゆっくりと振り返る。
部屋はまるで魔術師の穴蔵のようだった。
壁に敷き詰められ所狭しと陳列されている古文書、奇妙なアーティファクトや魔力を帯びた岩石などが、専用の棚や箱にきっちりと置かれている。侯爵家の実質当主……ファビディアナンド達の父親の几帳面さが窺える場所だ。
クリスもこんな状況でなければ嬉々としていただろう品物の数々が並んでいる。
部屋の中央には他の物より一段と装飾の凝らした台座が置かれていた。
が、台座上には何も無く、エウリュディーケは既に何かを持っている。
その手の中で小さな赤い石が鈍く輝いた。
「追いつかれちゃった……しかもファビディアナンド様まで来るなんて。あなた臆病だから即行で逃げたのかと思ってたのに」
エウリュディーケは普通に驚いた顔をしている。
今までの態度や口調を知っている二人は、その空気感の違いに戸惑いを滲ませた。
「クリス様も。せっかく勝手門から逃げてって忠告したのにな」
「エウリュディーケ、お前は何なのだ……!? それにその台座には厳重に封印術式が施してあったはずだ! 一般人のお前に解けるはずが……」
「うん、確かに時間掛かっちゃったけど、あたしって結構すごい術師なんだよね。これって秋冷戦争の後に封印したやつでしょ? それなら大体の術式って相場が決まってるから」
十七歳の少女の笑みと口調。だがこのエウリュディーケは……
「……貴女、キリオフィストなの……?」
眉根を寄せるクリスの問いかけに、少女は赤い魔法石を大事に持ちながら微笑んだ。




