第79話 異議主張-2-
「……ではファビディアナンド様。わたくしが魔法を使用出来ることを、何故貴方様は知っておいでなのか? まずそれを皆様にご説明するべきかと存じます」
クリスが平静に振る舞いながら口を開いた。
「は……はあ? 何故って、それは現にこの目で見たからだ!」
壇上でファビディアナンドははっきりと口にする。
「貴様が魔法とやらを我が屋敷の庭で、詠唱も媒体もなく瞬間的に発動した……それは術では有り得ない!」
「ええそうでしたわね。ではわたくしは、どういった理由で発動したのでしょう」
「そっそれは――」
そのクリスの言葉にファビディアナンドはあからさまに返答に詰まったので、隣のエウリュディーケが言葉にした。
「木を燃やしましたね、クリス様は」
「……」
周囲からは「屋敷の木を燃やすだなんて無礼では」という声と共に、「でも何故」「木だけ?」と呟きが上がる。
「その日はファビディアナンド様とあたし、クリス様と家令が庭に居ました。雨は降らずとも遠くには雨雲。そして遠雷が跳ねて、突然当庭の大きなモッコクの木に落ちました。あたし達は丁度その近くにいて、周辺に飛び散る白い稲妻と轟音を覚えています。一瞬のことでした……」
情景を思い出すように、エウリュディーケは少し目を伏せる。
「その時あたし達の周囲に氷の壁が現れたのです。氷は稲妻を通さず、更には雷で破壊された木がファビディアナンド様とあたしの方へ倒れてきた。ですが、そのモッコクの木はあっという間に巨大な炎に巻かれ消し炭となりました」
「そ、そう……だった、な」
ファビディアナンドは小さく頷く。
「ファビディアナンド様は、クリス様が魔法を使ったのだと瞬時に見抜かれました。そしてクリストファー様も否定しませんでした」
「……ええ。わたくしはあの時初めて魔法を使いましたが、わたくしが発動したのだという実感はありありと感じました」
「クリストファー・ジアルクエが若様達を魔法で守った……?」
来賓達は小声で囁いている。
クリスがまずここではっきりさせたかったことは、クリスの魔法使いとしての是非だった。
「……それで。クリス様は、ファビディアナンド様とあたしを魔法で守ったことを配慮しろと言いたいのでしょうか?」
「フン!」
ファビディアナンドは鼻を鳴らす。
「確かに貴様は魔法を発動し我らの身を守った。私はな、その事実には勿論感謝している。しかし! 巨大な木を一瞬で燃やし灰にする力を野放しに出来るのか? 答えは否だ。侯爵家から追放し幽閉する決断を取るのは私も心苦しかったのだよ」
「……あの時わたくしの力を調べてくれるとおっしゃった結果がそれだったのですか?」
「ああそうとも!」
「……なるほど」
口元に手を添えて呟いたのは傍らのロアンだった。
今までやり取りの様子を見ていたが、ゆっくりと切り出す。
「少し良いかな、侯爵令息殿」
「うん……!?」
「その落雷からすぐに判断し守る振る舞い、クリストファー嬢は魔法使用時も理性的な女性だと存じ上げるが、それでも貴殿は追放を選んだと?」
「理性的? エウリュディーケに叱責するような女が? 大体誰だね貴公は!」
どうやらエウリュディーケの件でクリスは感情的だとされているようだ。
感情的に未知なる魔法を振り翳されては危険、という判断なのなら、まぁ追放の要因にはなる。
「ロアノルド・ヴァレリーですよ。以前のご挨拶をお忘れで?」
「む……も、勿論覚えている! ロ、ロアノルド……? 確か王領地子爵令息……三男坊だな!」
ファビディアナンドは途中で家令に耳打ちされ過去の情報を引っ張り出したようだ。
それはどうでも良いとして、ロアンは少し眉を顰める。
このファビディアナンドは言動からも極めて独善的だ。
そしてかなり歳下のエウリュディーケにもうつつを抜かす体たらく、自身の思い込みや取り繕いも激しい。
……だが、自分とその侍女を落雷から守ったクリスをわざわざ大仰に追放するだろうか。
直に魔法を見て恐怖した? 又は元々エウリュディーケに好意が傾いており、適当な理由付けとして魔法をレッテルとして利用した?
……有り得そうではあるが、どことなく腑に落ちない。
「ロアノルド……貴公は嫡男でもない子爵家の身分だということを、よもや忘却しているのか? 私に易々と意見出来る立場ではないだろう。それとも何か、そこのクリストファーの情人にでもなったか?」
その言葉にエウリュディーケがクスクスと笑う。
「ろ、ロアン様」
この場で何か発言すれば矢面に立つことになる。段取りで腹は括っていたとはいえ、クリスは不安そうにロアンを横目で見た。
ロアンはファビディアナンドの無遠慮な言葉に、お前じゃないんだから……と内心呆れてからそのまま続ける。
「クリストファー嬢とは、友人を介した関係でね。そして仰る通り、私から貴殿に気軽に意見出来る立場ではないが……」
壇上のファビディアナンドを事も無げに見上げた。
「逆に言えば令息殿。聴衆の前で下位の者に意見を述べられるほど、恥ずかしいことはないと思わないか?」
ざわりと来賓がどよめく。
「え、それでも三男坊でしょ?」
「馬鹿お前、氏の発表論文知らないのか、若年博士の有名人だぞ……!?」
通常ファビディアナンドの身分的にもこの場の主催としても、下位の者の反論は完全に礼儀に欠ける。
だがロアンは元々名前や容姿が知られているのか、学がある者や貴族の娘達が浮つく声が聞こえ、クリスはぽかんと目を丸くした。
余談だが王領地……王都内で自治を任せられている爵位貴族は、地方の爵位階級とは些か同列にはならない……という体制の後ろ盾もある。
「なっなんだと……!」
「では本題だ令息殿。貴殿はクレオリアの国賓の男を知っているかな? カガミ・グレイドルというのだけど」
「本題……!? は……? きゅっ急になんだ、知っているとも!」
「では、彼が魔法使いだということも?」
周囲の騒めき。
王都からこちらに来て嘉神を知っている者、知らない者様々のようだ。
「無論知っている! 何が言いたいのだ貴公は!?」
「へえ、知っているのなら可笑しな話では? 同じ魔法使いでも彼は賓客でクリストファー嬢は幽閉の身だ。何故待遇が違うのか教えて貰えるだろうか?」
「そっそれは、あれだ……」
「まして彼女は国民、彼の卿は外から来た者だ。貴殿の采配は、クレオリア国は国民よりも外の者を優遇する、という示しになってしまう。それは単純に不味いことだ」
「え……っ」
ロアンの指摘にファビディアナンドは少し仰け反った。
「魔法事情は内々に扱って良い案件じゃない。貴殿ほどの立場なら戦乱後の調査論文は目を通しているはずだけども。それとも彼女を幽閉する理由は別にあったのか?」
畳み掛けられたファビディアナンドは、被りを振って拳を握り締める。
「り、理由は勿論ある! 彼の卿とクリストファーの魔法の質の違いだ! 卿の力は強大だがご自身の制御下にある……だがクリストファーはコントロール出来ないし質も悪いのだ!」
「コントロールは出来ているだろ、落雷時に氷と炎の反する相性をほぼ同時に発動させ、延焼もなく回りの人間の負傷もない、それが証拠だ。幽閉中も暴走など一切していないしな」
「ぐ……ッ」
「ついでに質の話をしてしまうと、先述したように外の卿と国民に優劣をつけることになるが、それは侯爵家の人間として大丈夫そうか?」
更にロアンは懐から一枚の畳まれた羊皮紙を取り出した。
「で、もうひとつ言い分がある」
「もっもうひとつ!?」
いよいよファビディアナンドの狼狽が酷い。
「その彼の卿から書面を預かっている。グレイドル卿の魔法とクリストファー嬢の魔法は同じ質であると書かれたものだ」
「なにぃ……!?」
「えっ……?」
ファビディアナンドと共に小さく驚いたのはクリスだった。
同じではないはずだ。その件は先日、茅峨と朋斗との会話でも実感している。
となるとその書面はフェイクだが……いつの間に用意したのか。
来賓の声が響く。
「ファビディアナンド様は、同じ質の魔法使いの、国民の方が優れていないって判断した……ってことか?」
「でも気性が荒い令嬢なのよね?」
「それとこれって……」
次第に周囲の視線が刺さってくる。困惑と疑念のものだ。
「さあどうだろうか令息殿。自身の判断に誤りがあるなんてことは爵位を持ってしても無くはない事案だ。私も理解出来ないわけじゃない」
「お、お前……!」
ファビディアナンドは頭を抱えた。
提示された情報が硬い。
どこを取っても幽閉の判断は浅慮だということにされてしまう。
(くそ……! だがクリストファーの幽閉を曲げるわけには……!)
「……ファビディアナンド様」
声を掛けたのはエウリュディーケだった。
「……クリス様の幽閉は貴方様の私念が主立っていたことには間違いないです。あたしは止めたのに……」
――は?
とファビディアナンドと、向かいに立つクリスは目を丸くした。
突然エウリュディーケの主張が変わった。
「皆様、見誤ったファビディアナンド様を責めないでくださいませ。ロアノルド様が仰ったように、クリストファー様の所業により判断を狂わされただけなのです……!」
「エウリュディーケ……!?」
一番驚いているのはファビディアナンドだ。傍らの妻が、幽閉は間違いだと手のひらを返した。
「ファビディアナンド様、幽閉を白紙に致しましょう。クリス様の幽閉を解いたからといって、利点は無いにしろ不利益も無いのですよ?」
大広間を見下ろせる階上廊下。
その一角でこの騒動を見つめていた銀髪の男が呟く。
「この流れ。クリストファーの解放は致し方ないか……兄上が婚約破棄を大仰にしなければ内密に処理出来たものを」
そう独りごちて、ゆるりと階下への人物に視線をやった。
「多少面倒だが制御装置がある限り、クリストファーの居場所はなんとでもなる。それよりも今は……」
視線はクリストファーからエウリュディーケへと向き、煩わしそうに目を顰める。
そして男は身を翻し、二階奥へと姿を消した。




