第78話 異議主張-1-
「この女は私の忠実な侍女を酷く虐げ、更にかつて戦を乱したとされる異端能力・魔法を操る魔女である! 私はこの者を幽閉の身に値すると判断した!」
大広間の壇上でファビディアナンドは多くの来賓に聴こえるよう、目の前のクリスに対し声を荒げる。
「しかしこれでも長年連れ添った元婚約者。この女の内面を私はよく知っている。私と知己であるエウリュディーケの婚姻はせめて自ら祝福したいであろう……その思念を汲み、私の慈悲でこのクリストファー・ジアルクエを祝賀会に招待したのだ!」
周囲からはファビディアナンドに対し感嘆の声が上がっている。婚約破棄をされ堕ちた貴族にまでなんとお優しい、などなど。
「ふ、結局こうなると思ってましたわ……!」
「ちょ……っと待って、ファビディアナンドって独自の視点強すぎないか? 自分を追放した野郎達の婚姻を祝福したい奴なんていないだろ」
ファビディアナンドを鼻で笑い睨みつけているクリス……その背後に立っていたロアンは、口をあんぐりと開けて驚いている。
「彼、頭アホなの?」
「アホなんですのよ! あと良いように話を改変するのは奴の悪癖ですわ!」
ロアンはファビディアナンドが主体性を持って発言しているところを見たのは初めてらしく、その言論の整合性の無さに戸惑った。
が、この祝賀会に出席している者達は流石ファビディアナンドが集めた客で、侯爵家嫡男の彼を擁護する者が殆どのようだ。
ファビディアナンドの発言は続く。
「そんなクリストファーが今、この私に! 『幽閉は間違った判断である為解消しろ』と異議を唱えてきた!! 招待をした恩を逆手に取ったこの仕打ち……酷く残念だ」
客の中からは「追放された身で恥知らずなことを」「品性に欠ける」そういった声が口々に聞こえる。
「……ロアン様、大丈夫ですか?」
「え?」
クリスの方が傍に立つロアンを案じた。
「ファビディアナンド“様”周辺の人脈は、先導者が右と言えば右と倣う者達ばかりです。わたくしは一切擁護されませんから、傍に居て気分の良いものではありませんことよ」
そう聞いて、ロアンはこの自分より十程も歳下の彼女とファビディアナンドを見比べる。
「……こんな大衆から奇異の目を向けられているのに俺の気分を心配するなんて、君は大した淑女だよ」
その時ファビディアナンドの横に、妻のエウリュディーケがそっと並んだ。
身重の体で立ち、扇で口元を隠しているがその目の形は笑っている。
「……クリス様。こちらはあたしにとって余興です。発言をお許しくださいね?」
「おお、エウリュディーケもこの女に物申すと! 構わん発言を許す!」
「……?」
エウリュディーケの妙な言い回しにクリスは引っ掛かりを覚えたが、彼女の見下ろす視線が思考を遮る。
「クリス様は仮に幽閉を解かれたあと何をなさるおつもり? 侯爵家や男爵家に戻ってくるの? でもあなたはここに必要ありません」
ピシャリと言われ、クリスは少し目を伏せた。
「……エウリュディーケ」
「クリス様が侯爵家……ファビディアナンド様の元から居なくなっても、困る事態などありませんでした。そしてあなたが幽閉されていれば、その異端の力に皆も怯えなくていい。幽閉が間違った判断だなんて誰も思っていない」
エウリュディーケは真っ直ぐにクリスの赤い瞳を見つめている。
「……困る事態はない?」
「ええ。クリス様は物語の聖女のように何かを守護していたり、旦那様のお仕事を肩代わりしていたわけでもない。彼はあなたの能力を見出せず追放したのではないのです。あなたは危うい気性と異端の力、それ以外何も持ち合わせていないのだから」
「……」
クリスは一息待ち、エウリュディーケの言い分を飲み込んだ。
「そう……言いたいことはそれだけですか。エウリュディーケ」
「……クリス様、勘違いはなさらないで。あたしはあなたにされた仕打ちを怒っていないのですよ? ファビディアナンド様のように寛大でありたい。ですからあたしと後で二人きりでお話をしてくださらない? 以前ように仲良く」
その言葉は、追放者にも心を砕く優しいエウリュディーケ。そう周囲は解釈するだろう。
だが今エウリュディーケの話を広げる必要は全くない。
クリスが主張を通したいのは、幽閉状態を反故にする。その一点。
「二人きりでお話? お断りしますわ」
「え……」
「っ……我が妻になんという口の聞き方だ! エウリュディーケの言葉は真実そのもの、且つ貴様を許容する慈愛の……!」
「わたくしは侯爵家には必要ない、それは充分納得しています。当然聖女でもなく、当主の仕事も肩代わりなどしていませんわ。ただ、妻に仕事をさせるだなんて主人の能力の低さを露呈するだけ……ですから大前提、そんなことはされませんよね? 頼まれれば勿論補佐や指揮を致しますが、そういった相談を受けた記録はございません」
「……!!」
「次にわたくしは今後侯爵家に関与するつもりはありません。ただ幽閉を解いて頂きたいだけ。そして追放された身ですので、わたくしが今後何をするかを侯爵家の各々方に提示する義務もありません。そうですね?」
「だから、その幽閉を解く理由がない! それに私が寛大に許可しなければ貴様は今こうしてイスラから出ることも叶わないのだ! それをいいことに私に異議など……」
こちらを指差し語気を荒げるファビディアナンドを見上げながら、クリスは手持ちの金装飾の扇を開く。
「いいえ。わたくしは保護観察対象者です。申請が通っていますから、わたくしは貴方の一存が無くとも外界に出られるのです」
「は!? そんなわけないだろう! 保護観察には……そう! 貴様の現在における社会貢献実績や前科の有無とか……等級の高い警士同行が逐一必要だ! そんな稀有な申請が通るはずがない、同行している輩も居ないだろうが!」
「……俺がそうだけど」
「んん!?」
クリスから少し離れたところで亜麻色髪の少年が顔を出した。
「これが許可証、お目付役は俺。俺が居ればクリストファーはどこにでも行ける」
そう淡々と。
朋斗はギルドランク云々の説明が面倒だったので率直に啖呵を切ったが、ファビディアナンドは信じられないという顔で目を見開いた。
「で、スムーズに申請が通ったってことは、クリストファーは貢献実績を持ってて前科も無いって証明だし、魔法も無闇に暴走させる可能性は低いって判断されたわけ。けどそれじゃあ不自由なんだよ……分かるよな? こっちからの質問で、クリストファーの処遇は真っ当だって確信する話があんたから聞けるまで、異議は下ろさない」
「こっこんな子供が高等級だと……!?」
動揺するファビディアナンドの横で、エウリュディーケはどこか感心したかのように息を漏らした。
言うだけ言った朋斗はクリスに目配せする。あくまで自分は臨時の監視同行者で全容を知らない。
あとはクリスと……ロアンの采配になる。




